たつみ演劇BOXお芝居「明治一代女」2―赤のお梅・黒のお梅―

2013.7.27 夜の部@浅草木馬館

1―白のお梅―の続き。

◆中盤・赤のお梅
巳之吉への裏切りから、見せ場である雪の中の殺人まで。
小龍さんの衣装は、赤と黒の縞模様の着物になる。
赤色は、お梅の運命にひそむ毒を託されて、さらに色濃い。

写真・辰巳小龍さん(当日舞踊ショーより)


「別れ―られません…!」
ダイヤさん演じる津の国屋を前に、引き絞るような小龍さんの声音。
巳之吉との約束を、当初はちゃんと守るつもりだったのに。
「お梅お前を、俺の女房にすると決めていたんだ…!」
恋慕う役者に、そんなことを情熱的に言われてしまえば。
別れに踏み切ることはできず、お梅は巳之吉から逃げ隠れするようになる。

裏切られた巳之吉は、凄惨な目つきでお梅を追い回す。
「お梅姐さん!そこにいるんだろう…!」
お梅の家や座敷の前で、待ち伏せしては、憎しみを込めて叫ぶ。

そして12月27日、降雪の日。
座敷帰りのお梅を待っていたのは、匕首を握った巳之吉だった。
「来ないで、来ないで」
必死に逃げ回るうちに、お梅の手は巳之吉を刺してしまう。
「違う、あたしじゃない、あたしじゃない」
犯した罪におののき、その場から逃れようとするお梅の足を、積もった雪が絡め取る。
積み重なった悲運が、この薄幸の女性をまろばせる。

舞台の緊迫感は、ひりひりと高みに達していて。
赤い着物の小龍さんが、よろけながら黒い街灯に寄り掛かり、ざっと白い紙吹雪が降りかかる。
――小龍!――
飛んだハンチョウは、舞台上の至芸を讃えて、木馬館に響いた。

「あたし――どうしよう………!」
お梅はわなわなと震える手で、母と武彦に縋りつく。
だが、あと5日で正月=津の国屋の名披露目の日だった。
お梅の胸に、浮かび上がる恋情。
「津の国屋の晴れ姿を、一目見てから、牢獄に行きたい…」
お梅の目に、いぶし出される執念。
「あたしそのために、人まで殺したのに!」

◆終盤・黒のお梅
5日間、逃げてのがれて、場面はお正月。
舞台背景には、襲名披露の「白波五人男」の劇場前の風景が描かれている。
そこに、張りつめた表情の小龍さんが、辺りを見回しながら影のように現れる。
着物は咎人の黒。
世間の目から逃れるための、黒い頭巾を被って。

だが、劇場前で待ちかまえていた警察署長(嵐山瞳太郎さん)に、あえなく捕まる。
「せめて一目、津の国屋の晴れ姿を観てから、暗いところへ行きとうございます」
哀願むなしく、警察に取り押さえられているうちに、襲名披露は終わってしまう。
絶望したお梅は、匕首で自らの胸を突く。

けれどお梅の人生には、最後の温情が残されていた。
晴れ装束に身を包んだ津の国屋が、楽屋から駆け出してきたのだ。

津の国屋は瀕死のお梅一人に見せるため、その場で口上挨拶をしてみせる。
「今日のこの日を迎えられたのは、命を賭してまで尽くしてくれた、ある女性のおかげです…」

息も絶え絶えのお梅は、泣き笑いを浮かべて、恋した役者の声を聴いている。
やがて観客席に手を延べ、最期の一言。

「津の国屋―っ!」

「明治一代女」のお梅。
役者に恋して道を外れた、愚かな女と語られた。
そのために人まで殺した、稀代の毒婦と描かれた。

でもこの夜の主人公は。
まじめで、健気で、利発で、家族思いで、小さな体に気をいっぱいに張って、懸命に生きてきた、お梅。
彼女の、たったひとつの望み。

「津の国屋―っ!」

よかった。
この女性の人生の終焉に、救いがあってよかった。
物語のおしまいに散っていったのは、白梅、紅梅、それとも黒い梅だったのか…

幕が引かれた後も、しばらく私の涙線は緩みっぱなしで。
周囲の女性客も、ハンカチを目元に当てていた。

至高のお芝居を観た後は、心は恍惚。
帰り道、雨上がりの夜道を歩きながら、まだ魂は明治の物語から抜け出しきっていなかった。
この夏、小龍さんが、たつみ演劇BOXが、東京に来てくれて本当によかった。
こういうお芝居を観るために、お萩は毎日頑張って生きてるんですよ!

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たつみ演劇BOXお芝居「明治一代女」1―白のお梅―

2013.7.27 夜の部@浅草木馬館

「明治一代女」のお梅。
役者に恋して道を外れた、愚かな女?
そのために人まで殺した、稀代の毒婦?

いいえ、この夜、辰巳小龍さんが見せてくれたお梅は。
まじめで、健気で、利発で、家族思いで、小さな体に気をいっぱいに張って、懸命に生きている女性だった。
そのお梅が、カタカタ回る残酷な運命の歯車に乗って、暗いところへ転落していく。

写真・辰巳小龍さん(当日舞踊ショーより)


27日に、小龍さん主演で小泉版「明治一代女」をやる!
その予告を聞いたときから、もう私は浮足立っていて。
当日夜の浅草、隅田川花火大会に沸く人込みをかき分けて、一目散に木馬館へと駆けつけたのです。

物語が進むにつれ、舞台に現れる小龍さんの着物の色が変わっていく。
まるで、少しずつ狂っていくお梅の運命が託されているかのように。

◆序盤・白のお梅
芸者・お梅は、旦那の一人も取らず、「男嫌い」として通ってきた。
まじめで潔白な性格なので、そもそも、好きで芸者になったわけではない。
芸者を務めてきたのはひとえに、年老いた母(辰巳龍子さん)と弟の武彦(小泉マサトさん)を身一つで養い、なおかつ武彦を学舎へ通わせているからだ。

