剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「甲州二人旅」

2014.2.23 昼の部@大島劇場

〈倭組〉の若き女優・宝華紗宮子さんの、声が抜群に好きだ。
「ちょっと待って!」
紗宮子さんの初登場の場面、花道の向こうから響いてくる清さ、美しさ。

写真・宝華紗宮子さん(右)と叶夕茶々さん(左)の相舞踊(当日舞踊ショーより)


「甲州二人旅」で紗宮子さんが演じていたのは、女スリのおせんという役。
おせん自身はスリを辞めたがっている。
「もうあたし、スリの仕事がつくづく嫌になりました。どうか、足を洗わせてください」
と嘆願しても、泥棒一味の親分(宝華弥寿さん)には一蹴される。
「どうせ、ばばあがいるんだからね、おせんは逃げられやしないよ」
老いた母親(叶夕晏さん)を人質にとられているため、10年間という長きに渡って、おせんは飼い殺しにされてきた。

紗宮子さんのみずみずしい姿もさることながら、その声ゆえに、おせんの印象はとにかく可憐だ。
たとえば冒頭、旅人の春太郎(勝小虎さん)を騙して、財布を盗むくだり。
「勝さん、ねえあなた勝さんじゃない?」
から始まって、
「勝さん、昔、あたしのこと助けてくれたでしょう。命の恩人だわ、ずっと探してたのよ」
「思い出して、三年前よ」
「勝さん、会いたかったー…!」
しゃらっと鈴を転がすような声で、淀みなく、しかも懸命に言われたら。
「そうだ、思い出したよ、俺は命の恩人だ!」
てな具合に、春太郎じゃなくたってコロッと騙されてしまうのもわかる。

「おっかさん、おっかさんも一緒に逃げましょう、早く」
「私の話も、どうかひととおり聞いてください…!」
高いところも低いところも、清廉に澄む。
個人的には、これぞ時代劇のヒロインの声。

お母さんの弥寿さんゆずりなのかな。
群舞のときちょくちょく聞ける、母娘のそーれっ!っていう掛け声は、通りの良さに惚れ惚れする。

紗宮子さんの声には、はる駒座に出会って間もない2013年3月に既にうっとりした覚えがある。
浅草木馬館で見た「河内十人斬り」は、自分の中で伝説みたいなお芝居だ(そのときの観賞録)。
そのときも、おやな役の紗宮子さんについてこんなことを書いていた。

“鈴が鳴るような声、とは言うけれど。
宝華紗宮子さんの声は、もっとか細く、もっと切なく、吐息のように消え入りそうだ。
その声に、観ているこちらの胸は引き絞られて、締めつけられて。
「なあ兄やん、行かんとって」”


ああ、思い出したらたまらなくなってきた…
これぞ!ヒロインの声!

あとちょっとだけ「甲州二人旅」の話。
「二人旅」というのは、春太郎(勝小虎さん)・秋太郎(不動倭座長)のやくざ二人のこと。
倭さん・小虎さんの股旅姿も久々に見て、すっかり見惚れた。

写真・不動倭座長(当日舞踊ショーより)


写真・勝小虎代表代行(当日舞踊ショーより)


倭さんの秋太郎は、口調も手足の運びも軽やか。
「やい、お前、泥棒の親玉なんだろう。とぼけるな、みんな婆さんに聞いて知ってるんだぞ」
おせんをヒロインとすると、秋太郎はこのお芝居のヒーローポジション。
倭さんに似合った、強気で明るい、愛すべきヒーロー像だった。

小虎さんの春太郎も、三度笠を抱え直す、ちょっとした仕草まで気風が良い。
「待て、番所に突き出すのは可哀そうだろう。こんな若え娘さんがスリなんてやってんだ、きっと深いわけがあるに違いねえ」
春太郎は、秋太郎よりもだいぶ情に流されがち。
その分、親しみ深い人格が現れる。

なんて言うか、このご兄弟はわりと本気で何でもできるな…

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「やくざの花道」

2014.2.16 昼の部@大島劇場

「やくざの花道」は2013年5月にユラックスで観て以来だった(そのときの鑑賞録)。
このお芝居は初見のときから、勝小虎さんの敵役・剛三のキャラクターが好きだ。
どこが好きって、弱肉強食の論理が心臓の芯まで染みついているところ!

