劇団花吹雪お芝居「かんざし」①春之丞座長の一人二役

2013.2.24 昼の部@篠原演芸場

役の一つは、ヤクザの用心棒。
「皮肉なことよのう…!」
長い鬘の髪に覆われて、春之丞座長の顔は見えない。
低く絞り出される、この一言で鳥肌。

でも本当の鳥肌はこの数分後。

もう一つの役は人の良い商人。
「おしん、おしんー…」
慌てて女房を探す声。
聴いただけで優男の面差しが浮かぶ。

春之丞座長の一人二役。
それは声も表情もまとう雰囲気も、つるりと剥ける。
まっことすごい芸を見せていただきました。

写真・桜春之丞座長(2/24ミニショーより)


24日は2月最後の休日、しかも市川千太郎さんがゲストでいらっしゃるとあって、
篠原演芸場は超満員!
席と席の隙間にまで、ぎゅうぎゅうに詰めかけたお客さん。
みんな、花吹雪の花舞台を観たいがためですよね!
普段より狭めのスペースに膝を抱えながらも、心はうきうき。

お芝居「かんざし」は、女性のヤクザ・おしん(市川千太郎さん)を巡る物語。
千太郎さん演じるおしんは、姐さんっぽさと甘えた声音が混じる可愛さ。
おしんとヤクザの用心棒・木下弥太郎(桜春之丞座長)との関係がたまらない。

赤い玉の付いた、一本のかんざし。
おしんが弥太郎の下を去るときに、弥太郎の髪にサッと刺して遺していった物。
遺していった心。

一年後、弥太郎は病を患っていた。
虚ろな目で、黒い着物に包まれた病身を引きずるように、舞台に出てきた弥太郎。
その手が無造作に懐に伸びる。
取り出して縋るように見つめる、赤いかんざし。

おしんと弥太郎は、互いの心を口にしない。
けれどこの場面で、深い濃い愛情がドンと舞台に落ちる。

かつての好敵手・月輪又四郎(桜京之介座長)がおしんを果たし合いに呼び出したことを知り、
弥太郎はおしんを助けんがため、果たし合いの場へ向かう。
歩くのにも杖が必要な状態で、斬り合いに向かう。
「この体、もってくれよ…!」
よろよろと、けれど眼光だけは強く。
春之丞さんの麗しい顔は、今や気迫に満ちていて。
そして乱れた髪をさらに振り乱して、命を削るような立ち回り。

弥太郎という人物の激しさ、
刃先ひとつで命のやり取りをしてきた危うさ。
「おしん~~~っ!」
低音の声が、唸りを含んで舞台に轟く。

でも、弥太郎が舞台の裏に引っ込めば。

いつの間にやら客席のほうから、春之丞さん再び登場。
「ああおしん、おしん、心配していたんだよ、さあ帰ろう!」

はりゃ。
一気に気が抜けた。

春之丞座長の二役目は、カタギになったおしんの旦那。
善人オーラ全開のあきんどさん。
浅葱色の爽やかな着物を着こなして、女房を迎えにやってきた。
優しい旦那さんは斬り合いの跡を見て、美麗な眉をひそめてみせる。

「その弥太郎という人が、お前の代わりに事を片付けてくれたんだろう」
だから帰ろう、とおしんに呼びかける。
その声はどこまでも柔らかく明るい。

春之丞座長の”声”の引き出しの多さは、以前から驚嘆するところではあったんだけど。
弥太郎と旦那さんの声は、どういうことなのってくらいトーンが違う。
殺し合いの臭いがまだ立ちこめる中に、普通の庶民が飛び込んでしまった…
という「場違い感」まで、鋭敏に伝わる。

ご本人は楽しげに、弥太郎を演じてるとき、
「おしんの旦那という人に会ってみたいものだなあ…」
なんてセリフで客席の爆笑を誘っていたけど。
(これも一人二役の醍醐味ですな)

尖った黒と清涼な青。
ひとつの舞台でふたつの色。
七色虹色、数えるたんびに増えていく色彩を全部包みこむ、春風のような微笑。
カリスマ座長の本領発揮でした。

多分これが、花吹雪さん観劇ラストになってしまうので。
記事を締めくくる前に、もひとつ言及しておきたい。
お次の記事は、桜愛之介さんの演技の話。
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劇団KAZUMAお芝居「文七元結」

2013.2.11 昼の部@くだまつ健康パーク

楽しい山口遠征もあっという間に3日目、最終日!
2日目の「生首仁義」でだいぶ感情がショートした感はあるけど。
まだまだ燃え尽きてはおりません。

「文七元結」は、昨年7月に劇団KAZUMAを初めて観た、思い出のお芝居。
一馬座長演じる主人公・長兵衛にほろっとやられたのが、私の鑑賞録の始まり。

写真・藤美一馬座長(2/11舞踊ショーより)


長兵衛(藤美一馬座長)は、腕は極めて良い左官屋。
が、大の博打好きが祟って借金まみれ。
女房(柚姫将さん・女性役!)には毎日さんざ罵られているが、博打癖を改める気もない。

長兵衛の娘・お久(霞ゆうかさん)は、そんな家の経済状況を危惧して。
なんと、自ら吉原の大店「佐野槌」へ身売りしてしまう。
慌てて佐野槌へ駆けつけてきた長兵衛に、佐野槌の旦那(華原涼さん)はひとつ提案をする。
長兵衛の借金五十両を、いったん貸してやろうと言う。

「二年だ。二年の間に、働いて五十両を返すんだよ」
「その間は、娘は店には出さず、自分の身の回りの世話だけさせる」
「その代わり、二年経って五十両返せなかったら、この娘も店に女郎として出すから」

