剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「闇簪」

2014.3.22 夜の部@スパランドホテル内藤

黄色い縞の着物で、元気な足をむき出して、花道の間をバタバタ走ってくる。
「兄貴―!安太郎の兄貴!」
夜の部の「闇簪」はなんと言っても、晏さん演じる三枚目・“もんじ”の楽しさが抜群!

写真・叶夕晏さん(3/23個人舞踊「Love Love Love」より)


この個人はとっても優しくて可愛かった。先月大島劇場で仲良くなった方に、「晏さんの舞踊が大好きで毎回楽しみ」という方がいたのも頷ける。

さて、もんじは、倭座長演じる主人公・安太郎の弟分に当たる。
旅に出ていた安太郎ともんじが、白木屋一家に帰って来ると、親分が亡くなっていた。
安太郎が跡目を継ぎ、お嬢さん(宝華紗宮子さん)ももらい受けることになる。

「なんだよそれー、跡目もお嬢さんも兄貴がもらうってのかよ、やってらんねえや」
拗ねるもんじをなだめようと、安太郎は知恵を使う。
「もんじ、お前には俺の後見をやってもらおうと思うんだ」
一家を城にたとえて、
「お殿様なんてのはなぁ、馬鹿でもできる。実際に裏でお殿様を動かしてるのは後見だ。後見は賢くなくっちゃあできない。だからお前に頼むんだ」
ここでもんじの曇り顔が一点、輝く。
「俺は賢いから後見かぁ!馬鹿な兄貴は親分をやって、賢い俺が後見…わかったよ兄貴!」
シンプルかつ自分への自信満々な思考回路が、いっそ清々しい。
晏さんが演じると、輪郭に率直さが滲み出て、可愛さまで増してくる。

私が好きなシーンは、もんじがお嬢さんに旅の面白話を聞かせる場面。
「ホントにこんなことがあったんだよ!安太郎の兄貴ってば、困ったもんだぜ。女とくれば見境なし!」
父親が死んで落ち込むお嬢さんを笑わせて、少しでも元気づけようとする。
単なるお馬鹿さんではない、人格の優しさが描かれていて、何より満面の笑みで威勢よく演じる晏さんを見ていると、温かい気持ちになる。
まあこの後、旅の話が段々安太郎の悪口になるっていうオチはつくのだけど(笑)

つくづく、晏さんの芝居の魅力を味わえたことは、山梨遠征の大きな収穫だった。
丸っこい顔に乗っかる表情が、弾けるように変わる。
締まった唇がぱかっと開いて、高音のセリフがつんのめるように走る。
昼の部の「匕首六之助」のおぎん役も、大熱演だったし。

もんじの生み出す笑いが「闇簪」の明の部分だとすると。
暗の部分を引き受けるのが、白木屋一家親分の後妻のお巻(宝華弥寿さん)。
神楽獅子の親分(勝小虎さん)と取引して、夫を殺させた黒幕である。

写真・宝華弥寿さん(3/23舞踊ショーより)


まず、大衆演劇で女性の悪役っていうのが珍しい気がして、悪役好きとしては注目せずにいられない。
私の中でお巻のキャラクターは、“傘を持つ女性”というイメージ。
弥寿さんの傘の使い方が、とても巧みで象徴的だったから。

たとえば、お巻と情人の吉松(勝彪華さん)の場面。
お巻が親分を殺してしまったことに、吉松は慄いているが、お巻はねっとりと艶のある声を投げかける。
「吉松、お前の欲しいのは…これだろう?」
お巻の持っていた大きな傘で、二人の男女の姿はすっぽり覆われる。
すぐ傍に親分の遺体が転がっているというのに、二人からは見えなくなる。
血の罪悪が傘に隠され、代わりに睦みの匂いが立ちこめる。

傘って、“隠す”道具になりうる。
後にお巻は吉松とも情がもつれ、口封じに吉松をも殺してしまうのだけど。
そのときも傘を持っていて、広げられた骨と布の向こうから、ぬっと小刀が突き出す。

