劇団天華お芝居『林蔵』―この世の“向こう側”―

2017.6.3@大江戸温泉物語ながやま

目がきゅうっと上を向く。
口から血を噴き出して、なにか魂的なものが飛び上がっていく。
その先は?
林蔵が身体を半分突っ込んでいる、はみ出した世界の先には?

澤村千夜座長の演技を観るとき――どきりとするのは、たまに人物が正気をふっと逸してしまうような瞬間があるからだ。『お銀片割れ月夜』で子どもに戻ってしまうお銀ちゃんしかり、『お梶藤十郎』で狂った嗤いを見せるお梶しかり…
感情が尖りすぎて針みたいになって、ゆらゆら揺れる。“こちら”と“向こう側”の間を。
『林蔵』もまた凄絶に死にゆく中で、その狭間に落っこちていくのではないか…?


澤村千夜座長 歌の後の挨拶より

※ラストシーンは避けて書いていますが、少しでもネタバレ嫌な方はご注意下さいませm(_ _”m)

はるばる石川まで行った最大の収穫は、千夜さんの演じる『林蔵』を観られたこと! Twitterやファンの方のブログで、感想を読むたびいいなぁと思っていた。だから石川行き夜行バスの中で、ファンの方がTwitterに載せてくれたお外題表を見て、ついに…!私にもこの日が…!と震えた。

色んな劇団さんが演じられる『林蔵』、私はこれまで観たのは3劇団くらい。老いた哀愁が見どころの一つとはいえ、基本的な人間像は大親分だ。任侠らしく眼光鋭い林蔵には、それぞれの役者さんの美しさがあった。

でも千夜さんのは、かなり人間味が濃くて愛嬌寄り。10年ぶりに島から娑婆へ戻って来た林蔵が、真っ先に会いたがるのは娘・お花。
「俺が島に入ったとき、お花は五つ、六つだったろ、ていうことは今頃十五、十六のはずだ」
娘に会う前にうきうきと髪の毛整えたり。早く娘の待つ上尾に帰りたくって、出された食事を食べるヒマも惜しく、包みにぽいっと放り込んだり(ここ、大変キュート!)。

でも前日の口上で「明日は血反吐を吐いて死にます」と話していた通り(なんたるストレートな物言い)、終盤は惨い展開になる。
林蔵は、屋根屋の親分(澤村龍太郎さん)と子分(澤村悠介さん)に斬り刻まれる。なんとか屋根屋を返り討ちにするも、すでに半死半生。視力が弱まっているのか、立つこともままならない状態で床を這いながら刀を振り回す。このあたりから林蔵の姿は一種の怖さを帯びてくる。

血を吐き出し、体が跳ねて倒れる。死んでしまったんだろうか…?と思いきや。突然、目がぎらっと開き、腹から血をこぼしながら立ち上がる。
「おとっつあん!」
お花(澤村神龍副座長)が帰ってきて、父娘の再会の場面。臓腑の破れた林蔵は、娘に看取られてようやく目を閉じる。
と思ったら観客の眼前で、再びガバッと体が跳ね上がる。そのときの目。きゅっと上を向いて、白目がせり出す。愛しい娘でもなく周囲でもなく、死んでいく者はどこを見ているのか…。

気力だけで立って、崩れて、這って、娘に土産として買ってきた着物の包みをずるりと開く。
「おとっつあん、ほら、似合う?」
お花は涙こらえて、着物を着て見せてやる。娘の姿を見届けて、林蔵は心底嬉しそうに笑う。――そして再び血を吐く。
観客の目に常軌を逸した“向こう側”が見え隠れするのは、血糊を大量に使っている生々しさのためだけではなく…。

「10年の島暮らしで、俺は心身ともに弱っちまった。昔は刀の2、3本ぶちこんでも、ふらついたりはしなかったが…」
中盤、林蔵が子分の勇蔵(澤村神龍副座長・二役)から刀を渡されたとき、重みにふらついてつぶやくセリフ。全体を通して象徴的な言葉だ。