娘に身を犠牲にさせ、さすがの長兵衛も情けなくて涙が出る。
だが、旦那から借りた五十両を抱いた帰り路。

聞こえてきた「南無阿弥陀仏―!」

長兵衛が出くわしたのは、川に身投げしようとしている青年(冴刃竜也さん)。
「ちょっと待てい!」と体当たりして止めたものの、
青年は泣き声で「もう行ってください!放っておいてください!」

青年は文七といい、大きな商家で奉公をしているらしい。
はて自殺未遂の理由は?
「店の大事な掛け取りのお金、五十両を盗られてしまったんです…!」

将さんが「大いに笑ってください!」と話していたこのお芝居。
そりゃもう、うだつの上がらない長兵衛の言動行動に、笑いっぱなしなんだけど。
私は、なんだか泣けてきてしまうのです。

一番涙線が緩むのは、長兵衛が文七を説得するシーン。
うなだれる文七の前にしゃがみこんで。
自分自身も困り顔で、それでも宥めるように語りかける。

「死んだって何になる?死んだら何にもならねえんだぞ」
「お前が死んだって、五十両出てくるか?出てこないだろ」
「じゃあ死のうとか馬鹿なことは考えるな、わかったか?な?」

けれど長兵衛が去ろうとすると。
性懲りもなく背後から聞こえてくる、
「南無阿弥陀仏~!」
「待て待てい!」
と、駆け戻ってタックルして止める。
何度も何度でも。

文七は、長兵衛にとっては見ず知らず。
放っといたって罪にはならないのに。
こんなに頑張って止める必要は何もないのに。

「俺が行った途端、後ろからドボーン!なんて聞きたくねえんだよ…」
「ああもう、なんでこの道通ったんだよ俺~」
「誰かここ、通りかかってくれよ~」

自分も困り果てて泣きそうになりながら、それでも文七を見捨てることはしない。

そしてクライマックス。
結局、何回止めても、文七は死のうとするので。
「五十両なけりゃ、お前死ぬのか」
「死にます」
「…そうか…」

ぽとん。
舞台に響く音。
長兵衛が泣きながら、懐の五十両の包みを、文七の前に落とした音。

「やる、それ」
「やるよ」

大事なお金。
娘が身を人質にしてつくってくれたお金。
名も知らない他人にあげるなんて、そんな馬鹿な。阿呆な。
でも、恐縮して断る文七に、長兵衛は半ば怒り気味に叫ぶのだ。

「俺は五十両がなくったって死にゃしねえよ」
「おっかあだって、金がなくってって死なねえよ」
「娘だって、女郎になっても…まあ何とか生きていくよ」
「けど、お前は、死ぬってからいけねえんじゃねえか!」

――正しい人間は、すぐには善が分らないでも、心の底でそれを愛さずにいられない――
(ハイゼ「星を覗く人」)

最近読んだドイツの短編小説に、こんな言葉を見つけたとき。
真っ先に思い出したのは、怒りと泣きが混ざったような、長兵衛の表情。

人情芝居。
ひとのなさけが、粒のように降って来て、客席に積もる。

しかし笑い的な意味では、この後家に帰った長兵衛と奥さんのやり取りが大好きです。
「お金はどうしたのよお金は!」
「くれてやったんだよ!」
「誰に、誰にくれてやったの!」
「知らねえ!」
「知らないのになんでくれてやるのよ!」
「死ぬって言ってたからだよ!」
「嘘ばっかり、お金はどうしたのよお金は!」
以下エンドレス。
目まぐるしく繰り返して加速、加速、加速!(笑)
一馬座長・将さんの活き活きっぷりと言ったらない。
結果的には、文七の失くした五十両も見つかり、物語は大笑いの大団円のハッピーエンド。

初めて観たお芝居だから?
「文七元結」が胸に残してくれる温度は、劇団KAZUMAの舞台そのものみたいに感じる。
けらけら笑いが溢れて、
ちゃきちゃきとテンポ良く、
じんわり染みて滲んで、
くるくる、ぬくぬく、ほろほろ、そしてふわふわ。
全部全部詰め込んで、彼らの舞台からはこの日も温もりが零れる。

遠征記事の最後に。
くだまつ健康パークの常連ファンの方々には、本当に親切にしていただきました。
楽しくお話していただいて、お菓子やみかんをいただいて。
大衆演劇ファンになって良かった、と心からの感謝と共に思います。

次回からはまたお江戸の鑑賞録にお付き合いくださいませ!

劇団KAZUMAお芝居「生首仁義」③宿命と意志

2013.2.10 昼の部@くだまつ健康パーク

①将さんの三代目・一馬座長の二代目の記事と、②涼さんの仙蔵・竜也さんの長五郎の記事を書き終えて。
「生首仁義」について再び考え直せば、同じ所に戻って来る。

なぜ三代目はヤクザの家に生まれたのだろう?
なぜあんなむごい死に方をしなければならなかったのだろう?