そんなお梅に、初めての浮いた噂。
役者の沢村仙枝(小泉ダイヤさん)から、自分が誤って割ってしまった詫びにと、新しい三味線を贈られる。
「別にねぇ、(仙枝とは)変な仲じゃあないんだよ」
と苦笑混じりに噂を否定しながらも、
「そりゃあね…あんな素敵な人だもの…」
座敷支度の最中、お梅はぽつり本音を零す。

しかし、仙枝とお梅の噂に怒り心頭になっていたのが、大物芸者の秀吉(小泉たつみ座長)だ。
秀吉は以前、仙枝の情人だったのだ。

写真・小泉たつみ座長(当日舞踊ショーより)


仙枝を取られたことで、お梅へのいびりが始まる。
秀吉が舞う際に、お梅が地方を務めて三味線を弾けば、わざとつまずいてみせる。
「三味線がツボを外していたんじゃあ、あたしはもう踊れません」
「いくらいい三味線でも、弾くほうの腕が足りやしない。この秀吉姐さんの地方を務めるんなら、もう2、3年、修行してからだね」
客の前で、そんな嫌味を言ったりする。
たつみ座長の涼しげな目元が、このときばかりは冷酷に凍てついていた。

一方で、嫌味にじっと耐えているお梅の健気さ、不憫さといったら。
小龍さんの、眉をきゅっと寄せて唇を噛みしめた表情。
幼子が必死に泣くのをこらえているような風情に、胸を衝かれる。

序盤の面白さは、秀吉とお梅の対比にあったと思う。
秀吉は、赤を基調にした着物をまとって艶やか。
加えて、大物芸者らしく、ものの語り口調は強い。
「お梅さん、目上の者の前を通るときには、あいすいませんと謝るのが筋だろう!」
「いつからあんたは、会釈であたしの前を通れるほど偉くなったんだい」
たつみ座長が、かなり楽しそうに悪女を演じるものだから、客席からは大笑いを取っていたけど…(笑)
たつみ座長の長身も相まって、「秀吉姐さん」はたとえるなら大ぶりの菖蒲の花。

対して、お梅の座敷用の衣装は純白だ。
芸者稼業にありながら、凛と矜持を守ってきた、これまでの清廉な生き様を表す色。
「あい…すみません。堪忍してください」
涙を湛えて秀吉に手を突く姿は、名前の通り、白梅のささやくような可愛らしさ。
さらにお梅の白い着物には、ちゃんと梅の花の模様が入っている。
こういう細かいところが個人的にはたまらない演出!

加えて、小龍さん版お梅は、気丈だけど泣き上戸でもある。
秀吉にいじめられ、はたはたと目元を押さえる姿の可憐さが、この人を助けてあげたいと思わせる。

仙枝は、もうすぐ三代目・津の国屋仙之助を襲名することになっていた。
それを知っていて、秀吉はお梅を挑発する。
「お梅さんのことだ、百円や二百円じゃくだらない、千円二千円かけて、さぞ立派な襲名披露ができるんだろうね」
お梅の女の意地が、売り言葉に買い言葉を返させた。
「このお梅の力で、誰より立派な襲名披露にしてみせるよ」

だが実際には、金などあるはずもない。
途方にくれたお梅に、「千円、俺に用立てさせていただけませんか」と言ってきた男がいた。
お梅の身の回りの世話をしてきた、箱屋の巳之吉(小泉ダイヤさん・二役)だ。

「その代わりと言っちゃあなんですが、俺からも姐さんにお願いがあります」
「この襲名披露が終わったら、津の国屋とはきっぱり手を切っておくんなさい」
「そして芸者を辞めて、俺と夫婦になってほしいんです」
お梅は頷いた。
この約束が悲劇を生む。

時節は年の瀬。
純白のお梅の歩む先は、血の色の道行き。

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たつみ演劇BOXお芝居「小豆島」

2013.7.20 昼の部・夜の部@浅草木馬館

木馬館の座席の間、ずらーり並んだ補助椅子。
いつも週末の木馬館は混み合うけど、この日のお昼の部はちょっと見ないくらいに満杯!
客席の熱気が舞台上にも伝わるのか、小泉たつみ座長の清しい笑顔が、前回にも増してたくさん見れたような気がします。

写真・小泉たつみ座長(7/20舞踊ショーより)


「小豆島」は、たつみ座長の口上によれば、「古くからどこの劇団でもよく演じられてきたお芝居」だそうな。
実際私も、昨年劇団花吹雪で観たことがあった。
(劇団花吹雪版のお外題は「兄の真心」。桜京之介座長の演技が胸にしみる名品だった)
しかしたつみ演劇BOX版において強烈なのは、たつみ座長演じる「お父さん」だった。
どうしようもなくおかしいそのキャラクターに迫る前に、まずはあらすじ。

小豆島の漁村で、兄の定吉(小泉ダイヤ座長)と妹の直江(辰巳花さん)は、両親を早くに亡くし、2人きりで生きてきた。
ある日、直江の許嫁・多三郎(嵐山瞳太郎さん)が東京から5年ぶりに帰って来る。
直江も浜の衆も喜びに沸くが、定吉一人が浮かぬ顔。

「東京には、きれいなおなごが、ごまんといるっちゅう話や」
「そんなとこで5年も東京で暮らした多三やんが、この直江といまだ結婚するつもりなはずないわ」

定吉が疑うのも無理はない。
多三郎は網元の跡取り息子で、容貌も人柄も優れている。
さらには、東京での猛勉強の末、見事医者になり、浜に病院を建てるという。
つまり、絵に描いたような立派な男なのだ。
一方直江は、純真無垢で、誰より心がきれいな女の子なんだけど。
お世辞にも美人とは言えず、頭のほうも良くはない…。