「ねえ吉松、あたしと別れるのはわかったからさ。これで今生の別れになるかもしれないんだよ、別れ酒の一杯くらい、つきあっとくれよ」
とても毒婦には見えない、お巻の洒脱な笑い方。
粋な女性が、風情をまとって大きな傘をぱらり広げる。
傘の内側、隠された奥、殺意が閃く。
お巻と傘、シンボリックな組み合わせが印象的だった。

晏さん・弥寿さんをはじめ、卓抜した女優さんを見ると。
沸く思いは憧れと、ほのかな切なさ。
一応この身も女だから?
勝手に感じてしまう共感と愛情は、かっこいい男優さんに対する高らかなファン心よりも、ひょっとするとざらりと深い。
大衆演劇ファンの友達や、客席で仲良くなった方の話を聞くと、実は心に「ひいきの女優さん」を秘めている方の多いこと。

凛とした女優さんのまなざし、大好き。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「匕首六之助」

2014.3.22 昼の部@スパランドホテル内藤

〈倭組〉のお芝居が見たいよーと騒ぐ心に、素直に従って。
手にはうきうきと特急列車の切符。
甲州・石和温泉へ、週末弾丸旅行して参りました!

スパランド内藤の観劇処・「夢屋」は、とってもきれいでスタッフさんもきびきびしているところだった。
土曜のお昼のお外題ば「匕首六之助」。

幕が開くと、叶夕茶々さんが辻占売りの姿で、舞台をトコトコ歩いていた。
―淡路島 通う千鳥の 恋の辻占―
茶々さんが歌っている歌は、じんと沁みる哀調だ。
この辻占売りの少年・与吉と、スリの六之助(不動倭座長)が出会うところで話が始まる。
「なぁ与吉、さっき辻占を売るとき、何か歌ってたなぁ。もう一回聞かせてくれ」
「うん、いいよ」
通う千鳥の恋の辻占……冒頭の風景は、芝居全景を寂寞と包む。

写真・叶夕茶々さん(当日舞踊ショーより)


写真・不動倭座長(当日舞踊ショーより)


六之助は、母のお民(宝華弥寿さん)の待つふるさとに帰って来た。
だが、悪名高い盗人になってしまった今、親子名乗りができるはずもない。

私が胸を衝かれたのは、六之助が家の外でひっそり聞き耳を立てている場面。
家の中から、お民と妹のお美代(宝華紗宮子さん)のお喋りが、弾んで聞こえて来る。
「お美代、お前の縁談も決まってよかったなあ」
六之助は少し目を丸くし、縁談…となぞって言う。
「あとは、せがれの六之助さえ帰って来てくれればなぁ」
お民の諦念混じりの言葉が聞こえると、六之助の目が切なそうに縮まる。

家の中の母と妹、家の外の兄。
戸に寄りかかる倭さんの表情に、断ち切れない肉親への愛情が語られる。

そして結局、母子の縁は、嘆きの中に引きちぎられる。
母と妹を脅す高利貸しの金兵衛(勝小虎さん)を、怒りにまかせて殺してしまい、六之助はお民の前で役人(勝彪華さん)に捕えられる。
お民は目が見えない。
けれど声から、すぐそこにいるのが六之助ではないかと察する。
「目が開きたや、目が開きたや、ああ!」
骨ばった指が、見えない目を何度もこする。
息子を求めて、這うように手のひらで地面を探る。
弥寿さんの苦しいくらい肉薄した演技に、客席で目元を押さえる人が多数。
私も感涙…。

写真・宝華弥寿さん(当日舞踊ショーより)

この方の老け役は本当に至芸だと思う。

そして、深い構造だなぁと思ったのが、もう一組の母子が配されていること。
冒頭に出てきた辻占売りの与吉は、ふるさとの両親が死んでしまい、姉のおぎん(叶夕晏さん)を探していた。
お芝居の中盤に、六之助がおぎんを見つけ出すエピソードがある。
亡き母の縫った着物を抱きしめ、おぎんが手を合わせて叫ぶ。
「おっかさん、声よ届けば十万里、ここからお詫びを申し上げます…!」
晏さん、涙を流しての熱演だった。

