【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

連日、猛暑ですね。
夜も汗ばむ熱気の中、新宿バスターミナルへ向かうときの何とも言えないワクワク感――
前から書いてみたかった切り口で、コラムを書かせていただきました。

【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

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↑バスタ新宿の画像を見るだけで高揚する…。

(記事冒頭)
「日本って狭いねえ…」
この言葉をこれまで何度聞いただろう。月ごとに移動する劇団を追いかけて、四国の劇場でバッタリ会った東京のファン。演目が発表された瞬間、スマホに指を走らせて大阪の宿を取った友人。大型連休、ファン仲間のグループLINEに「大阪着いた」と投稿すると「特選狂言観たくて神戸」「名古屋で○○劇団観る」と誰一人地元に残っていなかったときもあった。

“遠征”は、大衆演劇を語る際に外せない文化の一つである。

⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)


地元観劇ももちろん楽しいけど、遠征の楽しさは格別。
だって完全に日常を離れて、仕事も家事もしなくてよくって、観劇しかやることがない状態!
…ええと、書いてみて、今の言葉の多幸感がすごいのでもう一度。
観劇しかやることがない状態!なんです。

大衆演劇にハマって5年、その間に一体何十回遠征していることか、考えるだけで恐ろしい💦 けど一つ一つに忘れられない思い出が焼き付いている。
5年前、長野・松代ロイヤルホテル、芝居の興奮冷めやらぬまま、友人と夕焼けの中でレンタル自転車を漕いだ。
4年前、初めて降り立った大阪、うだるような猛暑の中、オーエス劇場へ向かった。
3年前、台風が直撃した日、迂回の列車を使用してなんとか大阪入りし、浪速クラブに駆けつけた。
2年前、お外題を見て夜行バスを衝動的に押さえ、堺東羅い舞座へ走った。
昨年、月に3回の梅田呉服座という大冒険に出た(これはさすがにもうできないな…)

大好きなことだとはいえ、金銭的にも体力的にもすり減らないわけじゃない。
周囲の大衆演劇ファンも簡単なことのにようにヒョイと県を飛び越え、本州を飛び越えていくけど…
実は、それなりの工夫と努力の上に遠征しているのではないだろうか。

普段の買い物を節約したり。
しんどい身体をガマンしたり、夜行バスの堅いシートに慣れさせたり。
家庭のある人なら家族の面倒も見て。
各々の抱える事情をどうにかこうにかして、ようやく劇場に辿り着く。

「よう来たな~!」
と役者さんが遠方から来たファンに陽気に声をかけているのを目にする。
うん、本当にそうだなぁ。
みんな、よう来たなぁ…

今回の記事、Twitterでの反応を見ていると、商業演劇や小劇場、ミュージカル、歌舞伎、宝塚など大衆演劇ファン以外の方にも「わかる~」という共感を示していただいた。嬉しや…m(_ _"m)
ジャンルは違えど根本の動機は同じなのだと思った。
どうしても観たかった舞台がそこにあるから、という。

そう、お財布の痛みも身体の痛みも、圧倒的な舞台の前では取るに足らないことになる。
だからこの言葉を幸福いっぱいにつぶやくのです、これからも。

「来れるじゃん!」

やっぱりこれは、数百キロの距離を「すぐそこ」にする魔法の呪文。

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いつか止む雨 ―あんなもの、と誰かが言った―

「その扱いは、大衆演劇の役者さんだから、ってことですか」
先日、ある役者さんに思わず聞き返した。彼が商業演劇に出演した際の、落とし穴に足を滑らすような想定外の不平等を聞いて。うん、と頷くその人の目がぱちぱち瞬いて。何を見ていたのか今もわからない。

“「どうして私たちが大衆演劇の役者さんと同じ舞台に立たなくちゃいけないの」”
1980年代。松井誠さんは、出演したイベントで共演の歌舞伎役者がそう言うのを聞いたという。
“ああ、なるほど大衆演劇はそういう見方をされているんだなと痛感しました”
(『演劇グラフ』2010年2月号 新春特別対談)

