劇団KAZUMAお芝居「文七元結」

2013.5.5@夢劇場

藤美一馬座長の、不甲斐ないけど憎めない三枚目役。
華原涼さんの、ぴりりと痺れる迫力の大店の旦那役。
冴刃竜也さんと一馬座長の、可笑しいけどなんだか涙が出てくる夜の吾妻橋でのやり取り。
…この喜劇の見どころを数えあげればまだまだ。
劇団KAZUMAの魅力を丸ごと詰めて、舞台の上で勢いよく開けたなら。
夢桟敷に転がってくるのは、なんと明るい、なんと優しい色ばかり。

そんなスペシャルな箱です、3回目の鑑賞となる「文七元結」!
昨年7月、浅草木馬館で劇団KAZUMAに初めて出会った1回目の鑑賞。
今年の2月、山口遠征での2回目の鑑賞(そのときの記事)。

一緒に遠征した仲間は、このお芝居は初鑑賞だった。
観終えて一言、「今まで観たお芝居で一番好き!」
うん、うん、観ている間、隣席から笑い声が絶えなかったもの。

主人公の長兵衛(藤美一馬座長)ありきのお芝居なのはもちろんだけど。
今回はちょっと視点を変えて、柚姫将さん演じる長兵衛の女房役について話そうと思います。

写真・柚姫将さん(当日舞踊ショーより)


長兵衛の奥さんは、観る回数を重ねるごとに、長兵衛以上に味が染みてくるキャラクター。
夫の博打癖を咎めたり、娘のおひさ(霞ゆうかさん)の行方を心配したり、悩みの種が尽きないのでいつもぷりぷり怒っている。

「あんた、娘がいなくなったっていうときに、よく博打なんて行ってられるね」
「おひさはそんな子じゃないよ、あの子はあたしの子だよ」
「着物なんてないよ、借金のせいで全部売っちまったもの!誰のせいだと思ってるんだい!」

噛みつくようにまくし立てているのに。
将さんの温かみのある声のせいか、ちょっとおきゃんな感じがする。
貧乏暮らしを表すように、地味な着物で髪飾りの一つもなくても。
「ああ~、あの人ったらどこ行ったんだろ、何してるんだろ、こんなときに!」
眉をひそめて、せわしなく動き回りながら夫を待つ姿が、大層可愛いのです。

そして女房役最大の見せ場と言ったら、次の夫婦喧嘩。

「お金はどうしたのよお金は!」
「くれてやったんだよ!」
「誰に、誰にくれてやったの!」
「知らねえ!」
「知らないのになんでくれてやるのよ!」
「死ぬって言ってたからだよ!」
「嘘ばっかり、お金はどうしたのよお金は!」

借金を返すための大事な大事な五十両を、見ず知らずの青年・文七(冴刃竜也さん)の自殺を止めるためにくれてやった。
そんな長兵衛の話を、どうやったって奥さんは信じない。
「嘘ばっかり言って、どうせあんた、本当はまた博打で使っちまったんだろ。本当のことを言えってんだい、こん畜生め!」
そしてまた、「お金はどうしたのよお金は」が始まる。
繰り返し繰り返し、しかもリピートのたんびに加速していくのがたまらなく可笑しい(将さん、よく舌が回るなぁ…)。

「昨夜からこの繰り返しで、寝てねえんだよ…!」
と心底疲れ果てた風に長兵衛がぼやけば、客席はこの日一番の大笑いに包まれる。

でも。
この奥さんの一番面白いポイントは、一見まともなようでいて、実は長兵衛と本質的にそっくりなんじゃないかと思わせるところ。

たとえば上記のやり取りの最中、文七と文七の奉公先の旦那さん(龍美佑馬さん)が訪れる。
お客さんなんだから、2つしかない座布団を差し出すのが当然と思いきや。
長兵衛と奥さんの手が、ひょいと同時に動く。
夫婦は座布団をあっさり自分たちの下へ引き寄せ、座る場所を無くした旦那さんは畳へ滑ってずるり!
長兵衛いわく、
「俺の家なんだから俺が座るんだよ、当然だろが」
いつも夫をたしなめている奥さん、このときは特に何も言わず、当たり前のように座布団に座っているのです。
そこはいいんだ?!
夫と同じ考えなんだ?!