繰り返し、私は同じ問いに出会う。

最後に、私がこの物語の核だと信じる、
<宿命>とそれに抗う<意志>に目を凝らしてみたい。

写真・柚姫将さん(2/11舞踊ショーより)
お写真はやっぱり三代目を演じた将さんで。


三代目は、どうしようもなく最初から死を用意されているキャラクターだ。
何ひとつ、悪を働いたわけではない。
むしろ普通の人間として、ただおりゅうに恋をしただけだ。

「男が女に惚れるのは当たり前じゃあないか!」

でも、三代目の言い分は許されなかった。
当たり前の恋は、死をもって報いなければならないほどの過ちだった。

なぜ?
三代目は、白鷺一家の親分という立場にあったからだ。
なぜ親分になったのか?
兄の二代目が旅に出て、弟に一家を残していったからだ。

好きでヤクザの家に生まれたわけではない。
好きで三代目になったわけではない。
周囲が、生まれが、弱い清次郎にそう要請した。
気づいたら決まっていた。
気づいたらその宿命の中にあった。

そして最期も。
三代目は、仙蔵や長五郎に苦労をかけている我が身を振り返って。
兄に仁義を解かれ、諭されて。
「兄ちゃんに迷惑かけるくらいなら…」と。
周囲の要請で、三代目は死んでいくのだ。

では三代目の命とは何だったのだろう?
何一つ自分では決めず、ただヤクザに生まれた宿命を受け入れることしかできない、
ひたすら無力な生き様だったのか?

いや、違う。

「おいらの墓に供えてもらいたい首が、二つある…!」

自決の最中。
苦悶の中、三代目が憤怒を込めて叫ぶセリフがあったじゃないか。

「おいらを騙した横車大八と、男心を弄んだ娘のおりゅう」
「この二人の首だけは、必ず供えておくれ!」

自分の意志で、二代目に怒りを託したじゃないか。

私が、この悲惨な自決の場面に、それでもかすかな希望を見つけるわけは。
最初は死ぬのが怖いと怯え、
ただ兄に言われるまま泣きながら腹を突いた三代目、
ただ宿命に従って消えていく三代目の命に、
場面途中から確かな意志が瞬き始めるからだ。

仙蔵と長五郎に、強い男で死んでいったと伝えてくれと、確かに言った。
兄に促されることもなく、自分で決めてそう言った。

自分の首を横から掻き切って、自分にとどめを、確かに刺した。
誰かの助けを得ることもなく、他ならぬ自分の手で刺した。

将さんが目を剥いて切る、見事な見得。

「おいらの首を横車一家に渡して、渡世の仁義を通しておくれ!」

このセリフが叫ばれたとき。
自決は、三代目が自分で選んだ死になる。
自分で選び取った仁義に変化するのだ。

だから「生首仁義」は、宿命の重さが描かれたこのお芝居は。
それでもなお煌めく、人間の意志の光を讃えてやまない。
決められた死を享受するだけだったはずの三代目。
巨大にそびえる宿命に、命の全てをもって一矢を報いた。
その矢がどんなに小さかろうと、か細かろうと。
放つ光の眩しさに、私は胸を打たれてやまない。

二代目は弟の亡骸に言った。
「次は決してヤクザの家に生まれてくるんじゃあねえ。カタギの家に生まれて、幸せになるんだぜ…」
けれどラストシーン、風の中から二代目の耳に聞こえてくる三代目の声は、そうは語らない。
「今度生まれてくるときも、兄ちゃんの弟に生まれてきたいなあ…」
三代目が自分で選んだ、一番大事なもの。

忘れもしない2012年7月15日お昼の部、浅草木馬館で初めてこのお芝居に出会ったとき。
お芝居が終わった後も客席に縫い止められていた。
大衆演劇、劇団KAZUMA、柚姫将さん。
自分の知らなかった世界の入り口が、鮮やかに照らされていた。
だから私はそれからずっと、夢桟敷にいる。

いずれまた「生首仁義」を観るまでに、舞台から溢れる膨大な感情を少しでも汲めるよう、文章の器を広げておきたい…。
なんて考えていたけど、意外にも早く来た再会。
私の器はやっぱり全然追いつかなくて、たぷたぷ零してしまった。
まだ語る言葉を知らない物語の深淵をちら見して、悔しさ混じりに見送っているけど。

それでも今回山口に同行してくれた観劇仲間は、三代目が自分の首を掻き切る場面で、
「お萩の言う人間の意志ってこういうことか」と共感してくれた。
くだまつ健康パークの客席で、働きっぱなしだった私の涙線(そらもう目が真っ赤になるまで)。
自分の流した涙の分だけは、どうにか文章に流し込めただろうか。

いつか、私はまたこのお芝居に出会えるだろう。
宿命の物語。
意志の物語。
放たれる光をいつまでも、見つけることができますように。

劇団KAZUMAお芝居「生首仁義」②華原涼さんの仙蔵役・冴刃竜也さんの長五郎役

2013.2.10 昼の部 @くだまつ健康パーク

息絶えた三代目の体を、
もう物言わぬ親分の体を、
崩れ落ちさせまいと支える部下が二人。
「世間に弱いお人だと言われようと、俺たちにとっては日の本一の親分でございました…!」

今回は三代目のお付きの若衆、仙蔵と長五郎の話。

仙蔵は華原涼さんが惚れ惚れするほどの漢っぷりで、
長五郎は冴刃竜也さんが絶妙な軽みをもって演じてらっしゃいました。

写真・華原涼さん(2/10舞踊ショーより)


写真・冴刃竜也さん(2/10舞踊ショーより)


どちらのキャラクターもヤクザの仁義に生きているけれど、
性格や行動はかなり異なる。

まず仙蔵は、面倒見が良く、冷静沈着。
「三代目、もう大丈夫ですよ」
「誰もいやしませんよ」
三代目には、いつも子供に対するような愛情と寛大さをもって接する。

白鷺一家の縄張りか三代目の命か、という選択を突きつけられたときも。
震え慄く三代目に、優しくこう言ってくれるのだ。
「どうだろう。俺は、縄張りはいったん手放そうと思ってる」
「縄張りはまた、みんなで頑張って取り戻せばいい。でも三代目の命は取り戻すことはできねえんだ」