時代は変わった。現代ではもちろん、同じ舞台人としての敬意を持った交流のほうが多いだろう。商業演劇の俳優さんが大衆演劇の舞台にゲストとして出演したり、お互いのブログに友人として登場したりする、温かな光景もよく見る。

だから、冒頭のようなエピソードを聞くと足が止まる。身の回りには大衆演劇ファンや、大衆演劇を発信しようと尽力している人々ばかりなのに…。いや、もしかすると、自分の日常がこの界隈に浸かりすぎているんだろうか。
まるで居心地の良い洞穴を出たら、外は雨が続いていたような気分だ。目を凝らすと、降ってくるのは尖った言葉の断片。

「すごく役者を大事にしてくれる四国健康村みたいなセンターは、また乗りたいなって思いますよね。いや、たまに、ほんとに役者をバカにしてる所とかあるんですよ! そういう所ではやっぱり、なんだテメェって気持ちになっちゃったり…」
穏やかな人柄に珍しく、荒い口調を見せた役者さんを思い出す。

“学校に行けばいじめの対象だったもの。白粉くさいとか、オカマとか”
(橘小竜丸太夫元座長<橘小竜丸劇団> 2015年9月SPICEインタビュー)

“大衆演劇の役者なんか出入りするとそういう人たちが多くなるから嫌だ、とかさ。そういう声だってあったわけよ”
“意外とね、近所の方ってね、人の目があってね、行かないんですよ、どういうわけか(笑)なんつうんだろ、大衆演劇に対して偏見がある”
(劇場近くの喫茶店のマスター 2016年5月SPICEインタビュー)

冷たい雨の中を歩く。気づくと、足元に古い立て札が突き刺さる。
“物乞いと旅芸人は村に立ち入るべからず”
川端康成の『伊豆の踊子』の一場面。あの小説の舞台はたしか、大正時代だったはず。

“ほんとに役者をバカにしてる所とかあるんですよ!”
平成の世、表向きは芸能人かアイドルのように誉めそやされていても、時折声をひそめて裏側が翻る。
所詮はあんなもの、と。
いわゆる、ちゃんとした演劇じゃあない、と。
この世はまだそんなところに在ったのだ…。

大衆演劇の役者さんの中にも、自嘲的に語る人がいた。その声が濡れた土の中でむくりと起き上がる。
「俺たちの業界がずっとやってきたような芝居ってさ、これ演劇って言えるか? 宴会芸だよ」

――目を覚ますと芝居小屋の中にいる。LEDの光の下、豪華絢爛な花魁衣装に歓声が上がる。
旅芝居の舞台はあっけらかんと続いている。世間と隔絶されたかのように。それでも芝居小屋の屋根には、どこかから冷ややかなまなざしが突き刺さっているんだろうか。驟雨の中に目をこらすと、立て札の木片がぼんやりと現れるんだろうか…。

無題

ひとつのセリフが目の前で飄々と披露され、消える。
誰かがバカにしようとも、大衆演劇には芝居がある。舞踊がある。どんなに小さなセンターの宴会場でも、舞台に打ち響く芸がある。

舞台が大好き、という気持ちが体に弾けている若い役者さん。
心深くをすくい取って発露させる女優さん。
年輪豊かな大木のようなベテランさん。
私たちは彼らを知っている。
その親の代も祖父母の代も、長い間、蔑視をするりと抜けてきた芸を。

舞台の上の人々は、相手の役者との掛け合い、そして今日のお客さんの心をどう動かすかという一点に集中している。そこにかけがえのない喜怒哀楽が編み出されるとき、外の無知な嘲りは関係ない。空っぽな優越感など眼中にない。
「川北長次の親分さんは、日の本一の…」(『遊侠三代』)
背後から掛かるセリフに合わせて、座長が花道に踏み出す。間髪入れずに「座長!」とハンチョウが飛ぶ。小さな小屋の中、役者と観客が完全に一緒に浮上する瞬間、胸の奥がたしかに晴れていく。