そして長兵衛が”くれてやった”五十両を返してもらう場面。
長兵衛は本当にありがたそうに、泣きだしそうな表情と声になって。
「どうも、すみません~ありがとうございます!」
と深々頭を下げる。
自分があげたお金を返してもらうだけなのに。
見返りだとか恩に着せるだとか、そんな考え、かけらもない。

私はこの場面の一馬座長の表情が大好きなんだけど。
よく見ると、傍らにいる将さんもまったく同じ表情をしているのだ。

本当にありがたくって仕方がない、そんな声が聞こえてきそうな表情。
ただでさえ優しげな将さんの眉が、ハの字の形になっている。
そして夫と一緒に、畳に手をついて頭を下げる。

いくら普段喧嘩ばかりでも、この夫婦は性の根っこが同じなんだろうなぁ。
そんな想像がかきたてられるような女房役。
劇団KAZUMAの至芸・「文七元結」には、絶対外せないキャラクターです。


夢劇場はお昼の公演しかないので、夜は観劇仲間と観光気分で宮島をぶらりぶらり。
明日で楽しい遠征も終わり、劇団KAZUMAとお別れだと思うと、私はちょっとセンチメンタル。
宮島にたくさんいる鹿たちと、ぼんやり見つめ合ったりしてましたが…

翌日、最終日のお芝居は、心に突き刺さるものだった。
このお芝居が福山で観られてよかった。
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劇団KAZUMAお芝居「浅間の喜太郎」

2013.5.4@夢劇場

劇団KAZUMAのお芝居の温もりの何分の一かは、
龍美佑馬さんの名・老け役によるものだと思います。

写真・龍美佑馬さん(当日舞踊ショーより)


ほとんどのお芝居で老け役を演じられる佑馬さん。
今回の「浅間の喜太郎」では、主人公の喜太郎(藤美一馬座長)のとっつぁんの役だった。

旅のやくざだった一人息子・喜太郎が、ようやく故郷に帰ってきた。
けれど頑固なとっつぁんは、やくざに憧れて飛び出した息子を決して許さない。

「おっかあは、喜太郎に会いたい、喜太郎に会いたいと言いながら…泣き暮らした挙句、死んでしもうたぞ!」

さらに、喜太郎がやくざの道にならって山根の親分(藤美真の助さん)を斬ったと聞けば。
佑馬さんの本来柔和な印象の目が、ぎりりと吊り上がって怒鳴り声が響く。

「お前は人斬りまでしたのか。お前も死んで、斬った親分さんにあの世で謝って来い」
「お前と親子名乗りなんぞ、誰がするか!」

片田舎にあって、痺れるように芯の太い百姓の人間像。
息子の愚行に、とっつぁんは怒り心頭なのだけれど。
喜太郎がいくら頼んでも、親子だなんて認めないのだけれど。

佑馬さんが演じると、ひとつひとつのセリフに、怒気を込めた表情に。
隠しきれない息子への愛情が尾を引く。
“頑固な爺さん”キャラクターに収まりきらない、情の深さが舞台にたゆたう。
それは佑馬さん独特の、ものやわらかな発声の仕方のためかなと思ったり。

たとえば、喜太郎に仇討ちをすべく、山根の若親分(華原涼さん)が喜太郎の故郷まで追ってきた後の場面。
仇討ちを受けるため、家を後にしようとする息子に、とっつぁんが背後から投げかけるセリフ。

「息子に出してやる飯はないが、赤の他人になら食わせる飯くらいはある」。

もの言いたげな眼差しを伏せながら。
ゆっくりしたテンポで、一音をなぞるように。
――あかの、たにんになら――
柔らかな音が、トコン、と観ている私の胸に落ちる。

最終的にとっつぁんは、喜太郎と親子名乗りをする。
そうしないと喜太郎を斬ると、山根の若親分に脅されたためだ。
「ま、待ってください、わかりました、親子名乗りを致します」
「喜太郎はわしの、たった一人の息子なんです」
息子の命が危うくなれば、今までの強靭な態度と打って変わり、若親分の前で狼狽する姿の弱々しさ。
意固地な物言いの向こうに押し込めた、年老いた父親の切ないまでの愛情が、この場面ではらりと解かれる。

人情劇の模様はラストにかけて、からりと爽やかに晴れていく。
親子名乗りを出来た喜太郎に、とっつぁんはひょいと背負われて。
満足げに笑みを浮かべ、観客席に呼びかける。
「息子を持つなら、こういう孝行息子を持つんですよ!」
笑いと頷きに満たされて、終幕。

