あったかい、引き出しを開けて ―劇団天華・蘭竜華さんのこと―

まるで採れたての菜っ葉がぱつんと水をはじくような、ほがらかな笑顔。



蘭竜華(らん・りゅうか)さん。2017年10月から劇団天華に加わった女優さんだ。

有名な座長さんの妹だと聞くし、10代の頃から関東の劇団で修業されたとも聞く。よって芸歴は長いらしい。けど、控えめで、あまり自分のことを話されることはない。
ただ職人のように芝居の要所をサクサクこなし、あとは絶えずニコニコと舞台の片隅で微笑んでいる。

初見時からそのパキッとした技術に惹かれていたけど、この4月・5月、この役者さんに心をつかまれることがあった。なのでずっと胸の中にあった言葉を並べて、ひっそりラブレターをしたためておきたい。


◆「あったかい」女優さん

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立ち役もどこか、のどか。

竜華さんといえば、声も姿もぬくもりに満ちているのが特長だ。
印象深いのは、昨年10月の澤村千夜座長誕生日公演の芝居『君の名は』の母親役。このとき、和歌山・ぶらくり劇場で初めて竜華さんを観た。
育ての娘・おみつを亡くした母、という役どころ。奥様らしい落ち着いた居ずまいで座り込んで、娘の思い出話をする場面がある。
「うちにはお金がなかったけど、おみつはとっても優しい、いい子に育ってくれた。もうあの子が可愛くて、可愛くって」
「可愛くって」の繰り返しのとき、目がなくなっちゃうくらいにキュッと細まった。このお母さんに育てられたなら娘も幸せだったんだろうなと自然に思えるような温度が、まとわっていた。「あたたかい」と音を揃えるよりも、ふんわり音を溶かして「あったかい」と言いたい感じのぬくもり。
わぁ…素敵な役者さんが劇団に加わったんだ、と嬉しくなった。

母役・立ち役・三枚目――どの役でも安定して演じられる。
『首追い道中』では旅人(千夜座長)を助ける女親分役だった。旅人に女房(静華さん)の形見のかんざしを、女親分が手渡してやる場面がじんわり沁みた。
『芸者の誠』では三枚目の茶店の爺さん役だった。芸者(悠介花形)のウソに騙され、求婚をまともに受け取ってしまう素っ頓狂な表情に、愛嬌が詰まっていた。
役の大小に関わらず、役のツボを押さえた演技。経験と技術、そして明るい人柄で、気づけばお客さんの間でもすっかり人気者のようだった。

でも時々、思う。新メンバーで誰の血縁でもなく同門でもなく、かつ――女優。それはどんな立場だろうか。
もしかして周りに気をつかって芝居されているときもあるのかな。劇団のカラーからはみ出さないようにバランスを取って、自分の芝居は控えめにされたりもしているのかな…。

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個人【人生いろいろ】

微笑んで一歩下がったところにいる竜華さんを観ながら、そんな考えがウズウズと浮かんだ。

立場に合わせて振る舞うこと。それは間違いなく一つの良識なんだろうと思う。
でも、いずれでいいから、竜華さんの引き出しの中をもっとのぞきたい。その資質がめいっぱい咲く大きな役をいつか観たいな。
そんな勝手なことを考えていたら、望みが叶えられる日はわりとすぐ来た。


◆『髪結伊佐次』のお蘭
先月4/15、大阪・堺東羅い舞座で行われた劇団天華10周年記念公演第2弾。新作芝居『髪結伊佐次〜麹町の悪魔〜』はアメリカ映画『スウィーニー・トッド』を下敷きにしたものと聞いて、観たくて観たくて(*’▽’) 用事的にかなり無茶な時間帯だったにも関わらず、堺東の商店街を走って劇場に飛び込んだ。