家に帰って来た二代目が「弟と話がある」と言って、仙蔵と長五郎を出て行かせる前に。
仙蔵はこっそり二代目に告げておく。
「三代目は気の弱いところがあります」
「あまりきついことは言わねえでやってくれませんか」

頷く二代目。
安心したように三代目を振り返りつつ、出て行く仙蔵。

でもこの時点で二代目は、既に弟に自決させることを決めていたのだ。
つまり仙蔵にとっては、生きている三代目を見るのはこれが最後になった。
今回の鑑賞ではその事をあらかじめ知っていたので、
「あまりきついことは…」というセリフでもう涙線が決壊。

ずっと守ってきた、弱い頼りない、でも気の優しい、たった一人の親分が、次に見るときには冷たくなっていて。
もうあの泣き言も甘えも二度と聞けないなんて、どうして想像できたろう。

その仙蔵の心が突き刺さる場面がある。
二代目が三代目の首を抱え、弔い合戦に駆けて行った後。
仙蔵はたった一人家に残り、じっと手の中のものを見つめている。
手には黒髪。
三代目の首から落とした髪。
長五郎がたまらなくなったように呼ぶ。
「兄貴、兄貴」
仙蔵は何も言わず動かず、ただ見つめる。
髪の持ち主がいなくなったことが、まだ信じられないと言うように。
もう失われた彼の姿形を、記憶でなぞるように。

でもお芝居的な見せ場はこの直後。
仙蔵はおもむろに立ち上がり、
三代目の髪を口にくわえて、
足が踊るように地を蹴って、
鋭く叫ぶはたった一言、

「横車の野郎、長い正月にはさせやしねえ!」

もう、涼さんが見得を切るとまるで一幅の絵。
仙蔵のような「The水も滴る良い男」の役が、涼さん以上にハマる役者さんているんだろうか。
低く通る声、常に堂々とした立ち姿、きりりとした目。
登場しただけで、空気まで何か深い色に染められるようです。

(ちなみに昨年7月の初見では、仙蔵役は龍美佑馬さん。
佑馬さんの素朴な温かさが漂う演技にも泣かされた。
仙蔵が三代目の遺体を担ぎあげたとき、それまでこらえていた哀しみが押さえきれなくなったように、立ち止まって震えながら泣くという演技があって。
私は木馬館の客席でぼろぼろと涙をしぼったものでした)

そしていま一人、長五郎。
このお芝居の中で、一番「変化」を見せてくれるキャラクター。

最初はお付きなのに、三代目に最も厳しい。
横車一家に怯える三代目を見て、「腰抜けが…」と吐き捨てる。
履物を用意してやる時も、足元にバコッ!と叩きつける。

縄張りか三代目の命かとなれば、ずいと三代目に刀を差し出して、
「死んでください」
おいらの命と縄張りとどっちが大事なんだい!と言われれば。
「縄張りに決まってるじゃないですか」

なんで自分が、ヤクザの心をかけらも持っていない奴を親分と敬わなければならないのだろう。
長五郎からはそんな不満がだだ漏れ。

でも、三代目が本当に自決してしまったとき。
絶命した三代目の顔を、長五郎は食い入るように見つめている。
死ねと言ってしまったことへの後悔か。
それとも自分が思っていたよりずっと強い心の奴だったと思っているのか。

長五郎は二代目や仙蔵と違い、三代目への思いをはっきり口に出すセリフはない。
けれど終盤、横車一家との斬り合いに勝利した後。

長五郎は、誰より先に――二代目より仙蔵より先に。
地に置かれたままだった三代目の首に駆け寄って、大事そうに抱えるのだ。

ぶっきらぼうな喋り口の中から、仁義や情愛がたまにぽろっと零れる。
竜也さんはそんな演技で魅了してくれました。
一緒に観ていた観劇仲間の一人は、長五郎が最も印象的だったそうな。

仙蔵と長五郎、二人の対照的な部下が、三代目にとって大事な人間だったから。
だから、三代目は最期に二人への言葉を遺す。

「仙蔵と長五郎に、今までは弱い男だったかもしれないが、死ぬときは強い男で死んでいったと、そう伝えておくれ!」

だから、ラストで再び旅立つ二代目は、同行しようとする二人を止める。
「お前たちが俺と一緒に来たら、清次郎が独りぼっちになっちまうじゃねえか」
「いつまでも清次郎の傍にいてやってくれ」
死んだ後も。
いついつまでも。


「生首仁義」について語ることはまだまだ尽きないけれど、次でラストの記事にします。
私がこの物語に惹かれてやまない理由。

劇団KAZUMAお芝居「生首仁義」①柚姫将さんの三代目役・一馬座長の二代目役

2013.2.10 昼の部 @くだまつ健康パーク

あの優しい命は、一体なぜヤクザ一家の三代目に生まれたのだろう?

柚姫将さん演じる三代目から、
この物語の深みを覗き込んだ淵から、
私の手がいつも汲み取ってしまうのは同じ問いだ。

なぜ、三代目はあんな酷い死を遂げなくてはならないのだろう。

汲んだ水が多すぎて指の間から零れるように。
私の中の思いは、まだまだ収拾がつかないのだけれど。
でも書いてみることにします。
昨年の7月に東京で初めて観て、今回山口で2回目を観て。
どうしても心から拭い去れないお芝居だから。

写真・柚姫将さん(2/10舞踊ショーより)


写真・藤美一馬座長(2/10舞踊ショーより)


※耳で聞いたままの役名、当て字。

白鷺一家の三代目・清次郎(柚姫将さん)は、極度に気の弱い小心者。
敵対する横車一家にはもちろん怯え、
自分の組の若衆に怒られることも恐れ、
しまいには大きな音にすらおののく。

