劇団KAZUMAお芝居「男の情炎」

2014.5.19 昼の部@やま幸

一気に逆転する。
「たった一つの宝物、あんな奴に奪われたくはなかった!」
将さんの叩きつけるようなセリフに、見ている側の心が、ひっくり返る。
劇中、将さん演じる大五郎は、卑劣な敵役の面を見せてきた。
芝居は、仁蔵(藤美一馬座長)の漢ぶりを描き、また清次(冴刃竜也さん)に同情を寄せながら進んできたのに。
終盤、吐露される大五郎の狂おしい心情が、客席を巻き込む。
「小さい頃からお嬢さんばかり見てきた…」
鬼気迫る長台詞、将さんの真骨頂。

写真・柚姫将さん(当日個人舞踊「菊一輪の骨」より)

この日はお誕生日祝いに各地からファンの方が駆けつけて、賑やかな空間だった(お誕生日に寄せてこんな文を書いた)

さて「男の情炎」という題は、色んな解釈ができそうな気がするけど。
私の中では、終盤近くの大五郎の語りにくすぶる情念と、ぴたり符合する。

主軸は、男女の三角関係だ。
竜也さん演じる旅人の清次は、紀州の夕立一家で草鞋を脱ぐ。
一家のお嬢さん(霞ゆうかさん)は清次に惚れ、清次のほうもお嬢さんを憎からず思う。
だが、代貸しの大五郎は、子どもの頃からお嬢さんが好き。
「お嬢さん、今日という今日は、どうしても俺につきあってもらいますよ」
嫌がるお嬢さんの腕を無理やり引っ張ったり、横恋慕をしている。

やがて大五郎は、お嬢さんを清次に奪われるという焦燥にかられて。
将さんの姿が、ひたひたと薄闇に紛れる。
顔を布で覆い、手にはぎらつく刃物。
憎い清次を刺して、逃げ去る。

そこまでして、お嬢さんとの祝言にこぎつけたのに。
祝言に乗り込んできた清次と、清次を保護していた仁蔵が、大五郎の犯したことを暴く。
「大五郎、お前、なんということを…!」
絶句する親分(龍美佑馬さん)や若衆みんなの前で、ただ一人、罪をさらけ出される。
将さんの紡ぐ表情に、それまで悪意に隠れていた苦悩が、浮き上がってくる。
「たしかに俺はしてはならないことをした。だが、どうか、俺の話も聞いておくんなせえ…」
祝言の袴を床に引きずり、両手をついて、語り始める。

「子どもの頃から、一家に育てられたこの俺だ、いつだって親分のために死ぬ覚悟はできている。でも、お嬢さんのことだけは違った」
「きれいな人だ、いつか俺のものにしたいと……ずっとお嬢さん一人だけを見てきた」
「以前のお嬢さんは大五郎、大五郎と俺の後をついてきたのに。清次が来てからすっかり変わっちまった。何をするにも“ねえ清さん”、どこへ行くにも“ねえ清さん”と」

このお芝居には、お嬢さん・清次・大五郎、三者の恋心が描かれるけれど。
お嬢さんの場合、自由のない生活に嫌気がさしていたところに、突如現れた涼しげな風貌の“小田原の男”にポーッとなったという要素が強いみたい。
清次との逢引き中、「小田原に帰るときはあたしも一緒に連れて行って」と頼んでいるし。

清次は清次で、「お嬢さんを慕っておりました」と告白するものの。
どちらかというと、お嬢さんに恥をかかせないためのようだ。
一家の行く末を案じた仁蔵に、「どうかお嬢さんを諦めて小田原に帰ってくれねえか」と諭されると、わりとあっさり「わかりました」と返事しているし。

でも大五郎の恋情は、掛け替えのない一人だけに、何年も注がれてきた。
震える指を一本立てて、
「たった一つの宝物、あんな奴に奪われたくはなかった!」
悲痛な眼差しがセリフと交差する。
ただ一つしか大切なものを持たない人間が、その唯一を奪われるとき。
彼のあがきは、飢餓にも似ている。

端にいる弟分(響こうたさん)に呼びかけて。
「竹!俺の気持ち、わかるよな?!」
こうたさんが顔を背けると、今度は別の弟分(KEITAさん)に、体ごと飛び出しながら縋って。
「留!なぁ、わかるよな?」
けれど、KEITAさんも視線を逸らす。
見放されて、大五郎は暗い底から見上げるように、客席正面を向く。
「お集まりの皆さまがた…」
ここ、声だけで、ぶるりと震えがきた。
将さんが伏せていた顔をあげ、恋に狂ったこの大五郎――と吠えつくように叫ぶ。

「男の情炎」は昨年10月に篠原演芸場でも観たけど、今回は、前にも増して圧倒された。
物語が、本当に心深くに落ちてきた。
…ってことをお伝えするヒマもなく、新幹線の時間に合わせて岡山駅行きバスに乗り込まざるを得なかったので、せめて感想は丹念に書いた。
遠征最終日のわたわた感は、毎度のことながら悩ましいなあ。

やま幸でも、劇団KAZUMAの客席はこの上なく温かかった(昨年の東京公演でもそんな記事を書きました)。
今回は連れが仕事で18日に帰らなければいけなかったので、途中からは一人だったのだけど、KAZUMAの客席では寂しさなんて全然感じることがなかった。

朝ごはんやコーヒータイムを一緒に囲んでくださった、常連さん達はもちろん。
「東京から来たの?私は今月2回目。前回初めて見てけっこう気に入って、今日も来たの」
初めてお話する方や、温泉に入りに来た地元の方でも。
なぜだか、あのなごんだ客席で隣り合うと、ほろりと心が通じてしまう。