死んでいく林蔵の全身に満ちるのは、弱くなった自身への無念。世話してやった屋根屋に裏切られた憤怒。そして最愛の娘を前にして、お花、と呼びながら生にしがみつこうとする執念。
目をカッと見開いて、青いライトの下――千夜さんの痩せ型の体を突き破っていくのは、この役者さんに独特の過剰なまでの何かだ。歯を噛みしめて、きりきりと、この世から振り落とされていく者の悲憤が尖る。

せめてもの救いは、死の間際に娘がいること。兄弟分の清水次郎長(澤村丞弥さん)や、お蝶(喜多川志保さん)も駆けつける。
今までいずれの劇団さんで観た『林蔵』も、こんな風に愛する者たちに看取られて死ぬ幕切れだった。観ながら、林蔵の人生は悪いものじゃなかったんだと思えるところに芝居としての救いがあった。

だけど天華版の最後の最後は――。
ウ…と細く漏れる林蔵の嗚咽。舞台はこちらの安易な救いをはねのけ、刃物のような孤独に貫かれる (未見の人に体感していただきたいので書くのは避けますが、本能的に怖い演出でした) 。

さて、石川は6/2~6/4で行って参りました。突然の人員減の影響で、劇団としてはつらい状況にあったようでした。『林蔵』で神龍さんが二役されていることからも人手が足りていないのがわかるし、裏方は大変なんてものではないという。

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↑口上では座長が座員さんをねぎらう光景も。志保さんに対して、本来なら大幹部と言うべき立場、出番を終えたら楽屋でお茶でも飲んでいていい方なのに、人が足りないので着付けから幕まで走り回らせてしまって申し訳ない…と。
すると志保さんニッコリ、「立ってる者は親でも使えと申します」。さすが💕

3日間、当たったお芝居は『三浦屋孫次郎』(6/2)『林蔵』(6/3)『三人出世』(6/4)の3本。死に物狂いの舞台裏、けれど表に見える芝居は、なぜだか以前より役の気持ちがすっきりと一本化され、その分濃くなったように感じられた。

これまでやってきた芝居は決して裏切らない。
どんなときも。

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【風の盆恋歌】より(6/2)

追記:
拙ブログにいただくコメントやTwitterの反応を見ると、役者・裏方志望の学生さんや、他ジャンルの演劇経験者の方も時々読んで下さっているようなので…(ありがとうございます!)
劇団天華さんでは座員を募集されているとのことです。千夜座長が口上、Twitterで告知されていました。⇒千夜座長Twitter
特に女優さんが今いらっしゃらないようです。情報共有まで。

【劇団天華 今後の公演予定】
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川県)
7月 高槻千鳥劇場(大阪府)

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天華ロスに落っこちて② ―澤村千夜座長が守ってくれた“やくそく”―

驚いて、嬉しがって、失望して、泣いて、狂って――
劇団天華・澤村千夜座長の身体に物語を通すと、感情が目まぐるしく変わっていく。
たとえばショー【お梶藤十郎】の場合は…


髪を整えるお梶の、恋の喜び。

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真実を知る、驚愕と悲しみ。

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やがて狂気を発して嗤う。

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自死の瞬間の苛烈な目。

まるで喜怒哀楽がパリンと割れて、一粒一粒が鋭角になって、突き刺さってくるみたいだ。
うん、ファンですね!我ながら!(笑)

でも7月以降の天華さんは、ひとつ転機を迎えられるのかもしれない。9年前の旗揚げ以来、劇団を支えてきた副座長がいなくなり、さらに男性で最年長者だった龍太郎さんもいなくなるという。
①では6月いっぱいで退団される神龍副座長のことを書いて…。そしてやっぱり気にかかるのは、千夜さん率いる劇団のその後。

という話はいったん置いておいて。ある2つの場所での千夜さんの芝居について、思い出すことにします。

◆檜舞台・浅草木馬館
もはや古い話ですが、2/23(木)は今年に入って観劇的に最も満たされた日のひとつ。千夜さんが劇団美鳳さんのゲストで東京にいらした日。なんたって千夜さんon木馬館!\(^o^)/ 

