【SPICE】大衆演劇の座長が化粧品のメンズイメージモデルに! 藤美一馬座長×「Lunethor」

藤美一馬座長(48)。
この年齢、けっこう信じられないんですが…歌の時間とかすっぴんショーとかで素顔を拝見すると、まだ完全に「若者」枠です。3月のお誕生日で49歳とか嘘でしょ…💦

いつ見てもつるつる美肌な一馬座長。「Lunethor」(リュネトール)というブランドの化粧品のイメージモデルになりました!
ニュース記事を書かせていただきました。

【SPICE】大衆演劇の座長が化粧品のメンズイメージモデルに! 藤美一馬座長×「Lunethor」

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藤美一馬座長×「Lunethor」

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「Lunethor」公式フライヤー
※FC2だと横400pxの画像までしか上げられないので細かいところがつぶれてしまうのですが、SPICE記事のほうにはきれいなフライヤー画像が掲載されています。

創立して6年の「Lunethor」は、角質ケアに注力した商品作りが特徴。女性の肌トラブルの解消を目指して、社長自身が大学院時代に開発したという化粧液・美容液は、幅広い世代の支持を得ている。

毎日、何回も舞台化粧をする大衆演劇役者にとって、肌のケアは重要だ。一馬座長がお客さんからの差し入れをきっかけに商品を愛用していた縁から、ブランド6周年のアニバーサリーメンズモデルとして今回の起用が決定した。

藤美一馬座長コメント「4年程前、お客様の差し入れでいただいた事がきっかけでずっと愛用しています。40代になり、僕もそろそろエイジングケアをしなくてはいけないな、と思っていた頃でした。リュネトール化粧品を使うといらない角質が取れつるつるですべすべなお肌になるので、舞台でお化粧をする僕にとっては化粧ノリを良くするという目的も大きかったです」


⇒ニュース記事はこちら!(SPICEサイトに飛びます)

フライヤー、座長の若々しい素顔がたくさん。劇団KAZUMAの舞台でお馴染みのマジシャン・とおるちゃんとの2ショットまで! 
こちら、「Lunethor」の社長さんによるもの。社長さん、とってもスマート&ハートフルな方です。一馬座長のファンの方が喜んでくれれば…とのことでした(*^_^*) 

化粧品をきっかけに、新たに大衆演劇に興味を持って下さる方もいるかも!と、Twitterでこの記事についてサーチしてみたら。大衆演劇ファン以外の方も「気になる」とつぶやいて下さっているのを発見して、一人スマホを握って歓喜にむせぶ(笑) 
書き手をやらせてもらってよかった、と思いました🎶

【劇団KAZUMA 今後の予定】
2月 八尾グランドホテル(大阪)
3月 せら温泉(広島)
4月 くだまつ健康パーク(山口)

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劇団KAZUMAお芝居『身代わり半次郎』―柚姫将副座長の“やさしさ”―

2016.12.14夜の部@三吉演芸場

“やさしい”。
…って言葉はむつかしい。
人に親切に振舞うのがやさしさかと思えば、いやそっとしておくのが本当のやさしさだと言われる。
真実を言い当てるのがやさしさのときもあれば、騙し通すのがやさしさの場合もある。

色んな意味を踏まえた上で。
「半次郎さん、しばらくお名前、お借りいたします」
柚姫将副座長主演の『身代わり半次郎』は、私が観たことのある芝居の中で、最もやさしい物語の一つである。

千秋楽前日の夜の部が、行ける最後の日だった。11月からの三吉通いを、この芝居で締めくくれたことは本当にラッキー!

柚姫将副座長(2016/12/14)


話のキーワードは、外題にもある“身代わり”だ。将さんが演じる主人公の名前は源太。けれど、芝居中、この名前はほとんど呼ばれない。代わりに、繰り返しこう呼ばれる。
「半次郎!半次郎が帰ってきたか!」
目の見えない父親(龍美佑馬さん)は、源太を出奔していた息子の半次郎だと思い込み、欣喜雀躍する。「あ、いや」と源太が否定しても時遅し。
「かあさんの仏壇にもみんなで手を合わせよう、半次郎が帰ってきたんじゃ!」
大喜びの父親の耳には、もう源太の声は届かない。