悩んだ末、定吉は多三郎の本心を確かめるため、策を練る。
「おっさん、ちょっと頼みがあるんや」
「俺と、嘘っ気の喧嘩をしてほしい」
多三郎のお父さん(小泉たつみ座長)を巻き込んで、一芝居打つのだ。

さて、このお父さん。
定吉に芝居の話を持ちかけられたときには、多三郎の到着する浜へせかせかと走っているところだった。
手作りの日本国旗を持って!
「浜ではぎょうさん迎えの人が来とるやろ。でもそこはやっぱり親や、息子に一番に見つけてもらいたくて、ゆうべ夜なべしてこの旗作ったんや」
たつみ座長が、器用に両手の旗をくるくる回し、新体操のように華麗に舞う(笑)
客席爆笑。
激しい動きに旗の一本が折れて、さらに爆笑。

お父さんはお年寄りの設定で、実際白髪の鬘を被っているものの。
濃いつけまつげのメイクに、つぶらな瞳がぱちぱち。
「多三郎は、まだ浜に着かんのか。わし、ちょっと早すぎたな」
たつみ座長の素の声とは全く異なる、ふにゃりとした高い声。
なんだか、可愛い。

見た目だけじゃなくて、動作も性格もチャーミング。
多三郎を騙すため、定吉が自分の持参するぼた餅を足蹴にしてくれと頼めば。
「芝居とはいえ、食べ物を蹴るのは嫌やなぁ~」
顔をしかめて、それでも定吉に頼まれたセリフを言いながら、軽くぼた餅を蹴る。
「こんな汚いぼた餅が食べられますか!」
ぼた餅、ぽーん。
この仕草がなんとも滑稽で、どかんと客席が笑う。

さらに、定吉に「お前とわしとは身分が違う、貧乏金持ちの身分が違うわい」というセリフを頼まれれば。
お父さんの正義感がメラメラ、つぶらな目を険しくして真剣に怒る。
「定吉お前なぁ、いい加減にせえよ!」
「わしは確かに網元や、けどそれは立場の問題や、わしは今まで貧乏金持ちなんて目で人を見たことは一度もないで!」
ほんわりした口調も荒らげて、お父さんの怒りは本気モード。
「芝居やから!嘘っ気や!」と定吉に再三突っ込まれて、ようやく静まる。
そして怪訝な表情になり、
「もしかして、わし、悪い役か?」
今更!(笑)
うん、やっぱり可愛い。

昔は、たつみ座長が定吉を演じ、お父さんの役を父・小泉のぼるさんが演じられていたそうな。
のぼるさんの「お父さん」も、波平さんみたいな鬘を被って、徹底した三枚目キャラクターだったそうな。
「受け継いでいく芝居なんですね」
たつみ座長は口上でそう語られていた。

そういえば私は大衆演劇にハマってから、古くからの演劇に詳しい方にお会いする機会があると、ちょこちょことお話を聞かせていただいているのだけど。
どの方も必ずと言っていいほど、喜劇役者「藤山寛美さん」の話題を出される。
舞台に寛美さんが登場するだけで、むやみにおかしさがこみ上げたんだそうだ。

今回「小豆島」鑑賞に同行してくれた方が、終演後に私に呟いた。
「たつみさんって、お若いのにすごいですね」
「たつみさんが舞台に出るだけで、みんな笑うでしょう。あの藤山寛美さんも、そんな感じだったらしいですよ」
それはもしかしたら、小泉のぼるさんも。
受け継いでいくお芝居――受け継がれる芸。
きっと今、私はとても贅沢な舞台を観ているのだろう。

余談だけど、今回は同行してくれた方が昼夜で異なったため、昼夜続けて同じお芝居を観た。
驚いたことに、昼の部と夜の部のわずかな間(1時間ちょっとしかない!)で、「小豆島」はブラッシュアップされていた。
お父さんはよりおかしく、定吉は気の短い熱血漢の様がより出ていて、話全体もより筋の通ったものに。
日々どころか、毎時、変化していく。進化していく。
次の週末までには、どんな進化を遂げているのだろうか?

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南條隆一座とスーパー兄弟お芝居「情炎地獄 お糸新吉物語」

2013.7.15 昼の部@三吉演芸場

久々に出掛けたマリンの街・横浜!
綺麗な港町の綺麗な劇場には(三吉演芸場はコンサートホールのようだ)、それは綺麗な劇団さんがいらしてました。
「南條隆一座とスーパー兄弟」には、陽光が水面に照り映えるようにキラキラと笑む、若い役者さんがたくさん!
中でも目が釘付けになってしまったのは、龍美麗座長だ。

写真・龍美麗座長(当日舞踊ショーより)



しかし、素直に、なんと美しい人だろう。
ついお写真も普段より一枚多めに上げてしまう…笑

お芝居「お糸新吉物語」では、美麗座長は主人公の新吉を演じられていた。
このお芝居は、新吉の悲惨を極める運命を描いたもの。

商家・近江屋の奉公人の新吉は、明暦の大火で顔の左半分に大火傷を負ってしまう。
恋慕うお糸お嬢さん(天生蛍さん)を助けるため、火の中に飛び込んだからだ。
だが、お糸は恩義を感じるどころか、醜くなった新吉を「化け物」と容赦なくなじる。
他の奉公人たちも、新吉の醜さを馬鹿にする。
「人間が三割、化け物が七割、人三化七、化け物顔!」
そんな冷酷な呼び名まで付けられても、生来真面目でおとなしい新吉は、じっと耐えて働き続けていた。

新吉の支えは、近江屋の主人(若葉隆之介さん)との約束だった。
「火事でお糸を助けてくれた礼に、将来は近江屋の跡を継がせ、お糸と必ず一緒にさせてやる」と。
だが、約束は裏切られる。
「おとっつぁん、あたし、好きな人ができたの」
お糸が結婚相手として連れてきたのは、名家の相模屋の若旦那(南條勇希さん)。
この瞬間、主人と新吉の約束は反故にされる。
「もう、お前の化け物顔を見ているのは我慢がならないんだよ。今すぐ、この近江屋から出てお行き!」
新吉がどんなに泣いて縋っても、主人もお糸も同情のかけらも見せずに、新吉に暇を出す。