芝居『喜造の最期』、千夜さんは主役の喜造だった(劇団美鳳・紫鳳友也座長、重要な木馬館公演の主演を譲る心づかいに感謝!)。
喜造は国定忠治の元子分。今は足を洗ってかたぎになり、十手取縄を授かる身。だが本心では忠治を今も慕っていて、捕らわれの忠治を何としても助けるつもりでいるという人物設定。

その設定の中で。千夜さんの演技に気づかされたのは、喜造の押し殺した“本心”の動きが、ちらちら垣間見えるということ。
たとえば忠治の子分たちが家を訪れて笠を取った瞬間、「久しぶりだなぁ…」とかつての兄弟分に懐かしそうな笑顔を向けたり。忠治を助け出したとき「よかった…!」と心底安堵したように吐き出したり。友也座長演じる忠治と対面した途端、「親分、ご無事で何よりでござんした…」と一気に緊張を解いて子分の表情になったり。ボロボロになった忠治を「民百姓みなが待っておりやすよ!」と涙のにじむ口調で励ましたり。

そうそう、細やかな感情の波。こういうところが観たかったんです!やったね!
檜舞台・浅草木馬館。芝居を愛するお客さんの集中力に取り巻かれて、場面場面を味わえた。

けれど、大衆演劇の客席は。常に芝居好きのお客さんばかり――とは限らない。

◆ざわめきの中で
春。ある温泉での公演、外題は『お銀片割れ月夜』。座長女形芝居で人気の高い一本なので、日曜に持ってきたそうだ。
芝居が進むにつれ、内心ヒヤヒヤしていた――後方の客席に。

この日、大衆演劇を観慣れない観光のお客さんも多かったせいだろうか。泣きどころで毎回微妙に笑いが起きる。ヤマ上げでもないところで名前を叫ぶ。スマホを堂々といじる。席を立つ。
もちろん前のほうには、遠征の方や、真剣に観て涙しているお客さんもたくさんいた。ただ私が座っていたのが後ろ寄りだったため、ざわつく声が耳についてしまった。
※誤解のないように書いておくと、他の日はいたって真剣な客席でした。温泉自体は大衆演劇を大事にしている本当に素敵な所だったので、この日だけ一部のお客さんが崩れた空気を作ってしまったのだと思う。

「旅人さん、冗談だろ、起きて…あたしだよ、触るよ」
千夜さん演じるお銀は、神龍さん演じる千太郎の体を必死に揺さぶる。この愁嘆場に至ってなお、セリフの後を追うようにハハハと集団の笑いが起きる。
何がおかしいのだろう、やめて…。
舞台に立っている側の胸中を想像して心が冷えた。

いやいや、こんなときは。胸に留め置いている文を思い出す。大衆演劇の名著『旅姿 男の花道』 (橋本正樹さん著、1983、白水社)。著者が故・四代目三河家桃太郎をセンターで観たときも、お喋りや立ち歩きのやまない客席だったという。
≪僕は、照明、大道具、小道具、そして最も致命的な演劇的雰囲気の欠如という、周囲の一切の夾雑物をたちきって、芝居に集中した。すると、役者の本体が見えた。≫

こんな客席も大衆演劇の付き物。余計なものは頭の中から取っ払って見る。役者さんの動きだけ、穴のあくほど見る…

そして舞台の上で見つけた姿は、やっぱり烈しかった。
「起きて、ねえ、起きてよ」
胸をきりきり引き絞るような声。
「あたしもうどうしたらいいか、わかんないよ、ねえ」
お銀のヒステリックになっていく言葉に、心の調子がずれて狂気に陥っていく、所作と表情が張り付く。千太郎の体に爪を立て、眉間に苦悶の皺を刻んで。
女形の身体ひとつが、ざわめきの中に置かれても、別の悲劇を呼吸しているようだ。