写真・勝小虎代表代行(当日舞踊ショーより)


剛三はかつて、ボロボロになって行き倒れていたところを、やくざの高垣一家に助けられたという設定。
そのときは、涙を流して高垣の親分(勝龍治総裁)に感謝し、“どうか子分の端に加えておくんなさい”とお願いしたらしい…のだが。

かつての弱者は、力に飢えつく。
剛三は恩ある親分を暗殺し、自分が親分に成り上がる。
陰から短銃で親分を撃つ小虎さんの姿に、一瞬の場面ながら、獲物を狙う尖った色が強く差し込む。

「これで一家はみんな俺のものだ…」
茶屋らしき腰かけに大股開いて座り、子分(宝華紗宮子さん・叶夕晏さん)を侍らせて、今後の企みを語る。
腰かけが、客席に対して真正面に向けられているのが良い。
おかげで、子分に投げやる驕った目線、機嫌の良さそうな声、眉の上げ方一つまで、小虎さんの人物の創り方が微細に見て取れる。
「だがな、五人衆の連中だけが色々とうるさい。そこで良い手を考え付いた」
剛三が次に狙うのは、先代のお嬢さん(宝華弥寿さん)。
お嬢さんを娶って、正式な襲名であることを示し、五人衆を黙らせようとする。

何もないところから這い上がった者だからこそ、奪うことにためらいがない。
この“飢餓感”にゾクゾクする。

剛三は敵役なので、最終的にはやっぱり討たれる。
討つのは、高垣一家の飯炊きの少年・卯之吉(勝彪華さん)だ。
そして、剛三の最期のセリフこそ、個人的には白眉だと思う。
「ふざけるな、卯之!」
「お前、俺にこんなことをしてただで済むと思うな!」
背後から押さえられ、卯之吉に槍を突きつけられ、もう殺されるしかない状況なのに。
この場面の小虎さんの怒気、迫力。
冷えきった憤怒が、独特の声の芯を貫く。
「お前が出る幕じゃねえんだ、三下はすっこんでろ!」
その気迫に押され、卯之吉がたじたじと尻餅をついてしまうほど。

弱者である卯之吉が、強者である自分を屠ろうとしていることに、本能的に吠えつく。
強さへのもがくような執着が、死の場面を通して焼きつけられる。

そして剛三と対照的なのが、彪華さん演じる卯之吉。
小さいときから高垣一家で育てられたという、気が優しくて、争いごとが苦手な飯炊きの少年だ。

写真・勝彪華さん(当日舞踊ショーより)


2013年5月に観た時は、卯之吉役は津川鶫汀座長(当時は副座長)だった。
鶫汀さんは、体は小さめだけど目力がきらりと強くて、卯之吉のしたたかな心の在り方が伝わって来たことを今も覚えている。

彪華さんが演じると、もっと爽やかで、まっすぐな印象だ。
「わかった、その金、百両、俺が用意する!」
「いつまでだ?」
「……今日の暮れ六つ!」
剛三一派からお嬢さんを助けたい一心で、ありもしない大金を用立てると言ってしまってから、事の重大さに震える。
力のない者が、それでも懸命にお嬢さんを守ろうとする健気さに、心惹かれる。

卯之吉の根底にあるのは、殺された高垣の親分から注がれた愛情だ。
「飯炊きの卯之、あいつはやくざにゃ向かねえ、優しいやつだ…」
親分はそう言い残し、最期まで卯之吉を案じながら死ぬ。

「やくざの花道」は、卯之吉を中心に眺めると、優しいばかりの少年が一人前の男として力を得るための、通過儀礼的な物語にも見える。
それが如実にわかるのが、やっぱり例の剛三を討つ場面。
卯之吉は剛三の剣幕に一度は怯えながらも、
「俺は弱い飯炊きなんかじゃない…!」
とぎりぎり歯を食いしばって、憎い仇に槍を突き立てていく。
彪華さんの若い熱の弾けるような演技に、卯之吉役はとってもハマっていた。

この日久々に劇場で出会えた友人が、面白いことを言っていた。
「彪華君の演技の仕方って、小虎さんとか倭さんよりも、津川竜さんの型じゃない?セリフの間の取り方が、竜さんに似てる!」
子どものときからずっと見ていたものって、肌に吸収されるんだろうか。
とすると、今後は津川竜総座長のあのしなやかな芸風に近づいていったりするんだろうか。

なんにしろ「やくざの花道」は、私には、飢えと愛情・強さと弱さ・奪う者と守る者のコントラストが鮮やかに映る。
そのどちらにも心寄せられる部分があって、人間ドラマとして精緻だなあと思うのだ。
…けど、悪役愛好家としてはやっぱり剛三が好き(笑)

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客席の手を引いて―剣戟はる駒座〈倭組〉・不動倭座長―

なんだか、奇跡が起きそうな気がする。

写真・2/9舞踊ショーより

客席に飛び込んでくる、この笑顔!