「わぁ、あの花形さん、今日誕生日?きれいねえ」
隣席から、そっと話しかけてもらうと嬉しくなって。
ね、きれいですね、柚姫将さんて方なんですよ、あちらが座長さんで、隣が竜也さんで、あ、あのがっしりした方ですか?龍美佑馬さんていって、元警察官でいらっしゃるんですよ、ねぇ、びっくりですよね。
自分で答える声が、弾んだ調子なのがわかる。
幕間には、私の膝に転がって来るお菓子。
ラスクにゼリービーンズに岡山の白桃キャラメル…いずれも優しさ詰まった、格別のお味でした。

一馬座長の持つ、温もり映して。
座員お一人一人の持つ、親しみ映して。
並んだ座椅子の間、漂う空気は、やっぱり私にはどこより安らかだ。

6月、うまいこと仕事で大阪出張が入ったので。
ひと月なんてあっという間。
それでも、こうしている一日一日が待ち遠しく。
なんにしろ来月の今頃は、八尾グランドホテル編を書いていると思います。

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劇団KAZUMAお芝居「男の人生」

2014.5.18 夜の部@やま幸

私、今まで、思い違いをしていたかも。
「男の人生」鑑賞3回目にして、ようやく気がついた。
主人公・伊三郎(藤美一馬座長)は、任侠世界の理想像。
女房思いで、情に厚く、仁義を守り通す、その生き様は清いばかり…
――と思っていたけど。
「わかりました、仙蔵の女房を斬りましょう」
澄んでいたはずの道筋に、黒々と浮き上がってくる、ただ一点の罪。

写真・藤美一馬座長(当日個人舞踊「吉野に風が」より)


重いけど、暗いけど、むごいけど、私は「男の人生」が大っ好き!
題は、二人の男の生き様を指すのではないかと勝手に思っている。
一人は、一馬座長演じる伊三郎。
草津一家のブレーン的存在だったけれど、謀略により一家から追い出され、それでもなお自分の仁義を貫いて生きようとする。
いま一人は、柚姫将さん演じる大五郎。
草津一家の二代目を継ぐも、嘘を吹きこまれて疑心暗鬼に憑かれ、兄弟同然だった伊三郎を追い出してしまう。

私は1回目に見たときも、2回目に見たときも、これまでずっと、大五郎に表される人間の愚かさに注目していて。
伊三郎については、大五郎と対照的に、悲運のヒーロー像だと思っていた。

伊三郎の最大の悲劇は、大五郎一派に騙されて、刺客の女房を斬るはめになることだ。
「お前も女相手じゃ斬りにくいだろう、目隠しをしてやろう」
目隠しに視界を覆われて、伊三郎は気づかない。
今斬ろうとしているのは、自分の恋女房のお菊(霞ゆうかさん)だということに。

この背筋も凍る場面を見ながら、やま幸の客席で膝を抱えて。
以前見た時と同じように、胸中で呟いていた。
伊三郎は何一つ悪いことしていないのに、なんでこんな悲惨な目に遭うんだろうな。

横顔に葛藤の色を乗せて、一馬座長が口を開く。
「斬れば、俺は一家に戻していただけるんですね」
いや?
「わかりました、今回限りです、その仙蔵の女房、俺が斬りましょう」
何一つ、悪いことしていない…?

少し前の場面では、こんな風に言っていたのに。
「刺客の女房なんて捕まえてどうするんだ、女房には何の罪もない。女を斬ったとあればそれこそ二代目の恥だ、早く逃がしてやれ」
「俺には女は斬れません、絶対にそれだけはできやしません」

大五郎の甘言が、伊三郎を揺るがせる。
「なあ伊三、お前に一家に戻ってきてほしいんだ。お前が仙蔵の女房を斬って、それを手土産にすれば、若い者もみんな納得する。俺たちも堂々とお前を迎えてやれる」

女は斬れない、と仁義を主張していた伊三郎は。
やがて情に揺れ、お菊、と唸る。
「一家を出てから女房に苦労ばっかりかけてるものですから、あいつに少しでも楽な暮らしをさせてやりたい」
女房可愛さのために、自らの仁義を曲げた。
――わかりました、今回限りです――
それがたった一度の、してはいけない選択だったとしたら。
たった一つの、伊三郎の過ちだったとしたら?

肌が一層ヒヤッとした。
目隠しをしたまま、お菊を斬る伊三郎の刃は、なんて残酷に光っていることか。
道に背いた報いが、不吉に口を開けている舞台は、なんて深い闇に沈むことか。

真実を知った伊三郎が、お菊にかけられた筵を口でくわえて剥がす。
自分が斬った女房の姿を見つけて、唇を震わせ、引きつるように、声にならない嗚咽を漏らす。
この場面の一馬座長の姿は、絶品。
「お前との夫婦の絆のほうが、どんなに大切だったことか…―」
一度きり、志を裏切った代償はあまりに大きくて。
はたはたと伊三郎の涙が滴るようだ。

この筵を剥がす場面は、ただでさえ悲惨な光景なのだけど。
お菊の亡骸に泣き伏せる伊三郎の心には、取り返しのつかない自分の選択への悔恨が混じっているのかと思うと、切々と胸に突き刺さった。
このキャラクターを、ただ悲運に翻弄されるヒーローとして見るより、ずっと陰影が深く映る。

そして、やっぱり将さんの大五郎は外せないので今回も言及しておこう。

写真・柚姫将さん(当日個人舞踊「赤橙黄緑青藍紫」より)


大五郎は、本質的にはそんなに悪人ではない。
たとえば、「さっさと出て行きな!」と語気も荒く、伊三郎を一家から追い出した直後の場面。
「なあ鉄、俺はやっぱり、伊三にひでえことを言っちまったんじゃねえかな。今からでも伊三を呼び戻して、ちゃんと話をしたほうがいいんじゃねえかな…」
足元もおろおろと、惑いながら、腹心・鉄五郎(藤美真の助さん)を頼る。
「何を言ってるんですか、二代目。心配いりません。万事はこの鉄五郎にお任せください」
鉄五郎は、二代目の心弱さを思うがままに操っていく。

