剣戟はる駒座お芝居「鷹の目鳶の目」

2013.3.24 夜の部@浅草木馬館

元祖喜劇王・曾我廼家五郎さん作の喜劇!
実は曾我廼家五郎喜劇を観るのは初めて。
一世紀近く受け継がれてきたお芝居からは、おかしさの中に、なんだか懐かしい香りが漂います。
それは中心人物を演じた、不動倭さんのニンに起因するところも大きいような?

写真・不動倭さん(3/24舞踊ショーより)
曲線がちな面差しが撮れてお気に入りの一枚。


舞台は浅草、大賑わいのほおずき市の季節。
スリの名手・隼の半次親分(不動倭さん)を、大阪から六兵衛(津川竜座長)という男が訪ねて来る。
聞けば、古い知り合いの伝吉の義理の弟だという。
伝吉には、かつて半次がイカサマ博打を暴いたことで、江戸にいられなくなり大阪へ逃れたという因縁がある。
なのに六兵衛の頼みは不可思議。

「なんとしても一人前のスリになるため、隼の親分さんに弟子入りさせていただきたいんですわ!」

普通なら怪しむところだけど。
六兵衛は四六時中ぽやーっとして、お風呂でのぼせてぶっ倒れたり、街頭で堂々仕事(=盗み)の話をしたり。
その間抜けぶりに半次はすっかり油断しきり。
にやり笑って悪だくみ。

「こんな奴を一緒に連れていたら、ほおずき市の人ごみで仕事なんてできるわけがない」
「誰も俺を怪しまない、そこがかえって好都合ってわけだ」
「この隼の半次様の腕の見せ所よ!」

財布を掠める速さは、まるで隼。
ぐるぐる回る、間抜けな鳶のような目の六兵衛とは大違い…のはず!

これまで観たはる駒座のお芝居で、倭さんは悪役の親分とか代官とか多めな印象。
普段の元気・明快極まりないお人柄と裏腹に、したたかな悪人顔を見せてくれます。
その二面性にさすが役者さんだなあ、と思いきや。
舞踊ショーの最中には、また別の表情がふと覗くことがある。

どこか翳りを含んだ仄暗さであったり。
切れるような鋭い立ち役であったり。
女形には、訴えかけるような健気さがあったり。
でも、どの表情の根底にも、素朴な優しさがひと固まり。
花形・不動倭さん、二面性どころか、こちらもあちらもと贅沢に次々開かれる、多面鏡のようです。

さて「鷹の目鳶の目」の雰囲気は、倭さんの根底に流れる優しさと、ぴたり合致していたように思う。
ぽやーっとした六兵衛には実は秘密があり(未鑑賞の方のためにここは伏せます)、
最後にうまいこと騙されたと気づいた半次は悔しがる。
布を噛んできぃーっと歯を剥く、コテコテの漫画的表現!
それが悪人なんだけど、懐かしくって可愛らしい。
むごさや凄惨さとは無縁の、思わずふふっと笑いが零れるような悪役で魅せてくれました。

「鷹の目鳶の目」、少々調べてみたら昭和4年(84年前!)の番付表に発見。
セリフ回しやテンポなんかはどんどん現代に合わせているのだろうけど。

「ええ、もう仕事にかかるんでっか!あいつでっか、あの田舎侍を狙うんでっか」
「こんな往来で、大声で仕事仕事と言うな、この阿呆!」

六兵衛と半次のすっとぼけたやり取りに、昭和初期の人々もお腹を抱えて笑ったんだろう。
時代の一つ二つ向こう側から届いても、おかしさの原型の味わいって変わらない。

毎年7月のほおずき市、私はまだ行ったことがないのだけど。
このお芝居のような賑々しさを期待して、今年はぜひ足を運んでみたいなぁ。
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剣戟はる駒座お芝居「河内十人斬り」②津川竜座長の弥五郎役