こんなにしょっちゅう、お客さんの中に降りて来る座長さんは他に知らない。
個人舞踊のときも群舞のときも歌うときも、たまにお芝居のときも。
「川崎のお客さん、楽しんでいただいてますかー?」
「お客さんも見てるだけじゃつまらないでしょ、僕らと一緒に踊ってほしいんです!」
客席から差し出されれた栄養ドリンクを、ごきゅごきゅ気持ちよさそうに飲み干してから、名物の口上が始まる。
「今日も時間が押してるんですよー、終わりの時間が決まってますからね、…なのになんでお前がこんなにべらべら喋ってるんだって話ですよね(笑)」
チーム倭を率いる、とんでもなく眩しい光は、常々客席に向かって全開だ。

2月の大島劇場では、こんな場面があった。
倭さんの個人舞踊の最中、お客さんから舞台に着物のプレゼントが上がった。
踊りの最後のサビの部分、一番客席が盛り上がった瞬間に合わせて。
サッ!と倭さんの手が、誇らしげに後方に広げられた着物を示した。
力強い笑顔で、客席に対して、自分に贈られた心を指し示しているかに見えた。
拍手が一段と大きくなる。
贈ったお客さんの愛情、倭さんの心意気。
その両方に胸打たれて、私も精一杯手を叩いた。

また、こんな場面もあった。
ある夜の女形の個人舞踊、曲は「川の流れのように」。
ゴージャスなカールの鬘に、ピンクの着物、頭にでっかい花飾り。
ただでさえ華やかな人なのに、これでもか!と目を引く色味を足して、客席の真ん中に降りてきた。
そして、小さな大島劇場にひしめくまなざしと、順番に目を合わせていく。
客席の間をゆっくり歩みながら、そこにある顔たちを、文字通りのぞきこむ。
お客さん一人一人を慈しむように。
あの大きな黒目でもって、一人一人に話しかけるように。

この人は、ずっとこんな空間を作りたかったんだろうか。
舞台と客席が、互いの息遣いを感じながらじゃれあう。
旗揚げの前から、座長になられる前から、ずっと。
―ああ 川の流れのように いつまでも青いせせらぎを聞きながら…―
歌と倭さんの風情が溶け合って、胸を浸していった。

「芸はもちろん精進しますけど、ここ見たら元気が出るなぁって、そう思ってもらえるような劇団にしていきたいですね」
2月初日、倭さんの口上。
「劇場が近いから大島にはたまに来るんだけど。はる駒座は今月初めて見て、わ、ここ良いなぁって……見て、元気をもらって、また仕事に行くの」
2月中旬、大島劇場で仲良くしていただいた常連さんのお話。
「仕事、毎日ホント大変だけど、でも……ここがあるから、ね」

こんな場面もあった。
舞踊ショーの最中、花道に踊り出た倭さん。
花道付近に座っていた、地元のお客さんたちに温かく笑いかければ、空気がほどける。

その中からひとつ、ふっと手が伸べられた。
特に何の気負いもなく、ただ倭さんの笑顔に糸を引かれるように、自然に手が動いたように見えた。
倭さんは笑みを深めて、その手を両手で握る。
すると、花道脇の列から、つられるごとく次々に手が伸びた。
かの座長は、その一人一人と目を合わせて、握手されていた。

私も私もと、座長の手を求める様は、明るい光に縋るよう。
来たばかりの川崎なのに。
みんな、この人が好き。
みんな、いつ来ても元気をくれるこの人が大好き。

「しかし、あの元気、どっから出るんでしょうね…」
隣席の女性に囁いてみれば、
「ねー。多分、幕閉まったらバテバテなんじゃないかしら」
と苦笑気味。

そうかも。
いや、意外と日常からあんな感じなのかも。
わからないけど、とにかく倭さんは、元気のプロフェッショナル。
おずおず舞台を見上げれば、一人残らずにっこりと手を引っ張ってくれる。

写真・2/16舞踊ショーより


旗揚げから5か月、回ったのは静岡、茨城、福島、秋田、神奈川。
来月は山梨だそうだ。
馴染みのなかった関東、中学生以上の大人はたった7人の〈倭組〉。
でも、大島劇場を埋める地元客の顔の、なんと明るいことか。
行く先々で、今までにないものをもたらしていきそうな気がする。

先日、はる駒座を初めて見る同僚を連れて行った。
送り出しで彼女初めてなんですよと倭さんに言えば、身を乗り出して、
「どうでしたか!?」
はにかんで楽しかったと答える彼女。
そのくすぐったそうな笑みに、不動倭座長の客席に満ちるものの片鱗を見た。

なんだか、奇跡を起こしそうな気がする。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「雪と墨」

2014.2.15 夜の部@大島劇場

二つの相反する論理が、一人の人間の中でぶつかったとき。
その人は、身を引き裂くしかなくなってしまうのだろうか。
「お母はん、堪忍してや…」
ラストシーン、孝造(不動倭座長)の言葉に涙しながら考えた。