――客席の笑い声が彼に聞こえていないはずがなく、席を立つ気配を感じ取っていないはずがなかったけど。
「……千ちゃん!」
“役”は剥がれ落ちない。
その表現の鋭角ゆえに、物語を見失わないでいられた。

大粒の喜怒哀楽と、それを身体の上に限度まで広げようとする汗をもって。
かの座長さんが客席に対して守ってくれる、一番大切な約束。
お芝居が好き!と手を伸ばせば、例外なく手のひらにのせてもらえる心。
痛いくらいの。
人間の。
役の。
だから役者さんと結ぶそれは、“役束”とも書ける。

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どろりと粘つくくらいドラマチックな芝居が観たいなぁ、と思っていました。人間の心理の底まで、腕を突っ込んでつかみ出そうとするような熱を。
だから、2015年秋にこの役者さんを知って、彼の芝居を見続けられているのはとてもラッキーなことだと思います。

人が去っても舞台は続く。夏、千夜さんの芝居はどんな風になっているのだろう。

『演劇グラフ』2017年3月号の千夜さんインタビューをめくる。
≪今さらなんですが、ここ1、2年、お芝居をもっと突き詰めてやっていきたいなと思うようになりました。これから追求したいのは派手な立ち回りより、人間心理をいかに表現するかということ。台詞ではなく、特に表情や動きなどの身体表現です。≫

人が減って、もしできない演目があっても。チームとして、もどかしいことがたくさんあっても。
変わらないのは、身体と、表情と、所作と、心。
それらをもって舞台は続く。

≪これからさらに試行錯誤しながら澤村千夜流の芝居を模索していきたいと思っています。≫

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“役”がそこにある限り。
舞台には常に、はじまりの音が鳴っている。


【劇団天華 今後の予定】
4月 宝劇場(福岡)
5月 城山温泉(香川)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川)

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天華ロスに落っこちて① ―澤村神龍副座長が“座長”になる日―

季節はとうに春です――が。
桜の木がピンクに膨らむ中、胸中の喪失感がだいぶ募り中。
小倉・宝劇場のお外題がTwiterに流れてくると、明日このお外題かぁ良いなぁ、前に聞いたセリフあるのかなぁ、とか思いつつ。

周囲の大衆演劇ファンもみんな、それぞれに観に行きたい劇団はあれど、多忙やら金欠やら観劇欲求には足枷が付きものらしく。春陽座ファンの姉は行ける月をひねりだして遠征計画を立てているし、劇団炎舞ファンの友人たちは一日千秋の思いで東京公演を待っている。
タイムラインにフォロワーさんの「○○ロス」の言葉を見つけると、あ、同じです…!今、胸の中空いてるこの穴おんなじです…!と(勝手に)共感していたりする。

劇団天華さんの場合、今のメンバー構成を観られる“リミットが迫っている”のが大きい。


(2017年3月、奥道後公演)

3/17(金)、澤村千夜座長のゲスト先での発表によれば、6月いっぱいで澤村神龍副座長は旗揚げのため退団。そして澤村龍太郎さんも退団。
同日、神龍さん自身がブログで発表されました⇒澤村神龍の俺様ブログ

旗揚げか…。昨年から30歳前後の役者さんの再スタート宣言が相次ぐなぁ。すでに旗揚げ公演を成功させた嵐山瞳太郎座長、6月に大阪で旗揚げされる碧月心哉座長。ここに澤村神龍“座長”の名が加わることになるのか。
改めて、一座の中心に立つ者としてとらえ直したとき。
神龍さんって、どういう色の役者さんなのだろう?