どん底に落ちた新吉に、さらなる悲嘆が待っていた。
「新よ、お前、どうしてそんなことに…」
新吉の唯一の肉親である母親(大路にしきさん)が、遠い郡上から新吉を訪ねてきたのだ。
母は新吉の境遇を知り、近江屋の主人にもう一度雇ってくれるよう縋りつく。
だが主人は、年老いた母の涙の訴えも冷たく退け、突き飛ばす。
その際に打ちどころが悪く、母は呆けて正気を失ってしまう。

新吉の爛れた顔を見て、「鬼じゃ、鬼じゃ!」と怯える母の姿。
(個人的にはこの場面が一番涙線が緩んだ…)
「たったひとりのおっかあを、こんな姿にされて…」
新吉はむせび泣く。
しかし次第に、ふふ、はは、という泣き笑いに転じていく。
何の音もない舞台の上、肩を震わせながら、新吉の笑い声だけが響く。
積もり積もった恨みの果て、新吉の精神がついに壊れていくのを、美麗座長は見事に表現していた。

新吉は包丁を手に、祭りの街を彷徨う。
止めようとする人々を次々に刺し殺し、お糸を探す。
「お糸、どこにいるんだ?花嫁がいないと、婚礼にならないだろう…」
お糸を手招く新吉の表情は、柔和な微笑みだったりして、余計に怖い。
「愛しい恋しいお糸を抱いて、情念地獄への道行きだ!」
お糸の亡き骸を抱き、新吉は自らも自害して果てる。

終幕後の口上では、美麗座長が「今日は120%やれた」と、大熱演の汗を滴らせながら語っていた。
聞きながら私が連想していたのは、隙間なく敷き詰められた宝石箱。
この日の舞台景色は、なんと言ってもはめ込まれた細かな飛び石、伏線がきらりと光るものだった。

たとえば、幕開けと終幕には、同じ形の赤い宝石が置かれている。
幕開けは近江屋が燃えているシーンだ。
赤一色の照明と人々の喧噪で、一気に舞台に惹きつけられる。
私が目を見張ったのは、最後の一幕=狂乱の祭りの場面になったとき、全く同じ風景が広がっていたこと!
再びの赤一色の照明、新吉の狂乱におののく人々の、再びの喧噪。
お芝居の最初と最後の符牒が見事にはまり、同じ形で綺麗に閉じられる。

それから物語のミソである、近江屋の主人が新吉とお糸を一緒にするという約束を、反故にしてしまうエピソード。
ここには、ちゃんと心理的な置き石がされている。
最初、主人は新吉に当然恩を感じていたし、火傷についても同情的だった。
だからこそ新吉との結婚を嫌がるお糸に対し、
「いくら可愛いお前の頼みでも、おとっつぁん、それだけは聞けません!」
「お前は新吉と一緒になるんだ!」
と強固に主張していたのだ。

ところがお糸が連れてきたのが、相模屋の若旦那という、名家の青年だったのがいけなかった。
しかも、南條勇希さん演じる若旦那は、礼儀正しく男っぷりもいい。
主人がすっかり舞い上がってしまったのがわかる。
「相模屋さん、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
若旦那に挨拶する主人の表情は、喜色満面。

この後から、新吉に向ける瞳は、侮蔑を隠さないものに変わるのだ。
「なんだい、店に置いてくれと未練たらたら…」
「お前のその醜い顔!私はね、世間の奴らにあの店は化け物を置いていると言われても、ずっと我慢してきたんだよ。もう、我慢ならないよ」
若葉隆之介さんの演じる態度の落差に、この日一番肝が冷えた。

さらにさらに。
最後の新吉の発狂に至るまでも、伏線を凝らしてあった。
クビにされた直後、新吉は一度包丁をかざしてお糸を襲おうとする。
でも、わずかに残った情ゆえに、刺すことはできなかった。
この時点では新吉は復讐を諦めたかに見えた。
――けれど、床に落ちたままの包丁が偶然視界に入ったとき、新吉はふと歩みを止める。
そして、無言で何かを考えている。
美麗座長は無表情なんだけれど、その背中の演技から、新吉の復讐の炎がまだくすぶっていることをありありと感じ取れる。
このワンクッションがあるから、最後の狂乱に至るまでの新吉の心の動きが、微細に舞台に現れるのだ。

そんな風に、ぴたりぴたりと敷き詰められた、細かな置き石がたくさん。
美しい役者さんたちの仕上げる、美しい宝石箱を覗かせてもらった。

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美味しいごはんの話―お芝居に描かれる「食」②―

緞帳の向こう側から、まだまだ食欲をそそる匂いが漂ってくるのにつられて。
前回に引き続き、お芝居に登場する食べ物たちの話を続けます!

◆野菜
野菜は土に連なる。
前に挙げた魚よりも、さらにささやかな生活を連想させる、農のいとなみ。

私が観た中で野菜が印象的に使われるのは、剣戟はる駒座の「桐の木」だ(2013.4.13鑑賞・鑑賞録の記事)。
9歳の少女・はっちゃん(千晃丸子さん)の出生を巡って、大人たちの思いが交錯する物語。
「野菜ができたから、また食べてもらおうと思ってな」
野菜売りの青年・寅やん(不動倭さん)が、はっちゃんに微笑みかけながら差し出すカゴには、人参・大根・葉物が一杯に盛られている。
わあ、と可愛らしい歓声を上げるはっちゃん。

