見海堂劇団お芝居「黒潮に叫ぶ兄弟」

2014.4.19 夜の部@ゆの郷

いわゆる“毒親”の悪役を見た!
「騙されたお前が、トンマなんだよ」
見海堂駿さん演じる、漁師の新兵衛。
酒びたりの日々の果てに、金に目がくらんで、息子に斬りつける。
まともな漁師だった頃の片鱗を思わせる、羽織の群青色が、よれよれ揺れる。

写真・見海堂駿代表(当日舞踊ショーより)


見海堂劇団は初鑑賞、ゆの郷も初めて。
土曜日の休日出勤のご褒美がてら、仕事帰りに足を伸ばして、お風呂と初めての劇団さんを堪能して来た。

お芝居「黒潮に叫ぶ兄弟」は、灯台守の弟・新吉(見海堂光副座長)と、兄・新太郎(風吹あさとさん)の兄弟愛を描く。
しかし、ストーリーを黒々と染めるのは、兄弟の父親の新兵衛だ。
駿さんは、酒焼けした肌色のメイクに千鳥足。
虚ろな目で、舞台にふらふら現れる。

浜を支配する高浜の親分(見海堂真之介総座長)は、新兵衛に儲け話を持ちかける。
「今年こそ、うちの一家が一番に大漁旗を揚げなけりゃ、うちは他の一家にやられちまう」「そこで、灯台の灯りを消して、海を真っ暗にしたいんだ。他の舟が彷徨ってる間に、うちの舟が真っ先に浜に辿り着けるようにな」
「新兵衛のとっつぁんよ、お前の息子の新吉が、灯台の鍵を持ってるだろう。その鍵を盗んで、俺の所に持ってこい」

――褒美に、十両やろう。
この言葉で、新兵衛の目の色がおかしくなる。

新兵衛は家に帰り、新吉から鍵をせしめようとする。
純粋な新吉は、「とっつぁん、それ、正気で言ってるのかい」と震え声で慄く。
「灯台の灯りが消えたら、漁師のみんなは真っ暗な中で灯りを見失っちまう。方向がわからなくなって、舟がひっくりかえったりして、死んでしまうかもしれないんだぞ」
だが新兵衛は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかり。
「それがどうした、俺の知ったことか」

兄の新太郎も、「楽な暮らしがしたいなら、これから俺たちが一生懸命働いて、親孝行するから」と懸命に訴える。
それでも新兵衛は、ふんと鼻を鳴らして。
「この先どんなにお前たちに親孝行してもらったところで、十両なんてまとまった金が手に入ることは二度とないだろうよ」

駿さんの眼差し、唇の動き、一つ一つに、どろりとした欲望が絡みつく。
「鍵、鍵を持って来たぞ、早く金をよこせ」
新吉から鍵を奪い取り、高浜の親分の元に駆けつける。

鍵を追って来た新太郎が、覚悟を決めて父に刀をかざせば。
「すまんかった、実は高浜の親分に脅されて、鍵を盗んでこなければ殺すと言われ…」
ベタベタな泣き落とし。
駿さんが、唾を頬になすって涙に見せる動作が、笑いどころなのにぞくりとする。

そして刀を下ろした新太郎に、新兵衛は背後から斬りかかる。
…思わず私は、口を押さえてしまった。
大衆演劇では、親子の情愛は絶対的セオリーだと思っていたから。
新兵衛にも、物語の最後では改悛が訪れるのではと、想像していたのに。
予想を軽々と裏切って、昏く笑う、駿さんの横顔。
毒のような父親像は、強烈な印象を残していった。

それから、もうひとかた。
見海堂真之介さんの高浜の親分役にも、見ている側を不安にさせる、ほの暗さが漂っていた。

写真・見海堂真之介総座長(当日舞踊ショーより)


「うちの一家は、最近やられっぱなしだなぁ…」
ほっそりした高浜の親分が、白い着物で舞台に出てきたときから。
なんだか心をざわめかせる、言葉にしがたい恐さを感じていた。
しばらくして、真之介さんの涼しげな目元の上に気がついた。
わかった、眉を描いていないんだ!