2013.3.9 夜の部@浅草木馬館

「兄やん、そんな危ないとこ、行かんとって!」

妹の泣き声と、兄の耐え忍ぶ表情と。
仇討ちの決行前、弥五郎がたった一人の妹・おやな(宝華紗宮子さん)に別れを告げる場面。
ここでは、全幕中で最も甘やかな兄妹の情が前面に押し出される。

写真・津川竜座長(3/24舞踊ショーより)


場面冒頭から、弥五郎は何かを堪えているような風情だ。
妹の奉公先の大阪まで行き、妹を呼び出しても、視線は落ち着かずにあっちを見たりこっちを見たり。

手土産の着物を渡すと、おやなは無邪気に喜ぶ。
「うわぁ、きれいな着物!これ、誰の?」
「阿呆、お前のやないかい」
「うちの!ええの?」
金の無心ばかりしてきたやくざな兄とは思えない、贈りものなぞして。
もうすぐ自分は、兄貴分のために死にに行くのだ。

弥五郎は九州の炭鉱に働きに行くと嘘をついた。
どこにあるかも知らない"きゅうしゅう"という遠い地。
炭鉱で事故でも起きたら死んでしまうと、おやなは不安に目を潤ませる。

「兄やんが死んだら、私は誰を頼りにしたらええの」
「お酒は、なんぼでも飲んでええ。遊びたいんやったら、私のお給金、みんなあげる」
「だからそんな危ないとこ、行かんとって」

鈴が鳴るような声、とは言うけれど。
宝華紗宮子さんの声は、もっとか細く、もっと切なく、吐息のように消え入りそうだ。
その声に、観ているこちらの胸は引き絞られて、締めつけられて。

「なあ兄やん、行かんとって」

おやなの瞳から涙の粒がころんと落ちれば、呼応するように観客席も涙、涙。
私も当然泣いてたけれども、隣の観劇仲間も前のご婦人連れも、ハンカチを取り出していた。

一方弥五郎は、妹の泣き顔を見ようとはしない。
ただ耐えるようにじっと地を見つめ、眉を寄せている。

沈黙の後、弥五郎はおやなに背を向ける。
感情を押さえた声で語り出す。

「お前、俺のことより自分のこと心配せい」
「そろそろ年頃やろ。好きな人の一人くらいおるんやろ」
「お前が誰と一緒になっても、文句言えるような立場やないけどな――」

ここだ。
次の一言だ。
竜座長、くるり振り向き、伏せていた目をかっと開いて見得を切る。

「やくざの亭主だけは、持つんやないで…!」

ずっと押さえていた心の蓋が開いて、弥五郎の悲哀と愛情が放出する。
親代わりとなって育てた妹。
たった一人の肉親と、永久の別れ。
舞台から鮮烈な悲しみが飛散して、胸を抉られる。

兄妹の温もりは、ともすれば殺伐となりがちな復讐劇の中で、あまりにも優しく美しい。

弥五郎は全編通して、ひたすら熊太郎への忠義と慕情あふれる弟分として描かれる。
心弱さが端々に見える熊太郎に対して、弥五郎はちょっと理想の渡世人っぽく見えていたんだけれど。

「あのな、兄やんな、ちょっと遠いとこへ行って来るわ」

この妹との別れの場面が、弥五郎というキャラクターの深みを一瞬で増してくれた。

それに、観劇仲間が帰り際に話してくれた面白い考察。
弥五郎が熊太郎をあれだけ慕うのも、妹と二人っきりで生きてきたことに起因するのではないかと。
「親のない兄妹で、弥五郎はずっと妹を守らなきゃいけない立場だったから、初めて"兄貴"っていう自分より頼れる存在ができたことが、ものすごく嬉しかったんじゃないかなあ?」
成程!