一人きりになった部屋で、源太は押し殺した声でうめく。
「俺は半次郎さんじゃあない、それどころか…先だっての笹川と飯岡の喧嘩出入りで、半次郎さんをこの手にかけた、信州小諸の源太!」
死にゆく半次郎から遺髪と手紙を託され、源太は自分が殺した男の実家に来たのだった。それが思わぬ誤解を受けた。
罪の意識から出ていこうかと葛藤するものの、老いた父親があんなにも喜んでいるのを見捨てて行けない…。
「ひと月、数日、もしかして今日一日限りかもわからねえが―」
源太は身代わりの“半次郎”になることを決意する。家の奥から父親が呼ぶ。
「半次郎、はよう来んかい!」
「わかった、すぐ行くよ!(一呼吸置いて)“とっつぁん”、すぐ行くよ!」

偽りの父子関係。目の前の老いた人を放っておけない、という気持ちだけで成り立っているもろい関係。物語のこの動機部分が、まず切に胸を衝く。

そして、観ていてとても幸せに思うのは。芝居の要所要所に、将さんの演者としての色々な性質が引き出されていること。
たとえば、偶然助けた娘(千咲凛笑さん)に、「命の恩人を家に連れて行かなかったら、おらがとっつぁんに叱られてしまう」と言われる場面。源太は目を丸くして、
「叱られる?…お前さんみたいな若え娘さんが叱られりゃあ可哀そうだ、わかったよ、案内しておくれ」
どこか輪郭の丸い物言いに現れる、愛嬌と温かみ。

それから、家の中で一人葛藤する場面。本物の半次郎ではないからと、荷物を抱えて家を出ていこうとしては、父親の声に呼び止められる。どうしよう…と眉を寄せて惑う表情の、慈愛の深さ。

終盤、本物の半次郎の兄貴分・浅間の喜太郎(藤美一馬座長)と対峙して、死を覚悟する場面も印象的だ。大きな目をぴったり閉じて、パシッと手を握り合わせ、正面から客席を向いた姿の清々しさ…。

などなど各場面に加えて、「茶店が一軒しかない」田舎の村という舞台設定がまた良い。将さんはハッキリしたお顔立ちながら、どことなく牧歌的なふるさとの情景を漂わせている気がして、芝居の農村の景色が演者に馴染む。

なんだか、手放しで絶賛みたいになってしまった(汗) もちろん、どの役者さんにもこれぞという長所もあれば、その反面として苦手分野もあるだろう。
けれど私が思うのは、長所の部分をすくい上げ、引き伸ばして客席に提示しうる“役との出会い”が存在するということだ。

「とっつぁん、親孝行の手始めに、俺が肩揉んでやるよ」
スポットライトに照らし出される、肩を揉む源太と、“半次郎”の手に心地よさそうに目を閉じる父親の姿。他愛無い会話が続く。
「半次郎、お前には決まった人はおらんのか」
「俺はまだまだ半人前だ、いい人なんかいねえよ」
「そうか、じゃがはよう嫁さんをもろうて、わしに孫を抱かせてくれ。とっつぁんはいつまで生きとるかわからんからなぁ」
赤の他人同士の、けれど限りなく温かい親子の姿。
信州小諸の源太=身代わり半次郎。慈しみをたっぷり持った柚姫将さんという役者さんが、この役に出会えて良かった。

(2016/12/14)
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具体的なエンド(源太と父親がどうなるか、偽りはバレてしまうのか)は、未見の方もいらっしゃると思うので書かないでおくけれど…
終盤、ひとつ心に留まった物語の仕掛けがある。源太が震え声で言うセリフ。
「親を知らねえ俺の身の上、親がいたなら、ああもしてやりてぇ、こうもしてやりてぇと思ってきたが…」
これまで、息子を亡くした父が息子の身代わりと暮らす物語として進んできた芝居が。実は、親を知らない男が代わりの親と出会う物語でもあったということが、さりげなく明かされる。
芝居はやさしさに始まり、やさしさに終わる。

感想は真面目に書いたけれど、股旅姿の源太が茶店の暖簾をぱさっとくぐって初登場する場面とかはうわああカッコいい―!と胸中悲鳴だった(笑)
私が『身代わり半次郎』を観るのは累計5回目。きっとこれからも何度も観る。将さんが歳を重ねるごとにカッコよく、より深く、より切れ味良くなっていく芝居だろう。そして、何十回の上演を経ても、変わらずそこにあるのは。
「“とっつぁん”、すぐ行くよ!」
役と演者がともに編み出す、他者を思う心。