それにしたって元・警察官だとお聞きする骨太の体躯が、お芝居となるとどうしてこんなに老け役にはまるのだろう。
舞踊ショーで男前ぶりを如何なく発揮するのを観るたび、不思議です。

五月は五日、丈夫に相応しい菖蒲の節句にお誕生日を迎えられた佑馬さん。
この遠征中も、佑馬さんファンと思しきお客さんから、愛情のこもった贈りものやお花が舞台に上げられるのを目にした。
佑馬さんが高い背を折って、丁寧にそれらを受け取るお姿を見つめていたら。
ニンの優しさの拠り所も、見えるような気がしました。

最近すっかり更新が遅れ気味で申し訳ない限りですが…
本格的な夏が訪れてしまう前に、新緑の季節に出逢ったお芝居を駆け足で書き残しておかねば。
夢劇場編3日目は、劇団KAZUMAの珠玉のお芝居!

劇団KAZUMAお芝居「浅草三兄弟」

2013.5.3@夢劇場

「でもなぁ、吉松、お前」
「祝言のときは、寂しかったろう…」

あぁ、もう、だめだ。
藤美一馬座長のこのセリフを聞いた瞬間、私の涙腺は崩壊した。
涙でぼやける舞台は、弟(柚姫将さん)を助けて死んでいく兄(藤美一馬座長)の最期の場面。

写真・柚姫将さん(当日舞踊ショーより)


写真・藤美一馬座長(当日舞踊ショーより)


くだまつ健康パークでのKAZUMA鑑賞から3か月。
(そのときの鑑賞録はこちら⇒「花かんざし」「生首仁義」「文七元結」)
観劇仲間と約束していたゴールデンウィーク、夜行バスが向かう先は広島・福山!
広島は旅行で以前2回来たことがあるけど、どうしてかいつも美しいほどに晴れます。

初夏の陽射し差し込む夢劇場、地元のファンに囲まれた舞台の幕開けを待っていれば。
冴刃竜也さんの声で場内アナウンスが始まり、それすらも懐かしく思えて、観劇仲間と顔を見合わせて笑ってしまう。

遠征初日のお芝居「浅草三兄弟」は前々から良い評判を聞いており、観たかった作品だった。
題の三兄弟とは、やくざの義兄弟である橘金五郎(華原涼さん)・半次(藤美一馬座長)・吉松(柚姫将さん)のこと。

末弟の吉松は、油どん屋・和泉屋の旦那(龍美佑馬さん)に諭されたのをきっかけに、やくざを辞めて堅気になりたいと言い出す。
長兄の金五郎は、「捨てられていた赤子のお前を育ててやった恩を忘れたのか…」と、決して許さない。
だが次兄の半次は、「お前の望むようにしたらいい」と、吉松を足抜けさせる。
ついでに半次自身もやくざを辞め、堅気の商人になる。

時は流れて3年後。
吉松は懸命に働き、和泉屋の婿養子兼番頭にまでなっていた。
けれど吉松の前に、身を持ち崩した様子の金五郎が突如現れる。

「ちょっとしくじっちまってな、遠くへ逃げる必要がある。金が要りようなんだ」
「ひと箱千両、用意してくれりゃあいい」

「そんな大金、私の勝手にできやしません…!」
青くなる吉松の言葉も聞かず、金五郎は立ち去る。
困り果てたところへ、雨に降られてもう一人の客人がやって来る。
客人の顔を見た途端、吉松は苦悩も吹き飛んでぱあっと笑う。

「兄貴!半次の兄貴じゃないか!」

将さん演じる吉松は、とにかく可愛いの一言。
感情に素直で一途な性格が、金五郎と半次に接する態度の差に明確に表れるのだ。
金五郎に対しては畏敬を抱いているけれど、警戒心も垣間見える。
「金五郎の兄貴じゃござんせんか」
「兄貴への恩を忘れやしません。私でお役に立てるのでしたらどうぞ言ってやってください」

一方、半次に対しては警戒心ゼロで、ただただ慕っている。
「兄貴!聞いてくれよ、おいら、堅気になって懸命に頑張ったんだ。そして今やこの店の婿養子になったんだよ」
半次も堅気になって飴売りをしていると聞けば、無邪気に喜んで、
「飴売りだって立派な仕事じゃあないか」
3年ぶりに会う半次に、話したいことも聞きたいこともたくさんある!
そんな高揚感が、正座してニコニコと話す将さんの全身から溢れていて。

