たつみ演劇BOXお芝居「新・暗闇の丑松」

2013.8.23 夜の部@篠原演芸場

観ているだけで肌がざわめくような、むごい話だ。
それは、私が今まで観た大衆演劇の中で、最も露骨な女性への“性”の搾取があるからなんだろう。

辰巳小龍さんが演じるヒロイン・お米は、女として人間として、何もかも奪い尽くされる。
だからこそ私の目には、脇役の女性たちの存在が、お米への囁くような慰めと映った。

写真・辰巳小龍さん(当日舞踊ショーより)


江戸の板前・丑松(小泉たつみ座長)は、墨田の為五郎親分を殺めてしまい、十手から逃れて旅に出る。
その間、丑松の妻・お米(辰巳小龍さん)は、丑松の兄貴分である伝法院の伝蔵(宝良典さん)とその妻・お銀(葉山京香さん)の下へ預けられる。
だが、伝蔵とお銀はお米を騙し、『だるま茶屋』という店へ遊女として売り飛ばしてしまう。
挙句の果て、お米の初回の客は伝蔵自身だった。

伝蔵に無理やり手籠にされたお米が、乱れた着物でふらふらと舞台に現れる。
「おのれ、伝蔵…」
小龍さんは今にも倒れそうな、魂が抜け落ちてしまいそうな風情。
それでも、恨みだけでこの世に縫い止められているかのよう。

二年後、何も知らない丑松が江戸に戻ってくる。
江戸に着く直前、無理やりの客引きで、『だるま茶屋』に入ってしまう。
たまたま当たった遊女が、お米だった。

相手の顔が見えないほど暗くした部屋に、小龍さんがしずしずと入って来る。
その表情は、人形のように凍りついている。
二年間の遊女生活の陰惨さを暗示するように。

それだけに、次の場面では涙が出そうになった。
丑松の喋りの訛りを聞いて、お米の表情がふと和らぐのだ。
「お客さん、江戸のお方ですか」
声も、心なしか少し高揚している。

江戸訛りを聞いただけで、喜色を浮かべる。
この人は、どんなに江戸に帰りたかったのだろう。
どんなに、丑松と暮らした過去に戻りたかったのだろう。

この直後、丑松は遊女がかつての恋女房だと気づく。
けれど、丑松はお米の話を聞かず、不貞だと責めてしまう。
一目、夫に会いたいという最後の希望まで、無残に打ち砕かれてしまった。
お米は絶望し、伝蔵の仕打ちを書いた手紙を遺して自害する。

物語の主軸は、真実を知った丑松の、伝蔵とお銀への復讐だ。
けれど、私により深い印象を残したのは、『だるま茶屋』の女たちだった。
まず、お米の遊女仲間を演じていた辰巳満月さん、辰巳花さん。
それに、遊女たちの世話係のおかく婆さんを演じていた、辰巳龍子さんだ。

写真・辰巳満月さん(左)・辰巳花さん(右)(当日舞踊ショーより)

辰巳龍子さんは舞踊に出られなかったので残念ながらお写真なし。

お米が伝蔵に無理やり手籠にされている最中、辰巳満月さん・辰巳花さん演じる二人の遊女仲間だけが、お米に同情を寄せる。
「あんなの、無理やりすぎます」
「お千代ちゃん(お米の芸者名)が、可哀そうすぎます」
そして伝蔵が去った後、ふらふらと佇むお米に、花さんが情けたっぷりに声をかける。
「ああ、お千代ちゃん、辛かっただろうねえ」
続いて満月さん。
「悔しかっただろうねえ…!」
遊女として、同じ悲しみを知る者だけが持ちうる深さの愛情が、セリフにこもっているようだった。

また、辰巳龍子さん演じるおかく婆さんも、お米を遊女として買った張本人ではあるが、それは花街の慣習に長年染まりきっているがゆえ。
決して根っからの悪人ではない。
その証拠に、お米が自害したときは、
「お千代ちゃんが自害だって、ええ、そんな、どうしよう」
とオロオロ。
その横では、先述の二人の遊女仲間が、取り乱して泣いている。

対照的に、丑松の反応は冷静さを失わない。
お金をどさりと落として、
「墓を建ててやってくれ…」
と言い残すのみ。
もちろんたつみ座長の表情には、恋女房を無残な形で失った悲嘆が込められてはいるんだけど。
復讐を決意して立ち去る丑松の代わりに、お米の亡骸を温かく抱き起こすのは、二人の遊女仲間の手なのだ。

丑松の復讐を助けてくれるのは、かつての仲間である河内山の兄貴(愛飢男さん)、片岡直次郎(嵐山瞳太郎さん)、それに十手持ち(小泉ダイヤ座長)だ。
「すまねえ、この恩は忘れやしません」と丑松。
仁義と義理で固められた男たちの絆は、伝蔵とお銀の命を奪うことで、お米が受けた搾取をやり返す。

女たちのお米への心の寄せ方は、もっと親密で、もっとささやかだ。
彼女たちの柔手では、搾取の前に何もできないけれど。
お米の遺した手紙を読みながら、遊女たちもおかく婆さんも、涙を浮かべている。
『だるま茶屋』での二年間、この女性たちが傍にいたことが、悲惨なお米の人生の、せめてもの救いだったのならばいいと思った。

鮮やかな立ち回り、たつみ座長の清しい声で「お米、迷わず成仏してくれよ」――悲劇を凛然と貫く、男・丑松の復讐劇は、見ごたえたっぷりだけれども。
物語の合間に差し挟まれる、女たちの細やかな心づくし。
女優さんたちが紡ぐささやかな場面作りに、この夜、私は一番の拍手を送っていた。

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たつみ演劇BOXお芝居「稲荷札」

2013.8.18 昼の部@篠原演芸場

しょういちい、いなり、だいみょうじん。
<正一位、稲荷、大明神♪>
幕間に流れていた、陽気なお囃子の声が、終演後もやたら耳に残っているのである。

不思議なお囃子を記憶の中に聴くうち、頭に浮かびあがるのは、きらり光る眼と研がれたような細面。
真っ赤な鳥居に守られたお狐様?
いや、あれは“御寮はん”だ。
細面のたつみ座長演じる、がめつくて、可笑しくて、ちょっと哀しいお婆ちゃんだ。

写真・小泉たつみ座長(当日舞踊ショーより)

ショーでの高貴な美人顔を見ると、ついさっきまで三枚目の女形を演じていたのが信じられなくなりますね(笑)

質屋の山城屋を切り盛りする御寮はん(小泉たつみ座長)は、界隈では有名な守銭奴だ。
すでに八十歳を越える白河屋の旦那(宝良典さん)が、まだ十八歳の娘のお七(辰巳満月さん)を嫁に望んでも、
「これは結納金ですよ」
と畳にドンと置かれた五百両を見れば、
「わかりました、この話受けましょう!」
と、親心ぽい捨て。
お七は、本当は手代の清七(小泉ダイヤ座長)と好き合っているのだが、娘の気持ちなんてこれっぽっちも聞きやしない。

でも、御寮はんだって良心がないわけじゃない。
夜、誰もいなくなった部屋で、一人ぽっつりと祈るのだ。

「旦那が死んでから、たった一人で、世の中に頼れるものは何もないと思って生きてきた。銭だけや、銭だけが裏切らん」
「でも、そろそろ私も、もう少し世のため人のために生きてみようと思うんや」
「この富くじが、当たったなら」

そっと懐から取り出した大事な富くじ、八六六番。
それを毎日信仰している御稲荷様の神棚に見せて、切実に頼む。
「正一位稲荷大明神様、どうか千両当ててください、八六六番です、どうか、大明神様~」
曲がった腰をさらに下げて、狐のお面にしがみつくように祈る御寮はんの姿は、滑稽なんだけど憐れみを帯びる。