熊太郎と弥五郎。
小虎さんと竜座長。
この組み合わせじゃないと決して見られなかった、出会えなかったキャラクター。

<借りは必ず二人で返す~>
通勤電車に揺られ、浪曲の河内十人斬りを聴きながら。
心の中に当分滞在しそうな二人です。

剣戟はる駒座お芝居「河内十人斬り」①勝小虎さんの熊太郎役

2013.3.9 夜の部@浅草木馬館

クライマックスは圧倒的な「飢え」の情景だった。

熊太郎(勝小虎さん)と弥五郎(津川竜座長)。
警察に追われ三日間食べていない兄弟分は、村人の情けで白米にありついて。
割り箸を口で割るが早いか、一心不乱に白米をかきこむ。
舞台に広がる、はぐ、はぐという咀嚼音。

でも、この直後。

「俺はもう腹一杯や、お前が食え」
「茶碗一杯で何が腹いっぱいなもんか、お前が食え」
「お前が食えと言うとるのに」
「要らんわ、一気に食べたら腹ぱーんと張ってしもうた」

たった一杯残った米を、相手に譲り合う。
やがて竜座長演じる弥五郎が、しびれを切らしたように、
「兄弟やからな、何でも半分こや。この米も半分こしよ」
と、米を半分ずつ茶碗によそう。

前置き長くなりましたが、剣戟はる駒座の「河内十人斬り」。
ミニショーなしで、前後半に休憩を挟みつつ演じられた、スケールの大きなお芝居。
胸をずがぁんとやられた。
肌がぶるっ!と震えた。
仕事に忙殺されて、記事書くのが随分遅くなってしまったけどようやく書ける!

写真・勝小虎さん(3/24舞踊ショーより)
3/9当日はデジカメを忘れてしまったため別の日のショーから…


物語の軸は二つ。
一つは、小虎さん演じる熊太郎の、どん底まで打ちのめされた後の仇討ち。
二つ目は、竜座長演じる弟分・弥五郎の、切っても切れぬ慕情の強さ。
今回の記事は、まず一つ目。

序盤、博打打ちの熊太郎の生き様はあまりに悲惨だ。
「こんな貧乏な男とわかってたら、娘を嫁にやるんじゃあなかったわ!」
妻のおぬい(千晃ららさん)・義母のおかく(晃大洋さん)に徹底的にないがしろにされ、甲斐性なしと馬鹿にされている。
熊太郎の留守中、おぬいは松永一家の次男坊・寅次郎(津川隼さん)といい仲に。
熊太郎は怒って松永一家に乗り込むものの、多勢に無勢。
松永一家の長男・傅次郎(不動倭さん)を筆頭に、寄ってたかって痛めつけられ、踏みつけられ、さらには貸したお金の証文を破られる。

この場面で辛いのは、熊太郎の「真摯さ」と周囲の「嗤い」の差。
「何すんのや、大事な証文を!」
破られた証文の破片を必死に掻き集める熊太郎。
それを囲んでげらげら嗤う松永兄弟。
おぬいやおかくまで、一緒になって嗤うのだ。
熊太郎というキャラクターがどこか心弱さを感じさせるだけに、この場面は観ているこっちが痛々しくて苦しくて。

血まみれで道に転がされた熊太郎の、慟哭の一言。
「わしは、悔しいんじゃ…!」
矜持をずたずたにされる痛みが、舞台にぎりぎり揉みこまれるような。
もうこれは、どんな復讐を誓っても仕方ないと思わせる、凄絶な場面だった。

小虎さんのお芝居が、私はものすごく好きなので、この辺で既に鳥肌。
実は初鑑賞の「秋葉の宗太」のときから、小虎さんはぐいぐい来ていた(このときはむごさを感じるほどの悪役だった)。

なんと言うか、動作一つ、セリフ一言に、生の感情が満ち満ちている気がする。
たとえば、熊太郎の弟分の弥五郎が、松永一家に乗り込んで兄貴の仇を取って来ると行き勇むのを制止する場面。
憤りの眼差しで、指を固く握り締めて、このセリフ。

「それでは、わしの男が立たんのじゃ…!」

―それでは、わしのおとこがたたん―
おおお、耳に残る。
歯ぎしりまで聞こえてきそうな怨嗟の声が、しばらく鼓膜に宿る。
この「生」感が、舞台にじっとりと熱をもたらす。
「河内十人斬り」の随所随所に現れる生々しさは、小虎さんならではのものだったと思うのです。