これぞ庶民のための芸術だとか、演劇の根源がここにあるとか、そんなヨイショではない。
大衆演劇は大衆演劇だ。ずっとそこにあって各土地で人々を楽しませてきた。人々の笑顔、涙、興奮の汗粒の数。それら、はにかんだ歴史の層の一枚一枚が客席に打ち寄せてくる瞬間があって、ああ、この芸能が取るに足らないものであるはずがない…と教えてくれる。

“大衆演劇ってずっと無くならへんと思うんですよ”
(大川良太郎座長<劇団九州男> 2017年5月SPICEインタビュー)

将来も大衆演劇は変わらない顔をして、シレッと、にぎやかに続いていくのだろう。世間の言葉足らずな人々も、いつか旅芝居を真正面から見るだろう。
そのとき、この雨も止む。

雨の中に、こっそり一冊の本をかざす。今から45年前に出版された『旅芝居の生活』 (村松駿吉著、雄山閣)。明治~昭和初期の旅役者の生活をイキイキと描いた名著で、個人的バイブルの一つ。先日久々に読み返したら、ブルリとした文があった。

“旅から旅の放浪生活をしていても、無気力ではない。生きていくためには、どこで、なにをしていても苦しまなければならないことを知るのはしぜんであって、その生きるための、たとえ掛け小屋の舞台ででも、自分の芸に観客が喜怒哀楽の情をあらわにしてくれることに、生き甲斐をおぼえるための努力はする。それが唯一の、そして無二のたのしみなのである。”

唯一の。
そして無二の。

チョン!と芝居が始まるとき。
あの小さな舞台に、晴れ間が差している。

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I LOVE “女の子”! ―100歳になっても―

“女の子って何でできてる? お砂糖とスパイスと色んな素敵なものでできてるよ”
こんなマザーグースとはいかなくても。
大胆な決断力とたしかな強さを、柔らかな肌にくるんだ“女の子”は、なんて魅力的な生き物なのでしょう。

と最近思ったのは、4/18(火)、橘鈴丸座長(橘小竜丸劇団)が大阪にゲスト出演したとき。梅田呉服座で行われた≪紀伊国屋章太郎古希祝い 澤村一門特別公演≫。仕事で大阪行きは断念したけど、タイムラインで目立っていたのは鈴丸座長への反響だった。
「初めて拝見したけど、世界観に引き込まれた!」
興奮した声があふれていた。


橘鈴丸座長(橘小竜丸劇団)

普段東京にいても、鈴丸座長――“鈴ちゃん”の人気はだんだん高まっているのを感じる。ショーの独特の世界観もさることながら、毎日の舞台に対して本当に健気な心が伝わってくる。
「とにかく一生懸命な座長さんなんです。どうか一人でも橘鈴丸を知ってくれる人が増えますように」
ネットで見かけたファンの方のエール。いずれの役者さんのファンも好きな人を語る熱さは同じだけれど…。鈴ちゃんを語る口調には、胸にきゅっとしみる愛しさみたいなものがある気がする。そこには、女の子がただ一人で大きな構造に立ち向かっている、ということへの共感がひそめいていたりするのだろうか。
「男社会の大衆演劇で女が生き抜く為には男の何十倍もの努力をしなければならない」
と鈴ちゃん自身、ツイッターで発信している。それらの言葉が、舞台の彼女と客席の女性たちを一種の同志にするのかもしれない。今月21日の大島劇場での誕生日公演は私も予約済みだ(楽しみ♪)。