八六六番、御寮はんの念のこもった富くじは見事、千両を当ててみせる。
……が。
お芝居の定番の行き違いで、御寮はんの富くじは清七が買っていた八六五番と入れ替わってしまう。
入れ替わったことに気づかず、これは稲荷大明神様の悪戯に違いないと、森の中の祠に泣きつく御寮はん。

「富くじの数字を変えるなんて、神様以外にできやしません。あんまりの仕打ちやないですか、毎日のお祈り、いっぺんも欠かしたことないのに」
「毎日供えてる油揚げ、もう一枚増やします」
「心を入れ替えて、もうちょっと世のため人のために生きていきます」
「せやから、このくじ、元の八六六番に戻してくんなはれ、大明神様」

御寮はんの必死な様を見ていると、笑えるんだか、泣けるんだか。
たつみ座長が三枚目をやるとき、くるくる変わる表情はおかしみを生み出すのに、その輪郭にはじわりと緩みがある。
だから、たつみ座長が座っているだけでおかしいのに。
笑っているうち、私の涙線を何かが訪れてしまうのだ。

「ここまでお願いしたんや、そろそろ数字戻してくれたやろ……ってなんでや、なんで戻っとらんのや~」

ホントがめついなぁ、意地汚いなぁ。
旦那さん亡くして、一人でさぞ頑張ってきたんだろうなぁ、“御寮はん”。
なんとかしてあげてほしいなぁ、御稲荷様。

と思っていた頃に、物語はちゃんと救いのある明るい結末へ向かったのだ。

さて、小泉版「稲荷札」で、私の心をわしづかみにしたキャラクターがもう一人。
「おっかさん」
と御寮はんを呼ぶ声が実に愛らしい、お七お嬢さんだ。
満月さんの高い高い声は、まさに少女の純真。

写真・辰巳満月さん(当日ミニショーより)


私は今までにも何度か、お芝居を彩る“甘やかされたお嬢さんキャラ”がいかに好きか語ってきました。
けど、このお七…愛らしさで言えば、これまでのベストかもしれない。
見た目と声が可愛いだけじゃない、思考が可愛いのだ。
「清七、もしお前の富くじ、当たらなかったらどうするの」
「そのときは…お嬢さんを連れて、駆け落ちするしか…」
「駆け落ち?お七と清七が手に手を取って、夜道を行くの?」
お七はぱちくり、と目を瞬いて。

「楽しそう…!」

これ、これです。
駆け落ちした後の生活の苦労とか、お金はどうするのかとか、現実的思考をころっと抜かして。
夜のピクニック感覚で駆け落ちを夢見る、このお嬢さんっぷり!

そして、終演後に観劇仲間と「あの可愛さはとんでもなかった…」と言い合ったセリフがある。
実際に駆け落ちすることになったお七と清七は、夜の森を歩いている。
荷物を負う清七に、
「ずいぶん重いですけど、一体何が入ってるんです?」
と問われて。

「三月のお雛様!」

満月さんの嬉しげな表情と相まって、私は簡単にノックアウト。
お雛様ですよ。
駆け落ちするのに、お金でも食べ物でも衣類でもなく、最優先で持って来るものがお雛様ですよ!
子どもの心を映し取ったような、能天気極まりない思考が可愛いのなんの。

このお七の性格を見ると、御寮はんは守銭奴ながら、なんだかんだ主人の忘れ形見の娘を甘やかしまくって育てたんだろうな。
なんて背景まで想像されるのだ。

しょういちい、いなり、だいみょうじん。
耳に残るお囃子の中、明るい切ないお芝居の波紋が溶け入っている。

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たつみ演劇BOXお芝居「風雪親子旅」

2013.8.17 昼の部@篠原演芸場

「あの子は俺の子だ、俺の新吉だ、俺のものだぁ!誰にも渡しゃしねえぞ!」

ダイヤ座長のたぎる情熱の溜まりの中に、一粒、別の色が浮かぶ。
呼び表すのが難しい色だ。
泣きの風合いとでも言えばいいのか。
総じて情と言えばいいのか。
「ねぇ女将さん、こんな男でも、俺じゃなきゃ嫌だと慕ってくれるんですよ」
子役のわかこさんを、しっかと抱きしめる、あの腕のあたりにまつわっているのだ。
力強さの中に、一粒、涙が浮かぶ。

写真・小泉ダイヤ座長(当日ミニショーより)


今回で、たつみ演劇BOX鑑賞は10回目。
鑑賞を重ねるうち、私の中で最も印象が変わったのがダイヤ座長だ。
先月、浅草木馬館で観ていたときは、単純に、なんて強烈な煌めきを持った人だろ!と驚いた。
お芝居も踊りも気合十分、眼光も声も力強い。
B’zの曲がよく似合う、パワフルな若き弟王!

…っていう印象だったんだけど。
そのパワーが、ふと緩む一瞬があるような気がする。
お芝居でセリフに入る前のちょっとした微苦笑。
あるいは、個人舞踊で「ダイヤ!」とハンチョウがかかって細められる目元。
そこでは、強い光がゆるやかに崩れて、代わりに柔らかい何かが浮かび上がる。
甘さと言うか、哀愁というか、情のようなものが。
(上に上げたお写真は、そんな面差しに見えてちょっとお気に入りの一枚)

お芝居「風雪親子旅」では、ダイヤ座長のパワーと情のバランスが、主人公・新八を通して、涙線にぶつかってきた。

明治五年、まだ江戸の香りが色濃い時代。
往来の人々が聴き入っているのは、流しの三味線弾き・新八(小泉ダイヤ座長)の三味線だ。
(この場面ではダイヤ座長の三味線をたっぷり聴かせてくれた)
演奏が終わると、子どもの新吉(わかこさん)が人々からお祝儀を集める。

「ちゃん、こんなにもらったよ!」
たんまり溜まったご祝儀に、しばらく野宿しなくていいかと思いきや。
「駄目だ、今日も外で寝るぞ」
と新八は言い聞かせる。
「今はまだ暖かいから外でも寝られるが、冬になったら、通りで寝たりしたら凍え死んじまう。だから、冬に旅籠に泊まれるように、今はお金を溜めておくんだ」
流しの生活は、ずいぶん厳しいようだ。

仲良さげな新八と新吉は、実は血の繋がった親子ではない。
七年前、たまたま新八が通りすがった夜道で、源次(小泉たつみ座長)という男が死にかかっていた。
源次は、かつての親分(宝良典さん)に裏切られて斬られたのだ。
偶然出会った三味線弾きに、藁にもすがるように語る源次。
「奴ら、女房のお雪まで、手にかけやがった…」(お雪は辰巳小龍さん)
「残る子どもは、父親も母親も亡くしちまうんです。どうか俺に代わって、子どもを育ててやっていただけませんか」

そんないきさつで、新八は縁もゆかりもない新吉を連れ、旅をしてきたのだった。

若い娘(辰巳満月さん) をやくざ連中から助けたのがきっかけで、親子は娘の実家である旅籠に逗留する。
旅籠の女将(葉山京香さん)とも仲良くなり、親子はしばらくの休息を得る。

だがある日、女将は新吉が見覚えのあるお守りを持っているのに気づく。
「このお守りは、私が上の娘のお雪に送ったもの」
「お雪は、九年前にやくざ者の男と駆け落ちしたまま、いっこうに行方がわからない。噂では、一人男の子を産んだとか…」

つまり新吉は、女将の孫だったのだ。
女将と新八は二人きりで話をする。
「勝手は重々承知です。私どもに、新吉を返してやっていただけませんか」
嘆願する女将に、新八はかぶりを振る。
「女将さん…七年間、血の繋がらねえ子どもを育てるのは、楽なことばかりじゃありませんでした」