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◆得がたい“いたいけ”感
≪お客様からは、幸の薄い、悲しい役が似合うと言ってもらうことがあるんですが、確かに人情劇のほうが自分としても魅せられるかなと思います≫
とご本人がインタビューで語られているように(『演劇グラフ』2017年3月号)、神龍さんの芝居には“いたいけ”な印象が残る気がする。
ほっそりした体格で、背丈もあまり大きいほうではないせいか。それとも、話し方や笑い方に取り繕わないピュアな感じがするせいかな?
主演の『雪懺悔』も惨い目に遭って同情を誘う役どころだったし、『鷺娘』の娘役は神龍さんの醸す悲壮感があってこそ。

その真骨頂は、ご本人のお誕生日公演で作られたという『マリア観音』なのかもしれない。30歳の神龍さんが、ごく自然に少年・半次郎に変質することにビックリさせられる…。
母親(志保さん)と語らう甘えの残る口調。悪ガキ連中とつるんでいる場面のイタズラっぽい表情。父(千夜さん)をかばって捕らわれの身になる場面で「あの…」と、もの言いたげに振り返る思慕。終盤にボロボロの身体で父に縋る弱々しさ。
半次郎のよろめく足取りを見ながら。お芝居と役者さんの芸風が当たるってこういうことなのかと思っていた。
『マリア観音』と神龍さんは、きっと物語と演者の幸福な出会いのひとつだ。

千夜座長の濃さに対し、サブポジションの神龍さんの儚さがバランスよく糸を引いていることが、天華さんの人情芝居の飲み込みやすさなのだと思う。

だからこそ、正直な気持ちを言えば、驚いた。
神龍さんが座長に…。
座長といえば舞台も客席もグイグイ引っ張って、力と熱でヤマを上げて、芝居の核を立たせる存在。そんな従来の座長像は古いのかもしれないけど、やっぱり自分が長だ!という強引なまでの強さを持ち合わせた人に向いてるんじゃないのかな…?

◆変わっていく時代
でも思い出したのは今年1月・池田呉服座公演中のこと。神龍さんがブログで、心身の調子がかなり良くないことに言及していた。
読んだ途端、なんだかそわそわ…
遠い東京でもそわそわしたのだけど(勢いでこんな文も書いている)。大阪では、ブログを読んで副座長を心配するあまり、実際に劇場に駆けつけた人が相当いたと友達から聞いた。皆さん神龍さんが可愛いみたい、と。

私は結局、他の大阪行きの用と合わせて、千秋楽直前にようやく池田を訪れた。送り出しで副座長のほうを見ると、お客さんに囲まれていた。
「もう全然大丈夫ですよ!」
ニコニコと応対されている姿が見えた。なら良かった~、気になってたの~とホッとした顔のお客さんたち。その後ろにも並んでいる方の列が出来ていた。

つい気にかかる、とか。なんとなく心配になる、とか。
あのしゅるんっとした線の中に、人の気持ちを引く何かを持った役者さんなのだ。

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多分、根底に、純度の高い気持ちが見えるせいかな。
それが芝居で感じられるのが『遊侠三代』。丞弥さん主演だけど、子分役の神龍さんも敵役の千夜さんも、それぞれの演技の特性が際立つ面白い構成だった。
神龍さんは、丞弥さん演じる親分の代わりとして自ら斬られにいくという役どころ。思いつめた表情で戸に手をかけ、背後の弟分(悠介さん)に言う。
「親分はずっと、ずっと別れた兄を探してきたんだ、必ず生きて会ってもらいてえ…」
そして戸を開け、一目散に駆けていく。身代わりになって死ぬために。目つきは、ただ一点だけに向かって研がれている。
「なんか神龍さんって、ホントにそういうことしそうな感じがあるじゃない?(笑)」
一緒に観ていた友人が言った。

時代は変わっていく。
座長という概念も、古いイメージを軽く飛び越していく。
一生懸命で、人情芝居では憐憫を誘って、“純”が透ける神龍座長を、座員さんやお客さんがつい支えたくなる…そんな未来の形があるのかもしれない。

見回せば、若い劇団さんには色んなスタイルがある。座長さんと座員さんのフレンドリーな関係性が微笑ましい劇団もあるし、みずみずしい新人さんたちの教育係として座長が慕われている劇団もある。
今の時代、中心に立つ人の引力の在り方は様々。
やわらかな笑顔の神龍さんらしいチームがきっとできるのだろう。