こんな弟が自分を慕ってたら、そりゃあ可愛いだろうなぁ。
この弟が堅気になりたい、真っ当に生きたいって言えば、どんな危険を冒してもそうさせてやりたかろうなぁ。
吉松の素直さ・可愛さが、半次の行動に説得力を与えているのだ。

半次は吉松の元気のない様子に目ざとく気づく。
吉松は「何もないよ」と隠し通そうとするも、
「昔はお前、今日はあれがあったこれがあったって、胸の内をぜーんぶ打ち明けてくれたじゃねえか。それが水くさくなったなぁ…」
なんて言われれば。
「あのね兄貴、実は…」とつい口火を切るのだった(このやり取りがまた、兄弟の情愛を感じさせて良い!)。

金五郎の千両の無心の件を聞き、半次は再び弟を助けんと決める。
――たとえ、今回は助太刀の代償が自分の命だとしても。
半次は金五郎と一騎打ちをし、相打ちとなる。

瀕死の半次の下へ、吉松と吉松の妻(霞ゆうかさん)・義父にあたる和泉屋の旦那が駆けつける。
初対面の吉松の家族に、半次は苦しい息の下で語りかける。
「吉松は、こいつはいいやつなんだが少しばかり頑固なところがある…どうか支えてやってください」
「妻として内助の功をして、夫婦仲良く、弟を助けてやっておくんなさい」
この兄は、最後の最後まで弟のことばかりを言い遺す。

最期の場面に駆けつけるのが、吉松一人でなくてよかった。
気がかりな弟をただ一人この世に残していくラストだとしたら、あんまり寂しい、あんまり悲しい。
吉松の今の家族を見せることによって、半次が弟の幸福を守りきったことが、観客の目にはっきりわかる。

そして次の珠玉のセリフだ。

――祝言のときは寂しかったろう――

聞いた瞬間、吉松の目がハッと見開いて。
震えながら、噛みしめるように頷く。

「花嫁の側にはたくさんの親戚一同がいるのに、お前の側には誰もいなくて、一人ぼっちで」
「俺が祝言のことを知ってりゃあなあ…どんなに遠くにいても、駆けつけてやったのに」

自分の命の灯が尽きる瞬間まで。
弟を思う心の結晶が、ぽろりぽろりと舞台に零れていく。
それも一馬座長のやさしい声音で。

観客席の後ろから投げかけられる光は、青を含んで仄暗い。
この舞台景色のもの悲しさは、いつまでも私の胸底に沈んでいるのだろう。

晩になってホテルの部屋でも、観劇仲間と半次の最期の場面については言葉が尽きず。
逆に言葉にできずに、ただ潤む目で押し黙ったり。
気づけば、翌日の朝の道中まで、半次の話をしていたりした。

けれど翌日のお芝居は爽やかに明るく、夢劇場編は2日目に続くのです。

剣戟はる駒座お芝居「恋の高岡」②不動倭さんの忠七役・勝小虎さんの青木役

2013年4月最終鑑賞@篠原演芸場

「好きな役者さんがお芝居でどんな役をしてたら嬉しい?」
ふと観劇仲間に聞いたところ、答えは即答、
「悪役」。
うん、私もそうです。
このブログでも、悪役への並々ならぬ愛は常にだだ漏れかと思います。
だって悪役を演じる役者さん次第で、お芝居の色合いって無数無限!

明るい光を放つ主人公に対して、悪役が舞台に落とすのは影の色。
それは欲望剥き出しの真っ黒い影か(例・「河内十人斬り」の晃大洋さん演じるおかく)。
あるいは、残虐性を飲みこんだ静かな陰か(例・「八幡祭 江戸の朱月」の津川鶫汀さん演じる美代吉)。
はたまた、一見清い人物に見えながら、気づけば舞台に広がっている仄かな翳りか(例・「はぐれ鴉」の勝小虎さん演じる食客)。
はる駒座が魅せてくれた、たくさん、たくさんの悪役は、どれも私をゾクゾクと惹きつけてくれた。

これではる駒座鑑賞録は最後なので、ついつい気合いが入って前置き長くなりました。
本題は、「恋の高岡」における不動倭さんと勝小虎さんが、至高の名悪役だったということ!
まず倭さん演じる吉田屋番頭・忠七は、”お人好しの困り顔”に包み込んだ腹黒さがポイント。