熊太郎と弥五郎は一年近くの辛抱の後、松永一家を奇襲し、遂に仇討に成功する。
けれど物語はここからが見せ場だった。

警察に追われる二人は、山に隠れ忍ぶ。
二人に味方する村人(勝龍治さん)の差し入れた白米。
飢えた兄弟が、これをがつがつと食べる。
セリフも音楽もなく、ただ舞台の上で白米を食べる。

「こんな美味いもの、食ったのは生まれて初めてじゃ…!」
熊太郎の噛みしめるような一言。
「何を言うとるんじゃ」
と弥五郎に苦笑混じりに言われても、涙を流して米を掻きこむ。
熊太郎が飢えていたのは、きっと腹だけではなく。
誇りと、仁義と、温もりと。
全てを奪われ尽くした人間にとって、最期の最期に弟分と半分こした飯の味はどんなに染みたろう。

ラスト、熊太郎は仇討を「もうええ」と言う。
弥五郎は、討ち損ねた寅次郎を殺すまでは兄貴はなんとしても生き延びて、そのために村人を手に掛けてでも山を突破しようと主張するのだけど。
それを撃ってまで止めて、熊太郎は告げる。

「お世話になった村人を殺す、それだけはしたらいけん。それより、もうここで二人で死のう」

熊太郎は、一人で仇討ちをするよりも、弥五郎と死にたかったのではないか。
弥五郎がいてくれたことで、熊太郎の「飢え」は満たされたのではないか?
そんな風に思いながら、兄弟の自決の場面を見つめていた。
「兄貴!聴こえるか。河内音頭じゃ。聴こえるか。兄貴…」
村祭りの河内音頭の幻の中、兄弟の最期。

打ち木の音とともに幕が引かれても、しばらく客席から立てずにいた。
骨の太い、大きな、お芝居に呑まれていた。

観てから2週間以上が経過する今も、その余韻はふと甦ることがあって。
そんなときは、劇中でも使われていた「河内十人斬り」の浪曲をひたすら聴く。
あの忘れがたい舞台に心を引き戻す。

次の記事はもう一人の主人公・弥五郎の話。
竜座長は私と観劇仲間の涙を絞り取っていきました。

剣戟はる駒座お芝居「七福神」

2013.3.8 夜の部@浅草木馬館

季節はいつの間にか、梅の花が見頃。
でも、このお芝居は是非今年の松の内に観たかったなぁ。
だって日本のお正月の楽しさ、賑やかさが満開に花開いたような話なんだもの!

写真・津川竜座長(3/8舞踊ショーより)


津川竜座長が演じるのは、縁起かつぎが大好きな呉服屋、その名も「かつぎ屋」の旦那。
縁起願かけ盛りだくさんの年初め、旦那のかつぎっぷりは神経質なまで。
必ず右から履くと決めている履物を、奉公人に左足から差し出されれば一気に不機嫌。
お宝売り(津川祀武憙さん)が「一枚四文(しもん)です」と言えば、
「四=死」ととらえて、むっつり黙りこむ。
ううむ、正直かなり、めんどい。

奉公人の八兵衛(津川鶫汀さん)に、和歌を添えて水を取ってきておくれと頼んだところ。
教えた和歌を八兵衛が全く間違って覚えていたものだから、ああ大変。
「荷物をまとめて出て行きなさい。お前はもうここには置いておけない」
クビ!
和歌を間違ったくらいでクビ!

「なんとか置いてもらえませんか」と八兵衛に泣きつかれたのが番頭さん(勝小虎さん)。
長く働いている番頭さんも、旦那の扱いにはいつも頭を悩ませている。
場を取り成そうとするも、
「番頭さん、そもそもあんたの奉公人の教育にも責任があるんじゃあないかい…」
と旦那の怒りの矛先を向けられて、今度は自分の身が危うくなる。

「苦労重ねて、かつぎ屋の番頭まで登りつめたんや」
「悪いけどな、これ以上お前を庇ったらこっちが危ないわ…」

中間管理職の悲哀がにじむ番頭さん、このお芝居ではわりかし最初から最後まで出ずっぱり。
小虎さんの苦労人の演技が、とっても良い味出してました!