誕生日…。
そうだ、女の子も歳を重ねていく。
30代、40代、50代、そして人によっては還暦を過ぎてなお舞台に立つ――

大衆演劇の世界で年齢を重ねた女優さんってどんな存在だろう。多くは太夫元の奥さん=座長のお母さん。あるいは親戚。中には、なぜこの劇団に…?みたいな不思議な縁で在籍している人もいる。
彼女たちの柔らかな横顔を思い出す。小月きよみさん(橘劇団)秋よう子さん(劇団新)桜木八重子さん(橘小竜丸劇団)喜多川志保さん(劇団天華)北條真緒さん(春陽座)春咲小紅さん(鹿島順一劇団・客演)…他にもたくさん。いずれの方も、脇役や舞踊ショーの短い一曲でもシャンと舞台を整えている。

彼女たちが娘役を務めた頃は、どんな時代だったのだろう。昔はもっともっと女優さんの地位は低かったという。ごく稀にでも、舞台の中央に立ち、歓声に可愛い頬を染める日があっただろうか。

同じだけ歳を重ねた男優さんが、太夫元や指導、大御所として敬われているのを見る。彼らが芝居を立てたり、芸能生活何十周年というお祝いをされているところを私たちは見る。
一方、ベテラン女優さんが芝居を立てていたり、座長のお母さんが太夫元だったりする劇団さんはほんの一部だ。彼女たちの多くは特に役職を持たず、今日も微笑んで舞台に出ている。
白粉を塗り続けてきた女の手に、得られるものはどのくらい…?

ある女優さんの芝居でのアドリブのセリフは印象的だった。
「この世界で嫁に行き遅れる女の人を、うちはたくさん見てきたんだよ、だからね、決してそうはなりたくないの!」
自虐ギャグに三吉演芸場はドッと笑った。
娘役を降りた女優さんには、大きな椅子が用意されている。夫を支える妻、という。
もうちょっと後には、子どもを抱く母の椅子が控えている。
そして少しずつ裏方に回り、夫や子どものサポートに回り、時々芝居に出て、一曲きりの個人舞踊を丁寧に踊る人になるのだろうか。
それはたしかに一つの美しい人生だ――けれど。

頭の中に女の人が踊っているところを浮かべる。少しずつ皺を刻んでいく手が空を切る。
「うちはお嫁に行きたいの!」
椅子はそこにしかありませんか。
「ここであんたに男を譲ってしまったら、うちをお嫁にもらってくれる人なんておらんもん」
息はそこでしかできませんか。

舞台が鏡のように映すのは、この世の女の子みんなにかかっている呪いでもある。
若くなくなっていく女の子は、すり減っていく自分の価値を、妻に母に置き換えなければ何者にもなれませんか…? 

…ちょっとシリアスになりすぎましたので、ここで一息。
舞踊ショーの一曲。舞台に出てきた女優さん。年齢を刻んだ身体が、しっとりと曲に合わせて流れる。

たとえば【お吉物語】。“ハリスさんも死んだ。鶴さんも死んだ。今度はわたしの番なんだ” 酒浸りになった哀れなお吉を、包みこむような眼差しが踊り手にある。

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喜多川志保さん(劇団天華)【お吉物語】

たとえば【冬隣】。“地球の夜更けはせつないよ そこからわたしが見えますか” とうに亡くなった命に、女はいつまでも呼びかける。

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小月きよみさん(橘劇団)【冬隣】

たとえば【お母さん】。“どなたですかと他人のように わたしを見上げてきく母の…” 恍惚の人になってしまった母親をいたわり、羽織をかける。

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北條真緒さん(春陽座)【お母さん】

身体に薄衣のように幾重も折り畳まれた芸が、ぱた、ぱたと開かれていく。
役職なんて何もなくても。
彼女の舞台の深さを客席が知っている。
その中に少女のようにいとけない、他者を思いやる心が息づいていることも。