【劇団KAZUMA 今後の予定】
1月 鈴成り座(大阪)
2月 八尾グランドホテル(大阪)

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劇団KAZUMAお芝居『兄弟仁義 男の唄』―戯作者に敬意を―

2016.12.2夜の部@三吉演芸場

戯作者――芝居を書いた人のことは、大衆演劇の世界では多くの場合どこにも残らない。
けれど芝居は残る。
繰り返し上演される物語の中に、その人の世界観は響き続ける。


『兄弟仁義 男の唄』は強いホンだ。どんな配役で上演されても、その配役ならではの煌めきを引き出す。この芝居に3回当たり、3回とも違う配役で観て、改めて台本の強さを思い知らされた。
現在の劇団KAZUMAの話に入る前に…少しだけ懐かしい話にお付き合いくださいませ。戯作者に敬意を示して――3年前、『兄弟仁義 男の唄』を劇団KAZUMAのために書き残された、美影愛さんという役者さんの話をまずしておきたいのです。

美影愛さん(2013/10/14)


最近劇団KAZUMAを観始めたという方も、嬉しいことに拙ブログを見て下さっているので、僭越ながら説明を。
美影さんは九州出身の大ベテラン。2013年の数か月、劇団KAZUMAに指導役として在籍していた。私が通いまくった年9月の浅草木馬館、10月の篠原演芸場でも、劇団メンバーと一緒に舞台に出ていた。
藤美一馬座長が、木馬館での『三代の杯』について。
「美影先生の演技に引っ張られるように、演じながら涙が出た」
と、座長自身も驚いたように語っていたのが思い出深い。
美影さんは『兄弟仁義 男の唄』以外にも、『藤沢涙雨』という作品も残されている。

で、先日12/2(金)の話。改めて、この芝居は劇団KAZUMAの財産だなぁ…と思わされた。

1.主人公と敵方の深い関係
筋そのものはシンプル。良いやくざ一家と悪いやくざ一家がいて、悪いほうの親分が良いほうの親分を闇討ちするという、大衆演劇あるある話だ。「良いやくざ一家」のメインとなる人物が直次郎(藤美一馬座長)。「悪いやくざ一家」のメインは大島の親分(龍美佑馬さん)。

この直次郎と大島の関係性が、大衆演劇の芝居の中ではかなり特殊だと思う。普通は単純に憎い敵同士となるところ、直次郎と大島は昔馴染みという設定だ。二人は敵同士なのだけど、互いにひとかどの男として、相手を誰よりも理解している。
直次郎は大島に言う。
「てめえは昔からそうだった、その薄汚ねえ根性が俺は気に入らなかったんだ」
大島は直次郎をにらんで言い返す。
「お前が俺の傍にいさえすれば、こんな回りくどいことはせずにすんだんだよ。なのに何度誘っても、お前は俺の仲間になりゃしなかった」

藤美一馬座長(2016/12/2)
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直次郎役の一馬座長。病を患っているという設定もあり、やや老境に差し掛かった男の風情がどことなく漂う。

龍美佑馬さん(2016/12/2)
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大島役の佑馬さん。普段の優しさを引っ込めて、貫禄たっぷりの悪役。「しくじるんじゃねえぞ」と部下に指図する声も脅すように。

大島という人物が切ないなぁと思うのは、敵にも関わらず直次郎を“直さん”と親しみをこめて呼んでいる点だ。
「直さん、聞いたよ、あの“喧嘩竜”が一家の二代目だって?やめとけやめとけ、まだ若すぎらあ、一家の金看板を背負うのは無理だろう」
大島は、直次郎に跡を継いでほしかったんじゃないだろうか。自分と対等なライバルになるのを望んでいたんじゃないだろうか…。
二人の間に横たわるのは、同類意識なのか、いっそ愛憎なのか。

昨年、一馬座長はこの芝居について、「直次郎と大島の関係をもっと深くしたら面白いんじゃないかな、という気はします」とおっしゃっていた。主人公と敵方の言葉にしきれない関係性が、芝居を立体的に見せていることは間違いないと思うのです。