お付きの仙蔵(華原涼さん)と長五郎(冴刃竜也さん)にも呆れられている。
「ほら、人がみんな笑ってますよ!」
とたしなめられても、
「おいらは笑われ慣れてるから別にいいよ!」

そんな三代目が恋したのが、横車一家の娘・おりゅう(霞ゆうかさん)。
だがおりゅうにとって、三代目を陥れるのは赤子の手をひねるようなことだった。
手紙で三代目を呼びだして、
「もうヤクザなんて嫌。あたしを連れて逃げて!」と縋るおりゅう。
「とりあえず向こうの茶屋でゆっくり話をしよう…」
と、三代目に手を引かれたそのとき。

おりゅうは甲高く悲鳴を上げ、周囲から横車一家衆が飛び出してくる。
単純な美人局だ。

親分・横車大八(藤美真の助さん)は、
恐怖でひたすら地に伏して頭を抱えている三代目に迫る。

「娘に手を出した代償だ」
「お前たちの縄張りを寄こすか、それともこいつの首か」。

這う這うの体で家に戻った三代目・仙蔵・長五郎。
縄張りか、三代目の命か、突きつけられた選択。

そこへ旅に出ていた二代目の金次郎(藤美一馬座長)が帰ってくる。
「ほんとに、兄ちゃんかい?会いたかった…!」
誰より慕っている兄の帰還に、三代目は喜びいっぱい。
もうこれで安心だと言わんばかりに。

けれど、二代目は人払いをして。
弟と二人きりになってから言うのだ。
「白鷺一家の縄張りは、死んだおっとうとおっかあから受け継いだ、大事なものだ」
「縄張りが横車の手に渡れば、何より中に暮らしている素人衆が、どんな難儀をするか」
「絶対に縄張りを手放すわけにはいかねえんだ」
ヤクザの仁義を説く、その言葉の意味するところは。

三代目は到底受け入れられない事実を、呆然と呟く。
「じゃあ、兄ちゃんも、おいらに死ねって言うのかい…?」

――むごい。
あらすじを書いてただけで、むごすぎて手が止まる。
何が一番むごいと思うか。

ヤクザの仁義のために死を要請される三代目が、
全く仁義に生きていないということだ。

三代目は一般的な情に生きているキャラクターだ。
当然、縄張りなんかより命が大事。
仙蔵に懸命にこう説くシーンがある。

「喧嘩は駄目だよ、喧嘩すれば怪我をする、怪我をすれば血が出る、血が出れば痛いじゃないか」

説かれた仙蔵は困り顔。
仙蔵も長五郎も二代目も、みんなヤクザの道に生きているのだから。

白鷺一家の中で、三代目だけ色が違う。心が違う。
一般の、いや人並み以上の優しさと情を持った三代目が、
ヤクザの家に生まれたことはあまりにも悲劇。

自死しろと兄に言われ、最初三代目は必死にあがいて抵抗する。
「おいらは死にたくないよ、死んだら独りぼっちじゃないか」
「兄ちゃんにももう会えないんだよ」

私がこの状況で恐ろしいと思うのは。
三代目にしてみれば、何のために死ぬのかわからないことだ。

「また取り返せばいい」縄張りごときのために。
仁義なんて、空っぽの言葉のために。
冷たい刀を手渡されてこれで腹を切れと言われても。
一体どこに向けて覚悟を決めればいいのか?
何のために、自分のたったひとつの命を投げ出すのか?

目的のない死は、ぽっかりと暗く空いて。
恐怖は無限に広がっていく。

それでも。
それでも優しい弟は、とにかく兄が好きなのだ。

「仙蔵や長五郎だけじゃなく、兄ちゃんにまで迷惑かけてたなんて…」
泣きながら、えづきながら。
「わかったよ、兄ちゃん…」
遂に慟哭混じりに絞り出す。

「おいらいっぺん、死んでみるよ…!」

兄のため。
ただ敬愛する兄の生き方を邪魔しないため!

そのためだけに、三代目は震えながら腹を突く。
そして滂沱の涙を流して、苦悶の汗を流して死んでいく。
目を剥いて、自らの命を自らの手で終わらせる。

初めて観たときも今回も。
三代目の自決の場面では、私は堰を切ったように泣きながら、舞台を見ていた。

将さんの大きな目が投げかける激情。
恐怖、
惑い、
憤怒、
虚しさ、
思慕。
表される心が嵐のように渦巻いて、
ぐるぐると暗い舞台の上を廻り、
客席に襲いかかってくるようだ。
最期は虚空をギリと睨んでから、うなだれる。

そして三代目が絶命した後の場面。
再び涙で舞台が歪む。
兄の二代目が、決して冷血漢ではないということがわかるからだ。

一馬座長の細い、震える声での演技。
「痛かったろう、辛かったろう…」
「次は決してヤクザの家に生まれてくるんじゃあねえ」
「カタギの家に生まれて、幸せになるんだぜ…」

兄は、ヤクザとしての仁義と弟への情愛に引き裂かれているキャラクターなのだ。
弟に死を命じなければならなかった二代目の辛さがここで伝わってきて、
体中に染みる。

この凄まじい自決の場面が終わった直後の幕間は、
体から糸を抜かれたようにどっと力が抜けた。
握っていた座布団の端がしわしわです。

さて、この「生首仁義」はあと2記事書きます。
本題は最後の3番目に回して。
次は絶対外せない、仙蔵と長五郎の話。

劇団KAZUMAお芝居「花かんざし」

2013.2.9 @くだまつ健康パーク

東京から新幹線で4時間半。
観劇仲間とつつく駅弁に絶え間ないお喋りがあれば、舌は休む暇もなく。
気づけば車窓は山口の空、
やって参りました、くだまつ健康パーク!

