Smile!―役者さんの笑顔の話―

今年の観劇が終わった記念に、特定のお芝居感想以外の記事を。

劇団花吹雪・小春かおりさん(12/22舞踊ショーより)


上の写真の笑顔、大好きです。
公演中に役者さんの笑顔が見られると、私のテンションはいつもうなぎのぼり。

大衆演劇の役者さんの笑顔って、なんであんなに明るい気持ちになるんだろう。
若い役者さんも、ベテランの方も、男優さんも、女優さんも、皆に感じること。
うん、本当に自分の心になんで?ねえなんで?って聞きたいくらい(笑)、
役者さんの笑顔を見ると嬉しくなってしまう。

綺麗だからとか、楽しい芸を見せてくれるから、とかだけじゃないと思う。
舞台との距離が近いから?
送り出しに行くたんび、愛着が募っていくから?

舞踊の最中、妖艶な弧を描いて唇が微笑む。
あるいは、観客席の一番後ろまで届く眼力で劇場を飲み込み、ニヤッと笑ってみせる。
どんな笑顔もたまらなく素敵なんだけど。

ちょっとした瞬間、
たとえば個人舞踊にどっと拍手が沸いたとき、
馴染みらしいお客さんからきれいなハンチョウがかかったとき。

ぱぁっと、ふわっと、そのかんばせから零れる、笑みの眩しさといったらない。

ああ、あの役者さん心底楽しそうだなぁ。
満員のお客さんを見て嬉しいのかな。
自分の踊りで盛り上がってて嬉しいのかな。
役者さんの笑顔につられ、私自身もにまにましながら舞台を見つめております。

そして客席の片隅からひっそり願うのです。
やっぱり役者さんには、笑っていてほしいなぁ。
この次観るときも、笑顔を見せてほしいな。
あの綺羅の舞台の上の人たちには、いつも。

でも、そんなとき後ろめたさが心を引っ張る。
笑うって大変なこと。
笑えない日は誰だってあるのに。
プロだって、しんどい日、悲しい日、もう何もかも嫌になるほど苛立つ日、ないわけがないのに。
笑っていてほしい、って実は勝手なキツイ要求なのかもしれない。

ちあきなおみさんの名曲「喝采」。
いつものように幕が開いて恋の歌歌わなければいけない、お馴染みのあの曲。
少し前、この曲で踊る座長さんを観ました。

恋の歌歌う代わりに、役者さんはお芝居しなきゃいけない。
踊らなきゃいけない。
笑わなきゃいけない。
幕が、どうしようもなく開いてしまうのだから。
それも昼の部と夜の部二回の幕が。

それでも、ファンとして素直に思うこと。
暗い観客席から舞台を見つめていて。
役者さんが笑うと、その一瞬は灯りがともるよう。
乾いた自分の心に、ぽたぽたぬくもりが滴るよう。

きつくても、身を削るように笑っている日があっても。
今は、お気に入りの曲で気持ちよく踊って、楽しくて笑っているのだといい。
今は、お客さんが沸いているのを見て、嬉しくて笑っているのだといいな。

役者さんはプロだから、もちろんプロとして笑うんだけど。
ひとかけらの本当も、確かにあると思うのです。

だからやっぱり願っておきます。
夢桟敷からたった一つのリクエスト。

またその笑顔を見せてくださいな!

橘小竜丸劇団・橘鈴丸副座長(11/15舞踊ショーより)
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劇団KAZUMA・藤美真の助さん(8/26舞踊ショーより)
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桐龍座恋川劇団・恋川心哉さん(11/21舞踊ショーより)
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優伎座・市川英儒座長(8/26ゲスト)
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劇団KAZUMA・柚姫将さん(8/29舞踊ショーより)
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近くに見えるようで、遠くから観客席を照らしてくれる光たちに、
いつまでも繰り返すリクエスト。

劇団KAZUMA・藤美一馬座長(8/26舞踊ショーより)
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Smile!

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劇団花吹雪お芝居「馬の足玉三郎」②桜春之丞座長の海老蔵編

2012.12.22夜の部@川越温泉湯遊ランド

前回の兄・玉三郎編に続き、今回は弟・海老蔵の感想。

写真・桜春之丞座長(12/22舞踊ショーより)


もう、春之丞七変化とか名付けてもいいんじゃないかな。
昼の部のお芝居「太助と家光」から数時間しか経たずに観てるから、余計に変化ぶりを感じる。
お昼のお芝居と声の出し方から違うんだもの。

序盤、海老蔵が所属する劇団の座長(桜愛之介さん)に呼ばれ、幕の外から返事をする場面がある。
姿が見えないから声だけの演技で。
「はい、ただいま」
この一言の言い方、しなやかな声で、全部伝わる。
真面目で、控えめな海老蔵の人格。

さて、海老蔵というキャラクターには、このお芝居の旨味がぎゅっと詰まっていると思うのです。
優男で生真面目で兄思い、そんな二枚目キャラで玉三郎の三枚目と好対照。
これで最後まで行くのかと思いきや。
後半、失望した兄を慰める辺りから、段々二枚目の皮が向けてくる。

玉三郎が一人で静かに寝たがってるのに、
「こんな古い話がある!」
と故事を引っ張り出して忍耐の大切さを説き(しかも春之丞さんの大声がよく通るんだ)、
「だから兄さんも今はこらえてくれ!」
と、納得出来るんだか出来ないんだかよくわからない結論を出して、
華麗に去………らない。

延々と玉三郎の枕元をうろつき、
「なぁ兄さん、こんな話もある」
「だから兄さんも~」云々のループ。
しかもいちいち大声で調子をつけてやるもんだから。
思わず玉三郎でなくとも、
「うるせえぇぇ!」
と怒鳴ってしまいたくなる。

でも怒鳴られても海老蔵はめげない。
というか、聞いてない。
兄思いのようでいて全然兄の話聞いてないよ。

「なぁ兄さん!」
真っ直ぐな眼差しで、弟は兄を慕う。
が、真っ直ぐに突き抜けてどこだかわからない方向へ向かっていく。
とことん真面目な性格が、ぶれることなく、きっぱりとズレた道を行く。

終盤、弟とお嬢さんを思って劇団を去ることにした玉三郎。
だけど、花道を行こうとすると後ろから海老蔵が、
「兄さん、もう行くのかい」
と悲しげに声をかけ、以下の決めぜりふが始まる。

兄が「恋に破れて恋に泣く~」
弟が「俺もなりたや兄弟星に~」(ちゃんと覚えられなかった…)
兄弟は客席に向かって交互に決めて、手を取り合って見得を切る。
拍手喝采。

…っていうのを3回繰り返す。
3回だよ。
なぜかというと、決める場面が終わって玉三郎が行きかけると、
「兄さん、もう行くのかい」
またも後ろから声がかかるからだ。
(花吹雪はまだ3回で済んでたけど、KAZUMAは確かもう1、2回やってたなぁ…笑)

「もう本当に行くからな!」
段々疲れ気味になってきた(笑)玉三郎が今度こそと行こうとすると、海老蔵の表情は悲しげに曇る。
そして、
「兄さん、もう行くのかい」
リピート!

前半は玉三郎が笑いを取り、海老蔵が冷静に突っ込む構造だったのに。
後半は気づけば逆転、海老蔵の突き抜けた行動が笑いを呼び、玉三郎がそれに呆れる構造に変化している。
…っていうのが「馬の足玉三郎」の実は精緻な作りだと思うのです。

春之丞さんの演じる海老蔵は、とりわけ押しが強そう。
声を大きく張るせいか。
きりりとした眉に堅固な意志を感じるせいか。

「俺は兄さんの傍を離れないからな!」
真剣に兄を思い、兄のために語る言葉。
その調子の強さが兄の声をかき消していることに、本人は全く気づかない。
そんなちょっと困ったキャラクターを、うまい具合に笑いに転じさせていました。

ちなみに劇団KAZUMAでは柚姫将さんが演じていた海老蔵。
こちらは優しさ・真面目さが前面に出ていて、喋り方もわりかし柔和。
そのテイストを崩さないまま、優しく兄に布団をかけてやりながら、
「なぁ兄さん、こんな話もある」
やっぱり海老蔵なので人の話は聞いてない。
輪をかけまくった生真面目の果て、みたいなキャラクターでこっちも爆笑ものだった…。

同じ役でも、それぞれの役者さんのカラーが透けて見えるとめちゃめちゃ面白い。


さて、この「馬の足玉三郎」で、今年の観劇はおしまい。
次の観劇は年明けです。

新年こそ厳冬本番。
白い息吐きつつ、手をさすり合わせつつ、劇場へなら足は軽い。
寒さ突き刺すような季節をほっこり幸福にしてくれる、冬の観劇タイムは来年も続くのです。

この記事を書いている25日で、全国の大衆演劇劇場・センターは千秋楽ですね。
いつも忙しい役者の皆さま、裏方の皆さま、劇場・センターのスタッフの皆さま、
一年間心からお疲れ様でした!