「寅やんの差し出す野菜」は、単に寅やんの親切さを象徴する以上の役割を担っている。
「桐の木」の第1幕では、9年前、博打好きでまともに働かなかった寅やんの姿が描かれているからだ。
友人の小平(津川竜座長)は捨て子のはっちゃんを拾った夜、寅やんに、
「お前もなぁ、これを機に真面目に働け。博打はやめい」
といくばくかのお金を渡す。
「わかったわ。わし、博打、やめるわ!」
寅やんの決意の一言から、幕が開いて閉じて、第2幕は9年後。
本当に博打をやめて、真面目に野菜売りをしている寅やんの姿に、おお!となる。
「わしもなぁ、どうしたら野菜を買うてもらえるか、色々考えとんのや。わしの口のうまさで、お客さんを喜ばせんといかん」
寅やんは得意げに小平に説明してみせる。

はる駒座の「桐の木」では、寅やんや小平といった村人の素朴な日常が、温かく丁寧に紡ぎ出される。
はっちゃんという捨て子を拾ってから、貧しさに耐えて、一日一日積み重ねられた9年の歳月。
カゴに入ったみずみずしい野菜は、物語の幕間に存在したであろうキャラクターたちの歳月を、ささやかに語りかける。
しかしあの野菜、今思い出しても美味しそうだったなぁ(笑)

◆甘味
前の記事で触れたようにお米が男性性のシンボルなら、女性・子どものシンボルはやっぱりスイーツかな?

女性と甘味の組み合わせといって、すぐさま思い出せるのは、辰巳小龍さん演じる「おいっちゃん」だ。

写真・辰巳小龍さん(2013.7.7舞踊ショーより)


たつみ演劇BOX「雪の渡り鳥」(2013.7.7鑑賞・鑑賞録の記事)のヒロイン、お市の実家は駄菓子と荒物のお店を営んでいる。
浅草木馬館の舞台上、店先にところ狭しと並べられた飴、おせんべい、駄菓子の数々。
その奥に憂い顔のお市が、しんとたたずむ。
小龍さんのもつ凛とした風情と相まって、お市のキャラクターには気品と気丈さが目立つだけに。
色付きの駄菓子が、適度に親近感を加味してくれて、お市は親しみやすい「おいっちゃん」になった。

「雪の渡り鳥」にはもう一つ、甘味に繋がるキーがある。
お芝居冒頭で噂話をしている、飴売りの女性だ。
「今度、大鍋一家と帆立一家で、大きな喧嘩になるみたいよ」
と、お市の駄菓子屋の前で近所の女性たちと立ち話をしている(申し訳ないことに飴売り役の女優さんのお名前がわからない…)。
背中に背負ったカゴの中、ピンクや赤の飴が揺れる。
お市は、不安げに眉を寄せながら、その様子を見ている。
割れやすく、口の中で簡単に溶けてしまう、飴というお菓子。
お市という女性の、この後の運命の頼りなさを表しているように、飴たちは風にゆらゆら。

さて、私の観劇回数が最も多いはる駒座でも、物語の隙間にちらほらと隠れているお菓子を探してみた。
「月天下江戸小狐」(2013.5.19鑑賞・観賞録の記事)では、津川鶫汀副座長演じる商家のお嬢さんが、奉公人の平左(不動倭さん)にお饅頭をあげる場面があった。
お嬢さんは平左が好きなのだ。
だが、このお饅頭は結局、お嬢さんに想いを寄せる番頭さん(勝小虎さん)に取られてしまう。
ただのお饅頭なんだけど、ここでは可愛いお嬢さんの心の依り代として扱われている。
やっぱり女の子の恋心を代弁するには、スイーツが似合いですよね!

甘いお菓子は、女性ばかりじゃなく、無邪気な子どものシンボルにもなりうる。
はる駒座の「荒川の佐吉」(2013.4.21鑑賞)には、盲目の少年・卯之吉(千晃丸子さん)が登場する。
主人公・佐吉(津川竜座長)とその弟分(晃大洋さん)によって育てられた、健気で利発な男の子だ。
卯之吉は、いただきもののおはぎを、なかなか食べようとしない。
あんこの匂い、子どもにはたまらないはずなのに。
「父ちゃんが帰ってから、半分こして食べようと思って!」
く、なんという健気さ。
まあ、佐吉は帰るなり、おはぎをぽいと口に放り込んでしまって、
「それは卯之坊が、兄貴と半分こするために取っておいた…!」
と弟分に突っ込まれるというオチがつくんだけど。

一方で、無骨な男性と甘味っていうのもまた、ギャップがあってたまらないと思うのです。
というのは、劇団花吹雪の「兄の真心」(2012.11.9鑑賞・鑑賞録の記事)を思い出したから。
桜京之介座長演じる主人公・定吉は、妹・直江(小春かおりさん)の許嫁・多三郎(桜春之丞座長)の実家に、手土産としてぼた餅を持参する。
定吉の心に曇りを落とすのは、多三郎は本当に妹を好いてくれているのだろうかという疑いだ。
そこで定吉は、多三郎の両親(寿美英二さん・桜京誉さん)に、ひと芝居打ってくれるようお願いする。
「お前はうちとは格が違う貧乏人、こんな汚いぼた餅なんか、食べられますか、けっけっけ!…って、俺のぼた餅を踏みつけてほしいんや」
滑稽なくらい不自然で、妙な芝居なんだけど。
それだけに、定吉が不器用に妹を想う気持ちが迫って来る。

ここで、羊羹でもなくお団子でもなく、ぼた餅というチョイスがいい。
青竹のような若い三代目座長・京之介さんが演じる定吉は、ちょっと無骨で、ぶっきらぼうで、でも情の深いキャラクター。
直江が村の衆に意地悪をされていようものなら、青筋立てて「お前ら何しとる!」と蹴散らす。
風呂敷に包まれた「ぼた餅」は、兄の真心そのもの。
野暮ったいまでの肉親の情が、ぎゅっと包み込まれている。
この「ぼた餅」には、お芝居終盤で明かされる秘密もあって、それがまた胸を打つのだった。