眉のない顔には、何か心を不安定にする恐さがある。
真之介さんを見ていたら、中学生の頃大好きだった映画「ロード・オブ・ザ・リング」の、蛇の舌グリマという悪党を思い出した。
演じていたブラッド・ドゥーリフさんが、グリマの不気味さを表す手段を試行錯誤した末に、「眉のない顔」に辿り着いたとインタビューで語っていたのだ。

真之介さんの高浜の親分と重なったのは、ただの偶然だとは思うけど。
欠けた顔のバランスが、精神の欠落を象徴しているかのようで。
「新兵衛よ、お前の息子は別に殺しちまってもいいんだな?」
駿さんのどっぷり黒い悪役とまた違った、じわじわ忍びよる恐さだった。

いつも主役の座長さんが、悪役を演じるのって、いいよね…。


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まな美座お芝居「祭り太鼓に泣く親父」・2

2014.4.12 @メヌマラドン温泉ホテル

島崎寿恵さんの圧巻の演技について、ウキウキ語っている①はこちら。
今回は、芸達者な男優さんお二人の話をしたいです。

まず、里見剣次郎さん。
(0481.jpやブログでは剣次郎さんが座長となっている)

剣次郎さん演じる佐太郎親方が、舞台右手から現れて、第一声。
子方の大工・虎五郎を、少し困り顔で注意する。
「虎五郎、お前はまた…」
…その一言で、極めて良い声にびっくりさせられた!

写真・里見剣次郎さん(当日個人舞踊「黒い花びら」より)


「ねえお島、あの人は、私にとっては大事なおとっつぁんなんだよ」
ただ聞きやすい、きれいなテノールの声というだけではない。
体の底から出て、確かな重みを持って響く。
一方で、ターンと風を打つような爽快さがある。

まな美座の芝居はDVDで見ていたから、剣次郎さんという方は良い声なんだなぁと思っていたけど。
生で聞くと全然違う!全然!

「お鷹は私が苦しいときに、一緒にいてくれた。苦労を半分にしてくれた。それなのに、私が仕事ばかりで淋しい思いをさせてしまったのがいけないんです」
「おとっつぁん、またいつでもうちに来てくださいね。今度はおっかさんも一緒に。おとっつぁんが来ないときは、私たちが迎えに行きますからね」

劇中、剣次郎さんが喋る箇所は、自然と真剣に耳を傾けていた。

私はお芝居での声にやたらこだわりが強いので、ちょっと余談。
最近読んだ演劇の本に、あるフランスの名優が、レストランのメニューを読み上げただけで人々を感涙させたという説話が載っていた。
これは伝説じみてるけど、良い声を持つ役者さんって、本当に何を言っても心に響く。
このブログで書いたことのある美声の持ち主といえば、劇団花吹雪の桜春之丞座長とか、剣戟はる駒座の宝華紗宮子さんとか。

初めて見た里見剣次郎さんも、頭の中の“美声の役者さん”カテゴリに入れておこう。

それから、子方大工・虎五郎を演じていた市川新さんも忘れがたい。
虎五郎と、寿恵さん演じるとっつぁんが酒盛りする場面は、私的に一番見応えがあった。

写真・市川新さん(当日舞踊ショーより)


寿恵さんが、頭から足の先までお爺さん!という感じの憑依っぽい演技なのに対して。
新さんの演技には、虎五郎役との間に少し距離を置いた、冷静さが絡まっている印象だ。

「いけねぇ、忘れ物しちまった」と親方の家に戻って来て、一人留守番していたとっつぁんと鉢合わせ。
「やい泥棒、何やってんだお前、勝手に酒まで飲みやがって」と観違いして騒ぐも。
親方の舅だとわかると、「すみませんでした、おとっつぁん」と地に伏してぺこぺこ。

そんな、うっかり者の虎五郎のキャラクターだけど。
新さんのセリフ回しは、どこか茫洋として、頭からのめり込まない。
でも、なんだか、茫洋さを保ったままの独特の勢いがあるのだ。