劇団花吹雪お芝居「馬の足玉三郎」①桜京之介座長の玉三郎編

2012.12.22夜の部@川越温泉湯遊ランド

写真・桜京之介座長(12/22舞踊ショーより)


同じ演目でも、劇団によって味わいは違うもの。
「馬の足玉三郎」は、劇団KAZUMAで今年8月に観て大好きになったお芝居です。
だけど劇団花吹雪の仕立ても、そりゃあ素晴らしかった。

今回も書きどころが多すぎてめっさ長くなったので、2記事になりました。
まずは京之介座長の演じた役柄から。

とある劇団の馬の足役を、一緒に務める兄弟の人情喜劇。
兄・玉三郎(桜京之介座長)は、顔がいまひとつで喧嘩も弱い(京之介さんの端正な顔、ガッツリ三枚目メイク!)。
だけど、ごん太眉毛の下から人の良さが滲み出る陽気者。
対して弟・海老蔵(桜春之丞座長)は、顔も喧嘩の腕っ節もぴか一。
ものすごく生真面目な性格で、何より兄思い。

ある日ヤクザに絡まれていた万屋のお嬢さん(小春あきなさん)を、助けに入った玉三郎。
だがあっという間にのされて気絶してしまう。
その間に海老蔵がヤクザ衆を叩きのめし、お嬢さんを助ける。
海老蔵に惚れたお嬢さんは名前を尋ね、
「俺はこの劇団で馬の足をしている玉三郎の…」
弟、と海老蔵が言い終える前に、
「玉三郎様。いいお名前…」
と早合点。

しばらく経って、楽屋に持って来られた縁談話。
万屋のお嬢さんが玉三郎と結婚したいという。
今までもてた経験のない玉三郎は喜色満面。
だがすぐに、人違いが発覚。
お嬢さんは本当は海老蔵のほうと結婚したいのだと、
玉三郎のような顔の男と結婚するくらいなら「かんざしで喉を突いて死ぬ」と…。

順を追って改めて書いてみると、ひどい話じゃありませんか。
玉三郎がかわいそうすぎるじゃないですか。
ぬか喜び束の間、縁談は人違いだったと、なかったことにしてくれと…

個人的に玉三郎の見せ場は、縁談がパァになった後、一人暗い楽屋で手鏡を見る場面。
鏡に映る自分の顔。
不細工と言われる、太い眉と青ひげ面。
――こんな顔じゃあ、無理もねえか…
玉三郎の失望の言葉が胸に迫る。
基本的に喜劇のこのお芝居の中で、たった一点、哀しみが凝縮された名シーン。

KAZUMAで観て感涙した場面だったけど、この日は京之介さん独自のテイスト。

京之介さん演じる玉三郎は、手鏡を握って。
でもすぐには見ないのです。
目を薄く開けて、ちら、と見ようとして。
でも結局見れずにパッと伏せる。
また意を決したように鏡をひっくり返して。
またパッと伏せる。

ちら、ちら、ちら。
恐る恐る。
自分の顔を見つめるのが怖くって。
お嬢さんに「かんざしで喉を突いて死ぬ」とまで断られたこの顔を。
ようやく正面から見た瞬間、ああ!と言わんばかりに両手で顔を覆う。

実際にはコミカルに演じられて、お客さんの笑いを取ってたんだけど。
私はどうしても哀しみ笑い。
京之介さんの全力の演技が玉三郎の滑稽さを助長して、さらに泣き笑い。

「馬の足玉三郎」に限らず、京之介さんのお芝居はいつも全力投球。
気合い、入れました!
魂、入ってます!
若い力が迸ってるようなお芝居。
その力がぐいぐいとこちらの心を引っ張って、気づけばお芝居の世界に入っている。

劇団KAZUMAでは藤美一馬座長が演じていた玉三郎。
これは水を得た魚のような、軽妙な三枚目だった。

そして京之介さんの渾身の三枚目・玉三郎は、
客席で観ていて肩を叩いてあげたくなるような、
そのうち絶対外見に惑わされない相手が現れるよ、大丈夫だよー!
と応援したくなるような。
なんとも愛すべきキャラクターでした。

さて次は春之丞座長演じる弟・海老蔵編だ。
このお芝居はなんと言っても、海老蔵というキャラクターの突き抜け感が面白すぎると思うので。
ウキウキしながら書けそうです。

劇団花吹雪お芝居「太助と家光」②桜春之丞座長の太助編

2012.12.22昼の部@川越温泉湯遊ランド

前回の竹千代編に続き、お芝居「太助と家光」感想。
今回は桜春之丞座長演じた太助編。

写真・桜春之丞座長(12/22舞踊ショーより)


「本当に太助に見える…」
この日一緒に行った観劇仲間の呟き。
本当に、春之丞さん何者なのだろう。
役ごとに、雰囲気が根底から変わる。
声が変わる。
表情が変わる。

役者さんはもちろん、皆ある程度そうなのだけど。
春之丞さんの変化っぷりは、あまりにもさらりと行われるので。
「頑張って演じてる」感が全くない。
まるで生まれたときからこの性格でしたよ、と言う風に、幕が開けばさらっと別人。
う~ん、水甕の底はまだまだ見えない。

今回の役どころ・太助は魚屋さん。
お芝居冒頭、酒の勢いで10人くらいの女性に「皆俺の嫁になりゃあいい」って豪語しちゃって女房のお仲さんを激怒させたエピソードがあるように、少々プレイボーイ。
喧嘩が強くて肝が座っていて男前、そりゃあ女性は放っておかないだろう。
口もよく回るけど、それ以上に手が早いのが玉に傷。
でも彦左衛門に竹千代を任せられるくらい面倒見がいいし、根本的には気が良い男。

世間知らずの竹千代がいちいちやらかすたんび、
「違う!ちっがーう!」
と突っ込みながらもしっかり指南はする。
着替えてこいと言われて、竹千代が着てた着物の上に別の着物を重ね着してきた(しかも上下逆で)ときは、さすがに盛大にため息。
でも、
「ほら、脱ぐときは手ぇパーにしてたら脱げねぇだろ。グーにして」
なんて脱ぐのを手伝ってあげる。
そんな兄貴気質の持ち主。

ぽやんとした竹千代と、きびきびした太助。
この二人のやり取りがお芝居の核でした。

それがちょっと崩れて可笑しかったのは、太助が竹千代にメザシの頭を食べさせる場面。
やり取りのうち、江戸っ子であるはずの太助が、
「なんや」
って一回関西弁でポロっと言ったもんだから、
「江戸っ子ではないのか」
って竹千代に突っ込まれる。
それがきっかけで春之丞さん、関西弁モードに切り替わったのか?
「苦いところが美味いねん」
って思いっきり関西弁でセリフ言って場内爆笑。

「だから、だから!」
って大声で仕切り直すのが可笑しくって。
完璧に仕上がったキャラクターだけに、ほんの少し役者さんの素が覗くとなんだかホッとします。

いや、もしや、それすらも?
ちゃあんと計算のうち、お客さんを沸かせるための演技?
春之丞さんの美しい笑みを観ていると、そんな気もしてきて唸りが漏れる。

ところで、劇中描かれなかった半年間の町人修行はどんなだったんだろう。
それに、竹千代が即位した後も、太助との友情と恩は続いたんだろうか。

「お芝居の世界の続きが気になる」のは、いいお芝居だった証。
だっていいお芝居って、終わってしまうのがもったいない。
こんなに楽しい世界が、キャラクターが、もう幕が閉じたらいないんだと思うと悲しい。
幕待って!この世界が閉じるの待って!
なんて叫びが出そうになります。

「太助と家光」。
劇団花吹雪特製の人情喜劇は、まだまだ食べたいと尾を引く味。
でも次の演目がもう待っているので。
ごちそうさまでした。

劇団花吹雪お芝居「太助と家光」①桜京之介座長の竹千代編

2012.12.22昼の部@川越温泉湯遊ランド

写真・桜京之介三代目座長(12/22舞踊ショーより)


どんな料理でも最高級の味を用意してますよ、お好みはどれ?