◆酒
もう、数えるのが面倒になるくらい、お芝居の中で飲みまくられるお酒(笑)。
お祭りの祝い酒や、やくざ一家の宴席ももちろんあるけど。
やっぱり強く余韻を残していくのは、悲しみや諦念が流し込まれたお酒だなぁ。

悲しい酒のイメージと直結しているキャラクターの一人が、唐人お吉。
劇団朱光「お吉物語」(2012.12.13鑑賞・鑑賞録の記事)では、お吉(水葉朱光座長)が度重なる苦難によれよれになりながら、泣き酒を飲んでいた。
故郷・下田の人々の、「唐人」への蔑みの眼差しと石つぶてに疲れ果てて。
朱光座長のお吉は、お芝居の始めでは、まるで少女のようだったのだ。
「ねぇ、鶴さん、あたしねぇ」
恋人・鶴松(この日ゲストの龍新座長)に呼びかける声の、うきうきした調子が可愛らしくって。
だからこそ、5年後の酔いどれ姿は、落差があまりにも痛ましい。
ふらふらと流れ着いた茶店で、店の主人に「お客さん、そんなに飲んじゃあ、最近話題の唐人お吉と間違われちまいますぜ」とからかわれて。
くく、ふふ。
嘲り笑いの後、お酒にしゃがれた声で、
「あたしがねぇ、唐人お吉なんだよ、このあたしがね」
投げやりに、諦め混じりに言い放つ。
そしてまた、千鳥足で店を追われる。
ああ、今思い出しながら書いてても、つくづくこのお芝居がハッピーエンドになって良かった!ホントに!

そして、私の記憶の杯の底に溜まった濁り酒。
覗いてみれば、劇団KAZUMA「千鳥の曲」(2013.5.6鑑賞・鑑賞録の記事)の一場面が映る。三味線弾きの宗太郎(藤美一馬座長)が、一人晩酌をしている。
灯りを落とした仄青い部屋、徳利のコトリという音以外は静寂。
思いつめた目の宗太郎が考えているのは、盲目の弟・宗吉(柚姫将さん)のことだ。
かつて、宗吉と宗太郎は、三味線の師匠(龍美佑馬さん)から誤解によって破門された。
その師匠の誤解が解け、「頼む宗太郎、宗吉をうちに返してくれんか」と言う。

師匠の店に戻れば、弟はまた三味線が弾ける。
好き合っていた師匠の娘(霞ゆうかさん)とも一緒になれる。
だが心の優しい弟は、行けと言ったって「兄ちゃんと一緒にいる」と言ってきかないだろう。
無音の中でお酒を飲み干したとき、宗太郎の意は決していた。
風呂から帰って来た宗吉に対し、宗太郎は残酷な行動に出る。

――この結末は、何度思い出しても、鑑賞時の胸を衝かれるような悲しみが蘇る。
醒めない酔いのように、何度も同じ悲しみに絡め取られる。

大衆演劇の食卓からつまみ食い…のつもりが、ついあっちもこっちもと味見しているうちに、けっこうガッツリたいらげてしまった。
長い上、食い意地の張った記事に、お付き合いありがとうございました!


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美味しいごはんの話―お芝居に描かれる「食」①―

もぐもぐ、はぐはぐ、美味しそう。
そういえば私もお腹が空いた。
幕間になったら飴の一つでもつまもう。
なにぶん食いしん坊なので、舞台上で頬張られる食べ物があると、つい目がいく。

大衆演劇のお芝居にはわりと頻繁に食べるシーンがあるように思う。
物語の鍵として、キャラクターのシンボルとして、あるいは情景に肉付けを与えるものとして。
役者さんが食べるのを観ていると、食べ物に託された意味づけを、勝手にむくむくと想像して止まらなくなる。
そこで今回の記事は、私がこれまでに観たお芝居の中から、美味しそうなごはんを並べてみました。
大衆演劇の食卓から、ちょっとつまみ食い。


◆米・握り飯
お米=エネルギー=生命力。
やっぱり身体の基本はお米です。
旅烏も侍も商人も、みんなとりあえず握り飯は必携!

お米の命への繋がりを、くっきり浮かび上がらせるシーンといえば。
「兄弟やからな、何でも半分こや。この米も半分こしよ」
剣戟はる駒座の「河内十人斬り」のクライマックスの場面だ(2013.3.9鑑賞・鑑賞録の記事)。

警察に追われ、3日間飢えた熊太郎(勝小虎さん)と弥五郎(津川竜座長)の義兄弟が、村人の情けで恵んでもらった一杯の米。
割り箸を口で割り、椀に顔を突っ込むようにかきこむ。
熊太も弥五郎も、山の泥に汚れ、雨で冷え切っている。
身内に手酷い裏切りを受け、恨みも凍る復讐の果て、その咎で追われた山狩りの果て。
人の心情けに飢え尽くした2人にとって、この米は最後の恵みだ。
ひとかけらの生きるよすがを体に詰め込んでいるかのような2人の姿が、ひりひりと肌に迫る。

それからもう一つ、この食事シーンが投げかけるもの。
「俺はもう腹一杯や、お前が食え」
「茶碗一杯で何が腹いっぱいなもんか、お前が食え」
空腹の限界にあっても、わずかな米を互いに譲ろうとする2人。

「河内十人斬り」は、義兄弟の固い絆という極めて男性的なテーマをもつお芝居だ。
お米は生命力のシンボル。
ゆえに、力強い男性性とひじょうに相性が良いみたい。

はる駒座の「びびり剣法」でも、男同士の絆を託されたのは握り飯だった(2013.4.6鑑賞・鑑賞録の記事)。
「この壇ノ浦団兵衛は、恩を忘れない男だ!」
物語冒頭、壇ノ浦団兵衛(不動倭さん)の晴れやかなセリフ。
告げる相手は、団兵衛に昼食の握り飯をくれた侍・青江源四朗(津川竜座長)だ。
腹を空かしきっていた団兵衛は、大きな握り飯をあっという間にむしゃむしゃ。
手の平に残った米粒までぺろんと食べれば、本来の剛力が沸いてきて、喧嘩を売って来た役人を軽々と斬ってのける。