おぎんの場合、母の死後とはいえ、おっかさんと呼び慕う心を口にできる。
けれど六之助の場合は、母が生きているにも関わらず、子だと名乗れない。
眼前で「六之助」と泣く母に、震える手を差し伸べても、決して触れられない。
「すまねえ、すまねぇ、おっかさん…」
空を仰ぐ倭さんの、心を噛み切るような表情が、余計に悲痛に響く。

あわじしま かようちどりの こいのつじうら…
何度か繰り返される歌は、母子の悲しみにもつれ、影を落として遠ざかる。

…と、六之助とお民の悲劇に着目して書いたけど、実はそれは一つの切り口にすぎない。
7人の登場人物全員に見せ場があって、かつスピーディーでテンポが良くて、ぴたぴたっ!とパズルがはめこまれている。
山梨行きに同行してくれた知人は、今まで見た〈倭組〉の芝居で「匕首六之助」が一番好きとのこと。

そして、皆さんやっぱり山梨のお客さんにも愛されているのが、とても伝わってきた。
倭座長の口上が始まると、すぐにアイスコーヒーが小ジョッキで差し入れられる。
倭さんが、あの人懐っこい笑顔で感謝を述べて、
「一口だけいただきます」
と言って一気飲みするのが恒例化しているようだ。

再会の嬉しさいっぱいに、山梨編は夜の部へ続きます。

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章劇・瀬川伸太郎さん個人舞踊「滝の白糸」

2014.3.15 夜の部@浅草木馬館

「不二浪劇団」の座長さんが、事情を経て、章劇にいらしているというのは聞いていた。
姿のかっこいい人だなぁ!というのが第一印象。
ミニショーの立ちの踊りも、お芝居の股旅姿も、背が高いので黒の衣装が決まる。
180センチはあるだろう、大きな体躯が敏速にきびきび動く様が気持ちいい。

だから、女形の個人舞踊が「滝の白糸」とアナウンスされたときはちょっとびっくりした。
儚げな悲劇の曲、がっしりした体でどう踊られるんだろう?

写真・瀬川伸太郎さん(「滝の白糸」より)


―心だけ下されば 倖せだから
どうぞどうぞ 行って下さい 東京へ―


やっぱり180センチの白糸、大きいな…(笑)とは思ったけど。
それ以上に惹きつけられたのは、潤んだ目。
はつはつと光る熱を湛えて、目線は、相手の男性に遠く投げかけられる。
祈りを流し送るように、手を合わせて。

―夢があなたに 叶うなら
苦労もかえって 愉しいと―


くるりと翻って。
相手との思い出を懐かしむみたいに、ため息まじりに空を仰ぐ。

私の見ていた二階席からでも、表情の変化がよく見てとれた。
哀しみの紋が、舞踊の中に収まりきらず、じんわり溢れる。
瀬川さんの白糸は、繊細で薄幸な女性…って感じじゃなくて。
もっと悲痛で、ひっかいた後に生傷の残るような。

体に詰まっている感情の量が、多そうな役者さん。
同じ日の、立ちの個人舞踊のときもそう思った。

写真・瀬川伸太郎さん(曲名不明)


こっちは実に粋で楽しげ。
歌詞に合わせて、勢いよく客席に呼びかけたりしていた。
鉢巻姿の大きな体躯から、生の感情が染み出る。

「不二浪劇団」は、東日本大震災のとき、福島県いわき市で公演中だったらしい。
大事な着物や鬘も、津波にさらわれたらしい。
それから3年、どんな苦労だったのかは知る由もないけど。

土曜の夜の瀬川さんは、ただしなやかに芸達者だった。
そして、始終、笑みを絶やさないでいらした。
お客さんのお花を受け止るときも、舞台の端で大入り手打ちをするときも、たまたま開演前に私が木馬館入り口で見かけたときも、

笑って、粋な、鉢巻姿。
揺れて、涙の、滝の白糸。

―好いた御方に 裁かれて
生命を生命を 断とうとも―


熱の中に、ぶれる、揺れる。

「滝の白糸」の終盤、白糸の死罪を表すように、床に倒れ伏せる。
それでも、なお顔を上げて。
火のような情の灯る眼差しが、最後までスポットライトの中に残る。

―滝の白糸
末は夫婦の ふたりづれ―


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章劇・梅乃井秀男さん個人舞踊「水色の手紙」

2014.3.15 夜の部@浅草木馬館

線の柔らかな、ほっそりした“女の子”だった。
軽やかに踊り出たとき、振袖がひらひら楽しげに遊んでいた。
揺れる振袖は、パステルカラーの水色。

写真・梅乃井秀男さん(「水色の手紙」より)