劇団花吹雪は、すごいなぁ。
有名な超人気劇団だし、そんなの当たり前のことなんだろうけど、
やっぱり思います、すごいなぁ。

今回でまだ3回目の鑑賞だけど、毎回お芝居の味わいが違うように感じるのです。
毎回、別々の見どころがあるように思うのです。
それも、抜群の成熟度で。
だから「前回のほうがよかった」っていうことがないもの。
今回は人情喜劇、前回は悲劇その前は喜劇でありつつも、どかーんと感動させるメインディッシュ付き。
一回一回が、全部別の味でどれも美味しいもの。

さて本題。
今日のお昼の部のお芝居は「太助と家光」。

もうすぐ三代目将軍に即位する予定の竹千代(桜京之介三代目座長)。
だが、江戸城内には竹千代を陥れようとする柳沢一派がいる。
竹千代の身を案じた大久保彦左衛門(寿美英二さん)は、昔自分に仕えていた魚屋の太助(桜春之丞座長)・お仲(小春かおりさん)夫婦に竹千代を半年間預けることにする。
ただし、太助とお仲には竹千代の身分を隠し、「貧乏旗本の三男坊で素行が悪いから、一人前の男に更生させてやってほしい」と告げる。

感想書いてたらすごい長くなったので、2記事に分けます。
まず、京之介座長の演じた竹千代編!
将軍なので当然だけど、ボンボン。
もっと言うと、お育ちのいいボンボンの長所が前面に出てるキャラクター。

動作が全てゆったり、しなやか。
表情があまり変わらず、どこかぽや~んとした雰囲気。
気品と威厳だけはたっぷり。
そして滲み出る、大事に育てられた人特有の「ずるさの無さ」。

脱線するけど、個人的にこういうキャラが大好きなんです!
今日の竹千代を観ていると、脳裏に浮かぶ我が心のボンボンキャラ。
たとえば最愛ムービー「アマデウス」のフランツ・ヨーゼフ2世だとか。
漫画「銀魂」の将ちゃんとか(こっちのがまだわかる人多いはず…)。

それは置いといて、とにかく竹千代は世間知らず。
太助にキラキラのお召し物を「着替えてこい」と言われれば、
「うむ、持って参れ」。
「腹が減ってるだろう」と言われれば、誰かが用意するんだと思って笑顔で、
「よきにはからえ」。
割り箸を知らなかったので、目の前で箸が二つに割れるのを見て、滅多に出さない驚き声で、
「誰かおらぬか!褒美をとらせよ!」
ああ、ボンボン。

そんなこと言っては太助に突っ込まれたりはたかれたりするけども、嫌な顔一つせずに、
「あい、わかった」。
素直で賢くて優しい。
京之介さんの人の良さそうな感じが、またこの役にハマるのです。

半年間太助に鍛えられて、すっかり町人生活に馴染んだ竹千代。
竹千代じゃなくて竹どんと呼ばれ、太助に対しては、
「へい親分!」
太助の近所に住む娘・おきみ(小春あきなさん)とお祭りデートしたりして、ホントに普通の庶民の青年みたい。

でも結局将軍様なので、最後には真相が明かされ、城に帰るのです。
去り際、おきみさんに
「また一緒に祭りに――」
と言いかけて。
自分の後ろに控える家来衆を見つめ、
「そのようなことはもう叶わぬか…」
って言うのが寂しい。

将軍様の中にいつまでも、太助の子分・竹どんの部分が残ってればいいな。
そんなことをぐるぐる想像させられるような。
優しい面差しの京之介さんならではの名演でした。

次は春之丞座長の太助編だ。

長谷川伸「沓掛時次郎」

前回の「瞼の母」に続いて、またも長谷川伸傑作選から一つ。

ばくち打ち・沓掛時次郎が、とある男の殺害に巻き込まれ、男の妻・おきぬと、その幼い息子・太郎吉を守って旅する話。
そんなあらすじを聞いたことこそあれど。
はまりたてなので、恥ずかしながらまだお芝居で観たことがないのです。
早く観たいですねー…。

さて、戯曲で読んでみたこの話。
いやあ、惚れ惚れするほど時次郎かっこいい!

「女房子供を斬ってどうするんでえ。ばくち打ちは渡世柄付いて廻る命のやり取り、こいつは渡世に足を踏込んだ時からの約束事だ。が、女房子供は別ッこだ。いけねえ、いけねえ。斬らせるもんけえ」

粋で、強くて、優しくて、漂わせるのはちょっとの哀愁。
まさに理想の男性像、長いこと愛されてきたキャラクターなのも頷ける。

そして、読み終えたとき。
パッと目に浮かんだのは、散っていく桜の花。
あるいは、花も芽もない冬の木。
そう、一つ一つの場面の季節感をすっごく感じるのです。

物語の中で、秋から春へ時が経つためなんだろうな。
観客に時の流れを知らせる手法として、季節の風景が細かく描かれてる。

たとえば旅の途中、時次郎たちが酔っ払いに絡まれる場面は真冬。
場面説明に、「諸所にある立木が、枯れたように見える厳冬だ。寒そうにして行き交う男女がある」という文がある。

それからしばらく経って、おきぬが亡夫の赤ん坊を出産する直前は、春の初め。
「庭にある一株の桜は花がすこし綻びかけている」という文からわかる。

そしてラストシーンは春の終わり。
場面説明、「桜の花は咲き切ってもう散りかけている」のだから。 

秋から春へ。
毎日少しずつ寒くなり、次に毎日暖かくなっていく暦の中で。
時次郎・おきぬ・太郎吉の三人は旅していた。
道中の三人の会話は、時間が経つにつれ、"一緒に生活している"という感じが出てくる。

おきぬ「あたし達母子とお前さんとは、縁もゆかりもない赤の他人だのに、こうして親切にして貰っているのを思うと、つい泣けて、しようがないのですよ」
時次郎「おきぬさんのお株が始まったね。他人も親類もあるもんか。坊や、おっかちゃんに、泣くんじゃねえっていいな」
太郎吉「おっかちゃん。小父さんが心配するから泣くんじゃないよ」

描かれていない場面でも、自然に目に浮かぶようだ。
読み手(観客)に見えないところで、三人が笑ったり泣いたり、互いに慰め合ったり、時には互いの弱さを叱ったりする様子。

秋から春へ。
物語序盤、夫を殺されたおきぬと太郎吉。
特におきぬは、まだ幼い太郎吉を抱えて、加えてお腹にはもう一人赤ん坊がいた。
不幸のどん底にたった一人で突き落とされたのだ。
それを時次郎が助けた。
一緒に旅をするうちに、時次郎とおきぬの心が近くなっていくのがわかる。

時次郎「太郎坊の物もだが、おきぬさんも薄着だねえ」
おきぬ「あたしよりお前さんこそ薄着だ。まだ袷と単衣だけでしょう」
時次郎「何をいうのだ。沓掛の時次郎は日本中飛び歩いた男だ。寒中真ッ裸でもくらせる奴さ。さ、行こう」

少しずつ季節が綻ぶように、時次郎とおきぬの心も綻んでいったんじゃないだろうか。

結局、最後おきぬは死産で自分も亡くなってしまうんだけど。
ラストシーンでおおっと思った時次郎のセリフ。

「俺も逢いてえ、逢って一ト言、日頃思ってたことが打明けてえが――未来永劫、もうおきぬさんにや逢えねえのだ」

時次郎のおきぬさんへの思いは、言葉にされることはもうないけれど。
確かに胸の底にあったのだ。
季節の中で、時の中で、静かに降り積もった心。

この戯曲には派手な立ち回りの場面もたくさんあって、それも絶対見どころではあるんだけど(観たら間違いなく見惚れるけど)。
時次郎とおきぬさんの、わずかずつ近づいていく心の過程が、お芝居では観たいなあ。

秋から春へ。
この美しいお芝居を観れるのが近い日でありますように。

長谷川伸「瞼の母」

やっぱり、感動した。
ド定番でも、展開がわかっていても、感動した。
読み終わった時、おっかさァん、とこだまする声が頭の中で聞こえるくらいに。

読んだのは、長谷川伸傑作選「瞼の母」(国書刊行会)。
セリフが文字になって、聞き逃すということなしに、ぐいぐい目に入って来る。
だから忠太郎の心が、一文字一文字焼きつく。
何十年経っても、母を慕って縋って仕方ない心のほころびが。
 
「瞼の母」といえば、忠太郎とおっかさんが対面する場面の印象ばかりが強かった。
でも、今回一番打たれたのは、その前の場面だ。

まだおっかさんを探している頃の忠太郎。
夜鷹のおとらさんが、「水熊のおかみさんには何十年も前に生き別れた子供がいる」と話して聞かせる場面。

「あたしの推量では、もう子供のことなんか忘れてしまい、思い出しもしないだろうねえ」
「(自分とおかみさんも)昔は随分仲好しで、世話になったり世話したり、姉妹同然にしていたんだが、この何年というものは、途中で会えば顔をそむけ、よんど困って尋ねてくれば、今のように叩き出させる。人間という奴は月日が経っては駄目なものさ」。

おとらさんの言葉を、忠太郎は確信を持って否定するのだ。

「それはそうだが知らねえが、母子はまた別なもの、たとい何十年経ったとて生みの親だあ、子じゃあねえか。体中に一杯ある血は、双方ともにおんなじなんだ。そんなことがあるものか」

あるものか。
あるものか…。

たとえ三十年会っていなくとも。
何の便りも手掛かりもなくとも。
自分を忘れるわけがないではないか。
すげなくするわけがないではないか。
だって、おっかさんなのだから。

多分舞台で観ていたら、ここでもう泣いてしまったんじゃないだろうか。

忠太郎の母への思いは、信仰にすら似ているのに。
報われることはない。
応えてもらうことはない。

それでも、心を鬼にした母に涙ながらに追い返されるのなら、まだ救いもあったかもしれないけど。
三十年恋しがったおっかさん・おはまに忠太郎がもらったものは、カラカラに乾ききった言葉だけだったのだ。

「そんな手で這い込み(銭貰い)はしないほうがいい」
「娘をたよりに楽しみに、毎日毎日面白く、暮している処へひょッくりと、飛んでもない男が出て来て、死んだ筈の忠太郎が生きています私ですと。お前、家の中へ波風を立てに来たんだ」
「忠太郎と名乗って出て、お登世へ譲る水熊の身代に眼をつけて、半分貰う魂胆なんだ」