ここからの語りは、その内容もダイヤ座長の声も、凄絶なものだった。

「子どもはだんだん育つ、するとお金がかかる。ただでさえ厳しい暮らしだ、飢えるときもありました。こいつがいるせいで、俺はうまいものが食えねえんだと、憎く思ったことも…」
「なんで俺が実の子でもないこいつを育てなきゃいけねえんだと、一度、こいつの手を引いて売り飛ばしちまおうとしました。でも、何も知らない新吉が、お客からご祝儀でもらったちっちゃな握り飯を、半分に割って俺に渡すんです。ちゃん、お食べって」
「自分のしようとしていたことが恥ずかしくて、泣けて泣けて仕方ありませんでした。そのときから、俺と新吉は、本当の親子になったんだ…」

――あの子は俺の子だ、俺の新吉だ、俺のものだ――

最後の方はほとんど叫ぶような調子で。
ダイヤ座長の表情は、怒りを混じえ、泣きを混じえ、目元が細かく震える。

それでも、女将は諦めない。
「聞けば、子どもには、ずいぶん厳しい暮らしではないですか。私どもの下でなら、きれいな着物も着せてやれる、美味しいものも食べさせてやれる」
この言葉に、とうとう新八は折れる。
新吉は泣いて嫌がるが、ついに親子は別れることになるのだ。

「私、普段お芝居で泣いたりしないんだけど、今日はついうるうるしちゃった。やっぱり親子ものって、涙線に来るねえ」
終演後、一緒に観に来ていた知人は、まだ夢見るような目元でそう語った。

ダイヤ座長の熱演以外にも、見どころは多かった。
旅籠の娘役の満月さんとわかこさんがあやとりをして遊んでいる場面は、若い娘さんと幼子という取り合わせが、とっても和らげな舞台景色だったり。
それから、急きょアドリブで、新吉に喧嘩を売るやくざの役で再登場したたつみ座長だったり(笑)。

ぜいたくな欲を言えば、せっかくの三味線劇、ダイヤさんの三味線がもっと聴きたかったなぁ。
たとえば、後半の親子が別れるくだりで、新八の哀切な気持ちを表す三味線の音色があったなら…
想像だけでぶるりとします。

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たつみ演劇BOXお芝居「掏摸(すり)の家」

2013.8.14 夜の部@篠原演芸場

ポポポーッ、シュシューッ。
ああ、明治の音、西洋文明の音だ!

まだ舞台の幕が開く前。
今夜は月に一度の明治物のお芝居と聞き、期待いっぱいに待っていると。
篠原演芸場のスピーカーから聞こえて来たのは、走り去る汽車の音。
この演出だけで、普段の長ドスと三度笠の残像がすっかりかき消され、私の頭には明治浪漫の情景が鮮やかに広がった。

物語は、巾着切りの八木原庄吉(小泉たつみ座長)が、朝の新橋のステーションで「一仕事」終えて、住んでいる長屋に帰って来たところで始まる。

写真・小泉たつみ座長(当日舞踊ショーより)


冒頭の汽車の音は、たつみ座長の話によれば、
「すりが最初に新橋のステーションにいたことを表してるんですよ」とのこと。
こういう微細なお芝居の作り込みがたまりません。

今朝の庄吉は大収穫。
金持ちそうな老人の懐から、百二十円もの大金をかすめることができたのだ!
庄吉は早速、色々と装飾品を買いこんできて、女房のお紋(辰巳小龍さん)と、隣に住む竹さん(小泉ダイヤ座長)に見せつける。

「これはな、“ドンドン”の金時計。ドンドン、知ってるか?エゲレスって国があって、そこにある大都市がドンドンっていうんだ」
それに金縁眼鏡、ハット、コート。
指差しまではめて、庄吉はにまにまと浮かれ気分(この指差しは舞台用なのか、すごいキラキラ輝く)。

物欲が満たされれば、次は食欲だ。
「竹さん、食べたことのないもの食べに行こう。あれだ、“ハヤシライス”!」
「ライスってのはご飯のことだ。あのな、これからはご飯一つくださいって言うと笑われる時代になるぜ。ライスくらい知ってなきゃ、世の中についていけないよ」
竹さんの“ライス”の発音を直してみせたりして、得意げに西洋知識を披露する庄吉。
「ハヤシライスはお箸じゃあ食べられないんだよ。“スポーン”ですくって食べるんだ。あと、これ知ってるか。“サテーキ”。こんな厚―い肉で、“ライフ”とフォークで食べるんだ」
この辺はもう、たつみ座長のくるくる回る話術オンステージ。
ダイヤさんと小龍さんまで苦笑気味だった様子を見ると、相当アドリブで喋っていたんじゃないかなぁ?

先刻の奇抜な西洋ファッションで、庄吉は再び出掛ける。
どこへ行くのか?
「風呂屋だよ」
って、風呂桶持ってるし!
着古した着物の上にコートを羽織りハットを被って、いつもの風呂屋へ颯爽と出掛けて行く、たつみ座長の姿。
長身だけにハットが似合ってかっこいいんだけど、おかしみの方が勝る…。

この“浮かれちゃってる感じ”が、明治っぽい。
目覚ましい西洋文化に囲まれて、東京が一番浮足立っちゃってた時代のお話なんだもの。
ボロの着物に不似合いなキラキラした指差しはめて、庄吉は明治の東京の路地を抜けて行く。

――でも、いかに文化が新しい形に変わろうとも、不変のものだってある。
後半は人情噺。
散りばめられるアイテムも、古くから親しんだものに変わっていく。

昼下がり、風呂屋の出口で足をぶらぶらさせながら、庄吉を待っている竹さん。
その耳を疑うような話が聞こえてくる。

「今朝、新橋のステーションで、あの百二十円を盗られてしまった…」
「事業に失敗して、何もかも失った」
「家族四人、函館の知り合いを頼って行こうと、家も家財も売り払って、やっとの思いでなんとか作ったお金だったのに」

見れば、風呂屋の前に佇んでいるのは、老人(宝良典さん)と子どもが三人(小泉ライトさん・辰巳満月さん・わかこさん)。
老人は、疲れ果てた風情で子どもたちに語りかける。
「お父さんと一緒に行こう。死ぬのなら、みんな一緒がいい」
庄吉が盗んだ百二十円は、金持ちどころか、貧窮した一家のなけなしのお金だったのだ。

竹さんから一家の様子を聞いた庄吉は真っ青。
転げるように家に駆け戻る。
「あの、あの百二十円はなぁ、あれは盗んじゃいけない金だったんだ!」
半泣きで、庄吉は必死に百二十円を作る。
着物も家具も、お紋の頭からポコポコ抜いた簪も、目につくものを全部売り飛ばす。

「お紋、俺はもう、すりはやめる」
「今まで俺が盗んだ相手は、俺が勝手に金持ちだと思ってただけで、本当は違ったのかもしれない。俺が金を盗んだせいで、死んだ人もいたのかもしれない」

泣きの入った、たつみ座長の表情。
人情、おかしみ、哀しさ、裏表のない人への慈しみ。
そういうものがぎゅっとひとまとめに詰まった顔つきで、観ていると胸の深いところを衝かれるような気がする。

なんとかできたお金と、自分たちが食べるように注文していた、うな重の折詰を抱えて。
庄吉は、一家が待つ新橋のステーションへ韋駄天走り。
お金とうな重を届けるが早いか、今度はお紋と夜逃げの準備だ。
なんとか警察に見つけられる前に、長屋を去らなくてはならない…。

新しい時代のエッセンスがまぶされ、でも底には古い時代の人情が貫かれる。
たつみ演劇BOXの中でも、「掏摸(すり)の家」は大のお気に入りのお芝居になった。

個人的には、ハヤシライスとかうな重とか、目覚ましい食べ物がたくさん登場していたのも嬉しかった。
私はこんな記事を書いてしまうほど、お芝居に現れる食べ物に人並ならぬ関心があるので。