1年ぶりの章劇、したがって梅乃井さんの女形舞踊も1年ぶりに見た。
可愛いなぁ!と声を上げてしまいたくなるくらい、うっとり愛らしかった。

―お元気ですか
そして 今でも
愛しているといって下さいますか―


なだなかな眉、白い花の髪飾り、赤い唇にちょんと小さく乗っている笑みの形。
踊りの振りは小さめに、あくまで上品に。
淡く、ロマンチックに、リリカルに。

生身の女性の持つ湿度を、完全に打ち消して。
現実味がないくらいに、そっと客席を指す指先まで、透明感に満ちている。

浮かぶ既視感。
なんだかレトロで懐かしい…
あ、親に借りて読んだ、昔の少女漫画だ。
背後に花びらとキラキラのスクリーントーンが飛ぶ、甘い空想の世界だ。

―みずいろは涙いろ それを知りながら
あなたへの手紙を書いてます―


梅乃井さんは、目が大きくて丸みがあるせいか、風貌そのものがどこか少女めいていて。
滑らかな動作と、着物の水色が相まって、その容色は儚い。

梅乃井さんは、私が昨年2月に初めて章劇を見たときは、既にいらした。
そのときは、傘を使った立ちの踊りだった。
後で苦労人だと聞き、凛然とした眼差しの強さを思い出した。

でも昨日、私の目に映った梅乃井さんは、ひたすら可愛くて柔らかくって。


―誰からも恋をしているとからかわれ
それだけがうれしい私です―


乗り越えてきたものの大きさを、どこかに置いてきたように。
曲の流れる約3分間、この間だけは、“女の子”の顔になる。
可愛い動作、可愛い衣装、可愛い表情が、水色に溶けて、心地良く舞台に座る。
夢のミニチュアのような“女の子”。

見た後もしばらく、幸福感が胸に残っていた。
優しい味わいのお菓子をつまんだときみたいな、ほどける幸せ感が。

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大衆演劇と“帰り歌”の話

―飛べ飛べ あの日の竹とんぼ
思いの糸引きふるさとへ―
(山本譲二「竹とんぼ」)


“ふるさとへ帰る”というモチーフが、大衆演劇と結びつく時、深く胸を突くものはなんだろう。
舞踊ショーで、「帰郷」「望郷」を歌う曲があると、私はハッと目を覚ますような心地がする。
帰ろうか、帰ろう、帰りたい…
歌詞が染み入って、胸の底が、哀しく人恋しい。
ぽっかり丸く青白いライトの中、淡々と踊る役者さんに重なって、一体何が肌に迫って来るのだろう。

それらの曲を、自分の中では“帰り歌”と呼んでいる。
たとえば、梅沢富美男「帰りゃんせ」。
この曲が印象深いのは、劇団KAZUMAの柚姫将さんが踊っていたからだ。

写真・劇団KAZUMA 柚姫将さん


最近見たのは、2014年1月の京橋・羅い舞座遠征で。
―帰りゃんせ 帰りゃんせ
私ならもう大丈夫―

―気にしないで 帰りゃんせ―
美しい旋律が、将さんの持つ独特の人懐かしさと響き合う。
帰りゃんせ=「帰りなさい」と、謡い手は誰かをふるさとへ送り出す。
だから、こもる郷愁は、帰って行く人の背に乗って、遠くへ運ばれていく。

―振り返らずに 帰りゃんせ―
将さんがくるくるかざす扇子の、もっと上のほう。
澄みきった望郷が、羅い舞座の客席にゆるやかに降って来る。

その帰りなさい、という声に背を押されるように。
心がそぞろにふるさとを目指して騒ぎ出すと、今度は。
つい先月、大島劇場で見た風景を思い出す。
不動倭座長の踊る、木山裕策「home」だ。