冷たい目が見えるような、疑いの声が響いてくるような。
これらの言葉を聞いているときの忠太郎の態度が、あまりに焦っていて。

「えッ、ち、違ってる。あッしが忠太郎じゃねえのでござんすか」

あまりに必死で。

「そ、そりゃ非道いやおっかさん」

あまりに、哀れで。
前半で忠太郎に感情移入してしまっているもんだから、胸が詰まる思いがする。

さて、この後にもう一つ見どころ。
失望の底に突き落とされた忠太郎が、水熊を出ていった後。
忠太郎の妹に当たるお登世がやって来て、今の人はもしや兄さんではないの、とおはまに問いただす。
その後のおはまの言葉ほど、悲しいものはないと思う。

「生れたときから一刻だって、放れたことのないお前ばかり可愛くて、三十年近くも別れていた忠太郎には、どうしてだか情がうつらない」
「あたしゃお前の親だけれど、忠太郎にも親なんだ、二人ともおんなじに可愛い筈なのに何故、何故お前ばかりが可愛いのだろう」

情愛はない。
長い年月の中で枯れてしまって、おはまの心から沸き出ない。
どんなに責めても、どう転がっても、情がないものは仕方ないのだ。
たとえあったとしても(このあと忠太郎を追っかけるわけだし)、とても忠太郎の母への慕情に追いつくような深さではない。

忠太郎の情の深さと、おはまの情の乾き。
片方は三十年の間に募りに募り、もう片方は同じ歳月の中で段々に薄れ。
気づけばそこには埋めがたい落差。
この落差の大きさが、悲劇なのだ。

ああ~…名作。
とことん、名作。


ところでお芝居では、劇団荒城の華月照師座長主演のものを観たことがあります。
照師座長の繊細そうな面差し、確かに忠太郎っぽいと思います。

写真・華月照師座長(9/8舞踊ショーより)


照師座長の演じた忠太郎は、とにかく敏感そう。
あの大きな目が震えると、色んな事に心を限界まで張ってる忠太郎像が結ばれる。
素直な青年が、心を押し殺して、耐えて、ヤクザをやってきたって感じがします。

お母さんの前で、悲しみのあまり顔をそっと覆うシーンとか、絶品。
どこか急所を突いたら折れてしまいそうな…まさにハマり役でした。

これから色んな劇団さんの「瞼の母」、色んな役者さんの番場の忠太郎を観ていきたいな。

劇団朱光お芝居「お吉物語」


2012.12.13夜の部@湯宴ランド小岩
お芝居「お吉物語」

写真・水葉朱光座長(12/13舞踊ショーより)


子供の泣き声が耳について離れない。
これは子供だ。
元芸者だけど、アメリカ帰りの"らしゃめん"だけど、酒を浴びるほど飲むようになったけど。
これは少女だ。
水葉朱光座長演じるお吉は。

唐人お吉と言えば、アメリカと日本に引き裂かれた哀れな女。
酸いも甘いも噛みわけたと言うけれど、酸いだけを多く与えられすぎた、そんな女。
…ってイメージだったけど、見事に覆されました。

朱光座長のお吉は、「いいえ」と言う代わりに、はにかみながらの「ううん」。
「私は」と言わず、「あたしねぇ」と歌うように話す。
下心満載のハリス(水城舞坂錦副座長)に呼び出されて、
「一晩お話しましょう!」(実際はお話なわけない)
と言われると、
「はい」
とあっさり頷いて部屋に入ってしまう。
おっとりした女の子がそのまま大きくなったよう。
多分ずるいこととか、汚いこととか、考えつかないんだろう。
優しくて素直で御しやすいから、運命に逆らう力もなかったんだろう。

そんな子供のようなお吉が、五年ぶりに下田に帰って来れば、「唐人」と蔑まれる。
飛んでくる石つぶて。
「痛いよぉー!」
ってわんわん泣いて、うずくまって、でも誰も慰めてはくれない。
見ていてこっちまで苦しくなる。

そして、その苦しみが爆発する場面がやってくる。
かつての恋人・鶴松(ゲストの龍新さん)の家を訪れたお吉。
同情した鶴松の母(水城舞坂錦副座長・一人二役)に、家の中に上げてもらった。

でも、鶴松の母が台所に行っている間に、お吉はそっと家を出ていく。
本当はここにずっと居たいけれど。
自分が家に居れば、鶴松とその母が世間にどんな目に遭わされるかわからない。

繰り返し繰り返し部屋を振り返って、
離れがたい畳にすがり、
自分の体を引き剥がすようにして敷居まで来て、
なんとか戸を閉めた途端、

「やだあ~~~~~っ!!」

慟哭。

ハリスに望まれなければ、鶴松の女房として一緒に暮らしているはずだった。
本当なら、この敷居の向こう側で、温かな暮らしをしているはずだったのに。
こんな人生は嫌だ。
こんなものがあたしの人生だなんて嘘だ。
お吉のくしゃくしゃの泣き顔から、そんな叫びが聞こえるようで。

ここからお吉はまだ転落していく。
―泣いて昔が返るなら なんで愚痴など言うものか―
おっとりした少女の口から、愚痴とお酒の匂いしか零れなくなった頃。
ようやく、本当にようやく、救いの手が差し伸べられる。
鶴松が、飲んだくれているお吉を迎えに来てくれたのだ。

さらに、信じられないような嬉しい言葉。
「お前は、俺の女房だ」
鶴松の前で、慌てて乱れた髪と着物を直すお吉の仕草がまた、少女めいていて可愛いのだ!
泣き声が胸に痛かったこのお芝居に、温かな結末が用意されていて、心底ホッとしたのであります。

私は朱光さん初めてだったけど。
観劇仲間によれば座長さんの演技はお芝居によって全く色が違うらしく、次もわくわくして観れそうです。

劇団KAZUMAお芝居「元禄万治」

2012.12.2昼の部@四国健康村
お芝居「元禄万治」

写真・霞ゆうかさん(12/1舞踊ショーより)



コメディから悲劇への転調って最強だと思います。
涙線的な意味で!

コメディパートで多いに笑わせてもらって、ああこのキャラクター可笑しいなあ、アホだなあ、好きだなあ。
そんな風に感じていたキャラクターが、突如悲劇の渦に巻き込まれて。
殺したり殺されたりの世界に放り込まれて。
ついさっきまで笑っていた彼が彼女が、死んでしまったりすると、もう。

今回の「元禄万治」、まさにそんな前半コメディ・後半悲劇のお芝居。
また一つ、KAZUMAの忘れられないお芝居が増えました。

中盤までは笑いどころ満載。
元禄一家のメンバーは、冷静な親分・万治(藤美一馬座長)、若い衆の長次(冴刃竜也さん)と政(柚姫将さん)、それに万冶の新妻・お蝶(霞ゆうかさん)。

この一家の空気感の面白さ!
たとえばお伊勢参りに行く前、家の中で別れを惜しむ万冶とお蝶さん。
それを外から出歯亀している長次と政が可笑しい。
門の外でひそひそ話してたり、万冶に叱られたのを相手のせいにしたり、二人で万冶とお蝶の真似し始めたり、アホなことをずっとやっているわけです。
しまいには万冶に、
「お前らは中に居ても外に居てもロクなことしねえ。だったら中に居ろ。ハウス!」(←これは爆笑した)
とか言われて、犬のようにすごすご中に…。

二人は兄弟分なんだけど(長次が政の兄貴分)、行動がそっくりなのが可笑しくてなんだか可愛いのです。
お伊勢参りのためのお金があっても、互いに相手を当てにして、
そろって博打ですっからかんになってしまうところとか…笑

それにゆうかさん演じるお蝶さんの可愛さ。
20日間お伊勢参りに行くという万冶に、
「嫌よ嫌、長いわよ~」
と拗ねる声の可愛らしさ!くっ!
つい三月前までは桜木屋っていう堅気のお嬢さんだった(序盤で万冶との馴れ初めをやる)っていう設定にも説得力があるってもんです。
ああもう、この一家好きだなあ。

でも、一家の楽しいホームドラマをずっと観てはいられないのだ。
万冶・長次・政がお伊勢参りに出かけ、お蝶さんは一人で留守番。
そこに、対立する品川一家の食客・深井八郎(華原涼さん)がやって来て。

「万冶がいなければ――斬る」

あっさりと。
斬り捨ててしまう。
倒れるお蝶さん。
動かないお蝶さん。
さっきまで、ついさっきまで万冶に甘えて拗ねてた可愛い姿がまだ残ってるのに。

駆けつける万冶たち。
ここからの座長の演技は圧巻だった。

「俺がヤクザだったばっかりに…」
そうだ。
三月前は、堅気のお嬢さんだったのに。
万冶に助けられて照れたりしてたのに。
こんな形で死んでしまった。

「この万冶を、許して――く・れ…」

この、声。
悲鳴のような。
見せ場なんだけど、悲しみが限界まで詰まった悲鳴にしか聞こえない。

元禄一家は品川一家との対決に向かう。
ここから一人ずつ立ち回り。
まず政、それから長次の順。
でもやっぱり、二人とも斬られてしまうのだ。

お芝居だって重々承知。
でも将さん演じる政が斬られれば、どうしても胸中で、
政ぁ―!
竜也さん演じる長次が斬られれば
長次ぃ―!と叫んでしまう。

だって前半、楽しかったもの。
すっかりこの一家のファンになってしまったもの。

次々部下が倒れて、最後は万冶と品川一家の親分(龍美佑馬さん)が対決する。
まだ舞台の端に倒れている長次と政。
その間に立ち、一人で刀を振り回す万冶を見ていると、それだけで泣きそうになります。