たとえば、べろべろに酔った虎五郎が、とっつぁんにも次々と酒を注ぐ場面。
「飲みねぇ飲みねぇ、寿司食いねえ、あ、ごめんちょっと零した、さぁ飲みねぇ」
“ちょっと零した”と言いつつ、演技なので徳利もおちょこも空っぽ。
新さんの創り出す、つかみどころのないペースは、のんびりしているようで、虎五郎の酔い加減に合わせて段々加速する。
「酒癖が悪いのう、お前…」と困惑顔のとっつぁんと一緒に、舞台全体が虎五郎のペースに巻き込まれていた。

最後に、4/12(土)は、舞台以外でもとっても幸せなことがあった。
昨年夏に客席で知り合った群馬の友人と、再会できたことだ。
「ショーがどんなに華やかでも、やっぱりお芝居が良くないと」と、各劇団のお芝居を重視する彼女は、群馬や東京に来る劇団のお芝居を、常々しっかり見ている。
開演前に、彼女とお芝居トークで盛り上がれたのは何よりの喜びだった。
「主役が手前で喋っているとき、後ろの方でちゃんと“話を聞く演技”をしている若手さんには目が行くよね!」
と私が言うと、共感してもらえたのが嬉しくって。
改めて、ありがとう!

まな美座、熊谷は遠いけど今月もう1回くらい、なんとか行けないかな…。

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まな美座お芝居「祭り太鼓に泣く親父」・1 島崎寿恵さんの父親役

2014.4.12 @メヌマラドン温泉ホテル

昨年10月から、まな美座は気になる存在だった。
「芝居が好きなんだったら、来年3月に旗揚げする、まな美座は見た方がいいよ」
昨年9-10月、劇団KAZUMA東京公演に指導に来ていた美影愛さんに、そう伺っていたからだ。
(以前美影さんについて書いた記事はこちら)

東京からローカル線を乗り継ぎ、熊谷駅からバスに揺られ、三ツ橋バス停からてくてく徒歩、合計で片道3時間。
メヌマラドン温泉のピンクの壁が、目の前に現れたときはかなりの達成感があった。
わりと朝早めに着いたけど、大広間では既に地元のお客さんたちが、お風呂グッズを手に、輪になってお喋りしていた。

「寿恵さん、この人は本当にうまいから」
美影さんに何度も名前を聞いた女優さんを、ようやく見れた!

写真・島崎寿恵座長(当日個人舞踊「くらやみ橋から」より)

(0481.jpでは寿恵さんは指導となっているけど、4/12(土)に座長として口上挨拶されていたのは寿恵さんでした。なので島崎寿恵座長と表記しています)

「祭り太鼓に泣く親父」の寿恵さんは、まさかのお爺ちゃん役!
頬をこけさせたお爺ちゃんメイクに、ぱちぱち瞬く目が可愛い。
ひょうたんとおかめが描かれた履き物がユーモラスだ。

寿恵さん演じる老いたとっつぁんは、江戸に嫁いだ娘・お鷹に会いに、田舎からはるばる娘の嫁ぎ先へやって来る。
「ああようやく着いた、本当に会えた、会えた、婿殿!」
娘婿の佐太郎(里見剣次郎さん)に迎えられて、歓声を上げる。

佐太郎は、腕のいい大工の親方になっていた。
その評判を聞き、とっつぁんは上機嫌だ。
「ここまで来る途中、人に案内してもろうたんじゃが、婿殿のことを、若いのにあの人は大したもんじゃと言うとったぞ」
それになぁ、と照れ混じりに続ける。
「わしの娘のことも、褒められた褒められた…。佐太やんの成功は、半分以上が嫁の力じゃとな」
“あの家の女将さんは素晴らしい”と人から褒められて、とっつぁんは娘のお鷹が誇らしくって仕方ない。
演じる寿恵さんの全身から、娘への慈しみがいっぱいに滲み出てくる。

喜色満面のとっつぁんは、気づかない。
佐太郎の顔が、ずっと曇っていることに。

佐太郎が出かけ、とっつぁんが一人留守番をしていると、子方大工の虎五郎(市川新さん)が戸を叩く。
一緒に酒盛りしたのが間違いだった。
泥酔した虎五郎の口から、真実が飛び出してしまう。
「親方も、前の女房はろくなもんじゃなかったぜ、あのお鷹のやつはよ!それに比べて今のお島姐さんは、観音菩薩だよ、ホント」