写真・不動倭座長(デジカメ忘れたため翌日2/16舞踊ショーより)


「雪と墨」というきれいな語感のお外題に、なんとなく個人的ヒットの予感がして。
前日の大雪に転びそうになりながら、一人大島劇場に駆けつけた。
このお芝居は、時間を置いてからも、幾度も芝居の場面が蘇り、そのたび心に染み込んで来る。
まさに墨の色が、じわりじわり広がっていくみたいに。

立身出世にまつわる悲劇だ。
倭さん演じる孝造は、元は町人ながら、武士の株を買って武士になった。
さらに、武家の嫁・小夜(叶夕晏さん)も迎えた。
だが、手に入れた身分が孝造を溺れさせる。

まず、同居する実母(宝華弥寿さん)を小間使い扱いするようになる。
「お母はん、なんかまた粗相したんか!小夜の言うことに全部従っとったらええのや」
「小夜が肩しんどいて。あんまさん呼んだら金がかかるやん。お母はんが肩揉んでやったらええやろ」

さらに、弟である大工の留吉(勝小虎さん)を、「貧乏人」「頭が悪い」と罵る。
「お前は仕事のときも家でも寝るときも、同じ着物や。これ一枚、着たきりすずめや。それに比べて、わしの着物を見てみい。生地もサラッサラや」
「お前とわしでは、頭に入っとるみそが違うんや。お前の頭に入っとるのは、貧乏くさい赤みそ。わしの頭に入っとるのは上等な白みそや」

嫌味を連発する倭さんの声は、心底相手を嘲った響き。
「留吉、お前はただの大工やろ、わしら現場監督夫妻のお越しやで」
年老いた母の体に材木を乗せて苛み、留吉の手のひらをギリギリ踏みつける。
顔には虚栄心の固まりがぬっとあらわれ、本来持っていたはずの情はどこにもない。

変わり果てた兄・孝造に、屈辱を滲ませながら留吉が叫ぶ。
「この大工の留吉、ボロは着てても、心に錦は飾っとりまっせ!」
小虎さんのセリフが終わるや否や、会場からはいっせいに弾けるような拍手が沸いた。
倭さんの創る孝造の振舞いが、いかにリアルに憎々しいものだったか、よくわかる。

留吉は、普請奉行(勝龍治総裁)の権力を借りて、兄に意趣返しをする。
より大きな権力をもって、孝造と妻の小夜をやりこめるのだ。
「そちの妻に、茶を入れさせよ」
普請奉行の後ろ盾の下、留吉と孝造の上下関係は見事に大逆転。

――ここまでは、この話はシンプルなカタルシスに着地するかと思っていたのに。

「兄ちゃん、兄ちゃん」
人前で恥をかかされ、俯いた孝造に、留吉が切ない声で呼びかける。
「なぁ兄ちゃん、昔お父はんが死んで、お母はんと三人っきり残されたとき。わしの手ぇ引いてくれて、泣くなて、言うてくれた。男は一生にいっぺん泣いたらええのやって…」

留吉と孝造のやり取りを見ながら、弥寿さん演じるお母さんは絶え間なく泣いている。
「親にとって子どもはなぁ、五本の指みたいなもんや。どの指切られても痛いんや」

兄弟だから。親子だから。
どんなに変わってしまっても、情の尽きることのない、血肉を分けた者だから。
舞台にしんしんと積もるのは、奥深い哀しみと情愛だ。

「なぁ兄ちゃん、わしのこの腕斬ってくれ、足りなければ足も斬ってくれ。どんな姿にされてもええから、どうか、どうか元の優しい兄ちゃんに戻ってくれ…」
留吉の哀願に、ずっと顔を伏せていた孝造が頭を起こす。
そのときの倭さんの表情!
喘ぐように口を開け、眉は限界まで寄せられ、目は興奮と涙に血走る。
やっと目が覚めた、自分の昔の心にようやく辿り着いた。
そんな顔つきで、弟のほうに手を伸ばそうとする。

でも、繋がろうとした兄弟の心を、阻むものがある。
「あなた!こんな所にいつまでもいることはありません」
妻の小夜の冷たい声が降って来る。
抵抗する夫の手を引きずって行ってしまう。

花道の上、孝造は引き裂かれる。
手をずるずる引くのは、武家の妻。
勝ち取ろうとした立身出世の論理が、その身を引っぱる。
孝造の震える視線の先には、母と弟。
いとけない慕情が、心の根っこにしがみついて離れない。