写真・不動倭さん(当日3部・舞踊ショーより)

この女形の可愛さと、お芝居のギャップに驚嘆した…。

忠七の初登場は、みつからの酷い文に動転した幸十郎に突然呼び止められるところ。
「ええ、私に何か御用ですか?」
幸十郎の剣幕にちょっと引き気味の様子で、それでもおずおずと門をくぐる。
幸十郎にみつからの文を押しつけられ、すっかり困り顔。
倭さんの演技の優しさゆえに、この場面を観ていたときは私も忠七の打ち明け話を信じそうになった。

<お嬢さんは借金のために気に染まない相手と一緒になる>
<恋しい幸十郎殿を忘れんがため、こんな酷い文を書いた>

忠七が眉をハの字にして、
「絶対にこの話は人にはしないでくださいよ」
と言いながら話すと、真に迫っているのだ。
家宝刀・金色丸を幸十郎から受け取るときも、
「幸十郎殿のお気持ち、受け取りました…!」
と人の良い初老男の風体で頭を下げる。
その姿が観客の目に残ったまま、幕間へ突入。

だから、次に幕が開いたときの衝撃と言ったら。
「お嬢さんは、あの高岡のことなんかとっくに愛想が尽きてんのさ」
「あの刀、本当に百両で売れたんだよ。金は俺の懐行き」
忠七は悪酔いに任せ、芸者・千代菊(宝華弥寿さん)相手にくだを巻いている。
言葉は乱暴、表情は粗暴。

こちらが忠七の本性なんだ。
と気づかされると、急に恐ろしくなってしまった。
忠七という男は、これまでもずっと、お人好しの容色に包むことで悪事を誤魔化してきたんだろうか。
婚礼の場面で乗り込んできた幸十郎に、
「番頭の忠七殿が全ての事情を知っているはずだ!」
と詰め寄られても、弱ったなぁといういつもの顔で、
「幸十郎殿は…何を言っているのか…とんとわかりかねますなあ」
と言ってみせたように。
大商家の番頭にまで登りつめた忠七という男の人生が、いかに底暗いものだったか。
そんな事を想像せずにはいられないほど、倭さんの描く人物像は厚みのあるものだった。

続いていま一人。
小虎さん演じる青木殿は、”のんびりした鈍さゆえの悪”という、一種新しい悪役でした。

写真・勝小虎さん(当日3部・舞踊ショーより)


青木殿は、このお芝居の敵役のポジションを全て引き受けている。
冒頭でみつを無理やり連れようとし、みつの心を射止めた幸十郎の家に火を付けさせ、最後にはみつの婚礼相手になってしまうのだから。

凄いのは、それにも関わらず、強い悪の性が全く感じられないということ。
それが顕著なのは、津川祀武憙さんらが演じる取り巻き達に、幸十郎宅への付け火の成果を聞きだす場面だ。
「どうだ、どうだった!やったか?」
どこかワクワクした声で尋ねる。
気に入らない奴にちょっとした悪戯を仕掛けたかのように。
うまくいったと聞けば、満足気ににっこり。
「そうか、よくやってくれた。では、皆で飲みに繰り出すとするか!良い女がたくさんいる所でな」
この呑気さ。
自分が付けさせた火が、幸十郎を今頃地獄の底に突き落としていることなど、全く思い当たらない。

青木殿の人格を醸し出すのは、小虎さんの発声の仕方だと感じた。
のんびりした、おっとりすらした話し方。
「みつ、お前、私の誘いを断るというのか」
いかにも大事に育てられた、旗本の坊ちゃんそのもの。
青木殿が恐ろしいのは、この鈍感さゆえだ。
自分のやっている事の残酷さに気づかないのだから。

婚礼の場面では、白袴で飄々と座っている青木殿。
幸十郎が乗り込んできて、自分の付け火のために崩れたその顔を見ても、青木殿はおののく様子もなくて。
まったく困った奴がいたものだ…という風に、ため息ついて。
「何をおかしなことを言っているのだ、この男は」
幸十郎の苦悶も狂気も全く察知することなく。
事が片付くのを、呆れたように眺めている。