とっつぁんの顔が凍りつく。
喜劇から哀歌への転調。

全ては、とっつぁんの誤解だった。
“嫁の力が半分以上”
寄せられた賛辞は、佐太郎の後妻のお島(夢一途さん)へのものだった。
お鷹は、浮世絵師と浮気し、佐太郎の金を持って駆け落ちという恥知らずを犯した後だった。

喜びに満ちた前半の分、後半の哀しみはひたひたと染み入る。
「たとえどんなに出来の悪い子であっても、お鷹はわしの娘じゃ。わしにとっては、たった一人のかけがえのない娘なんじゃ」
寿恵さんは瞼をきつく閉じて、体を震わせ、両手を重ね合わせて。
親心の悲しさ、盲愛の愚かさまでありありと紡ぎ出される。

佐太郎とお島の夫婦は、お鷹との縁は切れても、とっつぁんとの縁は切れないと言う。
「いつでも、うちにいらしてくださいね」
優しく言うお島を見つめ、とっつぁんはぽつりとつぶやく。
「優しいのう…わしの娘があんたのようだったなら…」
夕闇の中、遠くからぴぃぴぃと祭りの楽器の音が響いてくる。
親子の風景は、祭りの浮かれ気分に取り残されたような寂寥に包まれる。

幕が閉まる直前、田舎に帰って行くとっつぁんのぼやきが印象的だった。
「付けた名前が悪かったかな…お鷹なんて名にしたから、どこへ飛んでいったかわからんようになってしもうた。お亀とかにしておけばよかったかもしれん」
客席になだらかな笑いの波が起きた。
「お鷹よ、お鷹よう…」
寿恵さんが目を潤ませながら、杖にすがるように、舞台袖の道をはけていく。
田舎から出てきた娘思いの父親は、悲しくて、でもユーモラスで、同情すべきで、同時におかしい。
悲しすぎず、笑いにも転がらず、そのさじ加減が見事だった。

そして寿恵さんの口上挨拶の丁寧なこと!
「お客様の少年・少女のような笑顔を見るのが、私にとって何よりの喜びでございます。今日は宝物のような日になりました!」
最前列に座っていたので、寿恵さんのきらきらした目を間近で見られた。
若者のような勢いのある語り口に、一気にこの方を好きになってしまった。
送り出しで少しお話ししていただくと、
「東京からわざわざ、ありがとうございます」
パッと心に飛び込んでくる朗らかさ、笑顔の大きさ。

そんなわけで、寿恵さんがあまりに圧倒的な存在感を放っていたけど。
里見剣次郎さんと市川新さんの巧さにも目を見張った。
②に続きます。

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木漏れ日に憩う―春陽座・澤村心二代目座長―

いつ見ても、きれい。
いつ見ても、ほろほろ白く。
“心様”は、たおやかにそこにいる。

写真・2014/4/6舞踊ショーより


先週、1年半ぶりに春陽座に再会して、改めて沁みてきたものがある。
澤村心さんから滲み出る、安らかな美しさ。
澤村かずま三代目座長の、強烈に人を惹きつける明るい引力もさることながら。
気づくと、二代目のアルカイック・スマイルに目が行く。

心さんは、お芝居のスタイルも凛ときれいだ。
もう2年前だけど、忘れられない場面がある。
2012年9月の浅草木馬館千秋楽、お外題は『笠飛び峠』。
昔なじみの二人の男のうち、一人がもう片方の男の父を殺した上、許嫁を奪って逃亡してしまう。
裏切ったほうの男がかずまさん、裏切られたほうが心さんだった。

年月を経て、二人の男は再会する。
かずまさんは、犯した罪の大きさに慄き、地に伏せて「許してくれ」と繰り返し哀願する。
一方心さんは、裏切り者にまっすぐ刀を突きつける。

心さんは刀を時折傾けたり、じりじりと近づけたりしながら。
大きく踏み出した片足、厳しい眼差しの横顔。
その姿は、遺恨に挑みながら、自らの心の奥底を確かめているようで。
裏切った者と裏切られた者の邂逅の絵の中を、一種の心清さが通り抜ける。
心さんの作る人物像の底のきれいさゆえに、この一枚の絵は私の胸に焼きついた。