次の登場場面では、大五郎はぼんやりと目も虚ろ。
姿は小さくしぼみ、心は果てのない空洞に吸われるよう。
「伊三がいつ寝首をかきに来るかと思うと、俺は夜もおちおち眠れねえんだ」
鉄五郎の策略に、絡め取られていく不安な心が、客席には手に取るように分かる。

将さんの感情の見せ方は、いつも丁寧。
お誕生日前夜だろうと関係なく、本当に、毎日、毎公演、丁寧。

遠征最終日のお芝居「男の情炎」へ続きます

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劇団KAZUMAお芝居「男一匹千両のぼり」&やま幸の胡蝶蘭の話

2014.5.18 昼の部@やま幸

この人一人がいるだけで、こんなにも違うものか!
「今、帰ったぞ」
役どころは、やくざ一家の親分。
華原涼さんが堂々とした足取りで登場したとき、私は驚きと嬉しさで手を叩いていた。
前日もいなかったので、今回の遠征では涼さんの舞台を拝見できないかと思ってた…
客席がワァっと沸いたように思うのは、気のせいじゃないはず。

写真・華原涼さん(当日舞踊ショーより)


「男一匹千両のぼり」はお正月の羅い舞座以来、見るのは2度目だった。
涼さん演じる親分の留守中、親分の妻(千咲菜野芭さん)と代貸しの源十郎(柚姫将さん)が通じて、一家を我が者にしようとする。

が、親分は予想より早く帰って来た。
この帰還の場面が、私は衝撃だった。
舞台左手の幕の向こうから、まず、3人の子分(藤美真の助さん・響こうたさん・KEITAさん)が、先に出て来る。
そして、子分が幕を持ち上げて、親分が姿を現す。
かつかつと重心を刻むように、威風堂々、涼さんが舞台に足を踏み入れる。
目元はいつもの通り涼しく、姿にはどこか軽みがある。
この方が登場するだけで、舞台に漂っている色がひとつの軸に収斂されるのがわかった。

親分は、よそよそしい妻の裏切りを既に見抜いている。
妻と差し向かいになり、冷静に告げる。
「お前、源十郎と間男しているそうだな。そんなふしだらな女は要らん、とっとと出て行け」
親分の怒りから逃れようと、妻も必死に訴える。
「違うんだよ、あたしは嫌だって言ったのに、源十郎に無理やり手籠にされたんだよ」
が、親分は眉一つ動かさず。
「嘘をつけ、お前から誘ったんだろう」とバッサリ。
(ここでは書けないような、下ネタ的にどぎついセリフもサラッとおっしゃる)

妻は親分を殺そうと毒を盛る。
が、親分は毒にかかったフリをしていただけだった。
「殺すには忍びないと思っていたが…」
静かに刀を抜く。
逃げようともがく裏切り者の妻を、寸断の迷いもなく斬り捨てる。
そしてやっぱり眉一つ動かさず、子分に指示を出す。
「妹のおぬい(霞ゆうかさん)を探せ、大事な家系図が危ない」
涼さんの演技の中にピシリと立つ、容赦のない厳しさ。

「今日見られたのはホント、ラッキーかも。涼さん、もう2か月半出てなかったんだよ」
幕間に、常連さんが耳打ちしてくれた。
立ち回りのときに、刀で右手をお怪我されたらしい。
ずっと病院に通っていらっしゃるそうだ。
お芝居の涼さんは、ブランクも怪我も、微塵も感じさせなかったけれど。

舞踊ショーの涼さんの女形は、久々に見るせいもあってか、とりわけ艶やかに見えた。
「今は踊りでも扇子も刀も使わんよね。右手が治るまでは…」
常連さんは、心底心配そうに言った後、噛みしめるように呟いた。
「でも、やっぱり涼さんは綺麗やねぇ」

写真・華原涼さん(当日舞踊ショーより)


やっぱり、綺麗やねえ。
しみじみ、綺麗やねえ。
この日の客席に満ち満ちていた気持ちは、私も同じ。
またたくさん、見せていただける日が来ますように。

再び、お芝居の話に戻りまして。
もうひとかた、書き残しておきたいのは、親分の妻を演じていた千咲菜野芭さんだ。

写真・千咲菜野芭さん(当日個人舞踊「香港」より)


菜野芭さんは5月いっぱい、劇団千咲からお手伝いに来られているそう。
この女優さんは、第一に、声が可愛い。
前日のお芝居「次郎長と旅役者」では、末妹・お峰の役だった。
「どうしたの、お姉ちゃん」
幕の外から霞ゆうかさんに呼びかけた、声音の柔らかさ。
私はこの一言で、思わず顔がとろけてしまった。

うって変わって、「男一匹千両のぼり」で菜野芭さんの演じる役は、間男した挙句に義妹の命を狙うという、かなりの悪役なのだけど。
「おぬい、ちょっとあんた。立ち聞きしてたのかい、あたしと源十郎の話」
菜野芭さんの可愛さが先に立つのか、妙な毒気がない。
「お前さんが今飲んだ酒にはねえ、たっぷり毒が入ってたんだよ」
夫に毒を盛る場面でも、仕草に愛嬌があって、胸に苦いものを残さない。
明るい喜劇の風景には、ちょうどいい塩梅だった。

この日のお昼は、上のお写真の格好で送り出し。
思わず「お姫様みたいですね!」と言ったら、照れ笑いされていた。

ちょっと余談。
昼の部の終演後、夜の部を待つ間に、やま幸の山本会長とたまたまお話していただく機会に恵まれた。
大衆演劇の役者さんのこと、ファンのことを、深く、温かく考えていらっしゃる方だった。
山本会長の思想が行き届いているのか、施設全体で大衆演劇を大事にしているのが伝わってくる。
個人的には、大衆演劇場の入り口に入る前に、階段があるのがいい。
階段の下に、大きな胡蝶蘭が据えられているのもいい。
ここから始まる別世界に、敬意を示しているみたいだ。