倭さんが、ぱちぱちと目を激しく瞬かせる。
…その直後、衝撃のラスト。
幕が閉まってから、糸が切れたみたいに涙が滲んだ。
最後まで舞台正面を向いて見開かれていた、倭さんの目は今も脳裏に鮮やかだ。

「雪と墨」、白い心と黒い心。
どこまでも雪を食む墨、けれどその奥に。
――幼い弟の手を引いて、泣くなと諭した。
黒に染めきれない、古い思いが凍りついている。


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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「静岡土産」

2014.2.11 昼の部@大島劇場

どたばた喜劇の、ラスト2分。
セリフのない、不動倭座長の表情と手ぶりだけの2分。
笑いが涙に転換され、一気にせり上がる。

写真・不動倭座長(当日ミニショーより)


「静岡土産」は、周囲からよく好きと耳にするお外題だったので、ようやく見られて嬉しかった。
現代の建設会社で起こる、人情喜劇だ。
とはいえ、FAXが通信手段の主役っぽかったので20年くらい前だろうか?

倭さんが演じるのは、バーコード頭の建設会社社長。
社長は、我が子のように育ててきた進公(勝彪華さん)を、愛娘(叶夕茶々さん)と一緒にさせて、次期社長に据えようとしている。

「大丈夫や、進公は子どもの頃から、わしの言うことに嫌て言うたこと、いっぺんもない。わしが娘と一緒になれ!言えばハイて従うわ」
少々自分勝手で、調子が良くって。
「そうか、好きな人できたんか、お前もそんな年になったかぁ。花柄なんか着て、なぁ」
でも、娘に向ける満面の喜色は、しっかり子煩悩。

「進公、お前が社長になったら全部お前にやる。この机もやる、椅子もやる、この家もやる、ついでに娘もやる!」
デリカシーはあんまりなさそうだけど、いったん懐に入れた者には大粒の愛情を注ぐ。
そんなあっけらかんとした人柄が温かかった。

社長の望みを吹っ飛ばすのは、突如事務所に現れた芸者・清香(宝華紗宮子さん)だ。
「私、進ちゃんと結婚の約束をしているんです」
清香は進公に会うために静岡から出て来たのだった。

ここで、もう一つの物語が動き出す。
清香は実は、生き別れた父を探していた。
清香が持ち歩いている古い写真を見て、進公は仰天する。
「これ、髪ふさふさやけど、社長や…」

家族の歴史。
家族の秘密。
それがみんな見事に結実する、ラスト2分は白眉だ。

「お父さん!」と社長に抱きつく清香。
スポットライトが、倭さんの顔を照らし出す。
困惑の表情が、わずかずつ、変わっていく。

まず迷い、驚き、訝しがる。
やがて思い出し、気づき、なお驚く。
そして納得し、後悔し、懺悔する。
進公のほうを伺ったり、清香の歳を指折って数えたり。
無言の表情と動きだけで、秘密を巻き戻していく。

……最後に渾身の愛情を込めて、清香に伸ばされる腕。

劇中散々笑ったはずなのに、ほろっと涙が零れた。

それから個人的にはもう一つ、「静岡土産」で目を見張った所があった。
進公を演じた、彪華さんの鳶職姿のハマり具合!

写真・勝彪華さん(当日舞踊ショーより)


上の宮本武蔵の姿もカッコいいけど、お芝居での鳶職姿はひらりと決まっていた。
濃紺の鳶服に、若々しい細身が映える。
無駄のない労働着なのが、進公の働き者ぶりを象徴するようでまた良いのだ。

元々鳶服に美学めいたものを感じる私にとって、この日の彪華さんを見れたのは幸運だった。
「あの子、鳶の格好とっても似合う。良さが引き立つ!」と、一緒だった知人からも同意を得た。

2/2(日)の「嵐山の夕暮れ」といい、〈倭組〉では現代劇でもリアルなドラマが見れて嬉しい限り。

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剣戟はる駒座〈倭組〉・勝小虎さん個人舞踊「ひばりの佐渡情話」

2014.2.11昼の部@大島劇場

―島の娘は なじょして泣いた―
悲し、遠し、佐渡の面影。

写真・勝小虎代表代行(当日個人舞踊「ひばりの佐渡情話」より)


小虎さんの女形舞踊は、こないだ「夢日記」を書いたばかり。
重い歳月が身の内に降り積もったような女性の舞踊に、陶酔した名残がまだあるのに。
たった2日後にアッサリまた魂抜かれてしまったので、再び綴ります。
今度は、佐渡の娘のかなしみの舞踊。

倭座長は美空ひばりさんが大好きらしく、この日の舞踊ショーは「美空ひばりメドレー」。
小虎さんの「ひばりの佐渡情話」は、ショーが始まって2番目だった。

着物は深い灰色だけど、空色の襟がみずみずしくて“島の娘”らしい。
息を飲んだのは、滑らかな動きの向こうに、ふぅっと風景が浮かぶことだ。
歌詞に語られる、佐渡の曇り景色が、おぼろげに現れ出る。

