一條雷矢さんのお面踊りの話

2013.8.3 夜の部@梅田呉服座

繰り返し、思い出している。
もう1年以上前、梅田呉服座で見た個人舞踊だ。

その夜、彼は、狐みたいに跳ねたのだ。
客席を覗きこんで、出っぱった花道めがけて、舞台をポーンとひと蹴り。
強面のお面、ギラギラしたお着物、芯の通った肉体。
私の頭の中で、今も跳躍する。

一條雷矢さん(2013/8/3 夜の部@梅田呉服座)


昨年夏の大阪旅行中、訪れた梅田呉服座。
たまたま8/3(土)は、龍美麗座長の誕生日だった。
私の前列の、女の子の集団は、盛んに美麗―!と大声援。
客席の盛り上がりの波は、どの役者さんよりも美麗座長が登場したときに、格段の熱を帯びた。

その空気に飲まれずに。
自分の全力を見せてくれたのじゃないかな、と思った舞踊があった。

回転、急転、板を踏みしめてジャンプ。
柔軟に肩を落とし、腰を落とし、腕を突き出し。
お面がギュンと客席を見据える。
客に喰らいつくような、真っ赤なお口!

閃光みたいだ。
若さのままに迸る、強烈な光。
後で調べたら、一條雷矢さんというらしかった。

その名前をまた目にしたのは、『演劇グラフ』2014年4月号の、読者の写真投稿コーナー。
写真は、おそらく送り出しで撮られたもの。
雷矢さんはカメラに向けて微笑し、拳を握っている。
“やる気はだれにも負けません。”
と、投稿された方のキャプションが添えられていた。
全身が叫び出すみたいな、梅田での舞踊を思い出した。

三度目に名前を目にしたのは、今年の夏。
暴力事件のニュースにまつわる、喧噪の中でだった。

8月の末、金曜の夜遅く。
大衆演劇ファンの友人からのメールで、騒ぎを知った。
次第に、大けがを負った役者さんの名前も耳に届いた。

ニュース記事に散らばった言葉が、ざらざらと運ばれてくる。

“顔面骨折の重傷”

彼の顔。
白粉片手、アイライン片手に、思考錯誤を重ねた化粧顔。
より舞台映えする色は。
よりお客さんにカッコよく見える線は。
昼夜公演のたびに、鏡に焼きつけられた、役者の顔。

“目の骨を折るけが”

彼の目。
お面の下から、客席に放たれた。
若さ元気さ、溌剌とみなぎっていた。
開かれた道の先を、見つめていた目。

事件に関しては、色々なことが言われている。
私が飲み込んだ唯一の事実は、一人の若い役者さんが、大衆演劇の舞台からいなくなったということ。
もうあの踊りには、全国のどの劇場でも、どのセンターでも、出会う日は来ないということ。

梅田呉服座からホテルへの帰り道、私はスマホをぺたぺたいじっていた。
あの雷矢さんって、名字は何だろう。やっぱり南條?
いや、検索したら違うみたい。
一條。
一條雷矢さんか。

きっと今後、成長株になるだろうな。
私がずっと大衆演劇ファンをやっていたら、聞く名前になるだろうな。
覚えておこう。



覚えておこう。

8月の末、金曜の夜遅く。
スマホの画面を、逮捕者の映像が通り過ぎていった。
私の頭の中には、お面の影が走っていった。

もう寒い時期になった。
ニュースのもたらした震動は、時間が経つにつれ、弱くなっていくようだ。
私はまだ、のろのろと後方にいる。
置き去りにされたお面を、拾い上げる指を待っている。

私は雷矢さんのファンでも何でもなく、ただ一度、観ただけの客だ。
それでも、大衆演劇ファンとして、一つの舞台がこんな風になくなったこと。
繰り返し、振り返るだろう。
何年経っても、繰り返し、呟かずにはいられないだろう。

あの夜、彼は、狐みたいに跳ねたのだ。
客席を覗きこんで、花道めがけて、ひと蹴り、ポーン…

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南條隆一座とスーパー兄弟お芝居「大岡政談 悪の華」

2013.8.3 夜の部@梅田呉服座

大阪滞在中、もう一つねじ込めた観劇は、梅田呉服座。
横浜で一度お目にかかった、「スーパー兄弟」をもう一度見てみたかったのだ。
スタイリッシュなビルの5階にあるし、映画館みたいに綺麗な座席だし、最初はちょっと緊張した。

お芝居「悪の華」。
こちら、今まで観たことのない種類の面白さだったと思う。
屋台骨は、なんと言っても龍美麗座長の超絶美形!

