近江飛龍劇団お芝居「三人の運命」

2014.11.9 夜の部@三吉演芸場

彼の芝居はすごいと、凄絶な芸の持ち主だと。
その名を聞いて、早何年。
会いたかったです、三代目・鹿島順一さん!

近江飛龍劇団に、しばらく滞在中の鹿島さん。
23歳の若者は、想像よりずっと快活で、みずみずしかった。
大きく口を開けて笑われるのが可愛い。

三代目・鹿島順一さん(当日ミニショーより)


11/9(日)の外題「三人の運命」は、九州の劇団で「三人出世」という題で見たことのあるお話だった。
(劇団KAZUMAで2回、玄海竜二一座で1回)

三人の幼友達の人情噺だ。
間抜けな目明かし・友吉=友やん(橘小寅丸さん)。
強欲な金貸し・島吉=島やん(鹿島順一さん)。
悪魔小僧と呼ばれる盗賊・定吉=定やん(近江大輔さん)。

私はどの劇団で見た時も、基本的に島やんが好き!
貧乏人からもビタ一文まからない、冷酷ながめつさだけど、その過去には幼い頃の貧困がある。
「友吉、お前、はよ家賃払え言うてんねん」
なので、鹿島さんが不機嫌そうに眉寄せて、帳簿片手に出て来たときは嬉しかった!
鹿島さんの島やんだー!

島やんは、金貸しであり、長屋の大家でもある。
家賃を溜めこんでいるのは、幼馴染の友やん。
「お前、今家賃なんぼ溜まっとるか知っとるか。見てみい(帳簿を友やんに見せながら)、ここと、ここと…ここからここまでずーっとや。十月やで、十月!わしみたいに十月も待ってくれる大家、どこにもおらんで」
島やんは帳簿をぴし、ぴしと叩きながら、怒り顔。
太い声の関西弁が、心地良く跳ねる。

「お前、友達から、そんながめつい真似すんのか!」
と友やんが咎めれば。
「いくら幼友達いうても、金は金や。払えんのなら、お前、ここ出てけ」
島やんは、くいっと指で外を示してみせる。
目元には、人を食うような陰り。
「ホラ、はよ、出てけ」

鹿島さんがスッと立っているだけで、一つ一つの場面に、何か匂いのある陰影が現れる。
背の高い佇まいには、どっしりした芯が入っているみたいだ。
確かに、熟練の役者さんの持つ澱みを思い出すのだけど。

「友吉、お前、ンなことしとる暇あったら、金作る方法考えんかい!今日の暮れ六つな、取りに来るからな、金作っとけよ!」
こんなセリフ回しには、とっても若々しい勢いが迸っていて。
舞台の端から端までよく動く丸い目が、熱にきらきらしている。
この熟達の方も、“これから”を見つめる、若手役者なんだと思い知らされる。

「三人の運命」の愁嘆場では、島やん・友やん・定やん、幼馴染三人が、夜道にそろう。
友やんは、島やんの金の亡者のような冷酷さを責めて。
島やんはむっつりしながらも、自分の生き方を振り返る。

来た、私が待ってた島やんの過去語り。
この演出だとそんなにセリフ量はなさそうだけど、鹿島さんの声で聴きたい!

「小さいときからのド貧乏や。金、金、金、金で世の中回っとる。金を持ったもんが、勝ちを取るんや」
舞台中央にしゃがみ、“金”とつぶやくたびに、手の甲と平をぶっつけ合わせる。
「せやから、絶対に金持ちになってやろうと思って生きてきた…」
皮肉めいた口調が、ぴりっと哀しい味わいを与える。

この直前に友やんの口から、幼い島やんのエピソードが語られている。
「高い木になっとる柿の実があって。お前は昔っから意地汚いやっちゃなぁ、“あの柿が食べたい、食べたい”って泣きわめいて、木に登ってったやないか」
高い柿の実に手を伸ばすように。
上ばかり見て、富を、出世を、求めてきたけれど。
その果てにあったのは。
「定やん、さっきわし、酷いこと言うたなぁ、許してくれ、この通りや」
自分の欲深さを悔いて、頭をこすりつけんばかりに、幼友達に謝る。
この島やんという人物の、哀しい心のあり方に、私はいつも惹かれる。

それから、近江大輔さん演じる定やんの、温かな演技も、とっても好きだった。

近江大輔さん(当日個人舞踊「エスメラルダ」より)


友やんが芝居中に説明している。
「俺と島やんが同じ歳で、定やんが二つ上で」
この“二つ歳上”というのが、効く(三人に歳の差がある演出は初めて見た)。
定やんの目線は、島やん・友やんに比べ、どこか“お兄ちゃん”なのだ。

自分が悪魔小僧と呼ばれる盗賊になっても、捕縛の手柄は友やんにあげようとしたり。
島やんに酷い言葉を投げつけられても、決して咎めず、むしろ咎めた友やんに「よせ」と言ったり。
「小せえ頃は、お前たち二人、俺の後をいつもついてきた」
大輔さんの穏やかな声に、弟分二人への情が溶けている。
ご本人の深みのある雰囲気も、実際にお兄ちゃんっぽいような…

そういえば鹿島さんは、小寅丸さんと、どうやら仲良しみたいで。
芝居中に二人で芸談になり、鹿島さんが淡々と一言。
「一緒に芝居する人全員が、自分より上手いという気持ちでおるもん。けど、いざ舞台に出るときは自信満々で出るようにする」
舞台の上の絡みとはいえ、芸達者な方から、こんな言葉を聞いたら。
私は単純に、じーんと来てしまいます…!