ある意味、悪意剥き出しの悪役より怖いんじゃあないか。
何も気づかない、響かない、鈍色の悪。
また一つ、新しい色を見つけた。

はる駒座に通った2か月、小虎さん・倭さんの悪役を観る機会は嬉しいことに多かった。
この御兄弟の演技は、つくづく名品尽くしだったと思う。

もちろんそれは、はる駒座の一つ一つの綺羅星に対して言えること。
初鑑賞の「秋葉の宗太」に、興奮しきりだった木馬館の帰り道。
それからあっという間にふた月が経ち、眼前を駆け抜けていった光は、もうお江戸を飛び去ってしまった。

でもやっぱりあの舞台の光が恋しくなって、気づけば私は旅の空…なんてこともあるのでは。
だからひとまず、2か月間のはる駒歌舞伎にありがとう。
奇跡のようなお時間でした。

剣戟はる駒座お芝居「恋の高岡」①津川竜座長の幸十郎役・千晃ららさんのみつ役


2013年4月最終鑑賞@篠原演芸場

「私をうつけと思うか。何もかも失って、恋のために家宝まで手放そうとする私を」
津川竜座長の叫び声が、観客席に投げ打たれる。
「それでもこの幸十郎は、恋の炎に焼かれたのだ…!」

写真・津川竜座長(当日3部・舞踊ショーより)


写真・千晃ららさん(当日3部・舞踊ショーより)


はる駒座が彩ってくれた、春爛漫の卯月は過ぎて。
あっという間に夏の香りが近づいてきたけれど。

つくづく、千秋楽直前に「恋の高岡」が観られたことは幸運極まりなかった。
時節もぴったり、桜咲く春の恋物語だ。
ただし、恋の濃度は非常に高め。
熱く円熟した桜色が、狂気をはらんで溶け落ちる春!

恋の主役は備前の旗本・高岡幸十郎(津川竜座長)と、吉田屋のお嬢さん・みつ(千晃ららさん)。
話は幸十郎視点で描かれるので、みつの出番は冒頭と終盤のみだ。
けれど、少ない登場場面でららさんが演じるみつの可愛さといったら。
たとえば冒頭で、一面の桜を背景にした舞台に、みつが花道から駆けて来る。
「まぁ、きれいな桜…!」
とはしゃぎ回り、舞台でくるり、くるり。
ららさんの動きに合わせて揺れる振袖は、鮮やかな黄緑と桜色。
その姿こそ、咲き零れる桜のように可憐だった。

以前からみつを狙っていた旗本の青木殿(勝小虎さん)に連れて行かれそうになったところを、通りすがりの幸十郎が助ける。
幸十郎に惚れたみつは、世話係・お竹(叶夕晏さん)に名前やら年齢やらを問わせる。
けれどいざ幸十郎がみつのほうを向くと、
「お竹ったらもう、恥ずかしいじゃないの」
と顔を隠し、恥じ入って走り去ってしまう。
ああ、もうとろけるほど可愛い…。
ららさん演じるみつの可愛さがあってこそ、全体の恋物語に説得力があるのだ。

一方、幸十郎は従僕の一助(津川鶫汀さん)と二人で暮らしている。
家でみつからの文をそわそわ待つ幸十郎の姿は、なんとも微笑ましい。
「みつ殿からの文は、まだだろうか。一助、お前、ちょっと様子を見て来い…」
(使いの子供の声)「ごめんくださーい」
「おお、おお、文が来たか!」
文が着くやいなや、相好を崩して読みふける。

この辺りは幸十郎の幸福感が満ち満ちていて、観客席で私もにんまりしていた。
ああ、可愛い恋だなぁ。
相手の一挙手一投足、一言一句で浮足立ってしまう、心が一杯になってしまうんだなぁ。

――でもこんな恋の形は長くは続かない。
全てを崩すのは、幸十郎の屋敷から出た火だ。
幸十郎に嫉妬した青木殿が、付け火をさせたのだ。

火事で幸十郎は、その端正な顔に大火傷を負ってしまう。
みつは見舞いに一度来たきり、幸十郎の元を訪れなくなった。
文もぱたりと途絶えた。
「みつ殿はどうしたのだろう…」
みつの愛情が変わらないものと信じて無心に文を待つ主人に、一助は何か言いたそうな面持ち(今回の鶫汀さんは、忠実な僕役に相応しく抑えた演技が実に良かった!)。
そこにようやっと届いたみつからの文は、酷いものだった。