写真・龍美麗座長(当日個人舞踊「一本釣り」より)


「俺はよ、人を殺すのが好きなんだ」
美麗座長演じる主人公は、羅斜面の狂四郎という名の大悪党。
虫でも払うように、いとも簡単に罪なき人を殺める。
「殺される奴らが、まるで赤ん坊みたいに目を見開いて泣くのがたまらないんだよ…」
性根から真っ黒、純粋な悪意の塊という、人情芝居にあるまじきキャラクターなのだ。

歌舞伎をベースにしたメイク、でもゴシックロマン漂う手足のアクセサリー。
狂四郎がよくする、舌をべろんと出す表情とか。
常に瞳孔が開いているような、凶悪な目つきとか。
一つ一つの表情が、ファンタジーもののコミックから抜け出てきたよう。
演技力や計算されたメイクはもちろんだけど。
美麗座長の華々しい二枚目ぶりがあってこそ、あそこまで絵になるのだろう。

最大の見せ場は、吉田三五郎(南條影虎座長)率いる役人勢を相手取った大立ち回り。
狂四郎は刀を振り回し、役人たちを愉しそうに斬り伏せ、客席にカッと目を剥く。
わあ、凄絶に滲み出る悪の色…
とその倒錯美を味わっていると、次の瞬間には役人たちの槍の上に乗り、また見得を切る。
おお、暗い瞳に欲望がぎらついている…
と拍手を送っていると、次の瞬間にはまた舞台に飛び降りて、役人たちをなぎ倒す。
そして再び眼光が客席をとらえる。

一体何回やるんだろ…?!と思うくらい、見得を切る、その美貌を見せる、ひたすら魅せる。
(ご本人もこのシーンの後は汗だくになっていた)
美麗座長の美しさを、とことん味わい尽くしてください!という全力のサービス精神を感じた。
元々の男前だけじゃなく、ご自分の美しさがどうしたら舞台で一番映えるか。
それを綿密に練った上で、表情や立ち姿の一つ一つを編み出しているように見えた。
そういう役者さんは、すごくいいなぁ。
美しさのプロだなぁ。

とはいえ、このお芝居は座長の美形ぶりだけが見どころじゃない。
細部にこそ、魂が宿っている。

たとえば、狂四郎が舞台上で初めて殺人を行う場面。
狂四郎は冒頭からずっと、被り布をしている。
手には杖。
覆われた視界をかつかつ探る、行き杖。
なんと狂四郎は、目の見えないふりをして、あんまさんをしているのだ…!

日本橋・伊勢屋の女主人(大路にしきさん)は、その姿にあっさり騙されて、狂四郎を家に呼び入れる。
体をほぐしてくれる手に、身を委ねきって寝てしまったところに。
取り去られる顔の布、閃く刃。
女主人は、「あんまさん」の正体に気づく間すらなく、一瞬で絶命する。

殺人鬼の仮の姿として、あんまさんを設定しているのがあまりに絶妙だ。
まず目が見えないため、本質的に弱者の要素を含んでいる。
加えて、癒しを与えるその手には、人は完全に無防備に体をさらしてしまう。
癒しと弱さを抱えた儚い存在が、瞬時にくるりと裏返り、どす黒い暴力に変わる。
このギャップが、ひっぱたかれたように衝撃的だった。