でも、このお芝居には最後まで逆転が待っていた。
斬られた長次と政は生きていたのだ!
二人は起き上がれないまま、必死に這いずって親分の下へ。
刀にすがるようにして、体を引きずって親分の所へ。
「親分~~~っ!」
二人の叫びで、幕は閉じる。

元禄一家、この後どうなったのかな。
長次と政は深手だったけど、助かったんだろうか。
これから三人で、やっていくのかな。
お蝶さんのこと思い出しながら、やっていくのかな。

お芝居だって重々承知。
でも、そんなことが気になるくらい、舞台の上の一家が好きになった。

これだから!
KAZUMAのお芝居はやめられないのです。
お芝居と舞踊ショーの間の休憩時間、決壊した涙線の跡を拭き拭き、思うのです。
ああもう、本当、好きだなあ。

劇団KAZUMAお芝居「次郎長旅日記」

2012.12.1昼の部@四国健康村
お芝居「次郎長旅日記」

写真・柚姫将さん(12/1舞踊ショーより)



12月初日、四国健康村のふれあい広場は満員も満員。わーい!
そのせいか、この日の喜劇はいつもにも増して、もうノリノリでした。

筋はいたって単純。
茶店の娘・お花(霞ゆうかさん)を無理やり嫁にしようと、代貸しの鬼瓦親分(藤美真の助さん)は、お花を誘拐する。
たまたま通りかかった清水次郎長(藤美一馬座長)が鬼瓦の家に乗り込み、お花を救い出す。

あらすじ書いてみると本当にシンプルな話。
それを一時間ガッツリ笑わせてくれる、テンポの良さ!座員さんの仲の良さ!

たとえば次郎長が正体を隠して、鬼瓦親分に「自分を組の若い衆に加えてくれ」と頼む場面。
柚姫将さん演じる鬼瓦の子分も入って、3人の掛け合い。

鬼瓦「わかった、今日からお前をうちの若い衆に加えてやろう」
次郎長「では今日から私が親分、あなたが子分ということで」
鬼瓦「そうそう、あなたが親分、私が子分」
子分「いやいや、違う!親分は親分でしょ!」
鬼瓦「(ハッとして)そうだ!わしが親分でお前が子分だ!」
次郎長「なるほど!あなたが親分、私が子分。で、あなたが子分」
鬼瓦「そうそう」
子分「いやいやおかしいでしょ!」

とにかく、会話のテンポがキレキレ。
笑った笑った。

あと、改めて将さんのお芝居が好きだなあ、うん。
今回の将さんは、鬼瓦一家の若い衆を束ねる若頭みたいな役どころ。
最初に茶店の主人(龍美佑馬さん)に、娘をくれと言う場面がある。
初めは下手に出て、「とっつぁん頼むよー、悪い話じゃねえじゃねえか」なんて、ヤクザなのに気の良さそうな兄貴…って感じで話してたのに。

どうしても娘を出さないとわかった途端、

「それじゃあなんだい…」

怖!
声が2オクターブくらい下がったんでけっこう本気でビビります。
すごい悪い人っぽい顔になってるし。
茶店の主人げしげし蹴り出すし。
ついさっきまで、「八たいの病」とか笑って冗談言ってたのにいきなり怖い!

将さんのお芝居はいつも全力。
気持ち100%。
成り切り200%。
寺子屋の先生とか旅人とか、善人の役のときは全力で良い人っぽく見える。
清廉潔白、この人が悪いこととか思いつくわけないって思うくらい。
逆にヤクザとかろくでなしの息子とか、悪い役のときは全力で悪人に見える。
この人は生まれながらのチンピラなんだって思うくらい。

その二面性。
雰囲気から別人の全力の二面性。
白か黒か。
ジキルとハイドか。

個人的には、将さんが悪役をやっているときの生き生きっぷりと言ったらないと思います。
なので、将さんの役が荒んだ目のハイドだとテンションが上がります。
でも、やっぱり真っ直ぐな目のジキルにも会いたくなります。

今回は白か黒か。
開幕前、客席でいつも期待する。
いや演じられる役柄は二面性だけじゃない。
白混じりの黒もあれば、黒が透けて見える白もある。
今日のキャラクターはどんな色だろう。

KAZUMAのお芝居の幕が開く前は、観てるときと同じくらい至福の時間です。

劇団KAZUMAお芝居「四十両の行方」

2012.11.27昼の部・夜の部@尼崎中央天満座
お芝居「四十両の行方」

写真・華原涼さん(11/27舞踊ショーより)



大好きなんです。
劇団KAZUMAのお芝居が!
もちろん舞踊ショーも好きで好きでたまらんのだけど…
ああでもやっぱり、お芝居!

青山家の小間使い・お浜(霞ゆうかさん)には、吉松(藤美一馬座長)という遊び人の兄がいる。
しょっちゅう博打のお金を貸してくれと言いに来る兄を叱りながらも、お浜は兄を憎めない。
ある日、青山家のお嬢さん・妙(林愛次郎さん)が、四十両が家から無くなったと言いだす。
「浜が盗ったのよ!」
吉松は濡れ衣を着せられた妹を庇い、自分が盗ったことにしてしまう。
四十両を稼いで青山家に支払うため、吉松は江戸へ百日の普請に行くことにする。

吉松。
一馬座長のこういう役、本当に好き。
二枚目役でも三枚目役でもない。
根本的には優しいし情に厚いんだけど、どうにも態度が軽いので周囲にいまいち評価されない、そんなキャラクター。
この「軽さ」。
底に「いい人」が透ける、ふわふわした軽さ。
最初に惹きこまれた「文七元結」の主役もそういうキャラクターだった。
一馬座長じゃないと出ない味の一つだと思うのです、ふふ。

このお芝居でもう一人強烈に印象に残ったのは、青山家の主君・青山殿(華原涼さん)。
吉松とは対照的に、重々しい性格と重低音の声。

軽さと重さ。
だから吉松と青山殿のやり取りはもう、可笑しかった!

吉松「稼いできた金が、四十両にちっとばかり足りませんで…」
青山殿「よい、四十両といえば大金だからな。わしが少し手助けしてやろう」
吉松「本当ですか!いやぁ、助かったあ~」
青山殿「して、いくら足りぬのだ」
吉松「四十両に、四十両足りません」
青山殿「そうか、では四十両全部わしが…ってアホか!」

やり取りそのものも笑えるけど、この2人の声が加わると、重さと軽さのシーソーゲームのようでやたらめったら可笑しい。
(今回初めて気づいたけど、涼さんの重―い渋い声でギャグやるとギャップで爆発力がすごい…)

でも、前回言及したようにシリアスな見せ場もあって。
決めるところはバーンと決める。
緩いところはゆーるゆる。
重くなったり軽くなったり、テンポの良いシーソーに乗ってるうちに、あっという間に終幕。

もっと観ていたいー、もっとシーソーに揺られていたい。
そんなわけで、四国健康村まで行ってきました。

劇団KAZUMA-「楽しい」ということ-

写真・藤美一馬座長(11/27舞踊ショーより)



あー…楽しい。
劇団KAZUMAの公演が終わるたび、口に出てしまう。
この「あー…」はお風呂上りに牛乳飲み干した後出る「あー…」のテンション。
正確な音にすると「あ゛~っ、楽しい!」

なんでかなあ。
なんでこんなに楽しいのかな。
思い出すだけで明るい気持ちになるくらい好きな役者さん・柚姫将さんがいるっていうのは大きい。
けど、決してそれだけじゃない。
個性的な座員一人一人の魅力はもちろん大きい。
けど、それだけじゃない。

「座」としての劇団KAZUMAの魅力をなんとか人に説明したいんだけど、出てくる言葉は、
「なんかよくわからないけどめちゃめちゃ楽しい」(なんのこっちゃ)。

初見、忘れもしない2012年7月8日の木馬館昼の部、お芝居は「文七元結」。
そのときから劇団KAZUMAに対する感想は同じ。
笑って泣いて、手拍子して、力いっぱい拍手して。
気づくと、何をしても何を観ても足りなかった部分が、これでもかっ!と満たされているのに気づくのだ。

この「何かよくわからない楽しさ」を足りない頭でどうにか分析してみる。
すると、特長が二つほどあるような気がします。

一つは「お芝居の感情の量が多い」。
つまりこれでもかっ!てくらいエモーショナル。
感情的じゃない大衆演劇のお芝居もあまりないけど、KAZUMAは特に多いような気がします。