映画のヒロインであるラヴェット夫人は“お蘭”という名に置き換えられ、これを竜華さんが演じていた。自堕落で酒飲みであこぎな料理屋の女将。暗い目の下にはどろりとクマ。
島流しから帰ってきた伊佐次(千夜座長)に、お蘭は気だるく話しかける。
「あんたに見せたいものがあるんだ、ちょいとお待ちよ」
お蘭は伊佐次の髪結道具の入った風呂敷包みを抱えて戻ってくる。そして机に並んでいた、たくさんの酒瓶を無造作にゴロゴローっと手で倒して、風呂敷を広げる。

あっ!と思った。酒瓶をゴロゴロ倒したとき、お蘭という役が“立体になった”。
何か用事をするときに、邪魔な物を片付けることもしない女――彼女がどんな育ちなのか、常に酔ったような表情のお蘭の、奥行きがずるっと剥ける気がした。

「ねえねぇ、伊佐さん、こっち」
茶店の外から伊佐次を呼ぶときの、子供じみた手招きだったり。
「そう…かい、あんたあたしのこと、おっかちゃんって呼んでくれるのかい」
面倒を見ることになった子ども・新吉(澤村龍聖さん)に、おっかちゃんと呼ばれて驚く表情だったり(まともな家庭を持つなんて夢見たこともなかった人生が想像される)。
「あたしのほうがずっと、あんたを愛してるよぉ!」
ベタベタの涙声で体ごと縋りつく、剥き出しの愛情表現だったり。

不運なひとりの女の人が舞台の上で生きていた。
役者・蘭竜華が輝いていた。

さらに、この芝居は“ペア物”としても素敵だった!千夜座長演じる憎悪に満ちた伊佐次と、幸福に飢えたお蘭。そのどちらにも、これまでの人生を想像させる陰影があった。
これが大人の男女の芝居ってやつか…。大人…いい響き…。

座長が『髪結伊佐次』終盤の動画を上げられてます。未見の方に雰囲気だけでもシェア♪⇒千夜座長Twitter(別窓)

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千夜×竜華ペアの“大人感”が好きです。


◆そしてこれから
時とともに劇団のメンバーは変わり、立場も変わる。5月、琵琶湖座公演へ足を運ぶと、限られた人員の中で竜華さんがヒロイン役や座長の女房役を務めるようになっていた。

女房役…といえば、『髪結伊佐次』は男女ともかなり特異なキャラクターだったけど、普通の市井の夫婦役だったらどうなるんだろう?
とか考えてたら5/13、夫婦役の芝居『通り雨』に当たった。夫・島蔵に千夜座長、女房・おしげに竜華さん。この配役での初演だったそうだ。どっちもうまいな~~と思う一方で、お互いの芝居を手探りしてる感もちょこっと感じたりして…。それも始動したばかりのペアの新鮮さかもしれない。
きっとここからが見どころだ。

劇団天華に入られて8か月。少しずつ彼女の引き出しが客席に開かれていくのを、私はどきどきしながら待っている。
じんわり心に沁み入ったり。
愛嬌に満ちていたり。
時にはどろりと愛情に飢えた目を見せたりして。

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でも引き出しの一番底は、あったかい。
おっとりほがらか、ぱつんと笑う。

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らん、りゅうか。
花がほころぶような音がする。


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【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十九] 三人語り!澤村千夜×澤村丞弥×澤村悠介 劇団天華ロングインタビュー

劇団ファンの方はもちろん、ファンでない方にも。
その劇団の楽しさを伝えるにはどうしたらいいんだろう。

各役者さんの人となり・キャラクター?
それともガッツリした芸談?
――そのどちらも。
役者さん同士で語るという“対談形式”なら叶いうるんじゃないかな…?