それから、狂四郎の人格を何より明確に伝えてくれたのは、一本の傘の置き方だ。
涼しげな墓地で、手持無沙汰にうろつく狂四郎。
邪魔になった傘を、ポンと。
堂々と墓石の上に置いてしまうのだ。
弔いの気持ちとか、死者への敬意とか、無言のうちに皆が心の底に共有している感覚が、この人には欠落している。
何でもないシーンにこそ、小さな違和のように、狂四郎の抱える欠落が浮かび上がる。

こんな風に、「悪の華」はよく目を凝らすと、細かいところにこだわりが散りばめられていた。
先月、横浜でこの劇団さんの「お糸新吉物語」を観たときも同じことを感じた(鑑賞録の記事)。
そのときはこんな風に書いている。
<隙間なく敷き詰められた宝石箱>
<この日の舞台景色は、なんと言ってもはめ込まれた細かな飛び石、伏線がきらりと光るものだった>
ぴたりぴたりと、宝石の一つ一つが噛み合うまで。
日々編まれ、組み合わされ、何度もやり直されて、あの舞台が出来上がるのだと思う。

たまたまこの日は、美麗座長の24歳のお誕生日だった。
ラストショーの後、ファンの方から贈られたたくさんのケーキを前に、とても嬉しげだった。
とびきり麗しい、若き座長さん。
祝福と今後の輝きへの期待を、たくさん、たくさん込めて。

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南條隆一座とスーパー兄弟お芝居「情炎地獄 お糸新吉物語」

2013.7.15 昼の部@三吉演芸場

久々に出掛けたマリンの街・横浜!
綺麗な港町の綺麗な劇場には(三吉演芸場はコンサートホールのようだ)、それは綺麗な劇団さんがいらしてました。
「南條隆一座とスーパー兄弟」には、陽光が水面に照り映えるようにキラキラと笑む、若い役者さんがたくさん!
中でも目が釘付けになってしまったのは、龍美麗座長だ。

写真・龍美麗座長(当日舞踊ショーより)



しかし、素直に、なんと美しい人だろう。
ついお写真も普段より一枚多めに上げてしまう…笑

お芝居「お糸新吉物語」では、美麗座長は主人公の新吉を演じられていた。
このお芝居は、新吉の悲惨を極める運命を描いたもの。

商家・近江屋の奉公人の新吉は、明暦の大火で顔の左半分に大火傷を負ってしまう。
恋慕うお糸お嬢さん(天生蛍さん)を助けるため、火の中に飛び込んだからだ。
だが、お糸は恩義を感じるどころか、醜くなった新吉を「化け物」と容赦なくなじる。
他の奉公人たちも、新吉の醜さを馬鹿にする。
「人間が三割、化け物が七割、人三化七、化け物顔!」
そんな冷酷な呼び名まで付けられても、生来真面目でおとなしい新吉は、じっと耐えて働き続けていた。

新吉の支えは、近江屋の主人(若葉隆之介さん)との約束だった。
「火事でお糸を助けてくれた礼に、将来は近江屋の跡を継がせ、お糸と必ず一緒にさせてやる」と。
だが、約束は裏切られる。
「おとっつぁん、あたし、好きな人ができたの」
お糸が結婚相手として連れてきたのは、名家の相模屋の若旦那(南條勇希さん)。
この瞬間、主人と新吉の約束は反故にされる。
「もう、お前の化け物顔を見ているのは我慢がならないんだよ。今すぐ、この近江屋から出てお行き!」
新吉がどんなに泣いて縋っても、主人もお糸も同情のかけらも見せずに、新吉に暇を出す。

どん底に落ちた新吉に、さらなる悲嘆が待っていた。
「新よ、お前、どうしてそんなことに…」
新吉の唯一の肉親である母親(大路にしきさん)が、遠い郡上から新吉を訪ねてきたのだ。
母は新吉の境遇を知り、近江屋の主人にもう一度雇ってくれるよう縋りつく。
だが主人は、年老いた母の涙の訴えも冷たく退け、突き飛ばす。
その際に打ちどころが悪く、母は呆けて正気を失ってしまう。