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≪一瞬の演技に、その人物のストーリーが感じられるような。それくらい役になり切りたいです≫(同インタビューより)
近い将来、この世界に新しい劇団さんがまた一つ加わる。

……つまり今の天華さんを観られるリミットは刻々と迫っているってことなんですけどね。気づけば、もうあと3か月切ってました。なんてこった💦
ロスを持て余した勢いで書き始めた天華さん語り、①があるってことは②もあります。②は千夜座長の話。多分ファン丸出しの文になっちゃうので、生暖かい目で読んでいただければ幸いです…(^-^;

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王子様の未来―劇団天華・澤村丞弥さんの誕生日に寄せて―

背景にバラを飛ばしても違和感のない役者さん選手権第一位(個人調べ)。劇団天華の花形・澤村丞弥さんは、まるで少女マンガから抜け出してきたような方だ。


≪丞弥まつり≫からの1枚

美形と一口に言っても、好みは千差万別。目力強力なキツめの麗人もいれば、春の陽だまりのごときエクボふんわり美人もいるわけで。
でも丞弥さんの癖のない美しさは、好みの壁をするんと抜けて、ほとんどの人が「キレイな人ね」と頷けるであろう涼しさがある。

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女形のきらびやかな姫っぷり!

さらに声も甘やか。踊りもしなやか。そんでもって人に接するときは丁寧で優しく、笑顔を絶やさず…誰に対してもニコッとして「いつもありがとうございます!」
わわ、リアル王子様だ~(;’∀’)
昨年のバレンタインデーの公演では、さすがと言うべきか、両手いっぱいの紙袋にチョコをもらっていらした。

でも。大人気の花形さんは単に“きれいな役者さん”に留まらないようだ、と遅ればせながら気がつくことができたのは昨年7月。個人舞踊【新無法松の一生】を観てからだ。イントロが流れたとき、え、丞弥さんが無法松!と意外な選曲に驚かされた。

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“啖呵切るより手のほうが早い 無法松よと なじらばなじれ”

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“おいさんはのぉ ぼんぼんがこぎゃん小まかぁとっから 育てちきたっとぞ”

この日初めて踊られたそう。容貌がきれいすぎて、武骨な車夫に似合っていたかというと、ややぎこちなさもあったけれど。
むしろ印象に残ったのは、無法松というキャラクターの形を素直に体に乗っけようとしていたこと。顔を悲しげに歪ませて、ぼんぼんに手を伸ばす姿。役へのまっすぐな向き合い方が清々しい余韻を残した。

以来、ちょくちょく丞弥さんの表現の楽しさに出会えている。
たとえば【浪花恋しぐれ】。

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“泣きはしません つらくとも いつか中座の華になる”

放蕩家の噺家・桂春団治を歌った歌。多くの役者さんが春団治になりきって、荒々しく怒鳴ったり酒をあおる振りをするけれど。丞弥さんはスッと膝をついて客席にお辞儀をし、“これから落語を一席”という場面を作っていた。

鮮やかだったのが【津軽平野】。面を使って、歌の中に出てくる“親父(おどう)”と息子の二役を見せる。

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“津軽平野に雪降る頃はヨー 親父(おどう)ひとりで出稼ぎ仕度”

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“夢もしばれる 吹雪の夜更け”

持ち味だなー…と思わされるのは、かなり具象化された世界観にも関わらず、くどく感じないこと。「澤村丞弥のステージでした」とアナウンスされた後は、常々、涼風が吹いたような爽やかさが場に残っている。踊りが素直に曲に溶けていくのだ。
多分、カッコよく見せてやろうとか、上手く見せようみたいな自意識が薄い役者さんなのじゃないかと思う。