ところで日曜日ということは、夜の部もお芝居があるんですよ!
やったね!
しかも外題が大好きな「男の人生」と聞けば、期待は大きく膨らんで。
気合を入れて書いていきます。

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柚姫将さん個人舞踊「あんたの大阪」(劇団KAZUMA)

2014.5.17 夜の部@やま幸

「将さんは女形も素敵ですよねー。なんて言うか、セクシーと可愛いの中間って感じ!」
これは去年の秋、篠原演芸場で仲良くお喋りしていただいた、お隣さんの言。
彼女の言うとおり、艶と可愛さと。
そこに加えて私は、“情に厚そう”っていうのも、将さんの女形舞踊の魅力だと思っている。

写真・柚姫将さん個人舞踊「あんたの大阪」より


やま幸の夜の部で初めて見た、この舞踊。
何事?!って度肝抜かれるくらい可愛かった。
見た直後は、「今の良かった!すごく良かった!」と、連れ相手にはしゃぐだけで忙しかったけど。
今思い返すと、歌の持つ純朴さが(曲自体も初めて聴いた)、将さんの湛える情と溶け合っていたのが、心に響いた理由だったのかも。

―あんたは不器用で 生き方も下手やけど
阿呆やと 言われるくらい お人好しやから―


紅の色鮮やかに、指先の仕草は柔らかく。
それから目元は、どこか悲しい。

―六甲おろしの歌が あんたの応援歌
大阪は負けたりせんよ 苦しくても つらくても―


将さんが舞台中央から、舞台左側の出っ張りへ踊り出る。
まずは、きらきらしく光る扇子を回してみせて。
お客さんの目線を掬いあげるように、両手を差し伸べる。
同時に、笑みをふーっと深くする。
私の前列にいたご婦人が、将さんにつられるように笑顔になるのがわかった。

―弱虫や また泣いて 涙なんか 男やろ―

演じられる“女性”の、人格や人生まで想像されるような女形は極上だと思う。
今、踊っている赤い着物の“女性”は、懐深くて、人を放っておけなさそう。
好きな男性にアラがあっても、見捨てたり、別の人に心を移したりできなさそう。
その結果、自分自身も一緒に苦労してそう…。
金髪の鬘の揺れに、ため息まじりの愛情が語られるようだ。

―どないした また酔って たかがお酒 男やろ―

ゆったりしたメロディと、情に満ちた歌詞が交差する舞台。
真ん中で、将さんがそっと両手の指を握り合わせる。
その姿の芯から沸き出る慈しみが、こんこんと深くて、見る側の胸に染み入っていく。



…と浸っていたら、不意打ち。
サビの最後の部分の歌詞が、私のツボに見事にヒット。

―大好きな その背中 日本一やから―

この詞、すごいと思う。
ここまでずっと男への叱咤を歌っておいて、ここに来て、いきなり“大好き”だもの。
“日本一”だもの。
耳に入った瞬間、どこまでも純朴な、一種幼げな、無垢な愛情が、パッと情景に広がった。
作詞の荒木とよひさの計算に、私、踊らされてる…!

ここ、サビの最後なので、将さんが動きを止める。
客席を向いて、扇子を胸に広げ、首をわずかに傾げて笑む。
眼差しが紅い色を乗せて、つぅっと客席に流れる。

なんて、親しげな、愛らしい、ぬくもりのある風情なんだろう。

将さんにもすっかり踊らされてる…!
あ、これはいつものことか。

東京に帰ってからも、「あんたの大阪」が通勤中のBGMになっています。

次の記事は、改めて思い知った華原涼さんの力と、初めて出会った愛くるしい女優さんの話。

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劇団KAZUMAお芝居「次郎長と旅役者」

2014.5.17 昼の部@やま幸

お正月の京橋羅い舞座観劇から、実に長い4か月半。
劇団KAZUMAにハマってから、今までで最長に空いた。

ひたすら待ち続けた5/16(金)、新宿発の夜行バス。
朝の岡山駅で連れと落ち合い、まずは、駅前の喫茶店でモーニングトースト。
喫茶店の女性店主さんが、私たちのキャリーケースを見て、これから旅行?と尋ねた。
「これからやま幸へ行きます」
「あら、温泉?」
「東京から、劇団KAZUMAを見に来たんです!」
うきうき答えて、目指すは瀬戸大橋温泉・やま幸!

遠征初日のお芝居「次郎長と旅役者」は、初見だった。
旅役者の市川蟹蔵(冴刃竜也さん) と市川団五郎(藤美真の助さん)。
この賑々しいペアが、お芝居をとびきり明るく彩る。

写真・冴刃竜也さん(当日個人舞踊「酒供養」より)

竜也さんはこの日がお誕生日で、たくさんのファンの方に祝福されていた。

写真・藤美真の助さん(当日舞踊ショーより)


「あーあ、座員も一人減り二人減り、とうとうあんたと私二人だけになっちゃったわね。二人でどうやって芝居やるのよ」
「そうですね~…師匠」
真の助さん演じる団五郎のぼやきを、竜也さん演じる蟹蔵は、ぼんやり聞いている。
まあるい頬紅につぶらな瞳の、竜也さん特有の三枚目メイク。

旅役者二人は、頭を悩ませながら、おにぎりをもぎゅもぎゅ食べる。
劇中、ものを食べるお芝居はしょっちゅう見るけど。
この場面のお二人の場合、食べっぷりが抜群。
「座員を増やさなきゃ(もぐもぐ)。スカウトすれば(もぐもぐ)、いいわ。どっかに(もぐもぐ)いないかしら、良い男」
セリフ言いづらいんじゃないだろうか?ってくらい、元気よくたいらげていく。
ペットボトルのお茶もがぶ飲み。