2.登場人物全員が役割を持って動く
さらにこの芝居は、登場人物の誰に注目しても面白い。いわゆる“モブ”がおらず、群像劇っぽくなっている。

たとえば良い一家のほうの若い衆・政(柚姫将副座長)。兄貴分である竜次が大好きで、直次郎のことも尊敬している、はねっかえりの鉄砲玉。
「直次郎のおじきが来てるんですかい?二、三日、ゆっくりしていっておくんなせえ!」
政は直次郎の来訪を飛び上がって嬉しがり、
「せっかくおじきが来てるんだったら、以前おいしいって言ってた藤兵衛とっつぁんの酒を飲ましてやりてえ!待っててくれ!」
と一家を飛び出していく(その先に悲惨な運命が待ち受けているのだが)。全体的にハードボイルドな芝居に、明るさ・純粋さをもたらす役割だ。

柚姫将副座長(2016/12/2)
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政役の将さん。芝居が重々しい場面ばかりにならないように、いつもよりワントーン高い声で演じられていたそう。この明るさ込みで、政は将さんのニンそのものだった!

それから一家の二代目を継ぐ竜次(千咲大介座長)。一家を背負う立場ながら、若さゆえ、怒りの沸点が低くピリピリ。けれどとても仲間思いだ。
「弔いの言葉の一つでも言ってくれるのかと思えば…てめえらはもう許さねえからな」
家にやってきた大島をにらみ上げ、一対一の喧嘩を申し込む。大島に斬られ、殴られ、半殺しにされても、血走った目で噛みつくように立ち上がる。

千咲大介座長(2016/12/2)
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竜次役の大介さん。鋭いまなざし、スマートな身のこなしが印象に残った。

出てくる人ひとりひとり、それぞれの物語を負っている。
「劇団KAZUMAはみんなに良いところがあって、だからみんなに見せ場を作った」
3年前の初演時、美影さんはそんな風に話されていた。

古い芝居を口立て稽古で受け継いでいく文化が強い大衆演劇。だから、芝居の筋については正直わりかし粗いなぁと思うものも時々あります(^-^; 主役がカッコよければOKだったり、決め台詞の詰め合わせみたいな芝居だったり(もちろん、それゆえにキラッと光るところもたくさんあるのだけど)。演者がとても優れているだけに、時には整った物語でこの人たちを観たい…という願望もあったりする。

そこへきて戯作者が創った芝居は、いったん物語が完成した上で、演者による肉付けが始まる。だからベースが強い。役者さんがのびのびと個性を発揮できるだけの、強固な受け皿がある。

劇団に関わった人がいなくなっても、芝居は残る。舞台に残る。
『兄弟仁義 男の唄』――フィルム・ノワールばりの陰影を持つ群像劇。いつか劇団KAZUMAのマスターピースとして、そして大衆演劇の特異な作品の一つとして、知られるようになってほしい一本だ。

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女形って面白い!―劇団KAZUMA三人衆―

劇団KAZUMAの横浜公演も気づけばあと少し…(千秋楽は12/15(木))。Twitterのタイムラインにも続々とKAZUMAファンが増えていくのを、わくわく眺める日々です。
三吉演芸場の舞台を見つめる中で、一つ気が付いた。

女形って、なんて面白いんだ…!

いや、4年大衆演劇観てきて、何を今更…って感じですが。男優さんが舞踊ショーで演じる女形。きれいとか可愛いのはもちろんのこと。
「役」に近いんじゃないかってことに、ようやく開眼したんです。

立ち舞踊は、男性のカッコいいところを膨らませたもの。てことは、ある程度、素の男優さんの延長線上に作ることが可能なんじゃないかな…?
雄々しさが売りの役者さんなら、荒々しい舞踊が得意だろうし。優男で売っている役者さんなら、甘く王子様みたいな舞踊で歓声を受けているだろうし。
もちろん立ちにも色んな曲があって、たくさんの造形があるけど、「素の自分」を出発点にできる部分が大きいと思う。

でも女形は、逆の性。本来の自分をひっくり返して、「男」の輪郭を叩き壊した向こう側にある。
練って、作り上げていかなきゃ成立しない存在――つまり、芝居での「役」により近い舞踊なんじゃないかな…

てなことを考えながら劇団KAZUMAを見ていたら。将さん・竜也さん・大介さん、同学年3人組の女形の違いがことさら際立って映るようになって、女形舞踊の時間が今とっても楽しい。個人的な感想をつらつらっと。