たとえば直近で観た中だと、「四十両の行方」の一場面。
霞ゆうかさんのセリフ、「雨露しのぐこの傘を持って行ってよ」。
ゆうかさんの声、震えてる。
しぼり出した泣き声、高すぎてひっくり返りそう。
いや、ひっくり返ったっていいんだ。
だって、たった一人の兄が遠い江戸に働きに行く、別れの場面なんだもの。
悲しくてたまらない、不安でたまらない、今生の別れになったらどうしよう。
そんな気持ちがぐっとせり上がってきます。

それを受けて、兄役の藤美一馬座長が振り返る。
「お浜!」
座長のあの声、あの表情!写真に収められないのが悔しい!
それまでコメディタッチだったのが一転して、叫ぶように「お浜!」
ゆうかさんのセリフで既にぐううっときてるのに、座長のセリフで悲痛と悲痛がぶつかって炸裂。
感情爆弾が炸裂。
それから、ひしと抱き合う兄妹。
二人の肩に降り積もる紙の雪。

もう、エモーショナル。
とことん、舞台が感情で満ち満ちます。
こっちの心が一杯一杯になるまで注いでくれます。

はー。書いてたらまた観たくなってきた……


二つ目の特長は、演じてるご本人たちが総じてこれでもかっ!ってくらい楽しそうだってこと。
いや、本当なんであんなに楽しそうなんだろ?
仲が良いから?
座長や仲間のアドリブに、吹き出して笑ってるKAZUMAの皆さんを観てると、こっちまで嬉しい。
こっちまで楽しい。

楽しさってうつる。伝わる。
木馬館の口上で、一馬座長がよく言っていた。
「我々は好きで楽しんでやっておりますんで、お客さんも楽しんでいって下さい」。

楽しい人たちが、楽しみながら、全力で気持ちのこもった舞台を届けてくれる。
一馬座長が、あの繊細な優しい笑顔で包んで手渡してくれる。
それが楽しくないはずないのです。

ああちっとも分析できてないけど、いいんだ…楽しいから…
(しかしこの記事で、楽しいって言葉何回言ってるんだろう笑)

桐龍座恋川劇団お芝居「下田しぐれ」


2012.11.21夜の部@篠原演芸場
お芝居「下田しぐれ」

写真・恋川心哉さん(10/10舞踊ショーより)



「明日の宵祭りで、お吉と子供に、うまいものの一つ、晴れ着の一枚でも買ってやりたかった…」

このお芝居で祭りの場面はひとつもない。
第二幕の冒頭、幕が上がる前に、太鼓と笛の音が遠くから聴こえるだけだ。
でもこの悲しいお話は、賑やかなまつりばやしの裏側という気がする。

皆の一年に一度の楽しみ、宵の祭りの前夜。
お吉(鈴川かれんさん)は夫・松蔵(恋川心哉さん)が一晩帰らなかったことを気にかけている。
実は昨夜、松蔵はお庄屋から十両の金を盗み、はずみで小作人を一人刺し殺してしまった。
松蔵は長い間仕事が見つからなかった。
これ以上お吉と赤ん坊にひもじい思いをさせたくないと、途方にくれている所に、お庄屋から金を数える音が聞こえ、魔が差したのだった。

恋川心哉さんを観るのは3回目。
まっすぐ、一生懸命生きてる善人の役がハマる。
ご本人のお人柄が近いのかもしれない。

今回の役・松蔵もそんな感じ。
生真面目、気が優しくて、たまにハの字になる眉に人格が滲む。
普段は盗みなんてありえない。
ましてや人殺しなんて、生まれてこのかた考えたこともなさそうな。

―――だけど明日は宵祭りだった。

幕の裏側から聴こえていた。
ぴーひゃらぴーひゃら、笛の音。
タンタンどんどん、太鼓の音。
聴こえてしまった。
普段とは違う、ハレの世界の音。
望んでしまった。
女房と子供にうまいものの一つ、晴れ着の一枚。

結局、松蔵は罪に問われることはない。
島抜けの罪人でお吉の元夫・時次郎(恋川純座長)が、お吉の幸福のため、松蔵の罪を被ってくれたからだ。
ラストは、時次郎が血の繋がった赤ん坊を松蔵に託す。
そして斬首刑になるのをわかっていて、召し捕られていく場面で幕。

この悲しい終盤は、松蔵もお吉も時次郎も、皆泣いていた(心哉さんの泣き顔が、本当に悲しくてたまらないって表情なんだこれが!)。

その向こう側に、笛と太鼓の音がずっと聴こえるような気がした。
翌日、松蔵とお吉と赤ん坊は、お祭りに行ったんだろうか。

ハレの裏側には涙。
中島みゆきさんの名曲・「まつりばやし」とか聴きたくなる、不思議なお芝居。

橘小竜丸劇団お芝居「極楽とんぼ」


2012.11.15夜の部@浅草木馬館
お芝居「極楽とんぼ」

写真・橘鈴丸副座長(11/15舞踊ショーより)




「触れるなと言われた以上、刀に触れるわけにはいかねえ、大事な刀をまたぐわけにもいかねえ、ここに進退極まった!」
おお、新副座長・鈴丸さん、きれいに決めた!
と思ったら。
龍丸座長がハリセンで、べしっ。
「アホか。なに芝居くさいことやってんの」
あら、また崩した。

喜劇「極楽とんぼ」は、若いご姉弟の元気さ・フレッシュさ満載でした。
お芝居の形を、すぱーんとハリセンで叩くように覆す。

この夜が初鑑賞だったけど、噂は観劇仲間から数々届いてた。
「演出が若い」「何でもアリな感じ」「ネオ大衆演劇」等々…。
観て、納得。
いい意味で、お芝居くさくない。
演劇の型を、なるたけぐにゃぐにゃに柔らかくしたような。
日常会話するようなお芝居。

お芝居の最中、役者さんたちの「日常」が見え隠れすることはけっこうあるような気がする。
掛け合いで、片方のアドリブにもう片方が思わず噴き出してしまったときとか。
もしや、普段の関係もこんな感じなのかな?と思わせるような空気が時々現れる。
(もちろん意図的にウケを狙ってやっている場合も多いけど)

この夜の「極楽とんぼ」は、日常とお芝居のブレンド具合が絶妙だった。
お芝居の筋の中に、日常が見えたり、消えたり、
また見えたり、消えたり、見えっぱなしだったり(笑)

鈴丸さんは、龍丸座長に可愛いおねだりポーズでお願いしてみろと要請された場面で、どうやら本気で照れてしまったらしい。
やろうとしても大照れして途中でやめたり、自分で笑ってしまったり。
ファンの掛け声に、
「ハンチョウとかいらねえよ~」
と苦笑混じりに言うと、座がどっと沸いた。
でもその場面が終わると、すぐにドスを持ってヤクザの若衆の顔に戻る。

お芝居が引っ込んで、日常に戻る。
また、しゅるんと日常が仕舞われて、お芝居に戻る。
日常とお芝居のまだら模様が、何とも心地良い配分で御座いました。

劇団花吹雪お芝居「昭和枯れすすき」


2012.11.10夜の部@湯宴ランド小岩
「昭和枯れすすき」

写真・桜春之丞座長(11/10舞踊ショーより)



鳥肌が立つくらいの。
心が冷え冷えするくらいの。
怖さ。
残酷さ。
無慈悲さ。
桜春之丞座長が演じた、このお芝居の敵役に当たるヤクザの若頭のことだ。

笑いながら病人の女を蹴飛ばす。
足の爪を剥ぐ。
彼女が舌を噛んで自害すると、
「珍しいもんが見れたわ」
自分の部下が刺殺されても眉一つ動かさず、
「なかなか骨のあるやっちゃ」
涼しい顔して、なんだかホントに楽しんでるように言うのだ。

悪役、敵役。
これを演じるとき、うわめっちゃ悪い顔してるなぁ、と思う役者さんはたくさんいる。
こっちが引くくらい、悪の雰囲気を醸し出してる役者さんもいる。
登場するだけで、舞台に荒んだ空気を漂わせる役者さんもいる。
みんな、普段優しい役者さんの生命のどこに、こんな悪い顔が潜んでいるのだろう…と思うのだけど。

春之丞座長が演じていた若頭は、そのどれとも違って、怖い。
「(自害した女について)元々殺す予定やったんやないか、手間が省けてよかったわ」
あの綺麗な顔で残酷極まりないことを、お天気の話でもするみたいに飄々と言うから。
舞台に冷気が広がる。
客席の私までぞわぞわと冷える。

クライマックスは、この若頭に対して、ちっぽけな大工の直(桜京之介三代目座長)が、怒りだけで刃向かっていく。
刀を振り回して、必死に食らいついて。
まさに窮鼠猫を噛むといった感じの、無力な者の全身のあがき。
直の渾身の怒りを、巨大な残虐性が嗤いながら通せんぼするのだ。

…怖いよー…
いや凄いよ、凄いけどけっこう本気で怖いよ、この役は。この演技は。
前日に観たお芝居「兄の真心」で、春之丞座長はすごい良い人の役だっただけに…
あのときは虫も殺さないような善人に本当に見えたのに…

そんなわけで春之丞座長の芸は、なんだか奥が深そう。
あの綺麗なお顔の下に、隠した顔はいくつなのだろう。
東京にいてくれる間に、見える顔はいくつなのだろう。
底が見えない水甕をのぞきこむように。