それからいま一人忘れられないのが、晃大洋さん演じる棺桶屋さん。
「ええやん、どうせ正月は店休みやん、茶ぐらい出してや~」
と、古なじみのかつぎ屋の旦那のところに押しかける。

「正月から縁起の悪い棺桶屋なんかに会いとうないわ…」
と言う旦那の渋面も気にせず、ずいずいと自論を展開。
「わしはこの棺桶屋ちゅう仕事に誇りもっとるで」
「みんな生きとる人はいずれ死ぬやん、あんたもわしもみんな死ぬやん、だから今年もしっかり死んでくれて、良い年になったらええなぁ、思うとるんよ」

とんでもないことを語りながら、バッと開いた着物の袖には。
白抜きの文字で「死にかけ募集中」!

いやぁ笑った。
洋さんのお芝居のテンポはきゅるきゅると速く、巧みなセリフ回しを聴くうち、いつの間にかすっかり心を巻き込まれている。

旦那、番頭さん、棺桶屋さん、八兵衛、お宝売り、たくさんの奉公人たち。
「ちょっと困った人ながら憎めない」キャラクターが揃って、ぎゅぎゅっと詰め込まれた喜劇。
色とりどりのおせち料理を目の前にした気分!

いつか、はる駒座がお正月にお江戸へ来ることがあったら。
この嬉しい楽しいお芝居と一緒に、新しい年神様をお迎えしたいものです。

剣戟はる駒座お芝居「新座頭市子守歌」

2013.3.8 夜の部@浅草木馬館

目を鼻を凍りつかせて、口を大きく開いたまま。
お雪さん(千晃ららさん)は、玄関先にぱたりと倒れる。

命の尽きた体に、取りすがる近所の女性たち。
目の見えない座頭市(津川祀武憙さん)は、一瞬何が起きたかわからずに戸惑う。
けれど次の瞬間、
「お雪さん!」
と太いしゃがれた声が悲鳴に変わる。

そこに、か細い赤ん坊の泣き声が重なる。
たった今この世を離れた、お雪さんの遺した男の子が、母を恋しがって泣く。
哀れな死の香りが、舞台に一気に充満する。

“悲”をぴんと張ったような、一枚の絵の美しさだ。

写真・津川祀武憙さん(3/8舞踊ショーより)


はる駒座2回目の鑑賞は、幸運にもお芝居二本立て豪華サービスの日!
開演前の倭さんの説明によれば、「若手にもっとチャンスを」ということで、
若手を中心にしたお芝居と普段のお芝居の二本立て構成を時折行っているらしい。
こういうことができるのも、層の厚いはる駒座さんならではなんだろうなぁ。

1本目の「新座頭市子守歌」は、津川祀武憙さんが主演を務めると言う。
祀武憙さんは前回の初鑑賞で、愛くるしい感じの笑顔が印象的だった若手さん。
「実際は十八歳だけど、役の見た目は四十代…」
倭さんがそんな笑いをとっていたけど。

開幕して目を疑った。
本当に、四十代の座頭市がいた!
無精髭メイクとかしゃがれた声とかが、本来少年といっていい祀武憙さんに、自然に身についているのにも驚嘆したけど。

たとえばそう、座頭市がしばらく草鞋を脱いでいた大田家一家を出立する場面。
「親分さんお嬢さん、世話になりました」
と笑顔で挨拶しながら着物の襟を正す。
ぐいと襟を軽く引っ張って直すそのやり方が、若い男性のものじゃあなくて。
あ、おじさんってこういう直し方するよな、と思わせるような。
襟を引っ張る祀武憙さんの手に、少し老いた人斬りの歳月がよろりとまとわりつく。

うわぁ、うわぁ、と何でもないシーンなのに私は興奮しきり。
これがはる駒座の演技!