◆気持ちがいっぱい 柚姫将副座長

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『たまゆら』(2016/11/24)

三吉公演でKAZUMAを久々に観た友人たちが、口を揃えて言う。
「将さんの女形、色っぽくなったねえ…」
間を空けて観ると、変化が如実だったそうだ。

哀しげな印象が強い将さんの女形。『たまゆら』はよく踊られている曲の一つだ。
“女結びは蝶結び 男結びは片結び”
紫がよく似合う女の姿は、切なく時に苦しく。恋に煩悶する女の曲が多いのに加えて、将さんの目つきや表情は、情がたっぷり深そうだ。心が優しいばっかりにあれこれ気に病んでしまう、そんな女性像が浮かぶ。
この「悩める女」路線の傑作は、やはり『夢一夜』かと…。

そして将さんには、別の路線も。こっちは、最近より顕著に開花している気がする。


『雨の慕情』(2016/11/13)

“雨雨ふれふれ もっとふれ 私のいいひと つれて来い”
↑の『雨の慕情』。とりま、めっちゃ可愛い。(ええ、ファンですとも!)
姿かたちも可愛いけど、「恋人を待つ」健気さが可愛い。
この曲は、「雨があの人を連れてきてくれたらいいのにねえ」って頬杖ついてアンニュイに唄うようなイメージだったけど。将さんが深紅の着物でくるくる動き回るのを見ていたら、「雨だしあの人にまた会えないかなー」と待つ健気な女心に思えてきた。

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純愛路線、とでも言えるかな。可愛い!とかつて騒いだ『あんたの大阪』もそうだった。体いっぱいの愛情で相手を想う、そんな女形にも三吉公演では何度か出会えている。
いずれの路線も根っこは同じ、曲に合わせた気持ちがいっぱい。毎日全身全霊で、演じる喜びを体現する。

◆コワイ女の妖美 冴刃竜也副座長

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『津軽海峡冬景色』(2016/11/27)

竜也さんの女形は、美しい。そして怖い。
つーっと滑っていく体の中央で、暗い目がらんらんと光っている。
情念にまかせて、何かとんでもないことをスルリとしでかしそうな、腹に秘めた一物を感じさせるのだ。ひとり火曜サスペンス劇場。
もしこのブログを読んでくださっている方で劇団KAZUMA未見という方がいましたら、竜也さんの女形舞踊を体験するために一度足を運んでみても、決して損はしないと思います。

『津軽海峡冬景色』は多くの役者さんが踊る曲だけに、その独自性がよくわかる。
“さよならあなた 私は帰ります”
って歌ってるけど、絶対この女性は帰らないでしょ。むしろ連絡船で男を待ち伏せてるでしょ。

三吉で観た竜也さんの舞踊のうち、とりわけ強烈だったのが『ホテル』。

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『ホテル』(2016/11/24)

“ごめんなさいね 私見ちゃったの あなたの黒い電話帳”
“私の家の電話番号が 男名前で 書いてある”

という歌詞から、この女性は誰かの愛人なんだなあとわかる。大衆演劇での「愛人」って、芝居にしろ舞踊にしろ、「日陰の女の悲しさ・切なさ」的な表象がキホンだと思っていたのだけど。
竜也さんのつくる女の顔には、悲しみの要素がない。全然ひるまず、むしろズンズンと前に前に迫ってくる。

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“奪えるものなら奪いたいあなた そのために誰か泣かしてもいい”
もしこんな女性を二号さんにしようものなら、家庭崩壊は決まった…。
手を出したら破滅の予感、でも妖美ゆえに惹かれずにいられない。
胸元がいつも勢いよく開いていて肉感的です。ガバッと。

◆「女の形」 千咲大介座長(劇団千咲)

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曲不明(2016/11/16)

このエントリーを書こうと思ったきっかけは、大介さんの女形にハッと目を見開かされたからでした。
将さん・竜也さんの女形が、カラーはまったく違えど、両者とも「こういう女性ってリアルにいそう」という方向性なのに対して。
大介さんの女形は、生身の女の美しさとは異なる。女のネットリしたなまめかしさがなく、精緻なお人形が動き出したよう。
まっすぐ描いている眉や、腕を曲げずにスーッと上げる振りなど、直線が多いせいもあるかもしれない。表情もほとんど動きません。