―佐渡の荒磯の 岩かげに
咲くは鹿の子の 百合の花―


虚しいばかりの波の荒れ。
淋しいばかりの花のほころび。

舞台右手から中央を向いて。
小虎さんの両手が、波の形を作って、遊ぶみたいに揺らされる。
ざんぶ、ざんぶ。
反らされる手の甲。
その手招きにも似た形は、伏せられた眼差しと、蠱惑的に交わる。

と思えば、くるっと後ろを向いて、顔を覆う。
泣き濡れるように、舞台端に膝を折る。
―花を摘み摘み なじょして泣いた―
ゆるく結わえられた黒い鬘が、体を包むように背中に流れる。
舞台の絵は、娘の思いを含んで、澄んで清らか。

撫ぜるのは浜の風。
寄せるのは波の声。

―恋はつらいと いうて泣いた―

そして滲むのは、涙の風情。

―わしもひとりと いうて泣いた―

墨絵のような風景を紡ぎ出すのは、小虎さんの柔らかな所作だ。
情感のひとひらを、薄くかすかに、指に乗せて。
着物の裾をつまんで客席を振り返れば、色がふるりと立ち昇る。
限りなく霞んで、消えてしまうひとつ手前の、こごりのような色。



終わった後も、舞踊の余韻と歌が混ざり合って、耳の中にこだましていた。
しまの むすめは なじょして ないた…

ああ~…良いものを見られた。
美しいものを見られたなぁ。
「眼球が喜んでる…!」
思わず、口から漏れた一言である。

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剣戟はる駒座〈倭組〉・勝小虎さん個人舞踊「夢日記」

2014.2.9 昼の部@大島劇場

―私の名前は夢千代と申します―

静かな語りに、ハッと意識が尖る。
客席がしんと静まる。

しばらく間を置いて、女形の小虎さんが登場する瞬間は、目が覚めるように印象深い。
目を伏せて、ただ、きっそりと佇む姿。
動きのない、表情もない、音は聴き手の胸の内に零れるような語りだけ。

―原子爆弾というのをご存じですか―

大島劇場の畳の上の、空気が痺れる。

写真・勝小虎代表代行(2/9個人舞踊「夢日記」より)


普段お芝居の記録ばかりだけど、この舞踊を見たらどうしても書きたくなった。
あんなに、糸を通したように張りつめる舞台は初めてだったからだ。

「夢日記」は、原子爆弾のために白血病になった“夢千代”の心を歌いかける。
―なにが欲しいと聞かれたら 愛が欲しいと答えます―
身の内に病を抱える女性という設定がそもそも胸を打つので、私の場合、イントロが聞こえた時点で背筋を伸ばしてしまう。

小虎さんの“夢千代”は、佇んだ後、おもむろに歩き始める。
淡々とした足取りの一方、定まらない眼差し。
この二つが絡んで、現実感が薄れていく。
“夢千代”が歩くのは、舞台と客席の境、夢と現の境。

―ああ ほのかな命の私には 大きな愛はいりません―

生と死の境。
こちらの手の届かないどこかから現れ出て、ふら、ふら。
視線が、何かを探すように空を彷徨う。



極端に悲しげな表情とか、感情を露出させるような振りは何もない。
だけどいくつかの箇所で、目が丸く瞬く。
黒目がぱちりと、どこかを覗きこむ。
そのあどけなさは、子どもが、抵抗できない重い荷をじっと見上げる瞳を思わせて。

―ああ はかない命の私には 大きな夢はいりません―

振りほどけない、呪縛の強さを思わせて。
灰色の着物から、点々と哀しみが漏れる。

照明が消える舞台の上。
為すすべなく、寄る辺なく、身を折って、命を畳んでいく姿が焼きつく。

歌が完全に終わり、小虎さんが舞台袖に入ってから、私はようやく息をついた。

改めて、勝小虎さんは奥深い役者さんだと思う。
たまに踊られるこういう舞踊と、普段の明るさ極まる笑顔とのギャップ。
お芝居にしても舞踊にしても、するすると芸達者なのに、自分を主張する気配がない感じ。
その底知れない加減が、つくづく面白い。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「嵐山の夕暮れ」

2014.2.2 昼の部@大島劇場

心底やりたいことをやっているとき、人間ってあんなにエネルギッシュになれるんだなぁ。
と、不動倭座長を見ると思う。

写真・不動倭座長(当日個人舞踊「竹とんぼ」より)