遠征初日のお芝居は、「花かんざし」という美しいお外題。
地元の常連の方から「このお芝居は泣くわよー」と教えていただき、期待に膨らむ胸。
2か月ぶりに観たKAZUMAのお芝居は、ああやっぱり、優しい切ない手触り。

写真・藤美一馬座長(2/9舞踊ショーより)


※いつもの通り役名は耳で聞いたまま、当て字↓

物語の始まりは殺人の場面。
盲目の八重(霞ゆうかさん)が、兄(冴刃竜也さん)に連れられて目医者に行く道中。
物盗り(藤美真の助さん)に襲われ、兄は死んでしまう。
途方にくれる八重を助けたのが、通りかかった源さん(藤美一馬座長)だった。

この源さんの人柄が、お芝居全体に滲む。
腕の立つ博打打ちで、喧嘩も滅法強く、人望厚い。

弟分の信太郎(柚姫将さん)が、もめ事を起こして追われる身になったとき。
助けてくれと縋られた源さんは、ため息一つで
「ああわかったわかった、俺がなんとかしてやるから」
でも、信太郎が自分の言う事を聞かないと、
「じゃあ俺もお前の頼みは聞かねえ、斬られて死ね」
そんなドライな一面もある、頼れる兄貴分。

でも八重に対しては態度が全然違う。
自分の家で八重の面倒を見ているうちに、芽生えた思い。

甘ったるい声で「お八重ちゃん」。
信太郎相手にすら何度もためらいながら照れながら、
「だから、いろはの五文字目だ」。
ほ(惚)の字と言うのに、さんざ迷って。

漢気溢れる兄貴分が、そっと抱えた淡い恋心。
このシチュエーションだけで、なんともたまらないじゃあありませんか!

けれど源さんには、八重に恋を打ち明けられない理由があった。
思いのままに行動できない枷があった。

源さんの右頬には、醜い大きな火傷の痕があるのだ…。

観ながら思い出したのは、フランスの戯曲。
シラノ・ド・ベルジュラック。
人並み外れた大きな鼻を持つ貴族、シラノのお話。
醜い自分では愛する女性・ロクサーヌは喜ぶまいと、シラノは美しい青年を自らの身代わりにする。

源さんも同じ道を取った。
八重に「お兄様の顔を触らせて」と頼まれて。
(余談だけどゆうかさんの声で「お兄様」っていう可愛さは異常)
困り果てた挙句、信太郎に頼む。

「お前の顔を、俺だと言ってお八重ちゃんに触らせてやってくれ」

心のきれいな「お兄様」は、顔もきれいだと信じている八重。
「俺のガサガサした顔なんて触ったら、乙女心に傷がついちまうだろうが…」

――源さんの恋は、愛情より先にためらいばかり。
顔の火傷のために、女性に免疫がなかったのか。
大事なものをそっと扱うように、
八重とのささやかな生活が壊れないように。
そんな演技が、一馬座長のふわ、ふわ、としたニンに合うのです。

しかし源さんの心遣いは、仇になった。

ラスト、妙薬で目が見えるようになった八重は。
手で触った顔――火傷なぞない顔をちゃんと覚えていて、
「お兄様!」
と、真っ直ぐに信太郎に駆け寄るのだ。

呆然とする源さんの、背後で抱き合う弟分と八重。
この場面、一馬座長は一言も台詞を発しない。
ただ表情と動作だけで語る。

唇震わせ、
空を睨み、
と思えば地を嘗めるように見つめ、
ぎりぎりと握られた手が腰の刀に伸びる。

なぜ自分はこんな顔なのか。
なぜ信太郎のようにきれいな顔でないのか。
なぜ。
言葉にならない哀しみが、一馬座長の体に収斂する。

けれども次の場面では、源さんの顔から悲哀がふっと抜け落ちて。
諦念ともとれる、明るい笑顔を浮かべて。
「幸せにな!」
信太郎に八重を託して、自分は旅の空へと去っていくのだ。

そんな、ちょっと待って!
お八重ちゃんだって本当のお兄様がいいに決まってるのに!
私の胸中の叫び虚しく、涙目でちょっとぼやけた視界の中、幕は閉じる。

「花かんざし」は裏切りの色。
身代わりをやるうちに八重に惚れてしまった信太郎が、源さんの不在を狙って、
八重に贈った花かんざしのこと。
それが題になっているあたり。
源さんという主人公には、最初から「裏切られる哀しみ」がつきまとっているのだな、と思ってみたり。

飲みこんだら苦しくなるような。
胸を押さえたくなるような。
切ない、でもどこまでも優しい、恋の色。

その色がまだ漂っているような舞台で、始まった口上挨拶。
一馬座長と将さんのいつも温かなコンビが、明日以降のお芝居の予告をしてくれます。

…思わず、手で口押さえてしまった。
翌日のお芝居は、「生首仁義」だと言われたとき。

たった3日間の遠征、3回しかお芝居のチャンスがない中で。
一番忘れられない、原点のお芝居に当たるとは!
客席でそわそわもぞもぞ、私のテンションはえらいことに。

「生首仁義」への私の思い入れも含めて、くだまつ健康パーク編は次回に続く。

劇団花吹雪お芝居「踏切番」②京之介座長の弟分役

2013.2.3 昼の部@篠原演芸場

写真・桜京之介座長(2/3顔見せショーより)

舞踊のときはこんなに男前な京之介座長、
お芝居ではどーんと笑わせてくれました。

前回の記事では「踏切番」の本筋を追ったけど、今回はある意味脱線部分。
いや、むしろこっちが本筋なのか?