という一抹の浅い考えから実現に至ることができたのは、千夜座長・丞弥副座長・悠介花形はもちろん、当日の堺駅前羅い舞座のスタッフさんのご協力のおかげm(_ _"m)
ありがとうございました!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十九] 三人語り!澤村千夜×澤村丞弥×澤村悠介 劇団天華ロングインタビュー 


ラストショー『Mr.simple』の衣装のままお願いしました。

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(本文より)
座長 澤村千夜(さわむら・せんや) 
2008年の劇団旗揚げから10年。喜怒哀楽の振り幅が大きい芝居で、客席の涙や笑いを引き出している。座長が客席に与えたいという「感動」の真意とは?

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副座長 澤村丞弥(さわむら・じょうや) 
2017年11月、花形から副座長に昇進。王子様のような美貌の持ち主。丁寧に紡ぐ芝居も心を打つ。求めている「今までの自分にないもの」とは?

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花形 澤村悠介(さわむら・ゆうすけ) 
2017年11月、生徒会長から花形に昇進。26歳の若さながら、親分から三枚目まで「役らしさ」のある的確な演技が光る。しかし、花形になってからの悩みとは?


⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)

いつもはんなり見える丞弥さんが「汚い感じのもの、ドロドロした感じが欲しい」とおっしゃったのには驚いた。
悠介さんの技巧がある人ならではの、誠実な葛藤にも打たれた。
そして千夜座長が副座長・花形の実力を冷静に、かつ愛情を持って評したことも(個人的にすごく面白かったのは、役を成立させるために体の「形」が必要という話)。

天華さんに限らず、役者さんが芸について語られるのを聞くと。例外なく、「この人はこんなに毎日芝居のことを考えているのか」ということに驚かされる。それも深く、細かく――。
日替わりで芝居をする生活に入ると、人間の頭の中はどんな風になっていくんだろう。

最後に、やや手ブレしてしまったので💦SPICE記事には掲載しなかったけど、良いなぁ…と感じたインタビューカット。

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花形の話に耳を傾ける座長・副座長。
良い意味で「ベンチャー企業のような」風通しの良さが、いつまでもそこにあってほしいなと思います。

【劇団天華 今後の公演先】
1月 やまと座(奈良県)
2月 御所羅い舞座(奈良県)
3月 七福座(和歌山県)
4月 堺東羅い舞座(大阪府)
5月 琵琶湖座(滋賀県)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川県)

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劇団天華on九条笑楽座 ―ケーキの仕掛け―

(2017年9月)

華やかで、甘くて、口に入れた瞬間に嬉しくなって、でも儚く溶けてしまって、時々ひやりとする隠し味もあったりする。
夏休みに訪れた九条笑楽座で天華さんを観ていると、ぽーっとした頭に浮かんでくるのは「ケーキ」の像だったりした🍰

小屋と劇団の化学反応、という面白さ。それを味わうならやっぱり小さな小屋がいい。九条笑楽座はぴったりだ。整列するベンチ、黒とピンクのチェック模様のクッション。
「幕、安全ピンで止めてるんですねー」
一緒に行った友人に言われて気づいた(笑)
西九条の駅からトンネルをくぐって歩くと、はためく赤い幟が見える。コンパクトな可愛らしい小屋に、少数精鋭になった天華さんが乗っている。



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「憎くて子を捨てたわけじゃねえ、生かすために捨てたんだと…」(9/13『面影の街』)
かけられている内容が生々しい人情劇や、時にはコテコテの股旅物だったりしても。
何か劇団天華には、ふわふわした夢を見ているような感覚があるのだ。6月で神龍副座長・龍太郎さんが卒業されても、集団としての感触は変わらない。

きらきら、にぎやかな舞台。
その幕一枚を隔てた向こうに、本当はずっとシンとしていたかのような寂しさが漂う。

ミニショーが始まって、千夜座長や丞弥さんや悠介さんや、静香さんや志保さんや、今月の助っ人・優木座のお二人が“虚”をまとって現れるとき、笑楽座の横並びの客席がワッと沸く。カメラを向けたり、手拍子したり。すぐ隣のお客さんの様子を見れば、今この瞬間だけは、みんな胸いっぱい幸福に見える。
そのままの至近距離でチョンと音が響き、芝居が始まる。