『一生、女の子』。以前読んだ、作家の田辺聖子さんの著作のタイトルにそういうのがあった。著者が83歳のとき出版された本で、人や物を愛おしむ気持ちがたっぷり詰まっていた。

だから私はもう、舞台に向かって唱えることにした。
若くても、歳を重ねても。
誰かと結ばれても、結ばれなくても。
子どもを産んでも、産まなくても。
儚いものに手を伸べて、自分自身よりも慈しみ続ける人のことを、“女の子”という。

願わくば舞台の貴女が、ずっと客席の私たちと一緒に歳を取ってくれますように。

無題
澤村沙羅さん・澤村青空さん(風美劇団)

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千明ありささん(劇団新)

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高野花子さん(下町かぶき組)

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小春かおりさん(劇団花吹雪)

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南條千花さん(劇団魁)

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桜木八重子さん(橘小竜丸劇団)

セリフを言う声はいつまでも晴れ晴れと。踊る体の芯は強く、笑いじわのできた目元はなお甘い。
“お砂糖とスパイスと色んな素敵なものでできてるよ”
そう、100歳になっても、ね。

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【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十三] “お外題”って何?大衆演劇ファン用語集

大衆演劇が好きです。
そして、大衆演劇ファンが好きです。
自分も含めて、ふとファン同士の会話を聞けば…その“言葉”の濃いこと、濃いこと。

「今月何回目?」←通ってることが前提
「その日通し(狂言)だよ!会社からで間に合う?」 ←通し狂言の日は仕事の調整も綿密に
「○○劇場のお外題情報求む」 ←ほんとにこれで誰かが教えてくれるのがすごい
「ロスーーーーー」 ←説明不要

楽しい、愛しい、ファンの言葉たち。
これから大衆演劇に出会う人にも、なんかこの世界は楽しそうだなと思っていただきたくて。
ずっと書きかった「ファン用語集」なるものをようやく形にできました!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十三] “お外題”って何?大衆演劇ファン用語集


記事のトップにしているこちらが何の写真かは…きっとこのブログを見て下さってる大衆演劇ファンの方にはわかると思います。ヒント:一本釣り

(こんな用語についてあれこれ解説しています↓)
通う 好きな劇団が地元劇場にいれば、一か月に複数回観にいくのがファンの基本形態。通勤・通学のごとく劇場に通う。なかには「一か月皆勤」という猛者もいる。「今月は○○劇団の出席率高め」とファン同士で会話したりする。

通し狂言 ミニショーを省いて披露される1時間半~2時間の長めの芝居。芝居から開演するので、もし途中入場すると序盤を見逃してしまう。そのため通し狂言の日は、普段以上に全速力で劇場に走るファンの姿がある。

お外題(げだい)(別称:貼り出し)  演目のこと。特に芝居の演目を指す。大衆演劇は芝居・ショーとも日替わりなので、どの日に何をやるかはファンにとっては非常に重要。劇場によっては今後のお外題をWEBサイトに載せてくれるが、多くは劇場に貼り出してあるのみ。そこで、貼り出されたお外題をファンが携帯で撮影し、SNSでほかのファンと共有する助け合い文化がある。

ロス 好きな劇団の公演の千穐楽が終わった後などに陥る、心にぽっかりと穴が開いたような気持ち。「○○(劇団名・役者名)ロス」が高まると遠征という手段に出る。


このほか、「神セトリ」「勘違い席」…などファンならではの用語を集めてみました。
⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)

入稿前、大衆演劇を知らない人にこれで伝わるんだろうか…?と一抹の不安がよぎり、「読んで意見をくれる…?」と友人たち・姉にお願いしたら、すぐさまその多大な力を貸してもらうことができました。
いつもありがてえ…m(_ _"m)

私はネットで「宝塚ファン用語集」とか「ディズニー初心者用語集」とかのコラムを見つけると、つい読んでしまう。こんな世界もあるんだな、とそのジャンルに興味が沸く。各ジャンルについて全然知らないのになんでだろう? と考えると、言葉にたっぷり詰まっているファンの熱に惹きつけられているんだろうなと思う。