<あなたの顔など、二度と見たくない>

「こんな、これは、どういうことだ」
「きっと訳があるに違いない、みつ殿の本当の御心ではない」
幸十郎は動転し、それでもなお、みつの心変わりを否定する。

吉田屋の番頭・忠七(不動倭さん)を捕まえて問いただすと、
忠七は困った口調で、それでも幸十郎の欲しかった言葉をくれる。
「お嬢さんが想っているのは、幸十郎殿ただ一人です」
ではなぜ会いに来なくなったか?
「実は吉田屋は内実は火の車で…」
「借財を返すため、お嬢さんは気の向かぬ相手と祝言を挙げなければならないのです」

幸十郎はみつを救うため、あろうことか高岡家の家宝刀・金色丸を忠七に渡す。
「底値で、百両にはなりましょう」
一助が「それだけは…!金色丸だけはおやめ下さい…!」と、どんなに縋っても。

だが実際は、みつは火傷で醜くなった幸十郎にはとっくに愛情を失っていた。
忠七は幸十郎を騙し、暗がりの中でみつだと偽って芸者・千代菊(宝華弥寿さん)と引き会わせる。
この暗闇の中の逢引きの場面は、お芝居を通して2番目に恐ろしかった(1番は後述)。
「みつ殿、お会いしたかった」
睦言を呟いていた幸十郎は、突如みつ(実は千代菊)の手を握る。
「この恋が永遠であるという証をいただけませんか」
次の瞬間、耳をつんざく千代菊の悲鳴。

「みつ殿の、小指を!」

腕が総毛立った。
それまでじわじわと醸し出されていた幸十郎の狂気が、一瞬で眼前に現れる衝撃。
竜座長の狂気の演技といえば、「八幡祭 江戸の朱月」の新助さんだけど。
一息に壊れきった新助さんと異なり、幸十郎は正気の部分をかなり残したままで、急にたがが外れるから、これまた怖いのだ。

そして個人的に最も恐ろしいと思った場面に続く。
幸十郎は、みつと青木殿の婚礼に乗り込んでみつを救おうとする。
「そこにいるみつ殿の手には小指がないはずだ、それが私たちの恋の証!」
白無垢のみつは表情一つ変えず、おもむろに両手をかざす。
白い手には、指がしっかり5本。
幸十郎は腰を抜かし、慌てふためき、ようやく騙されていたことに気づく。

この場面の"絵"の冷たさ!
みつは惚れていた男を目の前にしても、何の感情も浮かばない顔を晒しているばかり。
その様、まるで美しい人形のよう。
かたや幸十郎は、家を焼失し、美貌も失い、家宝も手放し、みつのために何もかも失くし、婚礼の席にまで飛び込んだ。
その様、まるで道化。
そこにゆっくりと差し出される、美しい五本の指。
突きつけられる、残酷な心変わり。
ららさんと竜座長の演技の見事な対比が、寒々しい裏切りの絵を紡ぎ出す。

この後は糸の切れた幸十郎が刀を抜き、婚礼の席の面々を次々に斬っていく。
そして自らも命を絶ち、壮絶な終幕となる。

冒頭の場面が花見だったためか、私の頭の中ではこのお芝居に桜色のイメージがつきまとう。
煮詰めすぎて、毒々しいまでに濃くなった恋の色。

いや、毒の色を担っているのは恋人役の2人ばかりとは限らない。
仄かに影を落とす悪役がいてこその「恋の高岡」だ。
というわけで、次の記事では小虎さん・倭さんが演じられた悪役の煌めきについて綴ります。

剣戟はる駒座お芝居「亀甲組」

2013.4.21夜の部@篠原演芸場

このお芝居の冒頭場面は、決して忘れられないだろう。
名作映画の銀幕を見つめるような心持ちで、篠原の舞台を見つめていた。

幕が上がると、薄暗い照明の中、腕を組み、一列に並んだ後ろ姿。
その格好から鳶職だとわかる。
鳶たちの間にスポットライトが当たれば、一人、また一人と通り抜けていく者がある。

誰かを探している、気の優しそうな青年(不動倭さん)。
必死に逃げ走る娘(津川鶫汀さん)と、娘を追う母らしき人(宝華弥寿さん)。
辺りを警戒する、乞食のような身なりの男(勝小虎さん)。
腹に一物ある様子の、悪代官風の男(勝龍治さん)とその取り巻き。