座頭市が旅立った後。
大田家一家の親分(勝龍治さん)は、舎弟・初太郎(勝小虎さん)の裏切りによって殺されてしまう。
残された娘のお雪さんは、夫の佐太郎(津川隼さん)とカタギになるも、貧苦に喘ぐ暮らし。

恩人の窮乏を聞きつけて、座頭市は旅から帰ってくる。
「市さん、市さん」
懐かしい渡り鳥の顔を目にした、お雪さんの喜びようが痛々しい。
貧しさと苦労が祟ってすっかりやつれていたお雪さんの命は、その場で散ってしまうのだ。

この場面の突き刺すような悲壮感は、なにゆえだろう。
祀武憙さんの座頭市が、悲しみと憤りに打ち震える様もさることながら。
千晃ららさんが、お雪さんの凍りつくように薄幸な運命を演じきっているためだ。

ららさんの演技を観ていると、市川雷蔵の時代劇映画に出てくる女優さんが思い浮かぶ。
儚い、でも芯の強い、細い指先で運命の重さを必死に掻きわけているような悲しみの女性。

さて物語のここから先は、座頭市による裏切り者の成敗。
切れ味鋭い、それでいていぶし銀の漂う立ち回りを、お腹一杯堪能しました。

今思い返すと最も印象深いのは、座頭市の歩き方。
杖の先で行く路を探り当てながら、ひょっ、ひょっ、と足を上から素早く差し下ろすように歩くのだ。
杖と足の動きに、切れるような滑らかさがあって。
目が見えないにも関わらず、恐ろしく俊敏な獣のような感じが伝わる。

祀武憙さんをはじめ、こんな演技ができる若手さんがこの座にはたくさんいるんだものなぁ。
私が行けなかった日も、口上や木馬館の張り出しによると、
津川隼さんの「隼祭り」とか、様々な若手さん中心の演出を行っているようだ。

ひょっ、ひょっ、といまだ脳裏に浮かぶ座頭市の歩みをなぞって、私は再度興奮の拳を握る。
これがはる駒座の演技!

剣戟はる駒座お芝居「秋葉の宗太」

2013.3.3 夜の部@浅草木馬館

ずっ、ずっ、と一杯のそばを。
盲いた新兵衛親分が、貪るように啜っている。
隣の席には親分の娘婿。
乞食同然の姿に落ちぶれた義理の父に、彼は気づく様子もなく、涼しげに煙草を吸う。
そばを啜る音、煙草、虫の鳴く声。

新兵衛親分は勝龍治さん、娘婿は津川竜座長。
「秋葉の宗太」を思い返すと、この一場面が哀切をもって切り取られる。

写真・勝龍治さん(3/3舞踊ショーより)


月初め、新しくお江戸へやって来た劇団さんに出会うときはいつもわくわく。
今月は噂に名高い剣戟はる駒座とあって、観劇仲間3人も木馬館へ集結!

びっくりするくらい明るい挨拶とコミカルなミニショーの後。
(座員さんが皆若くて元気!とにかく元気!)
繰り広げられたお芝居「秋葉の宗太」は、胸を削られるような悲劇だった。

渡り鳥・秋葉の宗太(津川竜座長)が草鞋を脱いだのは、豊田家一家の新兵衛親分(勝龍治さん)のところ。
宗太は人徳者の新兵衛親分を敬い、
「あの人は立派なお方だ。決して新兵衛親分の悪口だけは言わねえでおくんなせえよ」
とたまたま知り合った者に諭すほど。
親分のほうも宗太を心から気に入り、娘・お町(千晃ららさん)との祝言を決める。
晴れて宗太は新兵衛の娘婿!

