【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之五] 藤乃かな座長・都京弥座長夫婦インタビュー!ギューッと心を抱きしめる、劇団都の芝居!

ずいぶんブログを放置してしまいました…m(__)m
書きたいことはいっぱいいっぱいあるのですが、すっかり会社の仕事に追われる日々で。

それでも10月は静岡・島田蓬莱座へ友人と一緒に遠征した。
劇団都の芝居を観るために。

なんでこんなに泣けるんだろう。
なんでこんなに染みるんだろう。
友人たちともよく話題になる、都の芝居の引力のわけ。

そのヒミツはどこにあるのか?
両座長の言葉の奥を、一緒にのぞきこんでいただければ幸いです。

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之五]・前編 ギューッと心を抱きしめる!劇団都の芝居が観たい!11月公演に大注目

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之五]・後編 「芝居で人を救いたい」藤乃かな座長・都京弥座長夫婦インタビュー!

左・藤乃かな座長 右・都京弥座長(2015/8/20)
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(後編・お二人のインタビューより抜粋)
藤乃かな座長
「人が生きるってすごく大変なことだから。一人じゃ生きていけないし。お金がなくても生きていけないし。生きていくって、人との繋がりにしても、ご飯食べる一つにしても、すごく大切なことだと思うんですね。そういうことを忘れつつあるこの現代社会の中で、私は日々感謝しながら生きているので。ご飯食べれることも、お風呂入れることも、お布団入って寝れることも。忘れつつあることを、私という人間を通じて、“共感”してもらいたいってすごく思ってやってます」


この言葉を聞いたとき、かなさんの中に横たわる人間愛というか、大きな望みの光源を見たように思いました。

都京弥座長
「やっぱり世間一般的に、女性が女性見ても、男性が女性見ても、女性ってどっかしっかりしとかないけんっていうのがあるでしょ。でも男はちょっとくらいしっかりしてなくても、女性から見たら、かわいいとかで済む。特に大衆演劇はそういう世界だしね。女性が生きるのは、難しいところだよね」


…ちょっとヤバいくらい感動しました。京弥さんという役者さんは、なんて大きいんだろう。まだまだ男性が高下駄を履いてる日本で、しかも大衆演劇界で、こんな言葉をサラリと言える度量の大きさ。

⇒インタビュー全編はどうぞSPICEで!

大変お忙しい中、たくさん答えてくださった両座長、ありがとうございました!

都のお芝居は元気になる。
舞台の笑顔が明るい気持ちにさせてくれる。
きっといいことあるね、人生は悪いものじゃないね、泥の中にも花は咲くね…

そしてインタビュー中、印象的だったこと。
夜の部終了後、ラストショーのお衣装のまま答えてくださっていたのだけど。
お二人の愛息子・新太君がパタパタっと駆け寄ってきて、かなさんの鬘をサッと回収していった。
京弥さん「パパのも後で取りに来て」
新太君はすぐまた戻って来て、今度は京弥さんの鬘を持って帰りました。

まだ子どものうちから、劇団のために役割を果たすことが身についているのだなぁ…。
当たり前のこととして。
家族の営みとして。
その小さな背中に敬意を!

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劇団都お芝居「丸山哀歌」

2015.8.15 夜の部@三吉演芸場

心は、自由だ!
この身は小さな壁に閉ざされていても。
この目は二度と、故郷の空を見ることはなくとも。
「そん人の夢の話聞いとると、うちまで一緒に夢を見られるような気がして―…」
女郎・ゆい(藤乃かな座長)は、涙を飲み込んで笑顔で語る。
15年間、丸山遊郭からついに出られなくとも。
その心だけは、夢ひとつは、どこまでも羽ばたく。

藤乃かな座長(当日舞踊ショーより)


8月も三分の一を過ぎた頃、友人から聞こえてきた劇団都の評判。
熱を上げて語る彼女いわく、芝居の構築度が高い!
いわく、かな座長がおひさまのように明るい!
いわく、座員さんが皆笑顔でさわやか!
その熱に引っ張られるように。
私も中日にようやく初の都さんへ足を運ぶことができました。