「まるで道化じゃねぇか…」(9/11『五度目の勝負』丞弥さん演じる政吉)
その中には破れていく人の思いのほろ苦さもあり。

「お杉は死にました。俺が殺しました…」(9/10『首追い道中』千夜さん演じる平太郎)
生きてきたことがひっくり返るような、底なしの穴ものぞいている。

でも全体としての印象は優しくデコレーションされている。ざりざりした手触りの芝居の後には舞踊ショーがあって、そろってお人形さんめいた顔立ちの役者たちが、ベリーみたいな色の口紅で振り返る。

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澤村千夜座長

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花形・澤村丞弥さん

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生徒会長・澤村悠介さん

最後の挨拶で「座長が誰かを呼び忘れる」というコントに毎度毎度笑い転げているメンバーを見ると、後味は軽くなっていく。この軽さがある意味、仕掛けの一つなのだろう。

千夜座長のTwitterを見ていたら、7月の進撃の巨人に続いて刀剣乱舞(!)をやるらしい。時代は二次元か…。その企画力にすごいなと驚く一方で、どこまでも遊びを発展させた延長上みたいに見せているところが、やっぱり面白い劇団さんだなぁと思う。

9月公演も残り10日を切った。西九条のトンネルの向こう、小さな小屋。

この世は浮世でいいじゃないか、という冷静な歌を聴きながら。
物語の土台に甘い夢を流して。
入り口から出口までお楽しみを詰めて、深い味から淡い味まで、色々挟んだそれをいただく。

【劇団天華 今後の公演予定】
9月 九条笑楽座(大阪府)
10月 紀の国ぶらくり劇場(和歌山県)
11月 梅田呉服座(大阪府)


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劇団天華お芝居『林蔵』―この世の“向こう側”―

2017.6.3@大江戸温泉物語ながやま

目がきゅうっと上を向く。
口から血を噴き出して、なにか魂的なものが飛び上がっていく。
その先は?
林蔵が身体を半分突っ込んでいる、はみ出した世界の先には?

澤村千夜座長の演技を観るとき――どきりとするのは、たまに人物が正気をふっと逸してしまうような瞬間があるからだ。『お銀片割れ月夜』で子どもに戻ってしまうお銀ちゃんしかり、『お梶藤十郎』で狂った嗤いを見せるお梶しかり…
感情が尖りすぎて針みたいになって、ゆらゆら揺れる。“こちら”と“向こう側”の間を。
『林蔵』もまた凄絶に死にゆく中で、その狭間に落っこちていくのではないか…?


澤村千夜座長 歌の後の挨拶より

※ラストシーンは避けて書いていますが、少しでもネタバレ嫌な方はご注意下さいませm(_ _”m)

はるばる石川まで行った最大の収穫は、千夜さんの演じる『林蔵』を観られたこと! Twitterやファンの方のブログで、感想を読むたびいいなぁと思っていた。だから石川行き夜行バスの中で、ファンの方がTwitterに載せてくれたお外題表を見て、ついに…!私にもこの日が…!と震えた。

色んな劇団さんが演じられる『林蔵』、私はこれまで観たのは3劇団くらい。老いた哀愁が見どころの一つとはいえ、基本的な人間像は大親分だ。任侠らしく眼光鋭い林蔵には、それぞれの役者さんの美しさがあった。

でも千夜さんのは、かなり人間味が濃くて愛嬌寄り。10年ぶりに島から娑婆へ戻って来た林蔵が、真っ先に会いたがるのは娘・お花。
「俺が島に入ったとき、お花は五つ、六つだったろ、ていうことは今頃十五、十六のはずだ」
娘に会う前にうきうきと髪の毛整えたり。早く娘の待つ上尾に帰りたくって、出された食事を食べるヒマも惜しく、包みにぽいっと放り込んだり(ここ、大変キュート!)。