特に印象深いのは、風呂屋に入る前、庄吉がもぐもぐとあんぱんを食べ歩きしている場面だ。
風呂屋の前に立っていた、貧しげな身なりの子ども三人に、庄吉はあんぱんを買い与えてやる(実は庄吉がお金を盗んだ一家の子どもなんだけど)。
甘いあんぱんと子どもの取り合わせが、庄吉の心根の優しさを映し出す良い場面だった。

お芝居を観てから早速長谷川伸の原作を読んでいると、原作ではこのアイテムはお好み焼だった。
たつみ座長の口上いわく、お父様の小泉のぼるさんが長谷川伸の原作をよく読まれていて、作ったお芝居とのこと。
ということは、のぼるさんの頃からあんぱんを使われているのかな。
あんぱんってチョイス、いいなぁ。
遠い国からやって来たパンに、昔ながらのあんこを包み込んだ甘味は、このお芝居のシンボルのように感じられて。
第一、舞台でお好み焼を実際に食べるの難しそうだしね…(笑)

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たつみ演劇BOXお芝居「石松裸喧嘩」

2013.8.10 夜の部@篠原演芸場

「ダイヤ座長って、森の石松似合いそう!」
先月、私は観劇仲間にそんな想像をうきうきと話した記憶がある。
まっすぐで、熱くて、勢いが迸っていて、根の良い男で、愛嬌があって。
みんな大好き、森の石松。
私の中では、知ったばかりのたつみ演劇BOXの弟座長さんの印象と、重なるものがあった。

だから、篠原演芸場にずらりと貼り出されたお外題の中に、「ダイヤ熱演 石松裸喧嘩」を見つけたときには、自分の幸運に思わずガッツポーズ。
実際に観れたダイヤ座長の石松は、予想をまったく裏切らず。
まっすぐで、熱くて、勢いが迸っていて、根の良い男で、愛嬌があって。
――加えて、大層可愛かったのだ。

写真・小泉ダイヤ座長(当日舞踊ショーより)


「俺はもう、腹が減って腹が減って、立つのも大変なんだ…」
このお芝居の石松は、冒頭から腹を空かせている。
清水次郎長親分(宝良典さん)・お蝶(辰巳満月さん)と一緒に、凶状の旅の道中だが、路銀は底をついてしまった。
次郎長に「どうした、顔色が悪いぞ」と言われて、石松は拗ねたように答える。
「おまえさんね、もう何日も飯食ってなかったら、そりゃ顔色も悪くなりますよ」
わ、次郎長親分に対しても、随分気安い感じの話し方。
親分のためならどこまでも!みたいな型通りの忠義じゃないところが、親しみやすくって良い。

金欠と空腹、おまけにお蝶は病身で、一刻も早く薬が必要だ。
路上で途方にくれていた次郎長一行の前に、乞食のような身なりの男が現れる。
かつて次郎長が世話した、小川の勝五郎(嵐山瞳太郎さん)だった。
勝五郎は恩人の窮状を知り、
「貧乏暮らしで何もできやしませんが、どうかうちで世話をさせていただけませんか」
と申し出る。
そこで石松、身を乗り出して、

「勝、お前の家に着いたら、まず飯だ。挨拶とか堅苦しいことは要らない、まず飯だ。着いたら、すぐ飯!敷居をまたぐ前に、飯!」

こんなに「飯」を繰り返すセリフ、初めて聞いた(笑)
かつて同じ釜の飯を食っていた仲とはいえ、この遠慮のなさ、正直さ。
全然乱暴に聞こえないのは、ダイヤ座長の持つ品の良さのためかな。
健康優良児のような石松は、なんだかすっかり可愛く見えてきた。

けれど、勝五郎は予想以上のド貧乏だった。
なんとか屋根を提供できるくらいで、飯どころか、お蝶の薬代さえ捻出できそうにない。
仕方なしに勝五郎と石松は、一枚きりの着物を脱いで、質に入れる。
ここから最後まで、勝五郎と石松は下着の格好のままで寒げ(ようやくお外題「裸喧嘩」の意味がわかった)。
それでも、敬愛する次郎長親分に「その格好はどうしたんだ?」と問われれば、決して質に入れたなんて言わない。
「俺の着物、今、洗濯してるんですよ」
と、そろえた答えを返す二人の忠義心が温かい。

次郎長は、その土地の久六親分(小泉たつみ座長)に経済援助を頼ることにする。
久六親分もまた、かつて次郎長に並々ならぬお世話を受けた一人。
当然、恩義に報いて助けてくれるだろうと思っていた。

ところが、勝五郎が使いに来て次郎長一行の窮状を訴えても、久六親分はあっさり、
「気の毒なことだな」。
へ、それだけ?
「このままでは次郎長親分のところへ帰れません」と粘る勝五郎。
だが久六親分は、勝五郎を締め出し、あろうことかその額まで割ってしまう。

勝五郎は他にすべがなく、自分の髪を売って、二両の金を作って帰って来る。
「勝、本当にありがとうよ…」
深々と頭を下げる次郎長。

石松はその横で、じっと何かを考え込んでいる。
額を割られ、髪まで失った友人を見て。
鬼気迫る目つきで、じいっと。

「おい、石さん、奥で飯の支度ができてるぜ。腹が減ってるんだろう」
勝五郎に呼びかけられても、石松の眼光は鋭いまま。
散々食事を待たされて、空腹のピークなはずなのに。
「石さん、まさか、何か早まったことをするんじゃないだろうな」
「いや、すぐに行くよ」
「そうかい、じゃ、奥で待ってるぜ」
勝五郎が心配そうな表情で奥にひっこむが早いか。
石松は、猛然と喧嘩に向かう身支度を始める。

次郎長や勝五郎にばれないうちに、大急ぎで、具足を身に付ける。
口元は悔しさに噛みしめられ、目つきは純粋な怒りに燃える。
熱い、石松の素直な心のありさまが、ぐいぐいと舞台に焼きつけられる。
ダイヤ座長の本質的な熱さとあいまって、この場面から滲み出る“まっすぐさ”の気持ち良かったこと!

鮮烈な立ち回りの後、石松は久六親分を切り伏せ、晴れやかな幕切れ。
からりと、すかっと、爽快極まりない後味を残してくれた舞台を、頭の中で繰り返しながら。
足取り軽く、十条駅までの夜道を歩いた。

前日の「お祭提灯」と合わせて、二日続けてダイヤ座長の魅力をじっくり味わえた。
きらっきらの若き王様の輝きは、それぞれのお芝居の箱の中で乱反射して、異なる色を含みながら観客席に差し込むのだ。
東京にいてくれるのはあとわずか、その光の眩しさを目一杯堪能しよう。

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たつみ演劇BOXお芝居「お祭提灯」

2013.8.9 夜の部@篠原演芸場

「あのおじいさんがダイヤさんだって最初、わからなかったね…」
十条駅へ向かう帰路で、そう話しているお客さんがいた。

花金の夜、退勤後はまっすぐ篠原演芸場へGO!
喜劇「お祭提灯」の幕が開くと、いきなり衝撃の光景があった。
白髪のおじいさんが、子ども(小泉ライトさん)から布団をひっぺがして奪おうとしているのだ。
「この子の母親に貸した金の期限や。返す金がないっちゅうから、せめてこの布団でも質に入れようかと思ってな」
あらま、子ども相手に、なんという強欲爺さん。

ぎらぎらと銭への欲に染まった瞳、白髪と白ひげの下でにたぁと笑う顔。
お芝居始まって最初は、本気で気づいてなかった。
この強欲爺さん=“幸兵衛はん”が、あのきらっきらの王様みたいな小泉ダイヤ座長だとは!