ところが、これを気に入らない者がいた。
一家の若衆・鉄五郎(勝小虎さん)だ。
鉄五郎は自分が豊田家一家を乗っ取るため、役人の伝十郎(不動倭さん)・伝八郎(津川隼さん)兄弟と組む。
罪をでっち上げさせ、新兵衛親分を島流しにしてしまうのだ…。

観劇後、観劇仲間の一人が感慨深げに言ったこと。
「勝龍冶さんのお芝居を観るためだけにでも、ここに来る価値がある」。

私も全力でイエス!と叫びたい。
龍冶さん演じる新兵衛親分には、震えた。泣いた。呑みこまれた。

新兵衛親分の運命はあまりにも悲惨だ。
まず、伝八郎に島流し先で散々折檻される。
老体を痛々しいほど殴られて。
ようやく赦免になって娑婆に戻って来た時に、伝八郎に目つぶしを投げられ盲目になってしまう。

見えなくなった目で、よろよろと、ボロをまとい、顔中汚して。
それでも執念で気力で、親分は豊田家に帰って来る。
けれど鉄五郎は邪険に親分を追い出し、あろうことか。

ぺきっ、と舞台に響く嫌な音。

「俺の、俺の杖…」
親分は必死に地を這って、目の代わりと言ってもいい杖が折られているのに気づく。
「目くらにとって大事な、行き杖までもへし折りやがったな…!」

いくら憤っても、目の見えない親分にはどうしようもない。
宗太、お町、と愛しい名前を呼びながら親分は放浪を続ける。

この辺りでもう私は、酷すぎると胸中呟いていたのだけれど。
本気で身が凍るのは次の場面。

宗太が立ち寄ったそば屋に、偶然親分も辿り着く。
「俺のそば、こちらさんに回してやってくれ」と宗太。
同席しても、すぐ隣に座っても、二人は互いに気づかない。
親分は、宗太の顔が見えないから。
そして宗太は、親分があまりに変わり果てたから。

親分がそばを食べようと、椀を抱え上げたとき。
箸が、その手から落ちた。

あれ、どこだ、箸は、どこだ。
ぶつぶつと呟きながら、見えない暗闇をまさぐって箸を探す。

ついこの間まで尊敬され、畏れられていた豊田家一家の主が。
へし折れた細い杖に縋るようにして、今はそば一つ満足に食べられず、手探りで箸を探している。
寒い。
冷たい。
龍治さんの演技から生み出される景色は、客席までひりひりと寒気が感じられるほど凄惨だった。

この後、隣の宗太はようやく親分に気づき、涙の再会の場面となる。
「宗太、お前に会えれば、お町にもすぐに会えるな」
と顔をくしゃくしゃにして喜ぶ親分。

……束の間。
鉄五郎たちに襲われ、新兵衛親分は呆気なく撃ち殺されてしまう。

宗太がなんとか鉄五郎たちを斬り伏せて幕となる。
幕が閉じる直前の宗太に、このお芝居の悲しみが凝縮されていた。
宗太は目を固く閉じ、祈るように手を組み合わせて。
声には出さずに口の動きだけで呟く。
<親分>。

……ああ!
観終えてどっと息をついてしまった。
勝龍冶さん。
すごい、ものすごい役者さんに出会えたものだなぁ。
いただいたはる駒座のポスターによれば、肩書きは<指導役>とのこと。

龍冶さんに圧倒されたので長々語ってしまったけれど。
改めて振り返れば、竜座長をはじめ、はる駒座の一人一人のお芝居は唸りが漏れるほど。
そもそも新兵衛親分の悲惨さが際立っていたのは、悪役だった小虎さん・倭さん・隼さんの迫真の演技あってこそだもの。

「この劇団はすごい!」「これは来た!」と、誰一人興奮冷めやらぬ、浅草駅への帰り路。
はる駒座のポスターを手に、夜の仲見世から見上げた夜空は明るい。
もうすぐそこの、春の陽射しのように。
剣戟はる駒座の皆さま初めまして、お待ち申しておりました!