また、心さん大ファンの私の友人いわく、
「やっぱり心さんは女形の美しさがピカ一!」

写真・2014/4/5舞踊ショーより


このお写真を見ても、心さんの女形は、賢くて冷静な女性に見える。
演歌にありがちな、恋情のあまり倫理を見失ったり、男に騙されて恨んだりっていう事がなさそう。
春色の着物で踊る女形は、淡々と、静かに先の先まで見据えていそう。

そんな舞台を見ていて、心さんって基本的に人に対して怒らないんじゃないかな、なんて思っていた所。
先週、ユラックスのかずまさんの口上で、聞いて驚いた。
「心座長はとにかく優しいんですよ、若手に対しても叱るっていうより注意するって感じで。“ごめんな、次はこう刺してな、頼むで”っていう感じで言うんですよ」
「もう13年つき合ってますけど、心座長が声を上げて怒るのって…2回しか見たことないですね」

心さんは今35歳なので、13年前はまだ22歳ということだ。
そんな頃から、あの穏やかな目はどんな所を見ていたのだろう。

毎日の舞台には、喜びも悲しみも怒りも、嫌になるようなことだって転がっているのかもしれない。
でも、心さんには一点の曇りも見えたことがない。
送り出しでは、常々「ありがとな~!」と笑みを深めてくれる。

穏やかな人の、内面の闘いを思う。
人に笑むために、飲み込んだものの大きさを思う。

だからなのか、心さんの笑顔は、見るたびに胸の底に温かく注ぐ。
太陽みたいな光線で灼くのではなく。
柔らかな木漏れ日が降るように。

かかるハンチョウは、「心様!」
憧憬混じりに、尊敬混じりに見上げたくなる、かの二代目。

と言いつつ、実は、アップテンポのポップスで踊る心さんが好きだ。
ラストショーとかで皆と一緒に、楽しそーにノリノリで踊っている心さんを見ると、実に嬉しい。
そして普段あんまり落ち着いているものだから、そんなときは齢相応の若さが見えてなんだかうきうきしてくる(笑)

観劇仲間達と春陽座について語っていたとき、
「春陽座っていう劇団名は心さんの笑顔のこと!」
と叫んで、満場一致をもらったことがある。

“いつも穏やか”は癒しになる。
“いつもきれい”は希望になる。
春の光は憩いを運んで、いつの日も絶えることなく、客席に差し込む。

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以前も心さんの持つ品の良さ、清廉さについて言及したくなったことがあります。
そのときの記事

春陽座お芝居「暗闇の源太」

2014.4.5 昼の部@ユラックス

2012年10月の春陽座の東京公演から、実に1年半。
ずっと、あのきれいな型のお芝居が見たいなと思っていた。
「チェックしてなかったの?4月のユラックスは春陽座だよ!」
元々4月に三重に行く予定があった私は、友人の一言で決意して。
予定を最初の土日にずらし、花金の夜、意気揚々と深夜高速バスに乗り込んだ。

ただっ広くて明るい、ユラックスの大広間。
お芝居「暗闇の源太」が始まるとすぐ、槍を持った役人たちがバタバタと舞台に走り出てきた。
澤村みさとさんに、澤村美翔さん……みんな懐かしいなあ。
そして、ざんばらの長い鬘を振り乱して、転がり出てきた影が一つ。
澤村かずま座長の大きな目が、顔に降りかかる鬘の間から、必死に辺りをうかがう。

写真・澤村かずま座長(当日個人舞踊「羅生門」より)


かずまさん演じる源太は、島抜けをした罪人で、役人に追われている。
源太は、女房が身ごもったのをきっかけに、江戸へ出稼ぎに来た。
しかし、不運な弾みで人を殺してしまい、島送りになった。
女房にも、生まれたはずの赤ん坊にも、一度も会えないまま。