思えば、芝居にもカッコつけがない。老人役なら老人らしく、悪役なら悪人らしく、本質をとらえようと丁寧になぞっていかれる。
丞弥さんの持ち役で私が好きなのは、『丸髷芸者』の老いたお義父さん役だ。千夜座長演じる元芸者の嫁を非常に嫌っているが、最後、出ていく嫁にお義父さんは自ら下駄を揃える。そして自分の誤解ゆえの意地悪を詫びる。何度も何度も頭を下げ、腰を曲げて。
「この場面で涙がこぼれました」
観劇に誘った友人が言っていた。

丞弥さん主演芝居でいえば『遊侠三代』。役どころはゴリゴリのやくざの親分・川北長治!
終盤のワンシーンが印象的だ。長治は、子分の長吉(神龍副座長)の亡骸と、兄(千夜座長)の亡骸に挟まれる。両方を交互に見て口元に手をやり、かすかに息を飲む丞弥さんの横顔。
――どうしよう、と声が聞こえるようだった。
“親分”と“弟”の立場の狭間で揺れる心。この長治は青年のみずみずしさだ。ほっそりした甘い顔立ちに川北長治というキャラクターを乗せたら、こんな風になるのかと新鮮だった。

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千夜座長との相舞踊【お島千太郎】。千夜さんお島に「世話女房に」と告げる、丞弥さん千太郎の清冽さが光る。

いつもきれいに、爽やかに。その上でちゃんと“役らしい”。だから、花形さんはこんなにも愛されるのかもしれない。
「丞弥っ!」
≪丞弥まつり≫の日、客席から一斉にかかるハンチョウを聞きながら思った。

きっと30代、40代と歳を重ねられるにつれて面白くなる役者さんだ。表現者として、より滋味深く。
けれど何年経っても舞台に吹いているのは爽風なんだろうな。優しい笑顔に皺が増える頃になっても、客席から黄色い声が飛んでいるのだろうな。

…と、ずいぶん先走ってしまった。本日2/20、花形は30歳を迎えられたばかり。祝福すべきお誕生日に乾杯!🍸
これからどんな扉を開いていくのだろう。丞弥さんならではの役らしさを、どんな場面で見つけることができるだろう。

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無法松は、春団治は、王子様スマイルで微笑む。
役者・澤村丞弥の未来に乾杯!


【劇団天華 今後の予定】
2月 大江戸温泉物語あわら(福井)
3月 奥道後壱湯の守(愛媛)
4月 宝劇場(福岡)
5月 城山温泉(香川)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川)

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涙と笑顔と人情と―劇団天華・澤村神龍副座長のこと―



「副座長はね…“泣かしの神龍”って感じじゃない?」
顔見知りのファンの方の発言に、うまいこと言うなぁ~と思った。
劇団天華副座長・澤村神龍さんの芝居は、確かに、なにか涙を誘うのだ。芝居が達者な若手さんは大勢いるけれど、コレと明言できない要素が涙腺を刺激する、不思議な役者さんだと思う。

思えば2015年秋、まだ座員さんのお名前も知らなかった初見の日。どんな劇団さんなんだろう、お初の外題が『三人出世』なのは嬉しいなーと気楽に観ていた。
「なぁ、俺が悪いんやないよな…」
と、盗人に身を落とした定やん(神龍さん)が、幼馴染の友やん(千夜座長)に切々と訴える場面。
「俺が仕事にありつけずにいたとき、誰が優しくしてくれた? 江戸の町をさまよっとるとき、迎え入れてくれた家が一軒でもあったか? 泥棒の親方は優しかった。あの人だけが俺に優しくしてくれた…。俺が悪いんやない、世間の風が悪いんや…!」
誰も望んで盗人に落ちるわけではない――神龍さんのじっと虚空を見つめる大きな目。震える声の調子。セリフに心を連れて行かれるように、気づけばかぶりつきでボロボロと涙していた。