社長に見染められて結婚する!
というニュースを持ってきた芸者の清香、驚く兄の彰人。
兄妹が真剣に話をしているのに。
後ろから、

「そうだと思ったわ~」
「よかったなぁ!」
「すごいやん!」

茶々を入れる奴がいる。
彰人の弟分の踏切番(桜京之介座長)で、役名は出てこない。

春之丞さん演じる兄貴分に、
「お前はいちいちうるさい!」
と怒鳴られようが叱られようが、鹿の角に蜂。
しれっと大きな目玉を瞬かせて、いつの間にか場は彼のペース。

お芝居の一番初めから、この弟分は大騒ぎをもたらす。
自殺しようとしている女性を助けに、兄貴分が踏切に入ったのを見て、
「兄貴が自殺してもうた!」
と思い込む。
兄貴分の妻(桜愛之介さん)を呼びつけ、自殺の心当たりを問いただすと。

「そういえば今朝、『たまには肉が食いたい』って言ったから、『あんたの安月給で食えるわけないでしょ』って言ったけど…」
「原因はそれや。肉食いたい思うて、憎(にく)らしい言うて死んだんや」

そんなアホな。
そしてベタな。
でも京之介さんが言うと、ホントに真剣に言っているように聞こえるから、やたら可笑しい。

さて、清香が訪ねてきた場面まで戻そう。
兄妹二人きりで話がしたいと言っているのに。
「大丈夫です。そこは空気読みます。KYだけどそこは読める!」
と自信たっぷりに言って、奥に引っ込んだかと思いきや。

おもむろに立ち上がる兄貴分。
すぱーん、と勢いよく開けられた引き戸の向こうには。
案の定、戸に張り付いた聞き耳!
当然、すぽーん、と景気良くはたかれるわけです(笑)

清香を社長と未練なく別れさせるため、彰人は一計を案じる。
弟分に、清香の隠していた男であるという芝居を打たせるのだ。
それも、刑務所を出たばかりのヤクザ者の設定で。

ヤクザの演技の稽古を経て(この稽古風景がまた面白いんだけど)、
いざ芝居を打とうと社長宅に押し掛けると。
社長と懇意の男(桜京誉さん)が、厳めしい様相で座っていた。
男を見た京之介さんの台詞。

「ほんまもんのヤクザおるやないですか!」

これは、もうこれは(笑)
今思い返すだに笑える、白眉の一言(と言っていいのか?)。

京之介さんの底抜けに明るい笑顔を堪能できる「弟分」は、
物語をくるくる引っ掻き回すトリックスター。
そして、悲しいはずのお芝居に笑いをもたらす、休憩所のようなキャラクター。
ああー、笑った。

少々余談。
この日の観劇は、何度か大衆演劇に誘ったことのある友人と一緒でした。
観終えた彼女の一言。
「今まで観た中で、一番面白かった」
やっぱりすごいなぁ、花吹雪。

万人の心に響く、その舞台をお江戸で観られるのは今月限り。

劇団花吹雪お芝居「踏切番」①桜恵介さんの清香役

2013.2.3 昼の部@篠原演芸場

写真・桜恵介さん(2/3舞踊ショーより)


如月に入り、浅草から十条に移ってきた花吹雪さん御一行。
篠原演芸場の舞台は客席と距離が近いので、
各人の放つオーラがさらに強烈に感じます。

さて、お芝居「踏切番」はNotお着物!(着物の役の人もいるけど)
時代は明治か大正か、?なのですが。
踏切という文明機器と、
工場の社長という西洋社会的なステータスと、
芸者というお江戸の名残りが、共存する時代であるらしい。
個人的に和洋折衷が大好きなので、お芝居始まった時点で「おお!」と内心歓喜。

春之丞座長・京之介座長の白シャツ黒パンツの出で立ちと、
かおりさん・恵介さんがたおやかに着こなす着物スタイルが、
踏切を背に一枚の場面に収まる。
この絵がもうたまらない。

そんな時代の、小さな田舎町の、小さな人々の物語。

あらすじ↓※役名は耳で聞いたまま、漢字はわからないので当て字をしています。
踏切番の彰人(桜春之丞座長)は、踏切に飛び込もうとしていた女性(小春かおりさん)を助ける。
話を聞けば、大きな工場の社長の奥さんだという。
そこへ訪ねてきたのが、彰人の妹で芸者の清香(桜恵介さん・女形)。
「好きな人ができたんよ」
その人は社長で、清香を身請けして結婚するつもりらしい。
清香の借金を返してくれ、芸者から足抜けさせてやれるという。

妹のつかんだ幸せに喜ぶのも束の間、彰人はハタと気づいてしまう。
その社長が、自殺未遂の奥さんの夫と同一人物だということに。
そして奥さんが自殺を図った原因が、社長の清香への心変わりだということに…。

真っ先に書きたいのは。
恵介さん演じる清香が素晴らしかったこと!

「なんで兄ちゃん、うちばっかり責めるん?!」

人の道に背くな、奥さんを死なせるな、社長のことは諦めろ。
兄の彰人にそう説かれて清香は叫ぶ。

「うちかて、幸せになりたいんよ…」

ベンチにうずくまって、震えながら絞り出すような言葉。

大仰に悲しみを表現するような動作はない。
体を守るように固くして、兄の説得に首を振るだけ。
だからこそ。
その固くなった全身には、清香の必死の思いが詰まっているように見えた。

やっと手に入れた幸せを逃したくない。
ここで社長さんの手を放したら、ずっと芸者から抜けられない。
兄は、
「お前にはこれからがある。でも奥さんには旦那さんしかおらんのや」
なんて言うけれど。
うちに「これから」なんていつ来るの?