劇団花吹雪お芝居「兄の真心」


2012.11.9夜の部@湯宴ランド小岩
お芝居「兄の真心」


写真・桜京之介三代目座長(11/10舞踊ショーより)



こういうお芝居を観たかったの。
優しい物語を観たかったの。
初鑑賞の劇団花吹雪は、それはそれは優しい人情喜劇を見せてくれました。

舞台はどこかの浜の村。
兄の定吉(桜京之介三代目座長)と妹の直江(小春かおりさん)は二親に死に別れた、二人きりの兄妹。
直江は器量悪し、おまけに頭のほうも少々…。
ある日、直江の許嫁・多三郎(桜春之丞座長)が長崎で医学を修めて浜へ帰って来る。
定吉は、立派な医者になった多三郎と直江では釣り合わない、最後に悲しい思いをするのは直江だと思い、なんとかして直江に多三郎を諦めさせようとする。

なんと言っても、定吉と直江の兄妹の空気感がたまらない!
定吉は妹に対して
「頭は悪いし、不細工、おまけに貧乏、悪いことが三つも揃うとる!」
とか、
「お前は腐った柿だ」
とか、もう散々言う。
怒鳴る、責める、叱り飛ばす。

でも、ため息ついて「おいで」と直江を手招きするときの声に、妹への愛情がこれでもかというくらい詰まっている。
芝居の随所随所で、妹のために定吉がこれまで骨を折って来たことが明かされるけど、そんなのなくたってわかるくらい。
ああもうしゃあないわ、こいつはどうしようもないわ、ほんまにもう。
そんなぶつくさが聞こえてきそうな表情で、それでも直江の手を引いていくお兄ちゃんの姿には泣けるものがありました。

そして直江。
小春かおりさんの演技はすごかった。
頭が良くないというか、要するに中身が幼子のままなのだ。
大人の体に子どもの心。
だから直江は、泣く時は100%で泣く。笑う時は100%で笑う。
気取りのないてらいのない、顔の筋肉全部使った100%の感情が、小さな体から爆ぜる!

「たさやん(多三郎)にお酒買うてくるー!」
「たさやんと一緒になるー!」
「(多三郎を諦めろと)二度と言うなよ!」
直江が大声で喋るたび、場が染まる。

あの全力の笑顔で「一緒になるー!」って言われたら、そりゃあお兄ちゃん、諭すのは無理でしょう。
そりゃあお兄ちゃん、馬鹿な子ほど可愛いでしょう。

結局この直江は、美しい心を持つ多三郎に心底愛されて夫婦になる。
兄の苦労も報われ、大団円で幕は下りる。

優しい、明るい、温かい、お芝居らしいお芝居。
それを全くのファンタジーだと感じさせないところが、この劇団の演技力なんだろうな。

これから、花吹雪さんは2月まで東京にいてくださるみたいです。

劇団京弥 -一番美しいもの-


2012.11月のとある日@川越湯遊ランド
個人舞踊 白富士健太副座長(曲は不明)


写真・白富士健太副座長(当日の舞踊ショーより)


初めて観たこの劇団の副座長さんは、はんなりした優しさの滲み出る方だった。
女形で色っぽい、とか可愛い、とかきれい、っていう人はごまんといるけど、
「優しい」っていう印象の人はちょっと珍しいかも。

後ろの方にいたパーカを着た男性客が、一万円札を握りしめて立ち上がった。
あ、お花出されるんだと気づいて見ていた。
川越湯宴ランドの大衆演劇場・小江戸座の席は、後方と前方の間に一本通路があります。
そして後方座席と通路の間には、けっこうな段差があります。

男性客は健太さんの舞踊を真剣にご覧になっていたせいか、段差に気づかず歩み寄ろうとして。
転ばれた。
けっこう大きく。
すぐ傍にいたスタッフさんが助け起こしたけど、突然転んだ衝撃が大きかったのか、なかなか立ち上がれない。
その間ずっと副座長さんは、花道の端で踊っていた。
少し心配そうに見ながら。
男性客が立たれるのを待ってるんだと気づいた。

ようやく立ち上がれた男性客は、副座長さんの前に行って。
まず、サッと帽子を取った。
深々と頭を下げた。
お花を帯に付ける。
それから、感極まったように。
そっと控えめなハグをした。
男性客にハグを返す副座長さん。
――客席から拍手が沸いた。
くしゃっと満面の笑みを見せて、男性客は副座長さんに再び深く深く頭を下げた。

なんだか、胸がいっぱいになってしまった。
男性客の一連の動作から、愛情が零れ出ていて。
この白富士健太さんが本当に本当にお好きなんだということが、痛いくらいに伝わってきて。

帽子を取るのは敬意の表れ。
深いお辞儀は感謝の表れ。
その美しさを敬い、その芸を敬い、その人柄を敬い、
好きな役者さんへの思いは尽きることがない。
本当に好きです、尊敬してます、どうかいつまでも輝いていてください。

男性客からの一万円札を付けて、副座長さんは、それはもう輝きの限りを見せて踊っていた。
優しい眼差しを観客に投げかけながら。
この男性客のおかげで、この日一番美しいものが見られたと思った。

春陽座お芝居「御用晴れ晴れ街道」


2012.10.29@篠原演芸場
「御用晴れ晴れ街道」

見どころはたくさんあるけど、なんと言っても三代目座長・澤村かずまさんの演じた主人公の五助のキャラクター!
もう可愛いやら微笑ましいやら応援したくなるやら。
あの人好きのする笑顔!
うんうん、こういうキャラクターに会えるから、お芝居を観てるんだよ!

スリをしていた五助(澤村かずま三代目座長)。
十手持ち(澤村新吾初代座長)の情けと小料理屋の女中のお蔦さん(澤村かなさん)の説得で、まっとうな堅気として生きることを決意する。
一年後、二人に恩返しするため堅気になって戻って来た五助。
お蔦さんが昔の男・伊三郎(澤村心二代目座長)に脅迫されているのを目撃し、なんとか助けようとする。

ああ、やっぱり「恩」を主軸にしたお芝居は良い…
人間はこうあるべきだ、人間にこうあってほしいっていう「願い」を感じる。

このお芝居は笑ったし泣けたし全編通して大好きなんだけど、一つ、本当に好きなセリフがある。
自分を説教してくれた上、故郷に帰る路銀まで貸してくれたお蔦さん。
五助はお蔦さんに、「姐さん、一年後、お金は必ずお返しします。それまでこの顔忘れないでくださいよ」と言って別れる。
一年の間、五助は辛いことがあるとお蔦さんに借りた財布を見つめて、お蔦さんの優しさを思い出して頑張ってきた。

そして一年後、五助にとって待ちに待った感動の再会。
だけどお蔦さんは、五助の顔を見ても
「どなた…でしたっけ?」
あらショック。
人生を変えてくれた大恩人に忘れられるっていうのはけっこうショック。
でも五助はニコニコしたまま、一つのためらいもなく言うのだ。

「助けた姐さんが忘れようとも、助けられたわたくしが、どうして忘れることがありましょうか!」

五助―!!
そうだよ、恩ってこういうものだよー!
客席で文字通り膝を打って、私も五助の笑顔につられてニコニコ。

役者さんとお芝居上のキャラクターは全然別物だけど。
この五助は本当、三代目座長にぴったりだったと思う!

三代目の笑顔はすごい。
初めて9月に木馬館で春陽座を観たとき、幕が開いて真っ先に目に飛び込んできたのは明朗そのものの笑い顔。
三代目のえがお。
ひらがなでえ・が・おっていう文字一つ一つが表情に詰まってるくらいの笑顔。

写真・澤村かずま三代目座長(9/29舞踊ショーより)



閑話休題。
…で、恥ずかしながら。
「助けられたわたくしが、どうして忘れることがありましょうか」
このセリフ、後になってからさらに染みてきた。
だいぶ飛躍するけど、私の大衆演劇の役者さんへの恩に当てはめてみたから。

日々色んな舞台を見せてくれる役者さんたち。
私がどんなに好きでも、向こうにとっては通り過ぎていく無数の客の一人。
顔も名前も一片も記憶に残りはしない。
(ありがたいことにそれでも覚えてくれてる役者さんもたくさんいるけど…)

でも私は覚えていたい。
感動をくれた役者さんを忘れたりしない。

ボロボロ涙を流した、宿命に対する人間の生き様を見せてくれたあの悲劇。
お腹抱えて笑って、疲れた心に明るい気持ちを吹き込んでくれたあの喜劇。
リズムにのって手拍子して、楽しいってこういうことだと思いだしたあの踊り。
しなやかな動きに魅せられて、きれいすぎて最後には涙まで滲んだあの踊り。
美しい短編映画のような、ストーリーに惹きこまれたあの踊り。

どうして忘れることがありましょうか。
助けた貴方が忘れようとも、助けられた私は、ね。

春陽座お芝居「大利根の兄妹」


2012.10.21@篠原演芸場
「大利根の兄妹」


写真・澤村心二代目座長(10/21舞踊ショーより)



このお芝居の主役のお兄ちゃんのキャラクター。
個人的にはすごく好きなんだけど、けっこう、何と言うか、

突き抜けてるというか…狂気じみてるというか…!