この邂逅をきっかけに、2人の侍を結ぶ友情が始まる。
紆余曲折を経て、ラストシーンは団兵衛のセリフ再び。
「わしは、恩を忘れん男だと言っただろうが!」
うーん、握り飯の恩義ってすごい。

共に豪快にお米を頬張りながら、男たちは絆を結ぶ。
生命力を漲らせて、喧嘩へ、決闘へと駆け出していく。


◆そば・うどん
しょっちゅうお芝居の中に現れる、そば屋さん・うどん屋さん。
そばやうどんは、お米と同様に主食だけど、だいぶ柔らかくって食べやすい。
そのせいか、老人のイメージと結びつくことが多い気がする。
ふつりと切れる麺のように、弱々しさを抱えた老け役の姿と。

たとえば桐龍座恋川劇団の「まぬけな泥棒」では、中風(ちゅうぶ)の老人(初代恋川純太夫元)がうどんの出前を取る(2012.10.10鑑賞)。
だが、病に震えまくる腕のせいで、なかなかうどんが口に入らない。
ぴしゃんぴしゃんと舞台に飛び散る麺。
太夫元が悪戯めいて楽しそうに演じられていたから笑いが起きたものの、状況だけ考えたら同情を禁じ得ない場面だと思う。

哀れといえば外せないのが、はる駒座の「秋葉の宗太」だ(2013.3.3鑑賞・鑑賞録の記事)。
勝龍治さん演じる豊田家一家の新兵衛親分は、かつての身内に裏切られ、咎なくして島流しに遭う。
加えて目をつぶされ、乞食に身をやつして、ほうほうの体で辿りついたそば屋。
親分がたった一杯のそばを大事そうに抱えて、いざ食べようとしたとき、箸が手から落ちる。
盲目の親分は、手探りで箸を探す。
「あれ、どこだ」
胸が苦しくなるような切なさ。
「箸は、どこだ」
目も当てられない哀れさ。
椀の中、細々としたそばの麺が、悲しいくらい親分に似合う。

極めつけは、劇団KAZUMA「雪の夜の父」(2012.8.18鑑賞)。
龍美佑馬さんの名老け役の中でも、絶品の一作だ。
老いた父親(龍美佑馬さん)は痴呆ゆえに、実の息子(柚姫将さん)とその嫁(霞ゆうかさん)に疎ましがられている。
明日の朝までに金を用意できなければ家を出て行ってもらうと言われ、父親は仕方なく辻占売りに立つ。

商家・井筒屋の旦那(冴刃竜也さん)は父親に同情し、辻占を買ってあげ、さらに一杯のうどんをおごる。
雪の降る中、父親は寒さに体を縮めて、うどんを啜る。
次第にその肩が震え出し、殺した嗚咽が漏れ出す。
雪はますます激しくなる。
白に埋もれながら、父親は弱々しく箸を握りしめ、静かにうどんを口に運ぶ。
セリフが一切ないシーンにも関わらず、佑馬さんに引き込まれるように、自然と篠原演芸場の観客席からは拍手が沸いた。

登場頻度の高いそば・うどんは、これまたお芝居に付き物の老人のキャラクターと切り離せないのかも。


◆魚
主食だけじゃお腹は膨れない。
次に桟敷席のお皿に盛るのは、ヘルシーなお魚。

日本一有名な魚屋さん・一心太助の食卓を覗いてみよう。
劇団花吹雪「太助と家光」では、桜春之丞座長が太助役(2012.12.22鑑賞・鑑賞録の記事) 。
背中にでっかく「魚」と白抜きされているお衣装で、そりゃもう男前な太助を演じてられていた。

今回文字ばっかりの記事なので、1枚くらいお写真を。
写真・「劇団花吹雪」桜春之丞座長(2012.12.22舞踊ショーより)


さて、そんな二枚目の魚屋が次期将軍・竹千代(桜京之介座長)を家に預かる。
出した食事はメザシ。
世間知らずな竹千代がメザシの頭を除けようとすると、太助はその手を厳しく止めて。
「苦いところがうまいのに…」
と文句を言いながら、竹千代が食べやすいように魚の骨を外してやる。
太助の気遣いが胸にしみる、安らかな場面だった。

「太助と家光」は、竹千代が庶民生活に馴染む過程をコミカルに描いたお芝居だ。
メザシは、庶民としての太助のいとなみの切片だろう。
ボンボンの竹千代にそれを食べさせるというのは、お芝居全体の筋と照らして、とっても象徴的。

ああ、やっぱり食べ物語りは楽しいなぁ。
書いていたら予想外に長くなったので、続きは次の記事へ。
まだ胃には空きがあるので、晩餐を続けたいところ!

ひっそりと参加させていただきました。
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たつみ演劇BOXお芝居「雪の渡り鳥」

2013.7.7 昼の部@浅草木馬館

男の腕に抱き止められていてすら、女は男を見ない。

「あたしも、あたしもうちの人のところへ行く」
「夫婦だもの、死ぬときはおんなじ場所で死にたい―…」

銀平(小泉たつみ座長)の腕の中にいるのに、決してお市(辰巳小龍さん)は銀平を見ない。
お市の心は、そこにいない夫の下へ走るばかり。
すれ違う二つの心の上に、降りかかる雪の白。

辰巳小龍さん(当日第1部・ミニショーより)


小泉たつみ座長(当日第1部・ミニショーより)


七夕飾りの笹が、あちらこちらでしゃんしゃん揺れる、浅草の昼下がり。
いつでもハレの街は、さらに浮足立っていて。
そんな日にたつみ演劇BOXさんを初鑑賞できるというだけで、私の胸は高鳴る一方。
さらに、張り出されていたお外題が、長谷川伸原作の特選狂言「雪の渡り鳥」だったもんだから、これは幸運極まりない。
(「雪の渡り鳥」は、昨年感想記事を書いた「長谷川伸傑作選」にも収録されていました)