11/22(火)の個人舞踊『女の酒場』。この一本には、大介さん個人を超えて、「女形」という表現が持つ根源的なパワーがあったように思う…。

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『女の酒場』(2016/11/22)

“心に残った未練酒 時間が行けば苦くなる”
“寂しいよ 寂しいよ 身体が寂しいよ”

歌詞は極めて俗っぽい曲。女が別れた相手の愚痴をつぶやきながら晩酌してる、という風景。こういう曲の中にあってすら、大介さんからは生々しい「女」が匂わない。お酒をクッと飲み干す当て振りも、操り人形のように淡々と。

三吉演芸場の花道にゆっくりと歩んでくる女形。花道脇の席で、大介さんを至近距離で見上げた。
そこにいたのは、性別のない、心がどこかにさまよい出たままのような身体がひとつ。

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女という「形」がひとつ。

“恋しいよ 恋しいよ 背中が恋しいよ”
“逢いたいよ 逢いたいよ もう一度逢いたい”

と泣く歌の主人公であると同時に。この涙の世界が丸ごと「形」に過ぎない、という冷ややかな外側からの視線がそこにはある。

将さん・大介さんは芝居での女形もちょくちょく見ますが、そのうち竜也さんも芝居の女形されないかなぁと期待。
ところで、お三方のこと、もうトリニティって言わないんでしょうか…。ペガサス・トリニティ(天馬三人衆)って呼び方、スクエニ系の漫画に出てくる組織名みたいでけっこう好きだったんだけどな(笑)

【劇団KAZUMA 今後の予定】
12月15日まで 三吉演芸場(神奈川)
1月 鈴成り座(大阪)

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玄海竜二会頭お芝居『男はつらいよ』―空に恋する男― (劇団KAZUMAゲスト)

2016.11.19夜の部@三吉演芸場

「さくらーぁ!」
一番好きな人は、一番遠いところにいる。

玄海竜二会頭(2016/11/19)


劇団KAZUMA、\絶賛三吉公演中っ!!/
千秋楽12/15(木)まで、もう残すところ半月です!
最近、ブログはある程度まとまった文章を書く用途にしているので…それぞれの芝居の感想や印象に残った舞踊のお写真は、Twitter(@yhgraceyh)に載せてます。
横浜のKAZUMAの様子が知りたいという方がいましたら、よかったら上記をクリックしてTwitterを見ていただければ…。

で、改めてブログでも残しておきたいなと思ったのが11/19(土)に上演された『男はつらいよ』。九州から玄海竜二会頭がゲストで来るのに合わせ、家族も誘って三吉へ駆けつけました!

玄海さんは主役のやくざもの・源吉。
この芝居は外題からして、映画「男はつらいよ」シリーズを下敷きにしているので、源吉は寅さんの時代劇版みたいなキャラクターだ。
「源吉の兄貴は困った女の人がいるとすぐ面倒見て、そんでフラれて。もうなんべんも、その繰り返しじゃねえか」
弟分の銀次(藤美一馬座長)が同情気味に、源吉のフラれぶりを語る場面がある。けれど映画の寅さんと一番異なるのは…
――玄海さんの顔の真ん中、赤く塗った鼻。源吉には、顔面が醜男というコンプレックスがある。
(恋の障害を見た目に設定するのは『花かんざし』とか『平公の恋』みたいで、とても大衆演劇的)

源吉は、三島の山奥で、目が見えない娘が山賊に襲われているところを助ける。娘は崖から落ちて、視力と記憶を失ってしまったという。
「覚えているのは、伴の者と一緒に江戸へ向かう途中だったということ。江戸に着けば、わらわのことを知っている者に会えよう」
と言葉遣いが仰々しい娘を演じるのは、千咲凛笑さん。

千咲凛笑さん(2016/11/19)
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可憐、かつ誇り高いお嬢様の役。凛笑さんの水辺に咲く花のような“守ってあげなきゃ”感が、役柄を成り立たせていた。

娘を連れて、源吉は江戸へ。弟分・銀次の営む髪結床に転がり込む。
「なあ銀次、お前のところでこの娘、預かってくれねぇか」
「おいおい兄貴、こんな若い娘が店にいてみろ、俺となんか関係があるんじゃないかって近所の女連中が店に来なくなっちまうだろ」
奥様方のアイドルの髪結いさん、というちょっとなよやかな設定が一馬座長にハマる。