でも前日の口上で「明日は血反吐を吐いて死にます」と話していた通り(なんたるストレートな物言い)、終盤は惨い展開になる。
林蔵は、屋根屋の親分(澤村龍太郎さん)と子分(澤村悠介さん)に斬り刻まれる。なんとか屋根屋を返り討ちにするも、すでに半死半生。視力が弱まっているのか、立つこともままならない状態で床を這いながら刀を振り回す。このあたりから林蔵の姿は一種の怖さを帯びてくる。

血を吐き出し、体が跳ねて倒れる。死んでしまったんだろうか…?と思いきや。突然、目がぎらっと開き、腹から血をこぼしながら立ち上がる。
「おとっつあん!」
お花(澤村神龍副座長)が帰ってきて、父娘の再会の場面。臓腑の破れた林蔵は、娘に看取られてようやく目を閉じる。
と思ったら観客の眼前で、再びガバッと体が跳ね上がる。そのときの目。きゅっと上を向いて、白目がせり出す。愛しい娘でもなく周囲でもなく、死んでいく者はどこを見ているのか…。

気力だけで立って、崩れて、這って、娘に土産として買ってきた着物の包みをずるりと開く。
「おとっつあん、ほら、似合う?」
お花は涙こらえて、着物を着て見せてやる。娘の姿を見届けて、林蔵は心底嬉しそうに笑う。――そして再び血を吐く。
観客の目に常軌を逸した“向こう側”が見え隠れするのは、血糊を大量に使っている生々しさのためだけではなく…。

「10年の島暮らしで、俺は心身ともに弱っちまった。昔は刀の2、3本ぶちこんでも、ふらついたりはしなかったが…」
中盤、林蔵が子分の勇蔵(澤村神龍副座長・二役)から刀を渡されたとき、重みにふらついてつぶやくセリフ。全体を通して象徴的な言葉だ。

死んでいく林蔵の全身に満ちるのは、弱くなった自身への無念。世話してやった屋根屋に裏切られた憤怒。そして最愛の娘を前にして、お花、と呼びながら生にしがみつこうとする執念。
目をカッと見開いて、青いライトの下――千夜さんの痩せ型の体を突き破っていくのは、この役者さんに独特の過剰なまでの何かだ。歯を噛みしめて、きりきりと、この世から振り落とされていく者の悲憤が尖る。

せめてもの救いは、死の間際に娘がいること。兄弟分の清水次郎長(澤村丞弥さん)や、お蝶(喜多川志保さん)も駆けつける。
今までいずれの劇団さんで観た『林蔵』も、こんな風に愛する者たちに看取られて死ぬ幕切れだった。観ながら、林蔵の人生は悪いものじゃなかったんだと思えるところに芝居としての救いがあった。

だけど天華版の最後の最後は――。
ウ…と細く漏れる林蔵の嗚咽。舞台はこちらの安易な救いをはねのけ、刃物のような孤独に貫かれる (未見の人に体感していただきたいので書くのは避けますが、本能的に怖い演出でした) 。

さて、石川は6/2~6/4で行って参りました。突然の人員減の影響で、劇団としてはつらい状況にあったようでした。『林蔵』で神龍さんが二役されていることからも人手が足りていないのがわかるし、裏方は大変なんてものではないという。

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↑口上では座長が座員さんをねぎらう光景も。志保さんに対して、本来なら大幹部と言うべき立場、出番を終えたら楽屋でお茶でも飲んでいていい方なのに、人が足りないので着付けから幕まで走り回らせてしまって申し訳ない…と。
すると志保さんニッコリ、「立ってる者は親でも使えと申します」。さすが💕

3日間、当たったお芝居は『三浦屋孫次郎』(6/2)『林蔵』(6/3)『三人出世』(6/4)の3本。死に物狂いの舞台裏、けれど表に見える芝居は、なぜだか以前より役の気持ちがすっきりと一本化され、その分濃くなったように感じられた。