そこに、たまたま通りかかった清水次郎長親分(藤美一馬座長)。
舞台左手から、合羽を颯爽となびかせて、立ち姿も美しく登場する。
が、舞台右手には、道端で、もりもりおにぎりを頬張る二人連れ。
左右の絵がバチッ!とぶつかり、精悍な次郎長が珍妙な二人にギョッとする、この瞬間のおかしさったらなかった。

「師匠、いい男いましたよ、いい男!あれですよ」
「馬鹿、腰にあんな人斬り包丁差して、あれはやくざ者よ。…でも、本当にいい男ね」
二人は、あろうことか次郎長をおにぎりで釣って(!)、スカウトに成功する。

話が一転するのは、みんなで団五郎の実家に帰ってからだ。
団五郎の妹(霞ゆうかさん)が、久しく会っていなかった兄に泣きつく。
「この土地の大川のハゲ蔵親分(龍美佑馬さん)に、五両を借りちゃったの。それが今じゃ利がついて、三十二両と五分にまでなってるって言うのよ!お金を返せなければ、末妹のお峰ちゃん(千咲菜野芭さん)を嫁に寄こせって!」

団五郎は困り果てるも、そこは妹二人を守るため。
蟹蔵を呼んで、一計を案じる。
「私たち役者じゃない、ここは一芝居打つのよ。――やくざの長さんの名前を借りようと思うの」
当然話の流れから言って、長さんというのは清水次郎長のことなのだけど。
蟹蔵はとぼけた返事をする。
「長さん…ってのはあの人ですか。片岡長次郎」
予想外な名前が出てきた(笑)
「違うわよ、あの人は役者さんよ!」
「あの人、役者だったんですか!俺はてっきり、やくざかと思ってました」
正直、これは笑った…!

「私は女形だもの、お蝶姐さんを演るから、蟹蔵、あんたが長さんになるの」
蟹蔵は一生懸命、次郎長を名乗る“稽古”をする。
「俺は清水の…」
溜めるために息を吸って、吸って、頬がひくひく歪んでも、まだ吸って…
これは、竜也さん、見てるだけで苦しそう。
「出してー!」
って後方の団五郎に言われてから、ぶはぁっと息を吐き出す。
必死の稽古風景は、客席に爆笑を巻き起こしていた。

私は笑いながらも、切ないものが込み上げてきた。
小さな旅一座が、権力を振りかざすやくざに、知恵をしぼって立ち向かう。
ちっぽけな者が大きな者に噛みつく光景は、大好きな「甲州の鬼」にも似ている。

お芝居の最後の最後には、スカウトした新人が本物の次郎長だった事実が発覚する。
この場面の一馬座長演じる次郎長のセリフが、すこぶる滋味深い。

写真・藤美一馬座長(当日舞踊ショーより)


恐れおののいて土下座する団五郎と蟹蔵に、次郎長は慈しむように声をかける。
「お師匠、兄弟子、どうか頭をあげておくんなさい。お二人のおかげで、随分とも楽しい道中になりました」
お師匠・兄弟子…
大親分の正体が発覚して、小政(柚姫将さん)も従えて。
この状況でなお、次郎長が旅役者二人にこの呼び方をするのが良い。

大親分・清水次郎長にとって、かしましい旅役者は、どんな風に心の中に居座ったんだろう。
“名もなく身分も低い無力な者が、主人公の正義の心を支えている”
思い出したのは、そんなフレーズ。
先月KAZUMA遠征仲間とメール中、彼女が引いた本の一節だ。
KAZUMAのお芝居のそこに、彼女は美を感じるのだそう。

「俺が清水の…(引きつけ起こしそうなくらい息を吸う)」
「出して、出してー!」
名もなく、無力で、でもやかましいくらいに明るい彩りで通り過ぎていく、旅役者の姿。

続くやま幸の夜の部は、お芝居がないのが残念だったけど。
今までで最も好きかもしれない将さんの女形舞踊に出会ったので、次の記事は舞踊語りになります。

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“本気”の力―柚姫将さん(劇団KAZUMA)―

まず、床に伸びる手。
―家に着けば カサブランカ―
花を拾いあげ、掌に乗せる仕草。
―お前の花が ドアの前―
表情が、驚きと哀しみに変わる。

柚姫将さんが個人舞踊でよく踊る「カサブランカ・グッバイ」。
私は、この部分の振りがとりわけ好きだ。

写真・柚姫将さん(2013/10/6 個人舞踊「カサブランカ・グッバイ」@篠原演芸場)


↑は、その一瞬を撮りたくて、頑張ってカメラを構えていた成果!
ストーリーが見えるような、熱のこもった舞踊に、ひとひら降る悲哀の色。
好きな色だという、紫を想起させる。

お芝居でも、舞踊でも。
将さんの舞台には、とにかく“空白がない”のがすごいと思う。
いつ見ても、喜怒哀楽が途切れることがない。
どこを切り取っても、物語から抜け出ることがない。

たとえばお芝居で言えば、2013年10月に篠原演芸場で見た、「直次郎一人旅」。
舞台中央で、藤美一馬座長演じる主人公が、父の遺書を読む場面。
将さん演じる太吉は、舞台の片隅に座って、一馬座長が手紙を読み終えるのを待っている……んだけど。
ただ座ってるだけではなくて。
読み上げられる手紙の内容に合わせて、将さんの表情は驚いたり、険しくなったり、葛藤の色になったり、微細に変わる。
しかも、よく見ると、手紙を覗き読みしているような…?
この舞台端での細やかな伏線が、芝居後半で意味を為したときは、うわぁ!と鳥肌モノだった。