藤美一馬座長(2016/11/19)
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銀次はほとんどの場面で商売道具の櫛を持っているのだけど、まず櫛というアイテムが一馬座長に似合う!女の人の髪をササッと梳きそうな洒脱な軽やかさ。

銀次はしばし考えて、
「もし、俺のところでこのお嬢さんが暮らすなら、兄貴も一緒に俺のとこに来いよ。それならお客に何か聞かれても、兄貴が面倒みてる娘ですって言えるじゃねえか」
という結論で事は収まる。娘は呼び名がないと不便ということで「さくら」と名付けられた。

医者・薮井竹庵(龍美佑馬さん)の見立てでは、さくらの目は見えるようになるという。
「この娘の目は開くぞ!ただし、いつ開くかはわからない」
「じゃあ、毎日、俺が先生の診療所にさくらを連れてくよ。そんくらいお安い御用だ」
というわけで、源吉とさくらは雨の日も風の日も診療所通い。

劇中、最も印象的な場面のひとつ。遠い診療所に通うのに疲れきったさくらが、「嫌じゃ、もう疲れた、もう一歩も動けぬ」と駄々をこねて泣き始める場面。しょうがねえなぁ、と源吉はさくらをおんぶする。
「ほれ、行くぞ、さくら」
すると泣いていたさくらの顔が、ぱぁっと晴れやかな笑顔に変わって。
「源吉、さあ、参ろう…」
源吉の慈愛に満ちた表情。その背でさくらの安心しきった姿。三吉の小さな花道をはけていく二人には、互いを必要とし合う、温かな愛情が流れていた。

しかし。映画がベースにある以上、寅さんが必ずマドンナと別れるように、やっぱり源吉とさくらにも別れが訪れる。
なんで別れるのかは、これから再演で観る方がいるかもしれないので省略。ここで書き残しておきたいのは、源吉が去っていくさくらを見送るシーンに現れていた、恋の姿だ。
※ここから先、ラストシーンを書いているのでご注意ください

源吉はいつしかさくらに想いを寄せていた。けれど胸の内を告げようとはしない。
「この顔の俺が恋なんて、江戸の人が笑わあ」
自嘲する源吉を、隣にいる銀次が励ます。
「誰が笑ったりするもんか」
竹庵も励ます。
「源さん、誰も笑わねえよ」
その言葉に、ふっと空を見上げる源吉。
「そうだよな…誰も、笑わねえよな…」
涙の溜まった目が雲の向こうを見て、ぱちぱちと瞬きする。

空を恋うる目。
どんなに上に手を伸ばしても、届かない。それでも焦がれずにはいられない。
玄海さんのじっと空に食い入るまなざしをもって、芝居は源吉とさくらの物語を超える。普遍的な“恋”の姿を描き出す。

さくらーぁ!と一言だけ叫んで。源吉は何度も赤い目を瞬かせながらも、ひょうきんに笑ってみせる。そして客席に背を向け、一歩一歩歩いていく。
決して届かないからこそ、愛しい。

映画「男はつらいよ」で…寅さんがマドンナとくっつくチャンスって、けっこうある。けれど、いざ結ばれそうになると、寅さんはたびたび自分からチャンスをふいにしてしまう (もちろん、そうしないと話が続かないんだけど)。
恋しては失う寅さんは、多くの人心をつかんだ。そのことに、遠くにあって初めて成立する恋の純度というのがある―と思わされるのだ。

シリーズものの映画に対して、たった約1時間の芝居で、観客を同じ到達点にまで飛ばしてくれたのは演者の力。
玄海さんて、これまで観た芝居だとハードボイルドな任侠ものか、明るいドタバタ喜劇のイメージだったけれど、こんなにピュアなラブストーリーも表現されるんだ…。
潤んだ目の中に恋をしまい、きゅうっと唇を上げて三枚目の源吉に戻る玄海さん。この凄まじい役者さんと同じ時代にいたことを、いつか私たちは語り草にできるだろう。

“源吉、さあ、参ろう”
遠くにありてこそ―
空のかなたに、想いが咲いている。

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11月・12月 三吉演芸場(神奈川)
1月 鈴成り座(大阪)

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