この時点では、観客には彼らがそれぞれ何者なのかはわからない。
ただ一人、また一人と、ぱたぱたと走りながら、きょろきょろと辺りを見回しながら。
薄闇の中を物語の欠片が交差する。
はる駒座の紡ぐ、群像劇の陰影がくっきりと浮かび上がるのだ。

タイトルロールの亀甲組は鳶の一家の名。
博打打ちでも侍でも商人でもなく、職人の話なのはちょっと新鮮。

津川竜座長演じる亀甲組棟梁は、寛永寺の修復工事という大役を請け負う。
けれど対立する組の棟梁(勝龍治さん)はそれに嫉妬し、旧友の神南(勝小虎さん)に依頼する。
寛永寺への放火を。
「おとっつぁん!」
火事を消し止めようとして棟梁は煙に巻かれ、息子・千吉(不動倭さん)と娘・お吉(津川鶫汀さん)の腕の中で息を引き取る。

残された兄妹がいかに亀甲組を守るのか?
また寛永寺の修復工事という大仕事はどの組が獲られるのか?
この二つを軸に物語は展開する。

いやはや、鶫汀さんの女形芝居は、やっぱり鮮烈な輝きでした。

写真・津川鶫汀さん(4/21舞踊ショーより)


鶫汀さん演じる妹のお吉は、序盤ではおとなしい娘だ。
継母(宝華弥寿さん)に家の金のために芸者になれと迫られても、か細い声で抵抗するのみ。
「おかっつぁん、どうか堪忍してください」
「おとっつぁんと話をさせてくださいと、言ってるじゃありませんか」
膝を合わせて必死に訴える、その様の健気なこと。
「何してんるんだ、おかっつぁん!」
庇ってくれた兄の背で、手を震わせる姿の可愛いこと。

でもお吉は変わる。
父の死をきっかけに、自ら芸者になって稼ぎ、棟梁を継いだ兄を支えて。
さらりと重い衣を脱ぎ捨てるように、おとなしかった娘は変わる。

兄妹で敵の組に挨拶に行く場面で、兄を守るのはお吉だ。
「謝ってもらいましょか、亀甲組棟梁の大事な手を傷つけたんだから」
兄の手に煙草を突き立てられれば、怒気を込めて啖呵を切る。
「ねぇ、申し訳ありませんでしたと謝ってくださいな」
兄も思わず、
「お吉、お前、なんだかその…強くなったな…」
と呟いてしまうくらい。

龍治さん演じる棟梁が、
「お前たちの親父はな、実は俺たちに借金があったんだ」
と切り出した嘘にも、お吉は涼しい顔で帯を上げる。
じゃらじゃら零れ、舞台に弾ける小判。
「じゃあ取っていきなよ、ほら、取っていけばいいじゃないのさ」
「でもねぇ、亀甲組には、あんたたちに払うお金なんて一両だってありゃあしないよ」
片目細めて小粋に笑えば、
「鶫汀!」
客席から決まるハンチョウ。
う~ん、最初に継母に下駄で叩かれて泣いてた娘と同一人物とは、とても思えない豹変っぷり!
きっぷのいい女役というだけでなく、前半との変化が楽しめるのがこの役の面白味だと思うのです。

あと、観るたびに私の目に焼きつく小虎さんの悪役。
神南はとりわけ、飢餓感が強烈に出ていて忘れられないキャラクターでした。
元々貧窮に苦しみ、乞食同然の格好で放浪していた神南。
知己に持ちかけられた放火を引き受けた理由は、一つは報酬金。
もう一つは娘(千晃ららさん)を女房にやるという条件。
「若い娘が手に入るんなら悪くねぇな…」
暗く飢え尽くした目が、ぎらぎらと光る。

出番自体は決して多くはないにも関わらず、「亀甲組」の筋書きを思い起こすと、
神南の”飢餓”という要素は物語の奥行きに黒く塗布されている。

他にも、権力を笠に着た口利き役の山田殿(晃大洋さん)の我がままっぷりとか。
普請奉行(津川竜座長・二役)の、とぼけたようで意外と堅固な意志だとか。
一人一人に筆を割けそうなほど、骨肉のついたキャラクターが勢ぞろい。

清冽なヒーローが登場、悪役をすぱっと斬る!みたいな大衆演劇らしいお芝居も大好物だけれど。
本格映画にだってひけを取らない、こんな群像劇ももっと観てみたいですね。