写真・剣戟はる駒座〈倭組〉不動倭座長


―帰ろうか もう帰ろうよ―
演歌でなくJ-POPにも、ふるさと恋いは現れる。
思いっきり感傷的なメロディに加え、倭さんの瞳にはいつも大量の感情が迸る。
客席ごと、大きく帰路へと運ばれるようだ。

―茜色に染まる道を 手を繋いで帰ろうか―

もう帰ろう。
いつの間にかこんな遠く離れてしまった。
そんな気分に陥って、私の意識も帰り支度を始める。
どこか、元いたところへ帰ろうとする。

でも。
たまらなく帰りたいけど、そもそもどこへ?
帰郷は頓挫する。
灯りを見失い、帰り途を見失う。

ふるさとは遠くにありて思うもの。
茫洋とした諦念が沸き上がるとき、この歌がぴたりと心にはまる。

―竹べら突ついて 穴あけて
遠い昔におやじにねだり―


山本譲二「竹とんぼ」は、踊らない方いるんだろうかってくらい、よくかかる印象だ。
中でも忘れがたいのは、華原涼さんの舞踊。

写真・劇団KAZUMA 華原涼さん


―飛べ飛べおやじの竹とんぼ
どこまでも飛んでゆけ―

サビのところで、竹とんぼをしゅっしゅっとこする真似をして、空に飛ばす。
飛んでいく竹とんぼを見るとき、涼さんの始終冷静な目が、わずかにぶれる。
淡々としたしなやかな舞踊の中、一点の熱が発露する。
極力抑えられた表現に、うっすらにじむ、ふるさと恋し。

―くるり回せば希望の唄が
風に聞こえてくるんだよ―


舞踊の奥、立ち昇る、もやの中。
たしかに覚えのある景色が、わずかにめくれる。
けれどすぐ、閉じてまた見えなくなる。
あのおぼろこそ、私の探すものだったんだろうか。

「大衆演劇は人情と郷愁」と信じてやまない私は、こういう舞踊に出会うたび。
遠い何かに呼びかけながら、涙が出そうになる。

昔ながらの人情を謳う舞台は、やっぱり懐古と溶け合う。
新しいものを志す役者さんたちに、たとえそのつもりがなくとも。
大衆演劇は、現代から剥がれ落ちた、懐かしい細やかなひだを、自然に含むのかもしれない。

いつもに増してとりとめない記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。
もしこのブログを読んでくださる方にも、お気に入りの“帰り歌”があったら、ぜひ知りたいです。

帰ろうか、帰ろう、帰りたい…
小さな舞台に口を開ける、帰り道に歩み寄りたくて、立ちなずんでいる。

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精悍で、甘やかで―剣戟はる駒座〈倭組〉・勝小虎代表代行―

虎という動物は、強靭な牙を持つ一方で。
眠たいときのとろんとした瞳は、ネコ科らしい愛らしさ。

勝小虎さんを見ていると、名は体を表すなぁとつくづく思う。
――鋭くて精悍。
――甘やかで柔和。
真逆の形容が、すとんと一人の役者さんの両肩に乗ってしまうのを見ると。

写真・2/9舞踊ショーより


こないだの倭座長を語る記事に続き、今回はその後見役・勝小虎さんについて、もそもそ管見を綴りたい。

はる駒座を初めて見たのは、今日からちょうど1年前、2013年3月3日の浅草木馬館。
そのときから、私の印象に最も焼きついた役者さんはこの方だったりする。
理由は、お芝居「秋葉の宗太」で極めて黒い悪役を演じていたから…!
(そのときの鑑賞録。メインに書いているのは勝龍治総裁の凄まじい名演だけれど)

小虎さんの役名は鉄五郎。
義理ある親分を冤罪で島流しにし、目をつぶすという非道ぶり。
目くらになった親分がよろめきながらつく杖を、鉄五郎はべきっとへし折る。
昏い歓びに満ちた薄ら笑いに、この役者さんは一体何者なのだろう…?!とゾクゾクした。