そんな清香の言葉が気持ちが、俯いたままの恵介さんの体に押し込められているようで。

恵介さんの女形のお芝居は、「富くじ千両箱」でもお女中さんの役を観た。
このときも、切れ長の目が不思議な可愛さを発してるなぁ、と思ったけど。

「兄ちゃん、きっと喜んでくれると思って…」
所作の優しさから滲む色気には、今回初めて気づいた。

兄は、奥さんを犠牲にして社長と結婚するなら兄妹の縁を切るとまで言う。
泣く泣く清香は、兄に従う。

「死んだつもりで、社長さんのことは諦めます…!」

この決め台詞のときの恵介さんの見開かれた目、声!
死んだつもりで。
もう自分の人生にこんな幸運は巡って来ないかもしれないから。
だから死んだつもりで…
その言葉の重さを十分に伝えうる演技だった。

終盤、清香は兄に約束した通り、社長(桜梁太郎さん)の下を離れるのだけど。
なかなか未練の糸を断ち切れず、社長を何度も何度も振り返る。
最後は兄に手を引かれるようにして社長宅を後にする。

この場面の切なさ、辛さ。

置いてきてしまった幸せ。
するりと、手の中を抜けていった幸せ。
少し後ろを向けば、まだそこにあるんじゃないか。
少し戻れば、まだその端をつかめるんじゃないか。

でも振り返ってみても、実際には社長が奥さんと一緒にいるだけ。
手を放してしまった幸福が、遠ざかるのを見つめるだけ。

……やっぱり客席で涙目。

懸命に生きている小さな人々が、ささやかな幸福すらも逃してしまう。
元々悲劇が好きなので、こういうストーリーは好物だけど。
でも毎回、もれなく、泣きます。

さて次回も続き書きます。
本筋は切ないお芝居だったんだけど、笑いどころがもう、あまりに多くて。
そのほとんどを掻っ攫っていった、京之介さんの話!

劇団章劇お芝居「石松の初恋道中」

2013.2.2 夜の部@浅草木馬館

澤村章太郎座長の演じる、敵役のヤクザの親分。
もっぱら強きを助け弱きをくじく。
喧嘩はもちろん卑怯な手で勝てばいい。
たった一人の若い衆(澤村ダイヤさん)は、弱くてあんまり役に立たない。
トナカイみたいに赤い鼻の、
その名も赤鼻の大五郎!

写真・澤村章太郎座長(2/2顔見せショーより)


初鑑賞の章劇さん。
主演は森の石松役の澤村蓮副座長だったけど、一人一人見どころの多いお芝居で大満足。
中でも私の心をつかんで離さないのが、章太郎座長の演じた赤鼻の大五郎。
石松の敵役、それもあんまり格好の良くない敵なんだけれども。

大五郎親分が惚れたのは、大丸屋のお嬢さん・お染ちゃん(澤村七知さん)。
大五郎は五十近い設定っぽかったので、老いらくの恋と呼ぶにはまだ早いけど。
まだ十八というお染ちゃんとはかなりの歳の差。
それでも恋に焦がれ焦がれている様子、
章太郎座長が情感たっぷりの台詞回しで表現します。

「厠に行った時、手を洗おうとすると、お手水の鉢の中にお染ちゃんの顔が浮かんでくる」
いや、水です。
「おひつを開ければ、その中に白いお染ちゃんの顔が…」
いや、米です。

恋は盲目の文字通り、大五郎の心は何を見てもお染ちゃんに繋げてしまう。
澤村ダイヤさん演じる子分も呆れ顔。
(この章太郎座長・ダイヤさんの容赦ないやり取りもなんとも可笑しかった)

それでも、赤く染まった鼻を天に向けて、
お染ちゃんを思い浮かべ、切なそうに目をつむる大五郎が。
なんだか微笑ましく、可愛く見えてきたというのに。

「おい、いいから娘を連れて行け!」
暴走した恋心は、お染ちゃんを力づくで攫うという手段に出てしまうのです。
ええええ。
そしてヒーロー・石松にかっこよくお染ちゃんを救われて、石松とお染ちゃんの初恋物語が始まってしまうのです。
あちゃー。

でも、大五郎はそれくらいじゃあめげない。
物語終盤、もう一度お染ちゃんを誘拐する。
当然助けにやってきた石松。
どう迎え撃つのかと思っていたら。

子分と二人がかりで、石松を井戸に落とすという。
卑怯極まりない方法(笑)
うわあ。

でも最後は、石松と石松の兄弟分・小政(澤村雄大さん)に、たった一人の大事な子分も斬られてしまって。
石松・小政と大五郎の戦いになる。
そして当然のように負けて斬られまくる大五郎。
が、なかなか死なない。

「死んでたまるかぁ~」

唸りながら刀を地に突き刺して、粘る粘る。
この死に際の悪さ。
うわあ(2回目)。

大五郎親分の、やっている事自体は酷いんだけど。
お染ちゃんへの恋心、そして章太郎座長の醸し出す柔和さのせいか。
この敵役はどこかユーモラスで憎めない。
最後、結局斬られて退場する(死ぬ)場面なんか、
ああ可哀そうに…と思わずにはいられなくって。

大衆演劇のお芝居は、王道を歩むヒーローの魅力を存分に見せてくれる。
いつも私はそれにどっぷり浸っているのだけど。
お芝居の脇道のほうから、敵役の魅力はぴりりと効いて。

幕が閉じた後も、思い出すのは真っ赤なお鼻。