これまでやってきた芝居は決して裏切らない。
どんなときも。

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【風の盆恋歌】より(6/2)

追記:
拙ブログにいただくコメントやTwitterの反応を見ると、役者・裏方志望の学生さんや、他ジャンルの演劇経験者の方も時々読んで下さっているようなので…(ありがとうございます!)
劇団天華さんでは座員を募集されているとのことです。千夜座長が口上、Twitterで告知されていました。⇒千夜座長Twitter
特に女優さんが今いらっしゃらないようです。情報共有まで。

【劇団天華 今後の公演予定】
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川県)
7月 高槻千鳥劇場(大阪府)

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天華ロスに落っこちて② ―澤村千夜座長が守ってくれた“やくそく”―

驚いて、嬉しがって、失望して、泣いて、狂って――
劇団天華・澤村千夜座長の身体に物語を通すと、感情が目まぐるしく変わっていく。
たとえばショー【お梶藤十郎】の場合は…


髪を整えるお梶の、恋の喜び。

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真実を知る、驚愕と悲しみ。

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やがて狂気を発して嗤う。

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自死の瞬間の苛烈な目。

まるで喜怒哀楽がパリンと割れて、一粒一粒が鋭角になって、突き刺さってくるみたいだ。
うん、ファンですね!我ながら!(笑)

でも7月以降の天華さんは、ひとつ転機を迎えられるのかもしれない。9年前の旗揚げ以来、劇団を支えてきた副座長がいなくなり、さらに男性で最年長者だった龍太郎さんもいなくなるという。
①では6月いっぱいで退団される神龍副座長のことを書いて…。そしてやっぱり気にかかるのは、千夜さん率いる劇団のその後。

という話はいったん置いておいて。ある2つの場所での千夜さんの芝居について、思い出すことにします。

◆檜舞台・浅草木馬館
もはや古い話ですが、2/23(木)は今年に入って観劇的に最も満たされた日のひとつ。千夜さんが劇団美鳳さんのゲストで東京にいらした日。なんたって千夜さんon木馬館!\(^o^)/ 

芝居『喜造の最期』、千夜さんは主役の喜造だった(劇団美鳳・紫鳳友也座長、重要な木馬館公演の主演を譲る心づかいに感謝!)。
喜造は国定忠治の元子分。今は足を洗ってかたぎになり、十手取縄を授かる身。だが本心では忠治を今も慕っていて、捕らわれの忠治を何としても助けるつもりでいるという人物設定。

その設定の中で。千夜さんの演技に気づかされたのは、喜造の押し殺した“本心”の動きが、ちらちら垣間見えるということ。
たとえば忠治の子分たちが家を訪れて笠を取った瞬間、「久しぶりだなぁ…」とかつての兄弟分に懐かしそうな笑顔を向けたり。忠治を助け出したとき「よかった…!」と心底安堵したように吐き出したり。友也座長演じる忠治と対面した途端、「親分、ご無事で何よりでござんした…」と一気に緊張を解いて子分の表情になったり。ボロボロになった忠治を「民百姓みなが待っておりやすよ!」と涙のにじむ口調で励ましたり。

そうそう、細やかな感情の波。こういうところが観たかったんです!やったね!
檜舞台・浅草木馬館。芝居を愛するお客さんの集中力に取り巻かれて、場面場面を味わえた。

けれど、大衆演劇の客席は。常に芝居好きのお客さんばかり――とは限らない。

◆ざわめきの中で
春。ある温泉での公演、外題は『お銀片割れ月夜』。座長女形芝居で人気の高い一本なので、日曜に持ってきたそうだ。
芝居が進むにつれ、内心ヒヤヒヤしていた――後方の客席に。