同じ10月の篠原演芸場で、初めて気がついたこともある。
お芝居「モグラとラッキョ」の日だった。
私と友人は一番右端の席に座っていたので、役者さんが舞台右手にいると背中しか見えず、歯がゆかった…。
でも、将さん演じる親分・寅二郎の場面は、表情も仕草もとても見やすくて。
「おっかあみたいな別嬪があのジジイのどこが良くって結婚したんだ」
不満げに台にもたれつつ、若衆(藤美真の助さん)にぼやく。
体勢は客席正面に向けて。
真の助さんと会話しながらも、顔はまっすぐ客席に向けて。
――客席の全方位から、ちゃんと見えるようにしてくださってるんだ。
楽しい喜劇に私と友人が笑い転げることができたのは、将さんの客席への心配りのおかげだった。

絶え間ない公演の合間を縫って、図書館で勉強されてたこともあったらしい。
昔の人の暮らしについて、江戸の文化について。

「とにかく芝居が好きなんですよ、正解のないものなので、自分たちが考えて作っていけるんです」
そう話されていた通り。
普通の日の、普通のお芝居に対して、とことん誠実だ。

私が前からなんとなく思っていること。
この年若い役者さんには、どうしてか、ハッとする人懐かしさがある。

そう感じるのは、たとえば個人舞踊の「蒼い瞳のエリス」。
―どんなに悲しいことも わたしに伝えて―
―泣きたい夜に開く古い箱 少女でいれば叱られない―

歌の哀調が、将さん特有の澄明な空気感と響き合う。
伏せた目とか、両手で耳を閉ざすような振りとか。
昔の日本映画みたいな、目鼻立ちのくっきりした顔立ちも手伝って。
なにか古い、遠い、深いところに沈み込んでいくような、ノスタルジーがよぎる。

個人的に、最近将さんの舞踊の中で引き込まれたのは「帰らんちゃよか」かな。

写真・柚姫将さん(2013/9/22 個人舞踊「帰らんちゃよか」@浅草木馬館)


―田舎があるけん だめなら戻るけん 
 逃げ道にしとるだけなら 悲しかよ―

歌詞は、ご自身の出身地でもある、熊本の言葉。
―帰らんちゃよか 帰らんちゃよか―
―今度みかんばいっぱい 送るけん―

両手を固く握り合わせて、天を仰ぐ仕草から、故郷への強い思いが伝わってくる。
そして、切れ長の目が舞台の中央に開くとき、何か懐かしい、夢の残滓のような郷愁があらわれる。
他のどんな役者さんにも見出だせない、温かく儚い、ふるさとの香りだ。
(この系統では『帰りゃんせ』もとても好き。以前少し触れた記事)。

ところで、将さんが役者さんになる前のお話を小耳に挟むと、なんだか色々面白い。
大根の間引きが得意だった時代もあったとか…(笑)
親も役者という役者さんが、多数を占める大衆演劇界で。
一般家庭で育った役者さんには、なごやかな親しみを覚える。
自ら風変わりな世界に飛び込んだ意志が、客席には時折光って見える。
「自分たちの場合、あんまり仕事してるって感じしないんですけどね、舞台の好きな人間が集まってるだけなんで…」
以前口上で、楽しげに語っていた。

初めて将さんを見た2012年7月、浅草木馬館。
ぎりぎりと涙流しての熱演、思いがドスンと胸に落ちる声、情感の波の大きさに飲まれた。
あのとき木馬館にいたのが将さんだったから、大衆演劇の世界と出会うことができた。
以来、嬉しい恩がたくさんある。

かつて出張帰りに一人訪ねた四国健康村で、ファンの方が「将さんいいですよねー」と話しかけてくださったとき。
「ね、将さん見てると元気になります!」
と、私は反射的に答えていた。
多分、舞台や送り出しから伝わってくる人柄が、明るいからだ。
それも表面的なぴかぴかした明るさでなく、根っこが健やかに明るい。

毎日の芝居・舞踊に叩きこまれる、“本気”の量。
汗の吹き出る熱演を積み重ねて、明るいほうへ、眩しいほうへ、進んで行くのだろう。
増す光の中で、降り注ぐ色はなお、慈愛の紫だろう。

ここからきっと、いくらでも高みへ昇る。
さあ本日、日付は5月19日。



昇る。

HAPPY BIRTHDAY!!

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「三人島造」

2014.5.4 昼の部@梅南座

稲荷「次にここを通りすがるのが女だったら、手籠にしちまえばいいだろ。俺の後でお前も楽しませてやるよ」
丸太「兄貴の後は嫌だ!なんか嫌だ!」

「三人島造」の悪役コンビ、“稲荷”(勝小虎さん)と“丸太”(叶夕晏さん)。
すっごく嬉しいな。
心の中でいつまでも温かい、お芝居の大好きなキャラクターがまた増えた。

言動も行動もヒドい二人組なんだけど。
小虎さんと晏さんのほのぼのした雰囲気のせいか、テンポのいい会話のせいか、憎めない可愛らしさがあるのだ。

写真・勝小虎代表代行(当日舞踊ショーより)


写真・叶夕晏さん(当日舞踊ショーより)


お芝居は、囚人の流刑島に飛び込んできたニュースから始まる。
囚人の島造(勝彪華さん)が、島から出られるというのだ
「おいら、生まれた時から身よりがなかったけど、おっかあが見つかったんだ」
喜色満面の島造の手には、生き別れの母が集めた、島造の赦免を願う千人の嘆願書。

囚人の稲荷と丸太は、島造を殺して島造に成り変わり、自分たちが島を出ようと企む。
が、島造を刺したところで、島造の兄貴分・白鷺(不動倭座長)に見つかってしまう。

それでも稲荷と丸太は、なんとか島の外に脱出する。
「船の底に隠れて島を出られたまでは良かったが…まさか途中でバレちまうなんてな…」
と稲荷がぼやけば、
「だから俺は最初から無理だって言ったんだ!なのに兄貴が無理やり」
と丸太が言い返す。