いたいけなくらい細身の体格や、情感の乗っかりやすい声が、思い切りエモーショナルに訴えるせいかもしれない。
『マリア観音』では少年・半次郎を演じていた。だんだん本当に少年らしく見えてくることに驚いた。
劇団としての代表作であろう『峠の残雪』では、盲目の弟役。光を失ってなお、母親の仇を討とうと必死な健気さが染み入る。
『釣り忍』では女形でおはん役。定次郎(千夜座長)をわざと追い出した後、おはんは暗い部屋に一人きり残される。玄関口の釣り忍を見上げる横顔に、喪失感が浮き彫りになり、胸を衝かれた…。

淡々と演じているけど、子どもとか女とか盲人の役がすんなりできるって実はスゴイことでは。日常では成人男性として持っている健康さとか強さを、いったん打ち消さなきゃならないのだから。演技力はもちろんのこと、自分をカッコよく見せたいという自意識があると、どうしても身体に“男”が現れてしまう…。

けど神龍さんは、こういった弱き者を演じるとき、カッコつけをあっさり捨てて役の中にポンと飛び込むようだ。役への飛び込み方に、全然ためらいがない。だから少年だったり女だったりの虚構も、気づくとわりかし自然に成立してしまう。

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一方で二枚目役をやっているときは、きりりとした目つきが冴えて男前!

≪やっぱり自分らの気持ちは、表情や態度とつながってて舞踊ショーや芝居の中ではっきり出るもんね。心技一体の真剣勝負やからお客様は誤魔化せないよね≫
≪役者として、演者として気持ちをしっかり作って舞台を務めたいと思うね。人情芝居なんやから、情がないと成り立たないよね≫

2013年7月の『花舞台』、神龍さんのインタビューが掲載されている。くだけた語り口の文を読むと、聞き手との会話のキャッチボールの中で、思ったことをそのままお話されているのがわかる。きっと演技に表れる通り、素直で、てらいのない人柄なのだろう。

こういう方だから、ずっとやってこれたのだろうか。
9年前の劇団旗揚げ当初から在籍しているという。当時まだ21歳なので、20代のほぼ全ての日々を天華の舞台に費やされたことになる。
旗揚げ当初は、ほんの少数のお客さんしか入らなかった頃があったそう。メンバーの入れ替わりも激しかったとか…。
それでも、良い日も悪い日も、座長と一緒にやってきた。良い時期も悪い時期も、舞台の幕は開いた。

――つい先日のブログで、かなり体調がすぐれないことを書いていらした。けれど池田呉服座の舞台は欠かさず勤めてらっしゃるようで、Twitterに流れてくる観劇写真には、毎日神龍さんがいる。

見回せば、体調を崩している役者さんは多い。それでも一日の休みもなく昼夜の舞台に出続けなくてはいけないハードさに、大衆演劇ファンとして頭が下がるばかりだ(心情的には皆さん休んでほしい!(>_<) けれど、きっとそうもいかないのでしょうね…)。
毎日化粧して、芝居して、何度も着替えて、踊って、笑って。
それがお仕事。

役者さん――虚構を通して、喜怒哀楽をたくさんの人の心に出現させるお仕事。身を削って、人情芝居からほんとの情を引き出すお仕事。
私が『三人出世』で流した涙を、心に持ち帰ったように。

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「神龍さんは笑顔が可愛いよねぇ」
と評されるのをよく耳にする。特に女形でふんわり笑むときは、ひなげしの花みたいな、素朴な可憐さが開く。

芝居中、たとえ寸秒であっても、役という別の心を生きることができるのだとしたら。
ふんわり笑顔の副座長にとって、わずかな時間でも、明日の芝居が幸福なひとときであるように。

「兄さん、ありがとう、あったけえや…」
『峠の残雪』の名セリフ(今月も29日に上演予定ですね!)。
役の中から発される声。ツーっと客席の涙を誘い出す。
不思議な役者さんの生み出す、毎日のかけがえのない虚構を、情を。
ずっと、舞台の上と下とで半分こしていられますように。


【劇団天華 今後の予定】
2月 大江戸温泉物語あわら(福井)
3月 奥道後壱湯の守(愛媛)
4月 宝劇場(福岡)
5月 城山温泉(香川)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川)

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