旗揚げからまだ5カ月だし、馴染みの薄い関東だし、大変なことは一杯あるだろうに。
ひたすら全力で楽しそうなのは、自分のカラーを思いきり出して、自分のアイディアを思う存分活かしているからなのかな。

2日目のお目当ては、喜劇「嵐山の夕暮れ」。
はる駒座では初めて見た現代劇。
プラス、劇中劇。

一美(勝小虎さん)と志保(叶夕晏さん)の夫婦は、一美の母(宝華弥寿さん)を邪険にしている。
嵐山にピクニックに来ても、重い荷物を全部お母さんに持たせたり、お母さんの座る場所を用意しなかったり…。
夫婦の仕打ちを見かねた妹(叶夕茶々さん)は、役者3人に依頼をする。
兄夫婦に薬になる、親孝行の様を見せてやってほしいと。
この役者が、倭座長・勝彪華さん・宝華紗宮子さんの3人。
彪華さんと紗宮子さんが若夫婦のフリをし、倭座長が彪華さんのお母さんのフリをする。

「あんたらな、年寄りのペースに合わせるのが基本や!自分らばっかりホイホイ先に行って、年寄りのことを考えとらんのがいかん!」
倭さんの“お母さん”が、もじゃもじゃ鬘にニットスカートで、若夫婦を容赦なく怒鳴りつける様に、笑い声が起こる。

そして倭さん、客席に何度も、何度も、降りて来る!
たとえば、
「あんたらがお茶も用意できんならなぁ、お母ちゃん自分で買うてくるわ!あそこの売店でお茶買うてくる!」
と舞台から駆け降り、客席の間の隙間を抜けて、後ろ正面の売店まで一直線。
そして本当に売店でお茶をもらって(笑)、また舞台へ猛スピードで戻って行く。

加えて、“お母さん”を追う彪華さんと紗宮子さんも降りて来て、客席を駆けまわるもんだから。
気づけば、こちらは目で一生懸命3人を追いかけていて。
小さな大島劇場が、いつしか舞台の上の嵐山の行楽風景に飲みこまれていった。

それから、このブログ的には外せない悪役観察。
小虎さんと晏さん演じる夫婦は、悪役っていうか憎まれ役。

写真・勝小虎代表代行(当日ミニショー「お釈迦さま」より)

修験道の行者服をこんなにかっこよく着られる人がいるとは…

「お母はん、なんで水筒家に置いてくんの!最後に残っとるの見てるんやったら、意地悪せんと持って来てやったらええがな」
小虎さんの演技はもう、冷やりとするほどのリアリティだ。
弥寿さん演じるお母さんに対し、露骨に叩いたり悪口を言ったりするのでなく、あくまでお母さんが悪いかのような言い方をするところが。
「若い志保が喉乾いたって言うてんのや。ちゃちゃっとせんといかんで、ちゃちゃっと!」
そんなところが、生々しくてたまりません。
「…お母はん、この弁当一緒に食べるつもりなん?」
――お母さんいびりが極点に達するこのセリフがサラっと出たときは、本気で肝が冷えた。
うわぉ。

そしていま一人、リアルな演技を見せてくれたのが晏さん。

写真・叶夕晏さん(当日個人舞踊「夏恋囃子」より)


晏さん演じる奥さんは、直接のいびりには加わらない。
むしろ常時困り顔で訴える。
「水筒、キッチンに置いてあったの見たでしょう?」
「だってお母さん、いっつもパンしか食べないじゃないの。だからてっきり要らないと思ったのよ」
“わがままなお母さんに困らされている”という風体を夫に見せるのが、やり方。
もちろん、夫が自分を庇ってお母さんにきつく当たることは織り込み済みなのだ。

劇団の人数は少ないけど、一人も残らずお芝居が安定しているっていうのは、究極の贅沢なんじゃあないだろうか。

しかし〈倭組〉の皆さま、いっっっつも笑顔!
本番中も送り出しでも、絶えず、寸断の緩みもなく、全員、笑顔!
これだけで偉業だと思う。

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剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「浜の兄弟」

2014.2.1 夜の部@大島劇場

元気。パワー。爆発する生命力。
「あー楽しい、川崎最高やん!」とは不動倭座長の歌謡途中での言葉。
弾けきった笑顔の力強さに、気持ちよく引きずりこまれる。
3か月ぶりに見た<倭組>の川崎での初日は、とにかく力に満ちていた。

写真・不動倭座長(当日舞踊ショーより)

この笑顔は倭さんの純な感じの魅力が出ていて、我ながらよく撮れたと思う。

幕開けのミニショーから、倭さんの女形3連続、加えて勝小虎さんの女形2連続。
見どころてんこ盛りで、全力でお客さんを楽しませようという心意気がぐいぐい伝わって来る。