写真・小泉ダイヤ座長(当日個人舞踊「勝手にしやがれ」より)


金貸しの幸兵衛は、どこまでも吝嗇。
町の祭の寄付金集めが回ってくれば、
「わし、もう寄付金払ったわ!」
「えっ、いつです?」
「去年の祭で払っとるわ!」
提灯屋の徳兵衛(小泉たつみ座長)の家に勝手に上がって、
「喉がかわいたなぁ~」
と出されるお茶を待ち、悪びれずに
「えろうすんませんなぁ~」
そして帰る際には、徳兵衛から借りた煙草入れを、こっそり懐に忍ばせようとするんだから。

不注意にも、祭の寄付金を集める佐助(愛飢男さん)と寛太(嵐山瞳太郎さん)が、うっかり集めたお金を落としてしまった。
二十五両もの大金だ。
この二十五両をなんとか手に入れようと、ダイヤ座長演じる強欲幸兵衛は奔走する。

ダイヤ座長といえば、これまで私の中では、勢いに溢れたパワフルな二枚目のイメージだった。
エネルギーが炸裂している舞踊ショーは言わずもがな、お芝居でも「明治一代女」の巳之吉とか「小豆島」の定吉とか…
長セリフのときの、気合いの入った声音が印象的だ。

だけどこの夜は三枚目の老人役。
老人の器にパワーを収めきらず、はみ出し気味にしているのが特長的で面白いのだ。
提灯の中に二十五両が隠されていると思いこんだ幸兵衛は、しめたとばかりに、その提灯を買いに行く。
「この提灯、五両で買うたでぇ~」
セリフの音一つ一つに、力がこもりまくっていて、やたら可笑しい!

幸兵衛の行動だけ考えたら、そのあまりのがめつさに、いくら喜劇とはいえちょっと好感は持てなさそうなものだけど。
私の頭には、目をまんまるにしたすっとんきょうな表情や、呼び止められて片足をぴょっこり上げたポーズばかりが、記憶に残っている。
ダイヤ座長の“勢い余った感じ”が注入されてこそ、金貸し幸兵衛は吝嗇老人の典型をはみ出して、笑いを誘えるキャラクターになりえるのだろう。

吝嗇老人といえば、金銭欲に歪む幸兵衛の眉根のあたりを横切るのは、「クリスマス・キャロル」のスクルージ爺さんの面影。
けれども、「お祭提灯」にはクリスマスの夜に導き諭してくれる精霊はいない。
代わりに、幸兵衛を見捨てず、困惑しながらも世話を焼いてくれるのが、たつみ座長演じる提灯屋の徳兵衛だ。
徳兵衛は、正直徳兵衛と呼ばれるほど、誠実な人柄。
「幸兵衛はん、あんたまたそないなこと言って…みんなに嫌われまっせ」
たつみ座長の困った表情と、ものやわらかな大阪弁が、なんともしなやか。
幸兵衛と徳兵衛、二人のキャラクターと演技の創り方が、抜群に好対照だった。

たつみ座長の口上によれば、「お祭提灯」はとっても古いお芝居らしい。
お父様の小泉のぼるさんがまだ子役の頃から、「この芝居、古いんだよ」と周囲に言われていたというから、よっぽどだ。
何十年前から上演されているのだろう。
ひょっとしたら世紀をまたいで古かったり?
この喜劇の歴史を思うと、昔の人々の笑いのさざめきが、かすかにまつわっているような気がする。
ちょっと頼りない、だけど温かく懐かしい、提灯の明かりのように。

それにしたって、つくづくダイヤ座長の三枚目は、私にはビッグインパクトだった。
しかし、この日ゲストにいらした舞踊家の胡蝶さんが、インタビューされていた内容によれば、ダイヤ座長は最近あんまり三枚目役はされないらしい。
だとしたら、ちょっともったいないような。
また、あのパワーのあり余った三枚目に出会ってみたいな。

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たつみ演劇BOXお芝居「慌ての安太郎」

2013.8.5 夜の部@篠原演芸場

この7月、知人を一人観劇仲間にすることができた。やったね!
彼女はこれまで大衆演劇の「ベタさ」をあんまり好んでこなかった(私はそこが好きなんだけど)。
が、小泉たつみ座長にはハマったとのこと。
その理由を述べていわく、

「お喋りがとにかくうますぎる!」

私も、たつみ座長の何に驚いたって、その話芸の達者ぶりだ。
噂に名高い座長さんだし、芝居・踊りがすごかろうというのはある程度想定していた。
でも、あんなに話し上手とは、予想外なプラスアルファ。
口上一つとっても、この夏後楽園遊園地に行った話、新しいアイラインに替えた話、銭湯で本物の極道の方と仲良くなった話…
面白エピソードが何か入っていて、しかも声が聴きやすいものだから、ずっと話を聴いていたいような気がする。

写真・小泉たつみ座長(当日舞踊ショーより)


そのお喋り術がよどみなく発揮されていたお芝居が、「慌ての安太郎」。
当日お外題を聞いて、ああ、4月に剣戟はる駒座で観た「慌て烏の子守唄」かと気づいた(鑑賞録の記事)。
旅烏の安太郎が、偶然うどん屋の赤ん坊を託されて、赤ん坊の叔母にあたる女博打打ち・稲妻のおしんを探し当てるまでのお話だ。

しかし、津川竜座長演じる主人公・安太郎と、たつみ座長が演じるそれは全く別人だった。
どっちも、根っこの優しい慌て者という点は一緒だけど。
竜座長の安太郎が、吃音ゆえに、せわしなく動作でコミュニケーションすることで、ユーモラスなキャラクター像を創っていたのと対照的に。

たつみ座長の安太郎は、とにかく喋る、喋る、マシンガントーク。

「あれ、なんでここだけ雨降ってないの?不思議な事もあるもんだなぁ…え、店の中だから?まさか、俺は店になんか入った覚えないよ。……あ、ホントだ、いつの間にか店に入ってたよ!ここ、中だったのか!どうりで、雨が急にやんだなぁと思ったんだ」

冒頭の場面、雷に追われてうどん屋に飛び込んでおきながら、本人はそれを自覚していないのが可笑しい。

うどん屋の主人がかつての兄弟分に裏切られて死ぬ場面でも、
「あんた、全然立てるじゃん!死にそうどころか立てるじゃん!」
とか安太郎がサクサク突っ込むものだから、主人を演じる愛飢男さんもなかなか死ねない(笑)

あと、このお芝居の見どころといったら、稲妻のおしん。
女博打打ちという、大衆演劇でもあんまり見ないような役どころ。
はる駒座では津川鶫汀副座長が、粋な女形芝居で魅せていた。
さて、たつみ演劇BOXでは…?

「私、稲妻のおしんという者でございます」

と、辰巳小龍さんが舞台に駆け現れた瞬間。
美しくて、いなせで、傷を負った姿がまたかっこよくて。
客席で、私、倒れるかと思いました…
いや、本気で(真顔)。
もう小龍さんについては、どんな言葉を用意しても追いつかないわ…

今回はたつみ座長の話芸について語るはずだったのに、気づくと小龍さんに言及してしまうな。
恐るべき辰巳小龍の磁力。

そして、三兄弟のいま一人、小泉ダイヤ座長。
これまではどちらかというと、小龍さんは言わずもがな、たつみ座長のしなやかな技巧に吸い寄せられてきたのだけど。
この次の週末の観劇では、遅まきながらダイヤ座長の魅力をたっぷり味わうことができたので、気合いを入れて書こうと思います。

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南條隆一座とスーパー兄弟お芝居「大岡政談 悪の華」

2013.8.3 夜の部@梅田呉服座

大阪滞在中、もう一つねじ込めた観劇は、梅田呉服座。
横浜で一度お目にかかった、「スーパー兄弟」をもう一度見てみたかったのだ。
スタイリッシュなビルの5階にあるし、映画館みたいに綺麗な座席だし、最初はちょっと緊張した。

お芝居「悪の華」。
こちら、今まで観たことのない種類の面白さだったと思う。
屋台骨は、なんと言っても龍美麗座長の超絶美形!