場所は、役人の目を逃れるため、人気のない古いお堂。
時刻は、辺りが真っ暗な夜半。
疲れきった二人がやいやい言い合う、この場面の風情が、私には一番印象的だった。

「島造の実家の相模屋に、丸太、お前が島造だって名乗って出るんだ。だが、この格好じゃ行けねえな。まずは金だ。この次、ここを通るやつから奪えばいいだろう」
小虎さん演じる稲荷は、我欲に正直で、目的のためなら手段を選ばない。
鋭い輪郭に、悪の色気がぶれる。
「ホントにそんなこと出来るのかよ…わあったよ、兄貴は、もう」
晏さん演じる丸太は、終始困り顔で、兄貴に文句を言いながらも着いて行く。
「ドン・キホーテ」のサンチョ・パンサみたいな従者の哀愁が、親しみやすいキャラクターだった。

このコンビの何が好きって、劇中で何度白鷺に追い払われても、またひょっこりと悪だくみをしながら現れる、しぶとさ。
互いに文句をつけあいながらも、二人一緒に行動している仲の良さ。

それから、見た目の可愛さもある。
小虎さんがしゅっと背が高く硬質で、晏さんがちんまり丸くて。
二人が並んでいるだけで、自然とユーモラスになる。
そのことがよくわかる場面は、島造の実家の相模屋。
若旦那風の着物に着替えた二人が、花道から登場する。
「丸太、お前、せっかく良い服着てるんだからちゃんと着ろよ。良い所の坊ちゃんに見えなきゃいけないだろ」
「そんなこと言ったって、こんなもん初めて着るんだからわかんねえよ」
ぶつくさ言う丸太の着物の襟を、稲荷が直してやる。
着飾った二人の体型が対照的で、やり取りが微笑ましくて、悪人だって忘れそう。

目の見えない島造の母親(宝華弥寿さん)を騙して、丸太が島造だと信じ込ませようとするも。
アッサリ白鷺に正体を暴かれる。
「お前ら、稲荷と丸太じゃねえか!おっかさん、騙されちゃいけません、島で島造を殺したのは、他の誰でもないこいつらだ!」
稲荷が忌々しげに、
「ばれちまったんならしょうがない…」
舞台の照明が落ち、稲荷と丸太にスポットライトが当たる。

ここで小虎さんが朗々とした声で名乗りを上げるのだけど、これが私的には劇中で一番きれいなセリフだった。
「春は花、夏は橘、秋は菊、冬は玉椿、長い徳川の世、世間の暗い裏道を鼠のように生き抜いてきた、稲荷の黒助、丸太の二人だ」
申し訳ないことにうろ覚え…実際はもっと長かったし素敵なセリフだったので、未見の方にはぜひ本物を聴いてほしいです。
しかし、やたらカッコいいセリフだったのは事実(笑)
やってることのえげつなさとのギャップが、おかしくってツボだった。

悪人なので、やっぱり最後には白鷺に斬られてしまう。
先に斬られた丸太を見て、稲荷が目を見開いて丸太!と呼び、直後に稲荷も斬られる。
何気ない演出なんだけど、なんだかんだ、兄弟分は互いが大事だったんだろうなぁと思わせられた。

お芝居の幕が閉じるやいなや、横に座っていたおばあちゃんが、私の肘を突っついた。
「私、今まで三つ大衆演劇の劇団を見てるんだけど、ここ一番上手だった!」
ねえ!ですよねえ!とひとしきり盛り上がっていると。
おばあちゃんの連れのご婦人が、しみじみ呟いた。
「芝居、すごく考えられてる。ここの座長、頭良いわ。賢いわ」
私も、改めて感じた。
全員の演技力の高さは、もう言うまでもないけれど。
スピーディーな展開や、絵になる場面が随所随所に織り込まれているところには、倭座長の知性が光っていると思った。

東京に戻ってから、ファンの方のブログをチェックしていると、梅南座は連休明けも大入り続きのようだ。
7か月の関東公演で、各地に明るい旋風を起こして行かれたように。
懐かしい関西でも、馴染みのお客さんに愛されまくっているのだろうな。

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たつみ演劇BOX・辰巳小龍さん個人舞踊「飢餓海峡」

2014.5.3 夜の部@浪速クラブ

―「あの人は 私の大恩人ですもの
  一日たりとも 忘れたことはありません」―

八重の10年間が、迫ってきた。

写真・辰巳小龍さん(個人舞踊「飢餓海峡」より)


敬愛する小龍さんの「飢餓海峡」は、昨年10月に初めて見て感涙した。
(「2013年 珠玉の一本―個人舞踊編―」を書いたときに振り返っている)

5/3(土)の夜、浪速クラブでこの「飢餓海峡」に再会したら。
初見よりもさらに大きな、肌に降るような衝撃があった。
なので再び、小龍ワールドの至芸について書きたい。

小龍さんが、新聞記事を大切そうに抱えて、ふらりと舞台に出て来る。
黒のショールに頼るように立ち、惑いながら。
それでも、恩人を懸命に見つけようと、視線を彷徨わせる。

―「トロッコ列車で 会いましたね
あなたは私にタバコくれて 私はあなたに握りままをあげました」―


「飢餓海峡」を踊る役者さんはたくさんいるけど。
少なくとも私が見た中で、こんなに、生身の八重の人生がのしかかって見えたのは、小龍さんの舞踊だけだ。

落ち着かなげに空を仰いだり、身を守るように胸を押さえたり。
ほんの一振り一振りの動きから。
“犬飼さん”を思い続けた一日一日が、滲み出て来る。

―「お金で女の花を売る 貧しい女の言うことだから」―
世間に後ろ指を指されてきた娼妓が。
偶然受け取った、かするような優しさを、固く握りしめてきた。

小龍さんは、固く目を閉じて、
懐かしい面影の載った新聞記事に、しがみつくような頬ずりをする。



八重の、10年。
それは、世の裏道を生き抜いてきた年月だ。
それは、孤独な恋を積もらせる年月だ。
―「自然に涙が出てきて 血が騒ぐの
あなたに会いたい 会いたいって…」―