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近江飛龍劇団お芝居「遊侠流れ笠」

2013.6.22 夜の部@篠原演芸場

ぐいぐい前へ、ぐいぐい上へ。
風を巻き起こしながら、疾走を続ける昇り龍たち。
龍が握りしめる宝珠の中をのぞきこめば、驚くほど明るい晴天の空が見える。
先陣を切るひときわ大きな龍は、やっぱり座長・近江飛龍!

写真・近江飛龍座長(当日舞踊ショーより)

このビッグスマイル、無限にパワーが沸き出るかのようです。

近江飛龍劇団は、はるか6年前、大学生になりたてだった私が最初に観た大衆演劇の劇団さんだ。
大衆演劇を知った、一番手前のドア。
なのでどこか懐かしい気分を抱きながら、同行してくれた友人と一緒に、篠原演芸場へ向かった。

やくざもののお芝居、お外題は「遊侠流れ笠」。
老いたやくざ一家の親分(近江飛龍座長)は、腹心の代貸し(近江大輔さん)に組を乗っ取られてしまう。
かつては、子分衆皆に畏怖される親分だったのに。
「おい、老いぼれ。掃除しとけって言っただろう」
代貸しに老いぼれ呼ばわりされ、汚い格好に身をやつし、掃除を押し付けられている。
さらに代貸しの妻・おなか(轟純平さん)や子分(橘小寅丸さん)にも、馬鹿にされ、足蹴にまでされる始末。
「なんて奴だろう、この老いぼれ、あたしの名前を呼び捨てにするなんて!」
曲がった背中をおなかに座布団で叩かれる姿は、哀切極まりない。

筋を追えば、英国のリア王の物語が浮かび上がるような、<かつての栄華が枯れ落ちる>典型のお話。
しかし、どう演じても悲劇になりそうな筋書きを、龍の飛ぶ空に放り投げてみたならば。
けたたましい、笑い声ばかりが降って来るからすごい!

飛龍座長が演じる親分は、悲惨な立場にあるはずなのに、とにかく可笑しいのだ。
まず、大仰にひん剥かれる目とへの字を描く唇。
歌舞伎役者が方向を間違えて見得を切ったような表情とメイクが、じわじわと笑いのツボを刺激する。

親分のキャラクターも、哀れっぽさを感じさせないたくましさ。
代貸しに座布団で叩かれれば、親分は座布団をひっつかみ、機敏な動きで後ろからすぱぁん!とやり返す。
やりやがったな、と代貸しが振り返ると、親分はすかさず手を震わせながら訴える。
「ああ、老いて体の自由がきかねえもんだから、ついやっちまった!」
いや、さっきものすごい機敏に動いてたけど。
代貸しが背を向ければ、親分は再び後ろから座布団つかんで、一発食らわせる。
そして限りなく哀れっぽく、
「ああ~、体の自由がきかねえもんだから、手が勝手に!」
いや、さっきすごい滑らかな動きだったけど。
親分の座布団攻撃、代貸しが怒って振り返る、「体の自由がきかねえ!」のループ。
親分の哀れさは霧散して、気がつけば私はお腹を抱えて笑っていた。

観客を巻き込むのもお手のもの。
代貸しや子分達に追いかけられ、逃げる親分は観客席へひょいとダイブ。
客席の一番奥までやって来て、
「おい、逃げるところがねえな…」
だって座長、今日は大入り、みっちり埋まってますもの。
そしてまた舞台へと走る親分。
がっしりした体躯が座椅子の間を駆け、私の真横を走り抜ける!

逃げる途中、空いていた席に座りこんで、お客さんの予約用の名札を顔に貼りつけてみせたりもする。
「親分って誰だ、俺は○○さん(名札のお名前)だ」
これには心底大笑い。

そんな飛龍座長の親分に、「若い衆、お前たちも御苦労だったな」と呼びかけられれば。
「へい!」
と観客席一体となって、楽しく元気よく返事してしまうというもの。
観劇というより、アトラクションに乗っている楽しさだ。
とにかく、座長は次に一体何をやるんだろ?ということで頭を一杯にしていたお芝居だった。

6年前、初めて観た近江飛龍劇団のお芝居が、脳裏で蘇る。
やっぱり飛龍座長が観客席の間を駆けるシーンがあり、あの大きな目がお客さんの顔を次々のぞきこんでいった。

ああそうだった、明るい龍は、賑やかな架空のほうから、この桟敷に降りて来てくれるのだ。
歌の合間にも、前列のお客さんからコーヒー缶を受け取って、
「こんな指輪はめてしもたら、めっちゃ開けづらいわ…」
きらきらしい指輪を抜いて、コーヒーをぐびりと一気飲み、ポンとお客さんに缶を渡し返す。

座長の歌に合わせて、ペンライトが揃って揺れる。
座長をはじめ全体に体格の良い座員さんたちも、二階席まで埋まったお客さんも、隣席の友人も…この夜を思い出すと、パッと笑顔のイメージが咲く。
多分私自身も、鏡を見れば満面の笑みだったのだろう。

昇り龍の飛んで行く先、いつでも快晴の天。
その下で、必ずまたお会いできるでしょう!