写真・龍美麗座長(当日個人舞踊「一本釣り」より)


「俺はよ、人を殺すのが好きなんだ」
美麗座長演じる主人公は、羅斜面の狂四郎という名の大悪党。
虫でも払うように、いとも簡単に罪なき人を殺める。
「殺される奴らが、まるで赤ん坊みたいに目を見開いて泣くのがたまらないんだよ…」
性根から真っ黒、純粋な悪意の塊という、人情芝居にあるまじきキャラクターなのだ。

歌舞伎をベースにしたメイク、でもゴシックロマン漂う手足のアクセサリー。
狂四郎がよくする、舌をべろんと出す表情とか。
常に瞳孔が開いているような、凶悪な目つきとか。
一つ一つの表情が、ファンタジーもののコミックから抜け出てきたよう。
演技力や計算されたメイクはもちろんだけど。
美麗座長の華々しい二枚目ぶりがあってこそ、あそこまで絵になるのだろう。

最大の見せ場は、吉田三五郎(南條影虎座長)率いる役人勢を相手取った大立ち回り。
狂四郎は刀を振り回し、役人たちを愉しそうに斬り伏せ、客席にカッと目を剥く。
わあ、凄絶に滲み出る悪の色…
とその倒錯美を味わっていると、次の瞬間には役人たちの槍の上に乗り、また見得を切る。
おお、暗い瞳に欲望がぎらついている…
と拍手を送っていると、次の瞬間にはまた舞台に飛び降りて、役人たちをなぎ倒す。
そして再び眼光が客席をとらえる。

一体何回やるんだろ…?!と思うくらい、見得を切る、その美貌を見せる、ひたすら魅せる。
(ご本人もこのシーンの後は汗だくになっていた)
美麗座長の美しさを、とことん味わい尽くしてください!という全力のサービス精神を感じた。
元々の男前だけじゃなく、ご自分の美しさがどうしたら舞台で一番映えるか。
それを綿密に練った上で、表情や立ち姿の一つ一つを編み出しているように見えた。
そういう役者さんは、すごくいいなぁ。
美しさのプロだなぁ。

とはいえ、このお芝居は座長の美形ぶりだけが見どころじゃない。
細部にこそ、魂が宿っている。

たとえば、狂四郎が舞台上で初めて殺人を行う場面。
狂四郎は冒頭からずっと、被り布をしている。
手には杖。
覆われた視界をかつかつ探る、行き杖。
なんと狂四郎は、目の見えないふりをして、あんまさんをしているのだ…!

日本橋・伊勢屋の女主人(大路にしきさん)は、その姿にあっさり騙されて、狂四郎を家に呼び入れる。
体をほぐしてくれる手に、身を委ねきって寝てしまったところに。
取り去られる顔の布、閃く刃。
女主人は、「あんまさん」の正体に気づく間すらなく、一瞬で絶命する。

殺人鬼の仮の姿として、あんまさんを設定しているのがあまりに絶妙だ。
まず目が見えないため、本質的に弱者の要素を含んでいる。
加えて、癒しを与えるその手には、人は完全に無防備に体をさらしてしまう。
癒しと弱さを抱えた儚い存在が、瞬時にくるりと裏返り、どす黒い暴力に変わる。
このギャップが、ひっぱたかれたように衝撃的だった。

それから、狂四郎の人格を何より明確に伝えてくれたのは、一本の傘の置き方だ。
涼しげな墓地で、手持無沙汰にうろつく狂四郎。
邪魔になった傘を、ポンと。
堂々と墓石の上に置いてしまうのだ。
弔いの気持ちとか、死者への敬意とか、無言のうちに皆が心の底に共有している感覚が、この人には欠落している。
何でもないシーンにこそ、小さな違和のように、狂四郎の抱える欠落が浮かび上がる。

こんな風に、「悪の華」はよく目を凝らすと、細かいところにこだわりが散りばめられていた。
先月、横浜でこの劇団さんの「お糸新吉物語」を観たときも同じことを感じた(鑑賞録の記事)。
そのときはこんな風に書いている。
<隙間なく敷き詰められた宝石箱>
<この日の舞台景色は、なんと言ってもはめ込まれた細かな飛び石、伏線がきらりと光るものだった>
ぴたりぴたりと、宝石の一つ一つが噛み合うまで。
日々編まれ、組み合わされ、何度もやり直されて、あの舞台が出来上がるのだと思う。

たまたまこの日は、美麗座長の24歳のお誕生日だった。
ラストショーの後、ファンの方から贈られたたくさんのケーキを前に、とても嬉しげだった。
とびきり麗しい、若き座長さん。
祝福と今後の輝きへの期待を、たくさん、たくさん込めて。

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劇団KAZUMAお芝居「唄祭り やくざ仁義」

2013.8.2 夜の部@浪速クラブ

地下鉄御堂筋線、動物園前駅、ここが新世界!
『演劇グラフ』や色々な大衆演劇ブログで幾度も目にしてきた地名に、実際に降り立つと感激もひとしお。
所用で大阪に行った週末、なんとかスケジュールの合間を縫って、慌ただしく観て参りました。

まずはKAZUMA目指して駆け込んだ、浪速クラブ。
入り口でまごついていたら、揃いのTシャツを着たスタッフさんがとても丁寧に、サッと案内してくださった。
会場に入るなり目に飛び込んできた、あのアットホームな舞台!

写真・藤美一馬座長(当日舞踊ショーより)


写真・龍美佑馬さん(当日舞踊ショーより)


さあ、ミニショーの後は3か月ぶりのKAZUMAのお芝居。
浪速クラブのブログで事前にお外題をチェックすると、「唄祭り やくざ仁義」とあった。
題からして、硬派なやくざもののお芝居かな?
だけど、そしたら「唄祭り」って何だろう?

物語の前半は、予想通り、ぴりっとした味の任侠道。
藤美一馬座長演じる旅烏・勘太郎は、山嵐(藤美真の助さん)の一家に草鞋を脱いでいるとき、裏切り者の始末を依頼される。
それが板橋の新吉(柚姫将さん)だった。
勘太郎は、新吉を殺すには忍びなく、片腕を落としたのみに留める。

ここから、勘太郎は旅装束を解き、故郷の実家に帰る。
物語の後半は、やくざ仁義の殺伐感を脱ぎ捨て、郷愁をかきたてる「唄祭り」の響きへシフトしていく。

故郷は、年に一度の木曽の祭りの準備中。
帰って来た勘太郎を迎えるのは、たった一人のおとっつぁん((龍美佑馬さん)だ。
何年も行方知れずだった息子を、父はいきなり座布団で引っぱたく!
「お前、木曽の祭りの時期には必ず帰ると言っておったじゃないか。何年過ぎたと思うとるんじゃ」

勘太郎は、旅烏からただの息子の顔に戻って、困ったように説明する。
「いや、俺はなぁ、毎年木曽の祭りの頃には、ちゃんとこの近くまで帰って来てたんだ」
嘘をつけ、と拗ねるおとっつぁんも、次の一言で目を丸くする。
「ほら、おとっつぁん、昨年の祭りには提灯を吊るさなかったろう。何かあったんじゃないかって心配したぜ」
どうやら、勘太郎は本当に毎年故郷の近くまで帰り、様子をうかがっていたらしい。
ではなぜ家に顔を見せなかったのか?