劇団花吹雪お芝居「かんざし」②愛之介さんの源次役・4か月ありがとう劇団花吹雪

2013.2.24 昼の部@篠原演芸場

写真・桜愛之介さん(2/24舞踊ショーより)


劇団花吹雪のお芝居は計10回鑑賞。
そして、毎回ひっそり思っていたこと。
愛之介さんのお芝居はすっごく良い!
常に大役を務める両座長と異なり、お芝居によって出番の多い役だったり少ない役だったりするけど。
役の大小に関わらず、いつも愛之介さんの演技には気合いが弾けまくっている。

「かんざし」の愛之介さんの役どころは、ヤクザの三下・源次(聞いたままの当て字)。
源次の一家の親分は、弥太郎(桜春之丞座長)・おしん(市川千太郎さん)に仇として斬られてしまう。

その隙を与えてしまったのが、おしんの色仕掛けにコロっと引っかかった源次。
綺麗なおしんに見惚れていると、
「よく見ると、あんた良い男だねぇ…」
なんて色っぽく言われて。
思わず口をぱくぱく、目はどんぐり。
手足は動揺でぱたぱた、期待でもぞもぞ。
「あっちに茶屋があったねぇ…」
の一言で、おしんに吸い寄せられるようにすすいとその場を離れてしまう。

おいおい、大事な親分はまだ家の中。
忍びこんだ弥太郎の白刃の下だよ!
と突っ込んでる間に斬られる親分。

源次ってキャラクターは、きっと衝動のままに体が動いちゃうんだろうなぁ。
短い場面だけど、それがとても容易に見て取れる。
愛之介さんの演技に、衒いがないせいだと思うのです。
大きな体躯から感情がだだ漏れ、というか溢れんばかり。

一年後、源次がおしんを見つけ出し、果たし合いを申し込む場面も面白い。
「お前!よくも以前は騙してくれたな!」
とか怒気を込めて言うくせに、
「必ず来いよ。逃げるなよ」
って啖呵を切る割に。

果たし状をつかんだまま、なかなかおしんに近づけないのだ。
愛之介さんの表情は、満面が怯えと警戒。
以前あっさりとおしんの手練手管に引っかかったものだから、全力でびびりまくっている。

早くおしよ、と果たし合いを申し込む相手に急かされるという妙な段になって。
ようやくそろそろとおしんに歩み寄り、ぽと、と果たし状を落として。
すぐに飛び退いて猛ダッシュ!
あんまりコミカルな動きなんで、客席は笑いに包まれる。

愛之介さんの面差しは、本来とても真面目そうだと思うのだけど。
こういう緩いキャラクターのときは、セリフ回しも一つ一つの動作も、
真面目に!全力で!緩くなる(言葉で書くと矛盾してる風ですが)。
100%、1000%の気合いの入った演技は、琴線に触れるどころかバーンと弾いていく。
それが気持ち良くて、愛之介さんのお芝居は毎度のお楽しみでした。


さてさて、もう暦は弥生、寒風を破るように梅の花が咲いております。
11月から2月までの東京公演を終え、遂にお江戸を去ってしまった劇団花吹雪。

一度春之丞座長が口上で、
「長期の公演だからお客さんを飽きさせないように、色々新しい演出を考えている」
とおっしゃっていましたが。
本当に、花吹雪の舞台は毎回色合いが違っていた。
しかも、その密度がいずれも濃くて。
無数の鮮やかな色が、眼前を通り過ぎていったような心持ちでお別れです。

最後になった2月24日の観劇で、春之丞さんが踊っていたケツメイシの「さくら」。
お衣装はピンクの鬘に桜模様の着物!(下の写真参照)



季節的にもご本人にも、あんまりハマりすぎてて思わず微笑。
文字通り桜の花びらのように、軽やかに舞う春之丞さんの姿を観ていたら、心はすっかり感傷気味。

甘やかに霞むピンク色。
花吹雪、夢吹雪、美しく吹き抜ける。
春告げ鳥が鳴くより早く、春を連れて来てくれた人々。



来年の東京公演は既に決定済みだそう。
首を長くして次の花舞台を待っております。