期待を重ねて見つめていたお芝居は、辰巳小龍さん演じるお市の浮かない顔から始まった。
お市の実家の駄菓子屋の前、女達が噂している。
「大鍋の島太郎親分が仕切ってたこの土地も、最近は帆立の丑松に勢力を広げられてるわね」
「今度、大鍋一家と帆立一家で、大きな喧嘩になるみたいよ…」
お市は、噂話に加わらないものの、物憂い顔でじっと耳を傾けている。
お市の恋慕う卯之吉(小泉ダイヤさん)は、大鍋の島太郎の部下である。
喧嘩で卯之吉が命を落としたらと、気が気でないのだ。

この冒頭場面で、既に小龍さんに惹きつけられていた。
小龍さんが着ているのは、黒の着物に赤の模様。
憂う表情と相まって、悲しみをまとっているかのようだ。
駄菓子屋の奥にお市がいるだけで、舞台景色の奥から一点の悲しみが染み出してくる。

「おいっちゃん、卯之が心配なんだろう」
一方、たつみ座長演じる鯉名の銀平は、お市に惚れている。
兄弟分の卯之吉にだって、恋の道はゆずれない。
「俺にとっての女はおいっちゃん一人と決めているんだ」

しかし、既にお市と卯之吉が恋人同士になっていたことを知り、銀平は激怒。
「俺はとんだ大間抜けだ!」
卯之吉が喧嘩に向かったことを嘆くお市にも、可愛さ余って憎さ百倍、
「そうかい、泣け、好きなだけ泣けばいいさ」
なんて冷たく言ってしまう。

でも。
いざ卯之吉が帆立一家に斬られそうになると、銀平の刀は卯之吉を庇って閃く。
「お前のことは憎いさ。でも…お前が斬られたらと思うと、おいっちゃんの泣き顔が浮かんでくらあ」
「どうか、おいっちゃんを幸せにしてやってくれよ」
この、純情。
たつみ座長の持つ爽やかさが、銀平のキャラクターを裏打ちしている。

銀平は喧嘩が終わると、下田の土地を離れて旅烏に。
卯之吉は堅気になって、お市の実家の婿に。
運命は分かれて、再び幕が開けば、前幕より4年の経過。

寂れた駄菓子屋の前で、卯之吉が帆立一家の連中に足蹴にされている。
「何度うちの一家に入らねえかと誘っても、お前が断るからだ」
「殺しはしねえんだからありがてえだろう、この土地から出て行くだけでいいって言ってるんだ、さっさと出て行きな」
4年の間に大鍋一家は力を失い、下田は帆立一家に支配されていたのだ。

卯之吉を必死に庇うお市。
「なんて酷いことをするんだい!やめとくれ」
痛めつけられた夫婦に、容赦なく降り積もる雪。
「ああ、お前さん、痛かっただろうねえ…」
小龍さんの響く声は、諦念を含んで細く。
お市という女性が絡め取られている、悲運の糸を浮かび上がらせる。

そこへ、銀平が4年ぶりに帰ってくる。
お市の顔を見たとき、銀平は困ったように笑う。
「おいっちゃん…」
目を合わせないで、地に視線を落として浮かべる苦笑。
弱ったなぁ、自分はこの人がまだ好きなんだなぁ、4年経っても今なお。
そんな思いを訴えかける、たつみ座長の表情が、直後のクライマックスの伏線として効いてくるのだ。

「うちの人がいない、いないんだよ!」
真っ青になり、動転するお市。
なんと卯之吉は、単身で帆立一家に乗り込んで行ってしまったのだ。

卯之吉のところへ駆けつけようとするお市を、銀平は片腕で素早く抱き止める。
ずっと前から、幾年も恋慕った相手。
下田を離れてもなお、4年間想い続けた相手。
その相手が、今ここにいる。

けれどお市は身をよじり、卯之吉が去った方向へ、悲痛な声で叫ぶ。
――死ぬときはおんなじ場所で死にたい――

いくばくか、間があって。
舞台の明かりが落ち、白いライトが銀平とお市の二人だけを丸く切り取る。
銀平の心と、お市の心が、交差して舞台を通り過ぎていく。
そして銀平は噛みしめるように、二度頷く。
お市の肩をつかみ、ただ頷く。

どうしたって、この人は自分を見ないのだ。
どうしたって、叶わない想いだったのだ。
銀平の切なさが、純情が、堰を切ったように押し寄せる。
今まで抑え目に表現されていた分、余計に涙線に迫る。

銀平は卯之吉を助けに走る。
卯之吉は、既に帆立一家の親分・丑松を屠っていた。
鬼気迫る立ち回りの場面の後、二人とも無事生き残ったと思いきや。

「帆立の丑松の下手人は、卯之吉、お前か」
役人(嵐山瞳太郎さん)が縄を手に現れる。
卯之吉と役人の間に、銀平が割って入る。
眼差しには、まっすぐな覚悟。
「いいえ、帆立の丑松をやったのは、間違いなくこの鯉名の銀平です」

お市は泣き崩れながら、銀平に手を合わせる。
銀平は、またあの困ったような微苦笑を浮かべて。
「4年前、この下田を離れたときは、涙で聴いた下田節が」
「今は、嬉しい門出の祝い節に聴こえらあ…」
笑顔のまま、番所へ引いて行かれる銀平の姿を焼きつけて、終幕。

演劇グラフによれば、たつみ演劇BOXさんのモットーは「綺麗に品よく」。
まさにモットーを体現した、表される心の綺麗な、どこまでも綺麗なお芝居だった。

日々、美しいものをたくさん見つけられますように。
私の今年の七夕の願いごと。
本日早速叶ったところを見ると、伝統的な短冊と笹の神通力は侮れないかも。
まぶしく輝くBOXの中で、お江戸の暑い季節を過ごすことになりそうです。