写真・勝小虎代表代行(当日ミニショーより)

小虎さんの女形は、“きれいなお姉さん”系の女形の中で一番好きかもしれない。
枝垂れるようななまめかしさが、しとしとと胸に残る。

さてお芝居は「浜の兄弟」。
たまたま、前回11月に千代田ラドン温泉センターで見たのも、このお芝居だった。
真面目な兄・直(不動倭座長)と、不肖の弟・兼松(勝小虎さん)の人情噺だ。
11月の記事のほうで、倭さん・小虎さんご兄弟の演技について語っているので、今回は別の視点から書いてみたい。

視点その①…宝華弥寿さんのおっかさん役と“家の匂い”

はる駒座が二つに分かれてから、私が遅ればせながら気づいたことの一つは、弥寿さんという役者さんの凄さだ。

写真・宝華弥寿さん(当日舞踊ショーより)


弥寿さんが演じるのは、直と兼松の年老いた“おっかさん”。
「兼、旅をしてきてお腹が空いとるじゃろう。ご飯食べてくるといい、お前の好きななすびの浅漬けもあるからな」
5年ぶりに帰郷した兼松を、手放しで可愛がる。
たとえ、兼松が浜の人々の積立金を持って江戸に逃げたドラ息子でも。
そのせいで、残された直とおっかさんは、5年間夜なべ仕事をしてきたとしても。
おっかさんには、そんなことは関係ないのだ。
「兼、兼松、よう帰って来たなぁ」
消息不明だった息子が帰って来て嬉しくてたまらない、純朴な喜びで顔をくしゃくしゃにして笑う。

だが後半、兼松のさらなる不祥事が発覚する。
兄の直は、ついに兼松と縁を切ると宣言する。
おっかさんは、直に聞かせるため、泣きながら兼松に告げる。
「お前みたいな悪いやつは、さっさとこのうちから出て行け!」
そして直がいなくなった途端、
「嘘じゃ、嘘じゃよ」
と、小さな手を兼松の肩に乗せて、愛しげに揺する。
「なぁ、兼松、お前、なんで、なんで…」
……私はこの場面の弥寿さんに一番感涙する。
どうしようもない息子への、どうしようもない母の愛情が、弥寿さんの手指に込められている。

家の匂い。
肉親だから血縁だから、同じ家に住んでいるからこそ、親子兄弟の仲には諸々ある。
その諸々を、やるせない愛情で飲み下している、私もよく知るあのイエの匂い。
顔を覆って「兼松…」と号泣する弥寿さんから、伝わって来た。

視点その②…勝彪華さんの近所の漁師役と“浜の匂い”

<倭組>の「浜の兄弟」でもう一つすごいなと思うのは、浜の閉ざされた人間関係の怖さがフッと現れることだ。
それが顕著なのは、倭座長の直が、勝彪華さん演じる近所の漁師と会話する場面。

写真・勝彪華さん(当日舞踊ショーより)

今回はおめでたい初日なので写真多めに。

普段は、仲良さげにご近所づきあいしているのに。
帰って来た兼松の立派な姿を見た、彪華さんの一言が火をつける。
「やっぱり男は悪いことの一つもせんと、目立った出世はできんのやなあ」
この言葉で、直がいきり立つ。

「お前、何言うた、今」
直は、いつもの感情の蓋が外れている。
思い出すのは、5年前、兼松が金を持って逃げた後、浜の連中が家に押し寄せたときのことだ。
「松明持って先頭に立って、お前の弟や、どうすんのやて、うちに駆け込んできたのは誰や。火ぃ付けられるかと思うたで。それが、兼松がちょっときれいな格好して帰って来たからって、なんや」
5年間、抑え込んでいるわだかまりが、息を吹き返す。

どんなしがらみがあっても、そこを逃げ出すことの叶わない、浜社会の狭さ。
舞台にせり上がって来る、リアルな浜の匂い。

こういう良いお芝居をガッツリ見ると、満足感でお腹一杯になる。
「はる駒座のお芝居はすごいって言ってたけど、ホントにそうね。特に倭座長、うまい、すごい!」
誘った知人にもそう耳打ちされて、幸福一杯な夜だった。

ところで大島劇場は初めて行った。
極めてレトロ・コンパクトだっていうのは、噂に聞いていたのでそれほど驚かなかったけど。
衝撃だったのは、畳の床がやや前傾して斜めになっていたこと!
後ろの人が見やすいよう後方の座席位置が高くなっているのは、椅子席の劇場だと普通だけど、畳でそれを実践するなんて…(笑)
考えた人の発想がダイナミックすぎて、かなり笑った。

この面白い劇場で、<倭組>を一ヶ月見られると思うとワクワクして仕方がない。


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