しかも明らかな変人ではないです。
しっかり者の兄で、ヤクザの用心棒で、「坪井の先生」なんて呼ばれてて、一見常識的で冷静な人に見える。
優しげな面差しの二代目座長・澤村心さんが演じるから、余計にそう見える。
でもお兄ちゃんは、その冷静な表情の下で一本頭のネジ外れたことをとことん真面目に考えている。
一番恐ろしいタイプじゃないですか。

最初から最後まで、お兄ちゃんのキャラクターに飲みこまれるように観てました。
いやぁすごい、春陽座…
すごい、心さん…

兄(澤村心座長)と、足が不自由な妹のお小夜(澤村かなさん)は二親を亡くし、二人きりで暮らしている。
今でこそ貧しさゆえに兄がヤクザの用心棒をして糊口を凌いでいるけど、元々は武家の生まれ。
兄の夢は妹を武家に嫁がせること。
それは両親の悲願でもあった。
だから雇い主のヤクザの親分(澤村新吾初代座長)にお小夜を望まれたとき、お兄ちゃんは断固として断るのだ。
申し訳ないが妹は必ず武家に嫁がせます、と。

そこまではいい。そこまではいいんだけど。
妹は足の問題があるから、貰い手もないだろう(実際はもっと強烈な言い方でした…)。
親分に言われて激高したお兄ちゃん。
白い顔を引きつらせて、刀を一瞬で抜いて、すぱあっと白刃が舞う。

斬っちゃった。

ええええ雇い主斬っちゃったよ!
初めての人殺し!しかも恩のある人を!
そのときはさすがに焦ってたけど、お兄ちゃんの動揺はすぐ終わります。

殺人の場面が終わり、幕が再び開き、場面は兄妹の家。
元の涼しげな表情で、どこか遠くを見つめながら考え事してる兄。
そのあまりにも冷徹な立ち姿に、このキャラクターの底の恐ろしさを見た気がしました。

好き合っているヤクザの三下・乙吉(滝川まことさん)と一緒になりたいという妹を叱るお兄ちゃん。
お前は父上様母上様のために、武家に嫁がなきゃならないのだと。
でも、繰り返しその言葉を聞いてるうち、なんとなくお兄ちゃんが妹を手放したくないだけのような気がしてきた。
というかこの人は、妹が好き過ぎて妹のことしか考えてなさそう。
だってお兄ちゃん自身、いい歳して結婚してないし…

と思ってたらこのセリフ。
「どうして俺が今まで独り身でいるかわかるか!俺が迎えた嫁がお前に辛く当たったら困るだろう!」
「あるいはお前がいつか嫁いで、もし足の事を理由に離縁されたとき、帰ってくる家に俺がいなければならないだろう!」
いや、おかしいよね。
お兄ちゃんの思考おかしいよね。
お嫁さんに妹が辛く当られること前提、離縁されること前提。
妹についての思考は心配性通り越してとことんネガティブ。
まっすぐに尖りすぎた想いは一種の狂気。

そして終盤近く、このお芝居の白眉がやってきます。
結局お兄ちゃんは乙吉とお小夜の駆け落ちを許す。
しかしその後(色々様々諸々事情はあるんだけど省いて)、乙吉はお小夜とはぐれ、ヤクザに襲われることになってしまう。

そこに颯爽と駆けつけるお兄ちゃん!
義理の弟となった乙吉を助け……ると思ったら!

すぱあっ、と再び白刃。
足を押さえる乙吉。

えっどういうことなの。
痛がる音吉に、淡々とお兄ちゃんは言うのです。
「お前はいつか、足の不自由なお小夜が嫌になるだろう。そうなったらお小夜を捨てて別の女に走ってしまうかもしれない」
「だが、お前も足が不自由なら、夫婦とも同じ条件だ。お小夜を捨てることもあるまい」

狂気です。
真っ直ぐ、真っ白な狂気です。
心を表すかのように、お兄ちゃんは冴え冴えと真っ白い着物。
足斬られちゃって、乙吉の人生どうなるの。
しかも夫婦二人とも足が不自由で、これから旅はどうするの。生活どうするの。
お小夜が捨てられなければ何でもいいの。
舞台ではお兄ちゃんがヤクザをバッタバッタ斬り、乙吉が「これは坪井の先生の情けで斬ってくれたんだ!」とかものすごいポジティブ解釈をしている間、私は客席で凍りついておりました。

そして乙吉とお小夜が無事再会し、旅に出たのを見届けた後、お兄ちゃんは二人を追うヤクザを足止めする。
多勢に無勢、刀に囲まれたお兄ちゃんは斬られながら死んでいく。
あの白い着物は白装束。
立ち回りに降り注ぐのは白い紙吹雪。
死を迎えながら、お兄ちゃんの目が虚空でカッと一点を結ぶ。

「お小夜~~~~っ!!」

お兄ちゃんの人生はその、けっこうな突き抜けっぷりでしたけど。
自分の気持ちを妹にも乙吉にも押しつけてたけど。
涼しい顔で恐ろしいことを散々してたけど。
でも、その狂気の分だけ、妹を想う気持ちは本物だったよね。

白い吹雪の中、白い着物で、真っ白な狂気のお兄ちゃんは死んでいく。
幕が閉まるまで、両眼を見開いて、ただ一点を見つめながら。
ただ一人、妹だけに注いだ人生の幕切れ。

春陽座お芝居「オランダ吉五郎」

2012.10.12@篠原演芸場
お芝居「オランダ吉五郎」


写真・おみつを演じた澤村みさとさん(舞踊ショー10/12より)。
春陽座


特にお芝居の中で重要なセリフだったわけでもないのに。
何気ないセリフ一言が、いつまでも耳に残ることがある。

それは観ている私のその時の気持ちにぴったりだったり。
思い入れのある役者さんが言ったセリフだったり。
単に語感がきれいだったり、理由は様々。

春陽座の「オランダ吉五郎」でもそんなセリフに出会った。

年老いた母(北条真緒さん)と娘のおみつ(澤村みさとさん)は、幼い頃に生き別れた息子を探して旅をしている。
息子(滝川まことさん)は偶然母娘を助け、互いに親子だと気づく。
でも息子はおっかさん、と手を伸ばしかけてやめてしまう。
息子は「オランダ吉五郎」と名の知られた犯罪人になっていたからだ。
こんな俺がせがれだとしたら、嫁入り前の娘さんに傷がつくじゃあありませんか。
涙こらえてそう言う。
母娘のほうも全部分かっていながら、吉五郎の気持ちを察して泣きながら頷く。

「故郷に帰って、せがれの帰ってくるのを待つとしようか…」。

絶対に帰ってくることはない、目の前にいるせがれの帰りを。
もうここ自体、春陽座の演技力で演じられると涙の浮かぶ名場面なんだけど、肝心なのはこの後。

吉五郎と別れて場を立ち去りつつ、おみつが母に呼びかける。
「帰りましょう、おっかさん」
この一言を二回繰り返しながら、お母さんを支えて歩いて行く。

なんてことないセリフなんだけど、私は胸を衝かれてしまった。
だって吉五郎はまだ夕焼け空の下に一人いて、母娘を見送っているのだ。
その息子を残して故郷に帰りましょうって。
どこに帰るの。
何のために帰るの。

夢から帰るのかな、とふと思った。

何の手掛かりもない旅だけど、いつか生き別れた吉五郎を見つけて、一緒に連れて帰る。
そして親子三人で一緒に暮らす。
旅の道中、母娘はそんな淡い未来を思い描いていたはず。
でも現実に息子を見つけたら、一緒に暮らせない相手になっていた。
せっかく会えたのに、別れなきゃいけない相手になっていた。

だから夢はおしまい。
夢から帰って、また二人で暮らしましょう。

勝手に深読みをしまくるのが性なもので…。
実際にはこんな意味はないと思う。
でもあのセリフが二回、噛みしめるように繰り返された瞬間。
この別れの場面に込められた意味、お芝居の人物のここに至るまでの歴史、そういうものが私にどうしようもなく迫ってきた。

結局このお芝居は、終盤で吉五郎が母娘を追いかけていって、ハッピーエンドの予感を漂わせつつ幕となるのだけど。
あの悲しく歌うような「帰りましょう」は、珠玉だったと思う。

母娘が花道を行く。
「帰りましょう、おっかさん」
「帰りましょう」
後ろに夢を残して、故郷へ向かう。

ご挨拶

お萩と申します。
この間学生を終え、東京で会社員をしています。

2012年の夏から大衆演劇に文字通り夢中!
どの役者さんにも劇団さんにも魅力があり、毎週末酔いしれてます。

元々文章を書くのが好きなので、観劇の感想をワードに一人カチャカチャ書き溜めていました。

でもやっぱり、良いお芝居を観た後は「感動した」って誰かに言いたい。
美しい舞踊を観た後は「ここが良かった」って伝えたい。

そんなわけで思いきってブログを開設しました。
夢舞台の観客席…夢桟敷から、個人的に思ったことを書き綴ります。

もし大衆演劇ファンの方がありがたくもここを訪れることがあったならば、
新参者ですがよろしくお願いします。