それはおとっつぁんの、この質問が嫌だったからに他ならない。
「して、勘太郎。お千代は、どうじゃった?」

まったく気の置けない間と見えるこの親子には、少しばかり事情があることが明かされる。
実は勘太郎は、亡くなったおっかあの連れ子で、おとっつぁんと血の繋がりはない。
おとっつぁんと血が繋がっているのは、妹のお千代(霞ゆうかさん)である。
勘太郎は、数年前行方知れずになった、お千代を探して旅していたのだ。

「お千代は…ほうぼう探してあるいたけど、見つからなかったよ」
おとっつぁんを落ち込ませまいと、勘太郎は慌てて付け加える。
「俺はまた旅に出る、いくらだって探して歩いて、今度こそお千代を見つけてみせるからよ!」
この、情の厚さ。
くそじじい、なんて憎まれ口を叩くのと同じ口で言うから、なおのこと沁みる。

でも、勘太郎が旅する必要はもうないのだ。

ぷくくく…と笑い出すおとっつぁん(このときの佑馬さんはホントに楽しげに笑ってた)。
「実はお千代はな、帰って来とるんじゃ」
運命の巡り合わせか、勘太郎の不在中に、お千代は偶然おとっつぁんと出会っていた。
おとっつぁんは、今はお千代とその亭主と一緒に暮らしているのである。
「このご亭主がな、また立派なお人なんじゃ。お前、ちゃんと挨拶できるか?」
なんて気安く冗談を言うおとっつぁんは、孤独の面影をすっかり消して、可愛いお茶目な老人の顔をしている。
「当たり前だろ」とふてくされたように返す勘太郎。

この父と息子は、いいなぁ。
愛情たっぷりに互いの悪口を言うあたり、たまらないなぁ。

でも、小さく引っかかる。
血の繋がった娘とその亭主が、一緒に暮らし始めたという。
――継子である勘太郎の居場所を、上書きするように。

紹介されたお千代の亭主を見て、勘太郎は愕然。
なんと、自分が片腕を落とした板橋の新吉だったのだ。

新吉と一触即発の空気になる中、新吉をいまだに狙っていた山嵐が襲って来る。
おとっつぁんは大事な娘婿の身を心配するあまり、勘太郎を怒鳴ってしまう。

「お前はどうなってもいいから、早く新吉さんを助けに行け!」

ああ――言ってはならないことを言ってしまった。
勘太郎の顔に浮かぶ、静かな諦念。
これがラストへの布石になる。

山嵐たちを斬り伏せた直後、勘太郎はその刀で自らの腹を突くのだ。
新吉と遺恨のある自分の存在は、今後おとっつぁんを苦しませると信じて。

勘太郎が走馬灯の中に思い描く情景は、幼い頃の木曽祭り。
「祭りに行こう、行こうって、おとっつぁんを呼んで」
「俺は唄って踊って、渦の中」
「最後はおとっつぁんの背中に揺られていた…」

――最期に木曽の祭り囃子が聴きてぇなあ――

呟いて、瀕死のはずの勘太郎は、かすかに踊り始める。
まことか幻か、おぼろげな祭りの笛の音に合わせて、手足を揺らす。

踊る勘太郎の瞳は、虚ろに過去を覗きこんでいる。
幼い頃の記憶に、よろよろと踊り着く。
きっと継子だなんて気にしなかった頃の、無邪気さにもたれるように。

この場面で、泣き崩れるおとっつぁんだけでなく、新吉が呆然と佇んでいるのがとても良かった。
新吉は、これからおとっつぁんと一緒に生きていく、新たな”息子”だ。
勘太郎はこれからを自らの手で断ち切り、いとけない過去に還って行こうとしている、これまでの”息子”。
このコントラストが、継子である勘太郎の切なさを浮き彫りにする。

…観ているときはそんなことを冷静に考える余裕もなく、ぽろぽろ泣いていましたけど…

唄祭り。
命の灯火が消える間際、記憶の底から蘇る、なつかしい楽の音。
踊る一馬座長の姿は、私のまなうらからずっと離れないだろう。

悲劇の余韻は残るけど、KAZUMAの皆さんに「9月、東京でお待ちしてます!」とお伝えするのは元気な声で。
今頃、大阪のファンを思いきり楽しませているんだろうな。

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深く染むる2―続・色をまとう役者さんの話―

前回から引き続き。
役者さん各々の色の彩文は、深まって広がって、スポットライトの真ん中に浮かび上がる。

◆たつみ演劇BOX・小泉たつみ座長の「紫」
写真・小泉たつみ座長(2013/7/20)


高みの紫。
かの座長さんの着物や帯に紫色を見つけると、そんな言葉が浮かぶ。

お芝居の幕間で、あるいはたつみ座長の個人舞踊の直後に。
「いやぁ、うまい」
「うまいねぇー、たつみさん」
惚れ惚れとした声が、あちらこちらから聞こえて来る。
観たばかりの芸に心の芯を持っていかれて、まだ魂がどこかふわふわしている、そんな称賛の声。
一度、古典演劇・舞踊に詳しい知人を、たつみ演劇BOXの舞台にお誘いした。
彼も、しきりにたつみ座長の技巧を賞賛していた。
「相当、舞踊の基礎がしっかりしてますよ」
「お若いのにすごいですね」
舞台のたつみ座長は、ロングの鬘をさらり揺らして、どこまでも軽やか。

踊りも芝居も抜群、そんな役者さんが山ほどいるのが、大衆演劇のすごいところだと思うんだけど。
たつみ座長の”上手さ”は、ソフィスティケートされていてあっさり風味。
加えて、名高いトップ劇団の頭を15年も務めてきた、誇り高さ。
さらに、涼しげな気品は生来のものなんだろうか?
とにかく、たつみ座長のお衣装の中に光る紫色は、その高位を讃えてやまない。

喜劇では、とんでもなくコミカルなのにな(この間観たお芝居「小豆島」とか)。
口上や送り出しでは、サクッと気さくな語り口なのにな。
たつみ座長の個人舞踊は、時に静謐。
瞳は何かを語りかけそうでいて、その手前で堰止められ、舞台景色はしじまに沈む。
細面の美貌が、しゃんと客席を向けば、深い京紫の気品がたなびく。


◆劇団KAZUMA・柚姫将さんの「紫」
写真・柚姫将さん(2013/2/9)



いま一人、紫色。
紫のメッシュの鬘(写真参照)は、将さんのイメージが強すぎて、もう私の中では覆ることないだろうなぁ。

将さんの個人舞踊は、しっとりした曲、悲哀のにじむ曲が多いような気がする。
「蒼い瞳のエリス」(安全地帯)、「友達の詩」(中村中)、「BALLAD」(alan)など。
真摯に、まっすぐに、踊られる一つ一つの物語の中に。
うっすらと物悲しさが掬い取れる。

若くてエネルギッシュな、劇団KAZUMAのお芝居の柱。
そこに、つ、とほんの一筋にじむ「悲」の色合い。
精悍な顔立ちに、ほんの一枚ひらりとめくれる、影のとばり。
将さん特有の魅力は、溌剌さの中にわずかに埋まった哀愁だと思うのです。

だからその面差しは、霞がかった菫の色味。
赤のエネルギーと青の悲哀がほどよく溶けて、やわらかな紫に行き着く。

9月、東京公演というのを聞いて、疼くようにワクワクしております。


◆劇団KAZUMA・藤美一馬座長の「白」
写真・藤美一馬座長(2012/8/26)