そんないきさつを、源太は役人の花房(澤村心座長)に語る。
「なぜ島を逃げ出したりした?」
花房に問われると、源太の顔がくしゃりと歪む。
「ここのところ、女房のやつが、毎晩夢枕に立つんです。おまえさん、おまえさんって、哀しそうに呼ぶんです。女房と子どもの身に何かあったんじゃないか、二人に何か起きてるんじゃないかって、いても立ってもいられなくて…」
話しているうちに、悲しみが募って来たかのように、両手が空を切る。
「捕まったら死罪になるのはわかってる。だけど一目、一目でいいから二人に会いたい、そうしたら俺はもう死んだっていい!」
哀願する源太に、私は気づけば自然と共鳴していた。

かずまさんの感情豊かな演技は、善良な一般庶民の役だと、これはもうすっかり飲まれる。
2年前に東京で見た、「御用晴れ晴れ街道」の恩返しするスリの役もそうだった(そのときの観賞録)。
ただ毎日を懸命に生きている、市井の人間の素朴な喜怒哀楽が、骨太の体にぎゅっと詰まっているのだ。

花房の情けで、源太はほんのわずかな間だけ、故郷の村に戻る。
恋女房は既にこの世の人ではなかったが、忘れ形見の子ども・金太(澤村煌馬くん)は元気に育っていた。
「おっかさん、ちゃん、ただいま!」
金太がおっかさんと呼ぶのは、源太の姉・お吉(澤村かなさん)。
ちゃんと呼ぶのは、お吉の夫・伊太郎(滝川まことさん)。
姉夫婦は、源太に代わって金太を育ててくれていたのだ。

源太は自分の素性を明かさず、金太を膝に抱く。
「なぁ、金坊は、ちゃんとおっかさん、どっちが好きだ?」
金太は勢いよく答える。
「ちゃんかなぁ!おっかさんは小さいことでもすぐにおいらを怒るけど、いつもちゃんが庇ってくれるんだ。だからおいら、ちゃんが大好きなんだ!」
「そうか…ちゃんが庇ってくれるのか…」
呟いて、源太は空を仰ぐ。
噛みしめるように眉を寄せ、目を細める。
「―伊太郎さん…」
この一瞬のかずまさんに、脈打つ哀切。
実の子でもない金太を可愛がってくれる伊太郎への、申し訳なさ、ありがたさ。
同時に、本当は自分が“ちゃん”なのだ、と言いたいのを堪える切なさ、苦しさ。

源太が、家に帰る金太を見送る場面は、ことさら胸に迫る。
「おじちゃん、またね!」
客席の喝采を浴びて、煌馬くんは袖にはけて行った。
その後も、かずまさんは舞台端に一人立って、去って行ったほうへ手を振り続ける。
「気をつけろよ、金坊、転ばないようにな、ああ、まだ手ぇ振ってる」
角度を変え、高い所へ上がり、舞台の端の端までにじり寄って、体を乗り出して、ひたすら手を振る。
源太の瞳の中で、小さな息子の姿が石ころのようになり、豆粒のようになり、ついに見えなくなるまで。
その姿に、親だと名乗ることのできない、行き場のない愛情がせり上がる。

澤村かずまさんという役者さんは、これから必ず、大衆演劇界を引っ張って行く人の一人になるのだろうと思う。

相当お久しぶりの私なのに、春陽座の皆さんが、送り出しで「めっちゃ久しぶり!」と覚えていてくださってありがたかった。
会いたかった、春の陽だまり。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「虎の改心」

2014.3.23 昼の部@スパランドホテル内藤

心底好きな喜劇って、思い返すたび、ほっこりとした笑いが改めて胸にほころぶ。
「虎の改心」は、見てるときも楽しかったけど、見た後で何回思い出しても楽しい!

不動倭座長演じる酔っぱらいの虎が、舞台端からよれよれ歩いてくる。
「酔ってない、ひょってないってぇ、言うてるやん」
呂律の回らない舌といい、絡むような千鳥足といい、倭さんの虎は酒くささまで客席に臭ってきそうだ。
頬は真っ赤、そして、羽織る着物も能天気な赤色。

写真・不動倭座長(当日舞踊ショーより)

最近、初めて倭さんを見た友人が、「すごくきれいな顔立ちの人」って評していた。こういうお写真を見るとそれがよくわかる。

さて大工の虎は、基本的にはいい人なのに、酒を飲むと豹変してしまう。
その日も、気持ちよく昼間から酒を煽った途端、女房(叶夕晏さん)に喧嘩をふっかけ始めた。
義父(宝華弥寿さん)が止めに入ると、あろうことか。
「お前ら、そうかわかった、実の親子で間男しとるやろ!」
そんな馬鹿な…と言う暇もなく、出してきたのは出刃包丁。
女房と義父は慌てふためき、
「虎に殺される、殺される!」
と、虎の面倒を見ている棟梁(勝小虎さん)の家に逃げこむ。

倭さんの前日の口上で、酒癖の悪い男の話だっていうのは聞いてたけど。
わりと深刻なレベルのドメスティック・バイオレンスだった…!