それから1年。
「河内十人斬り」の熊太郎「亀甲組」の神南「やくざの花道」の剛三
小虎さんの創る役はどれも、質感がぬっと肌に乗るようなリアリティに驚嘆する。

それは、所作の細やかさや感情の深くからみついた声といった、芸に裏打ちされているのはもちろん。
シャープな容貌と雰囲気が、演技にぴたりハマるせいもあると思う。

大島劇場で近くの席だった団体さんいわく、
「目が素敵よね、シュッしてて、色っぽくて」
また千代田ラドンセンターでおかずを分けてくれた方いわく、
「私はあの男らしい眉が好き。いまどきの役者さんってあんまりくっきり眉描かないけど、小虎さんの眉の描き方は凛々しくって好きだわ」

切れ長の目とか、尖り気味の輪郭とか。
その面差しの艶は一つ一つが硬質で、各役柄を引き締める。

が、話はここで終わらない。
へにゃっ、と。
硬派な丈夫は、柔和に笑み崩れる。
「秋葉の宗太」の後、小虎さんの個人舞踊は衝撃だった。
目を細めて満面の笑みで踊っているのを見て、鉄五郎役だった人と同じと思えず、呆気に取られたものだ。

優しげで、なごやか――この方がもう一つ魅せる面は、枝垂れるような女形で結晶するのかも。

写真・2/11個人舞踊「ひばりの佐渡情話」より
(初見のとき感動して書いた感想)


動きは、しっとりとしどけなく。
眼差しは、ほろほろと淡く。
小虎さんの女形は、どこまでも柔らかな色味を宿して、ゆっくりゆっくり客席を振り向く。

――切れ味鋭い、精悍さ。
――心ほどける、甘やかさ。
虎の核には、両方が矛盾なく、隣り合って棲みつく。

何度か見た兎のイラスト入りのお着物は、とても象徴的だ。
男らしさを引き立てるような深い黒の一方で、足元に可愛い兎がいる着物。
あと余談だけれど、ご本人かなりの甘党らしい。
兎とか甘党とか、まつわる要素がやたら可愛い寄りなのが面白い。

お芝居が良かったとか舞踊が良かったとかの言葉には、「何もしてないんですけどね~」とニコニコ応じられる。
弟の倭座長が、感情を熱く投げ放って来る芸風なのに対し。
お兄ちゃん側には、自分を主張する欲があまりなさそう。
ラストショーではいつも、座長としてエネルギーいっぱいに輝く弟さんの後ろで、それは楽しそうに踊っていた。

ずっと、こんな風にさらりしなやかに、やってこられたんだろうか。
これからも、そんな風にあっさり飄々と、やっていかれるんだろうな。

写真・2/16舞踊ショーより


名門の大所帯だったこれまでと。
旗揚げして走り始めたばかりのこれからを。
全部心地良さげに飲みこんで、虎がほのぼの笑う。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「浅間時雨」&千秋楽舞台模様

2013.2.26 夜の部@大島劇場

水曜の夜だけど絶対千秋楽には駆けつける!
それだけ考えて、なんとか仕事を片付けて、職場最寄りの駅から電車に飛び乗って。
ホッと一息ついてから、じわじわ喜びが込み上げてきた。
行けるんだ、見れるんだ、〈倭組〉千秋楽に参加できるんだ!

大島劇場に着くと、すでにいっぱいに埋め尽くされていた。
幕開けを待つ人々の顔は、楽しみと名残り惜しさを半分ずつ抱えている。
何度か劇場で遭遇した方は、
「一ヶ月ずっと、一日おきくらいに来てた。楽しかったぁ~」
劇場のお近くに住んでいるという方は、
「この劇団、今まで見た中で一番良かった。来月は寂しくなるねぇ」
会うたびにお菓子をくれる方は、
「倭さんたちを見て、元気をもらって、それでまた仕事を頑張れた。大好きなお芝居を見て、仕事に還元できるって最高!」

口々に話すお客さんの笑みが、幕開けをいまかいまかと待つ瞳が。
〈倭組〉の皆さんが、初めての川崎で、この一ヶ月で築いたものの証なのだろう。

千秋楽のお芝居は「浅間時雨」。
やくざ者の浅間の喜太郎(勝小虎さん)が、出奔した故郷に帰ってこれからは親孝行に生きようとするも。
年老いたおっかさん(宝華弥寿さん)はなかなか喜太郎を許してくれない…という話。
“帰郷”を主軸にした物語、こういうのを千秋楽に持って来てくれるの嬉しいなぁ。