細雪。
触れなば落ちんと言うけれど、一馬座長の女形は、触れなば消えん。

我ながら暇人だけど、一馬座長の女形の魅力について、観劇仲間と延々語り合ったことがある。
そのときの結論は、「繊細なお嬢さんっぽさ」だった。
管見の限り、一馬座長の女形が観られるのは、大体舞踊ショーの2曲目。
黒幕が開くと、一馬座長のきっそりと細い立ち姿が現れる。
幻燈のようなスポットライトの、光を拾いながら踊る。
眼差しは伏せがち、でも時折、客席と舞台の狭間に定まらない瞳が浮かぶ。
それは、どこか名家の令嬢の風情だと映る。

あの舞台に浮かぶ彩文を、言葉にするのはむつかしいのだけど。
ほどけかけた糸よりも、さらに細く。
溶けかけた雪よりも、さらに儚く。
自らの掌にふーっと息をかける動作をする一馬座長は、なんだかスポットライトの白光に溶けて行きそうにすら見えるのです。

消え入る直前の純白。
一馬座長が女形で白い着物に身を包んでいると、その白はなお淡い。


さて、舞台に散る色を、自分勝手な眼差しでいくつか集めてみたけれど。
写真フォルダを丹念に見返してみると、あれ、意外とこの役者さんはこの色着てないんだな…
あ、このときの舞踊の表情、今までのイメージと違うな…
なんて、改めて気づくことが多くて。
今回言及した役者さんみんな、私の見つけられない色を、まだまだたくさん隠し持っているのだろう。
次の発見を楽しみに、カラフルな舞台の記憶を抱いて、ひとまずおやすみなさい。

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深く染むる1―色をまとう役者さんの話―

真っ暗な舞台、零れ出すイントロ。
ライトが当たった瞬間、闇をひらいて色が咲く。
観客席から、待ちかねていたと言わんばかりの拍手が起こる。
空間全部の眼差しが、鮮やかなお着物と鬘、役者さんの笑顔に集中!

舞踊ショーの登場の瞬間が大好きです。
役者さんと色鮮やかな衣装の組み合わせは、まさに眼福。
その中で、いくつか。
私がおお…!と目を見開いた、特定の役者さんがまとう色がある。
多分、それらの色たちは、ただのお衣装や鬘ではなく。
それぞれの役者さんの風貌や息遣いや、染み出す心根と溶け合って、深いところまで染め抜いていたのだ。
時折、にんまりしながら覗きこむ、記憶の中のカラフル・ビュー。


◆春陽座・澤村心座長の「青」
写真・澤村心座長(2012/10/29)


青色から連想されるものといったら、やっぱり水だろうか。
水のイメージに連なる役者さんは、私の中では澤村心座長。
まず、さわむらしん、という名前の響きの清廉さが、水面に広がる波紋を思わせる。
それに、淀みない一筋の流れのような舞踊。
決めるところになると、色白のお顔が客席に向けられ、情念のたゆたう波を静かに投げかける。
そんな心座長には、写真の水色のロングの鬘が、本当によくお似合いだと思うのです。
(本格的な一眼レフを持つ観劇仲間いわく、心座長の肌色の白さは、写真では色が飛んでしまってベストショットが難しいほどらしい)

「上品」「はんなり」「やさしい」…心座長のファンに魅力を尋ねると、よくそんな言葉を聞く。
「心様!」
というハンチョウとともに、篠原演芸場の舞台にすっと立った心座長の青い影。
女形も立ち役も、どこか幽玄めいていて。
ああ、だから呼び捨てでも”ちゃん”付けでもなく、心“様”なんだ…と納得した覚えがある。

春陽座は昨年の9・10月に東京公演があって。
春陽座特有の美しく完成されたお芝居見たさに、せっせと通い詰めた。
なのに当時ブログを書いていなかったことが悔やまれる…
近いうち、必ず再会したい劇団です。


◆たつみ演劇BOX・辰巳小龍さんの「赤」
写真・辰巳小龍さん(2013/7/20)


まだ、この女優さんの至芸を観始めたばかりだけど。
2013年夏、東京にいらしているがゆえに、私の中で今最も熱い役者さん!

小龍さんというと、黒の中に浮かび上がる赤色が印象的だ。
たとえば7/20の個人舞踊「朝日のあたる家」(写真参照)。
<あたしが着いたのはニューオリンズの>
<朝日楼という名の女郎屋だった>
ちあみなおみの吠えるような歌声に合わせて、赤いドレスがひらめく。
歌詞を聴くと、かなり重い歌だ。
歌の中の女性は、放浪の果てに身を持ち崩したらしい。
<誰か言っとくれ 妹に>
<こんなになったら おしまいだってね>
小龍さんが両腕を掲げると、空間に物語が揺らめく。
暗闇を割って、一筋、鮮烈に燃ゆる。

初めてたつみ演劇BOXを観たお芝居「雪の渡り鳥」冒頭でも、小龍さんは黒地に赤模様の着物で登場した。
闇の中、一人立つくれないに、目を奪われたものだ。

そう、暗い舞台に一人凛とたたずむ姿が、とても美しい方なのだと思う。
名女優の瞳には、ひそやかな炎。
小柄な体躯がひりりと燃えて、やがて火焔は舞台を覆い尽くす。


◆劇団花吹雪・桜春之丞座長の「ピンク」
写真・桜春之丞座長(2012/11/10)


正直、あの美貌ならどんな色でも着こなしそうだけども。
私の観た中で印象的だったのは、奇跡的なまでに場を明るくするピンク色。
なおかつ、限りなく艶やかに微笑んだりすると、もう。
舞台にいきなり大輪の花が咲いて、見入っている間に、ご本人はさらっと踊り始める。

指先まで詰まった、けぶるような花の甘さ。
春之丞座長がしなやかに踊ると、惜しげもなく溢れる。
加えて、どんな隅っこの席にいても、きっちり眼差しが飛んでくるのだ。
だから観客席中、残らず、花弁に包まれるように舞踊の世界に引き込まれる。
春之丞座長は何でもないことのようにされてたけど、実は卓越したテクニックなのでは…?

写真は、昨年11月に小岩湯宴ランドで初めて観たときのラストショーから。
見切れてしまっているけど、手にはバラの花を一輪持って。
それにこの鮮やかなピンクのお着物、鬘、お化粧だもの。
この方は何者なんだー?!と言いたくなるくらい、夢の中から抜け出てきた存在に見えた。
目の前にいらしたご婦人が、それまでお喋りしていた隣席のご友人のほうを向くのも忘れて、春之丞座長に釘付けになっていたのが印象的。

華やか、甘やか、艶やか。
かぐわしい春の風は、今は毎日関西のお客さんに向かって吹いているのだろう。


◆剣戟はる駒座・勝小虎さんの「緑」
写真・勝小虎さん(2013/4/13)


ヘルシーな、萌黄混じりのみどり色。
このブログでは普段ひたすらお芝居の話ばかりしているものだから。
小虎さんについても、「河内十人斬り」の熊太郎とか「やくざの花道」の剛三とか、お芝居での名演技の話に終始してきたけど(私的には悪役が絶品!)。
場面変わって、舞踊ショー。
かの花形の笑顔の安らかさといったら尋常でない。

滋養をたっぷりたくわえた草木が、空気に潤いをもたらしてくれるように。
小虎さんが舞台に現れて踊り始めると、舞台から客席に向けて、活力の詰まった枝葉がにょっきり伸びていくのを見るようだ。
腕の一振り、足の一振りから、明るい命の粒が飛ぶ。
あの、「底抜けにヘルシーな感じ」は一体どこから芽吹いているんだろう?

小虎さんの印象深い個人舞踊は、5月にユラックスで観れた「ちぎれ雲」(香田晋)。
かつて愛した人を探して、迎えに行く旅の途中、みたいな内容の歌。
<北国へ帰ろう 心を連れて>
<北国へ帰ろう 昨日をすてて>
ほのかに温もりのにじむ歌に、恵みの満ちた笑顔を乗せて。


書くのがあんまり楽しくて長くなってしまった。
次に続く!

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