ひとり暗い海を漂ってきた、飢えつく心の航路だ。

だから、“犬飼さん”が人違いだと言われたとき。
たったひとつの希望の光が、たち消えてしまう。
―「犬飼さんだ 犬飼さんだぁ!」―
望みは終わり。
恋は終わり。

だから、八重の望みは、望みとともにこの世から消えることに変わる。
赤い紅の唇が、赤い布を噛む。
それから、自分の首を締めあげる。
―愛して愛して 身を束ね
 たとえ地獄の果てまでも 連れてって―


一筋の人生が終わっていく様が、舞台に閃いて。
私はハンドタオル手に号泣…。
周りにも泣いてるお客さんいたように思う。

送り出しで、小龍さんに感動しましたとお伝えすると、あの優しさ満点スマイルで「伝わってるといいんですけど」と微笑まれた。
伝わって!ます!たっぷり!

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「馬鹿の幸吉」

2014.5.3 昼の部@梅南座

むーっと口を固く結んで、顎を引いている。
手はトントンと休みなく、木槌でワラを叩いている。
時々、ぷぅっと頬を膨らませ、唇を尖らせて。
それが、倭座長のつくり出す、幸吉の表情だ。

写真・不動倭座長(当日デジカメ忘れたため5/4舞踊ショーより)


連休ですから!
金曜の夜、いそいそ乗ったのは新宿発の夜行バス、降車場所は天王寺駅。
大阪も3度目、少しは地下鉄にも慣れました。
それでもちょっと迷いながら梅南座を目指し、商店街の真ん中に「不動倭」の幟が立っているのを見たとき、嬉しかったこと、懐かしかったこと。

「馬鹿の幸吉」はファンの方のブログで泣けるお芝居と書かれていて、前から見たいと思っていた。
なんと言っても倭さんの演じる、頭の弱い青年・幸吉が素晴らしかった。
近所のお加代(叶夕茶々さん)に、祭で何かおみやげを買ってきてあげる、と言われて。
幸吉の口からたどたどしい言葉が、じたじたともがくように飛び出す。
「飴とな、しょうが焼きと、饅頭と、飴と、しょうが焼きと…」
「面はいらんの?幸吉、面、好きやと思うで」
「面?面て、なんや。面より、饅頭買うてきて、飴とな、しょうが焼きと…」

幸吉と一緒に暮らしているのは、庄屋の主人(勝龍治総裁)と、娘のお美代(宝華紗宮子さん)。
優しい“おじさん”と“お嬢さん”が、幸吉は大好きだ。
でももう一人、大嫌いな同居人がいる。
「幸吉、ただいま。うちの人はいないのかい」
主人の後妻のお滝(宝華弥寿さん)が帰って来ると、幸吉はじろりとねめつける。
お滝は幸吉の嫌悪をものともせず、お美代を呼びつけて罵る。
「お美代、あたしが呼んだらすぐに出てこいって言ってるだろう!お前ときたら、本当にしつけされてないんだから」
「おっかさん、すみません、すみません」
幸吉にとってお滝は、お嬢さんをいじめる “悪いおばはん”なのだ。

幸吉の定位置は、庄屋の入り口。
そこに腰を下ろして、休むことなく、草鞋を作り続けている。
「幸吉、奥にもらってきたお饅頭があるから、一緒に食べよう」
とお美代が声をかけても、
「駄目、幸吉、仕事ちゅるわ」
作った草鞋を、町に売りに行き、ひたすらお金を溜める。

実は幸吉は、一年前に飢えていたところを庄屋に助けられた居候だ。
故郷はどこなのか、家族はどうしたのか、誰にもわからない。

役人の健三(勝小虎代表代行)が、幼子をなだめるように、幸吉に問いかける。
「もうずいぶんお金がたまったろう、何に使うんだ?」
「幸吉の金とちゃう、幸吉の姉やんの金や。姉やんにあげるの」
この言葉で、庄屋の主人もお美代も、幸吉に姉がいたことを初めて知る。
「そうか、お前には姉さんがいたのか。姉さんは今、どこにいるんだ?」
「わからんど」

お前はどこから来たんだ?
わからんど。
お前の親は、さぞ心配しているのではないか?
わからんど。

幸吉は、素性の見えない男なんだけど。
いつか会う“姉やん”のため、無心にトントンと草鞋を作る姿には、童心の清さがぎゅっと詰まっていて。
倭さんの編み出す純粋さに、胸を衝かれた。
この方の演技は、本当に、一番素直な種類の感動を呼び覚ます。

物語は、月明かりの中、悲劇に終わる。
明らかになる“姉やん”の正体と、流血の惨事。
幸吉の泣き顔が、照明を落とした舞台に、ぎりぎり焼きつく。

私は、伏線を溜めて溜めて、最後でそれを一気に回収して泣かせるっていうパターンが一番涙線に来るので。
前半で、“姉やん”を思って働く幸吉の姿を、もう少し長く見たかったな…と欲が出たりもするけど。
「姉やんに会いたい、どうやったら会えるん?」
幸吉が泣きながら、姉やんのいる月に向かって手を合わせて。
突っかえながら、唱える文言。
「なみゅあみ、なむあみ、だぶつ。これで姉やんに会える?」
この場面には、やはり切なさ・哀れさが極まっていた。

7か月ぶりの関西公演。
大入りの客席には、「やっと戻って来てくれた~」と笑顔の関西ファンの方もいらした。
〈倭組〉の皆さんも、懐かしい関西の空気で、リラックスされてるような。

私自身も、4か月ぶりの大阪の空気を満喫してきました。
ちょっと地下鉄乗ったり歩いただけで、他の大衆演劇場に出くわすのが面白い。

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