この日、大衆演劇を観慣れない観光のお客さんも多かったせいだろうか。泣きどころで毎回微妙に笑いが起きる。ヤマ上げでもないところで名前を叫ぶ。スマホを堂々といじる。席を立つ。
もちろん前のほうには、遠征の方や、真剣に観て涙しているお客さんもたくさんいた。ただ私が座っていたのが後ろ寄りだったため、ざわつく声が耳についてしまった。
※誤解のないように書いておくと、他の日はいたって真剣な客席でした。温泉自体は大衆演劇を大事にしている本当に素敵な所だったので、この日だけ一部のお客さんが崩れた空気を作ってしまったのだと思う。

「旅人さん、冗談だろ、起きて…あたしだよ、触るよ」
千夜さん演じるお銀は、神龍さん演じる千太郎の体を必死に揺さぶる。この愁嘆場に至ってなお、セリフの後を追うようにハハハと集団の笑いが起きる。
何がおかしいのだろう、やめて…。
舞台に立っている側の胸中を想像して心が冷えた。

いやいや、こんなときは。胸に留め置いている文を思い出す。大衆演劇の名著『旅姿 男の花道』 (橋本正樹さん著、1983、白水社)。著者が故・四代目三河家桃太郎をセンターで観たときも、お喋りや立ち歩きのやまない客席だったという。
≪僕は、照明、大道具、小道具、そして最も致命的な演劇的雰囲気の欠如という、周囲の一切の夾雑物をたちきって、芝居に集中した。すると、役者の本体が見えた。≫

こんな客席も大衆演劇の付き物。余計なものは頭の中から取っ払って見る。役者さんの動きだけ、穴のあくほど見る…

そして舞台の上で見つけた姿は、やっぱり烈しかった。
「起きて、ねえ、起きてよ」
胸をきりきり引き絞るような声。
「あたしもうどうしたらいいか、わかんないよ、ねえ」
お銀のヒステリックになっていく言葉に、心の調子がずれて狂気に陥っていく、所作と表情が張り付く。千太郎の体に爪を立て、眉間に苦悶の皺を刻んで。
女形の身体ひとつが、ざわめきの中に置かれても、別の悲劇を呼吸しているようだ。

――客席の笑い声が彼に聞こえていないはずがなく、席を立つ気配を感じ取っていないはずがなかったけど。
「……千ちゃん!」
“役”は剥がれ落ちない。
その表現の鋭角ゆえに、物語を見失わないでいられた。

大粒の喜怒哀楽と、それを身体の上に限度まで広げようとする汗をもって。
かの座長さんが客席に対して守ってくれる、一番大切な約束。
お芝居が好き!と手を伸ばせば、例外なく手のひらにのせてもらえる心。
痛いくらいの。
人間の。
役の。
だから役者さんと結ぶそれは、“役束”とも書ける。

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どろりと粘つくくらいドラマチックな芝居が観たいなぁ、と思っていました。人間の心理の底まで、腕を突っ込んでつかみ出そうとするような熱を。
だから、2015年秋にこの役者さんを知って、彼の芝居を見続けられているのはとてもラッキーなことだと思います。

人が去っても舞台は続く。夏、千夜さんの芝居はどんな風になっているのだろう。

『演劇グラフ』2017年3月号の千夜さんインタビューをめくる。
≪今さらなんですが、ここ1、2年、お芝居をもっと突き詰めてやっていきたいなと思うようになりました。これから追求したいのは派手な立ち回りより、人間心理をいかに表現するかということ。台詞ではなく、特に表情や動きなどの身体表現です。≫

人が減って、もしできない演目があっても。チームとして、もどかしいことがたくさんあっても。
変わらないのは、身体と、表情と、所作と、心。
それらをもって舞台は続く。

≪これからさらに試行錯誤しながら澤村千夜流の芝居を模索していきたいと思っています。≫

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“役”がそこにある限り。
舞台には常に、はじまりの音が鳴っている。


【劇団天華 今後の予定】
4月 宝劇場(福岡)
5月 城山温泉(香川)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川)

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