新吉の爛れた顔を見て、「鬼じゃ、鬼じゃ!」と怯える母の姿。
(個人的にはこの場面が一番涙線が緩んだ…)
「たったひとりのおっかあを、こんな姿にされて…」
新吉はむせび泣く。
しかし次第に、ふふ、はは、という泣き笑いに転じていく。
何の音もない舞台の上、肩を震わせながら、新吉の笑い声だけが響く。
積もり積もった恨みの果て、新吉の精神がついに壊れていくのを、美麗座長は見事に表現していた。

新吉は包丁を手に、祭りの街を彷徨う。
止めようとする人々を次々に刺し殺し、お糸を探す。
「お糸、どこにいるんだ?花嫁がいないと、婚礼にならないだろう…」
お糸を手招く新吉の表情は、柔和な微笑みだったりして、余計に怖い。
「愛しい恋しいお糸を抱いて、情念地獄への道行きだ!」
お糸の亡き骸を抱き、新吉は自らも自害して果てる。

終幕後の口上では、美麗座長が「今日は120%やれた」と、大熱演の汗を滴らせながら語っていた。
聞きながら私が連想していたのは、隙間なく敷き詰められた宝石箱。
この日の舞台景色は、なんと言ってもはめ込まれた細かな飛び石、伏線がきらりと光るものだった。

たとえば、幕開けと終幕には、同じ形の赤い宝石が置かれている。
幕開けは近江屋が燃えているシーンだ。
赤一色の照明と人々の喧噪で、一気に舞台に惹きつけられる。
私が目を見張ったのは、最後の一幕=狂乱の祭りの場面になったとき、全く同じ風景が広がっていたこと!
再びの赤一色の照明、新吉の狂乱におののく人々の、再びの喧噪。
お芝居の最初と最後の符牒が見事にはまり、同じ形で綺麗に閉じられる。

それから物語のミソである、近江屋の主人が新吉とお糸を一緒にするという約束を、反故にしてしまうエピソード。
ここには、ちゃんと心理的な置き石がされている。
最初、主人は新吉に当然恩を感じていたし、火傷についても同情的だった。
だからこそ新吉との結婚を嫌がるお糸に対し、
「いくら可愛いお前の頼みでも、おとっつぁん、それだけは聞けません!」
「お前は新吉と一緒になるんだ!」
と強固に主張していたのだ。

ところがお糸が連れてきたのが、相模屋の若旦那という、名家の青年だったのがいけなかった。
しかも、南條勇希さん演じる若旦那は、礼儀正しく男っぷりもいい。
主人がすっかり舞い上がってしまったのがわかる。
「相模屋さん、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
若旦那に挨拶する主人の表情は、喜色満面。

この後から、新吉に向ける瞳は、侮蔑を隠さないものに変わるのだ。
「なんだい、店に置いてくれと未練たらたら…」
「お前のその醜い顔!私はね、世間の奴らにあの店は化け物を置いていると言われても、ずっと我慢してきたんだよ。もう、我慢ならないよ」
若葉隆之介さんの演じる態度の落差に、この日一番肝が冷えた。

さらにさらに。
最後の新吉の発狂に至るまでも、伏線を凝らしてあった。
クビにされた直後、新吉は一度包丁をかざしてお糸を襲おうとする。
でも、わずかに残った情ゆえに、刺すことはできなかった。
この時点では新吉は復讐を諦めたかに見えた。
――けれど、床に落ちたままの包丁が偶然視界に入ったとき、新吉はふと歩みを止める。
そして、無言で何かを考えている。
美麗座長は無表情なんだけれど、その背中の演技から、新吉の復讐の炎がまだくすぶっていることをありありと感じ取れる。
このワンクッションがあるから、最後の狂乱に至るまでの新吉の心の動きが、微細に舞台に現れるのだ。

そんな風に、ぴたりぴたりと敷き詰められた、細かな置き石がたくさん。
美しい役者さんたちの仕上げる、美しい宝石箱を覗かせてもらった。

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