『丸山哀歌』は藤乃かな座長のオリジナル芝居。
ほとんどの場面は、丸山遊郭の一室に留まる。
その小さな部屋が、ゆいの暮らしの全てだからだ。
15年前に遊郭に来てから、故郷の母と弟に送金を続けている。
もう年増女郎になり、あまり売れっ子ではない。
馴染み客の役人・小暮(城麗斗副座長)や、遊郭の女将(光乃みなさん)からも、ぞんざいな扱いを受けている。

だが、ある晩やって来た新しい客は様子が違った。
友人に無理やり案内されてきた、藩士・桂木清之介(都京弥座長)。
「私はこんなところへ来るとは知らなかったんです、だからそういうことをするつもりはありません!」
潔癖な清之介は慌てた様子。
ゆいが酒を勧めれば、一口飲んでころりと寝入ってしまう。
「疲れとんなさるんやねえ」
ゆいは思わず笑みをこぼし、膝枕をしてやる。
子守歌代わりに口ずさむ、わらべ歌。
「出ん出らりゅうば 出て来るばってん 来ん来られんけん 来られられんけん…」
(出ていけるものなら出ていくけど 出て行けないから出て行かない)
女郎という自らの境遇を歌に託して。
清之介の寝顔を見つめる、ゆいの微笑みはそれでも慈しみに満ちている。
かなさんのゆいの情の深さ、京弥さんの清之介の誠実な人柄がふんわり演出されていた。

清之介は、足しげくゆいの元へ通うようになった。
外国へ行くという夢を、熱弁する清之介。
「私はこの日の本を飛び出して、外国の文化をたくさん学びたいんです。それを日本に持ち帰り、この国を良くしたいんです」
「ゆいさん知っていますか、エゲレスという国には、蒸気機関車というものがあるんです。その機関車に乗ると、江戸から京までの距離を半日で行くそうです」
「それからメリケンという国の大統領のワシントンは、百姓の出身です。百姓が一国の将軍にまでなったんです!」

都京弥座長(当日舞踊ショーより)


外国の空に思いを馳せる清之介のイキイキした顔。
ゆいは心底興奮して、清之介の腕を取ってせがむ。
「もっとお話を聞かせてください。もっと色んな国のお話をしてください!」

ある晩、清之介はゆいに真摯なまなざしを向ける。
「私はエゲレスへ渡るつもりです。ゆいさん、どうか、一緒に来てくれませんか」

同じ頃、15年会っていなかった故郷の弟・長次郎(京乃廉さん)がゆいを訪れる。
「今度、商家との縁談があるんです。あなたのような身内がいることが先方に知れれば、破談になります。ここに十両ありますから、これで私たちとは縁を切ってください。汚らわしい!」

何も縋るもののなくなったゆいは、清之介と共に行く決意をする。
二人の約束は、思案橋に兎の刻。

――約束は、果たされることはなかった。

尽きる命の間際、ゆいはそれでも笑う。
傍らの弟・長次郎(京乃廉さん)に語りかける。
「姉ちゃんの人生、悪いことばっかりじゃなかった。大きな夢を持った人がおった。そん人の夢の話聞いとると、うちまで一緒に夢を見られるような気がした!」
清之介との時間。
心は遊郭の壁を駆けあがって、広い空を見ていた。
思いは、懐かしい故郷へも、未知のエゲレスへも、どこへでも飛んで行けた。

悲愴極まる場面でも、かな座長はゆいに笑顔を持たせた。
傍らの長次郎は泣いていて、舞台の照明は落とされていて、ゆいのクシャッとした笑顔だけが闇に向かって咲きかける。
その姿の強さ、明るさ!

“出ん出らりゅうば 出て来るばってん…”
出て行けない運命を歌いながらも。
この人の胸に伸びやかに広がっていく慈愛を、誰が止められよう。
女郎でも、汚れていると罵られても、殴られても蹴られても。
この女性の体に詰まっている光を、誰が踏めよう。

この芝居を創ったかなさんには、人間の持っている確かな光源が見えているんじゃないだろうか。
どんな状況でも希望のほうへ顔を向ける……そんな人間の姿が。

嗚咽をこらえ、タオルを顔面に押しつけながら観ていたラストシーン。
夢か、まぼろしか。
場面はようやく丸山遊郭ではなくなって。
ゆいと清之介は、手に手を取って。
自由の空の下、どこまでも共に行く。

劇団都の明るさに照らされて、泣きながらも、どこか爽快な心持ちでお芝居を見終えることができたのです。

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