虎は、べろべろに酔ったまま棟梁の家にやって来る。
「うちのかかあとじじい、ここに来とりますやろ。あいつら間男しよるねん、間男成敗したるんや」
ここで、棟梁はひとつ芝居を打つ。
「なら、飛び道具を使い。これで撃ったら一発や」
出刃包丁の代わりに渡したのは、黒光りするピストル。
ただし、玩具の。

虎に悩まされる周囲の人々を集めて、棟梁は筋書きを説明する。
「ええか、みんな、虎に撃たれて死ぬっちゅう芝居をしてほしい。この機会に、酒癖の悪さを直したらんとな」
芝居の参加者は5人。
虎の女房、義父、茶店の豆吉(宝華紗宮子さん)、後輩の大工(勝彪華さん)、それに少々頭のぼんやりした棟梁の息子(叶夕茶々さん)。

この5人の“死に方”がそれぞれに強烈で、舞台を賑々しく盛り立てる。
個人的に好きだったのは、紗宮子さん演じる豆吉かな。
「わし、もう人生に疲れたー!なあ、頼むから殺したって、殺してえなー!」
と、舞台に大の字になって、駄々っ子のように死をせがむ場面のシュールさ(笑)

「虎の改心」は、明るく描き出される嘘の世界だ。
酔いが回って頭を突っ込んだ先は、キッチュな彩りの玩具箱。
ぱぁんと玩具のピストルが鳴れば、冗談みたいな殺人が起きる。

でもその中に、確かな深い息遣いが現れる。
「みんな、みんな死んどる、どないしよう」
ようやく我に返った虎の嘆きは、それまでの笑いとの落差で、より沁みる。
「ああ、わしは、なんてこと、ホンマになんてことをしてもうたんやろ」
倭さんのくしゃくしゃの泣き顔が、物語の奥に埋まっていた吐息を掘り出す。

玩具箱みたいなお芝居の奥底に、さりげなく配された温もりがたまらなく好きだ。
小虎さんの棟梁にも、年期の入った苦労人の風情が織り込まれている。

写真・勝小虎代表代行(当日舞踊ショーより)


棟梁が可愛がっている息子には、やや事情があったりする。
「お前、いくつになった、言うてみ?」
問われて、茶々さん演じる息子は、楽しそうに指を八本立てる。
棟梁は額を押さえて、ため息をつく。
「あのなあ、お前もう二十歳や。八つの歳に頭を打ってから、ずっと頭の中が八つで止まってしもうたけど、お前もう立派な大人なんやで」
茶々さんのぽややんとした笑顔は、劇中では笑いにしか転化されないけど。
実は、棟梁のけっこうな苦労をほのめかせる設定じゃないだろうか。

「わしの大事なせがれに、何しとんねん!」
彪華さん演じる若大工が、息子に乗っかって苛めていると、すぐに飛んできて檄を飛ばす。
永遠の八歳児と暮らしてきた日々が積もって、棟梁の家の居間が、うっすらと情けの透ける風景になる。
小虎さんの悪役の話は再三してるけど、情の伝わる苦労人の役も良いですよねえ。
(懐かしいところでは「七福神」の番頭役とか)

ぱぁんと鳴る、玩具の銃声の向こう。
ほろりと溶ける、心のひだ。
「虎の改心」、今まで見たはる駒喜劇で一番好きかもってくらい好きになった!
スパランドホテル内藤ではきっちり1時間に収めていたけど、劇場で上演するときはもっと長めに演ったりするんだろうか。
たっぷり、じっくり…いつか必ず劇場で見たい。

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