まず、弥寿さん演じるおっかさんが、愛しくって切ないのだ。

写真・宝華弥寿さん(当日舞踊ショー「自慢じゃないが女だよ」より)


「わしには子どもはおらんと思うとる。お前様は、赤の他人じゃ」
帰って来た喜太郎に、おっかさんがこんなキツい言葉を浴びせるのには、わけがある。
「ああもう、おっかさんじゃ話にならねぇ、とっつぁんに会わせてくれ」
憎まれ口を叩く喜太郎の目を、じっとのぞきこんで。
「喜太郎、お前の会いたい、優しいとっつぁんはなぁ…」

おっかさんが親不孝な息子に突きつけたのは、位牌。

沈黙の降りた親子の間に位牌が置かれ、おっかさんはとつとつと語る。
「とっつぁんはなぁ、喜太郎が帰って来たとき不自由せんようにって、働いて働いて…心労と過労で体を壊してしもうた」
「寝ていても、戸口で物音がすれば目を覚まして、枯れ木のような手を伸ばして“喜太郎が帰って来た”って…」
弥寿さんの声が、田舎の寒々しい家の情景を立ち起こす。
おっかさんの冷たい態度の裏には、息子を恋しがりながら死んでいったとっつぁんの姿が枷のように引っかかっている。

それでも、喜太郎が家を出て行った後。
「とっつぁん、喜太郎が帰って来た、喜太郎が帰って来たでなぁ、良かったなぁ…」
前掛けで位牌を大切そうにさすりながら、良かったなぁと繰り返す。
弥寿さんのほっそりした体から、どこまでも素朴な、いとけない愛情が染み出る。
私は、涙が滲んで来てしまって。
見れば、お隣の女性もハンカチを取り出していた。
幕間に「今のは、泣く所だったよね…!」と頷きあった。

弥寿さん、とにかく明るくてパワフルな感じなのに。
お芝居でのお婆さん役は、リアルな老人の命の頼りなさがおぼろげにまとわりついて、涙線を刺激する。

それから、小虎さんの喜太郎役。
個人的に面白いポイントは、序盤で立派なやくざ者だった喜太郎が、懐かしい母親を前にして、段々子どもの顔に戻って行く様だ。

写真・勝小虎代表代行(当日舞踊ショーより)

このたおやかな女形もしばらく見納め…。

「お品さん、なんで来なすった。こんなとこに来るんじゃねぇ、俺が勝手にすることだ」
冒頭で、情を交わしたお品(宝華紗宮子さん)のため、藤屋藤兵衛親分(不動倭座長)の下へ単身乗り込んで行く様は、実にストイック。
だけど、故郷に帰って、実家を恐る恐るのぞくあたりから、行動も表情も子どもっぽくなっていく。
「ずっと帰ってなかったからな…入りづれぇな~…」
と戸口で悩んだ挙句、
「ごめんくださーい!」
と声だけかけて、おっかさんが出て来るとすぐ物影に引っ込む。
このピンポンダッシュまがい(笑)のことを3回繰り返す。

感情に正直で不作法なところを見ると、喜太郎って多分若者の設定なんだろうな…
と思ってたら、ラストの大団円で。
「俺はこう見えても、まだ21だ!」
小虎さん本人も笑い混じりのセリフ(笑)

とにかく、一か月間いつ見ても、お芝居が胸に迫って来た。
2013年3-4月に見ていた、大所帯だった頃のはる駒座が無敵すぎて。
正直、二座に分かれたとき、大好きだったあの舞台景色がどこにもなくなってしまったんだろうかと不安だった。
正直、見る前は、たった大人7人のお芝居が、こんなにすごいと思ってなかった。
――見事に全部覆された。
すごいよ。
いや、すごいよ(大事なことなので2回言いました)。

「我々は山梨へ移ります。また、山梨のお客さんを元気にして、癒してきます!」
力強く言っていた倭座長。

写真・不動倭座長(当日アンコール「Liar!Liar!」より)


この大きな笑顔で。
今日3/1から、山梨のお客さんにパワーを分け与えているんだろうな。
そしてまた、たくさんのお客さんに愛されていくのだろうな。

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