大衆演劇という大きなジャンルについて書くには、まだまだ、まだまだ力不足ですが。
大衆演劇を知らない誰かが、ネットの海を漂ううちにこの記事に行きあたって。
「“通し狂言”って何?」「“お外題”って何のこと?」と思ううちに。
こんなディープな世界もあるんだな、と心の隅に置いてくれることを願って。

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ふるさとの春 ―“一般家庭出身”の役者さんのこと―

息子さんが、娘さんが。
大衆演劇の役者になって良かったと思ってくれるでしょうか。


「今日、○○くんのお父さんとお母さん、観に来てるでしょう。ほら、あそこに親戚で固まって座ってる…」
隣の人の話し声でそちらを見れば、本当だ、最前列に親戚一同。ある役者さんが舞台に登場するたび、大きな拍手を送っている。本人は照れくさそうにはにかんでいた。個人舞踊の最中、ご家族から贈り物を受け取るときには、家族を包むような拍手が起きた。

大衆演劇の役者さんに一番多いのは、親が役者だったので子役の頃から舞台に立っているという人。特に座長さんはほとんど役者家系だ。
でも中には、まったく役者の血筋でなく、入門という形でこの世界に入ってくる役者さんがいる。中学卒業したて、まだあどけない顔の少年少女もいれば。職歴を経て、30代後半で初舞台にトライという伝記でも書けそうな経歴の人もいる。

私の大衆演劇ライフのきっかけだった柚姫将副座長(劇団KAZUMA)も、19歳で入団するまで舞台とは無縁だったそう。口上などで時折熊本のご家族のことを話題に出しているくらい、ご家族仲はよさそうだ。とはいえ、将さんが「旅役者になる」って言ったときは、ご両親はびっくりされたんじゃないかな…


柚姫将副座長。役者生活も15年になられるのかな。芝居にまっすぐな心根がにじんでいる。

なんせ休日はほぼない。夜は遅い。生活は不規則。地元には滅多に帰って来られない。そして毎月住所が変わる。
今、役者を志す若い人には、もともと親御さんが大衆演劇ファンで、親と一緒に小さい頃から観ていたという場合が多いみたいだけど。それでも自分の息子さん・娘さんが舞台に立つとなったら、話は趣味じゃ収まらない。
だって、もし私の親戚の子が役者をやりたがったらと想像すると、やっぱり軽いノリでやりなよ~とは言えない。相当な覚悟が必要だ。

ずいぶん前にセンターで出会った、仲良しのお母さんと中学生の娘さんを思い出す。母娘そろって目を輝かせて舞台を観ていた。
数か月後、娘さんは中学を卒業した後、劇団に入団したという。共通の知り合いの方が教えてくれた。
「もうお母さんな、娘が心配で毎日泣いとるんよ。最初のうちは里心がついてしまうからって家族に連絡もせんようにしとるらしくて、あの子が元気なのかもわからんし」
あの元気でチャーミングなお母さんが、そんなに憔悴しているなんて…。
「お母さんを気晴らしさせよと思って、ほかの劇団を観に連れて行っても、舞踊ショーで曲がかかると『この曲、あの子が好きやった…』ってまた泣く。故人か!(笑) 死んだのとちゃうやろ!(笑)」
話してくれた方は笑い飛ばしながらも、お母さんへの気づかいを言葉の端々にのぞかせた。

15年間育てた娘が、たった一人で他人だらけの所へ行く。しかもかなり独特な世界へ。子どもが自分で決めたこととはいえ、心配で胸がつぶれそうになっている親御さんがいても無理はない。
劇場でも時々、見かける光景だ。ある10代の女優さんの誕生日公演、彼女のお母さんは花道に立つ娘をじっと見ていた。お母さんの席の真横を通って後方へ行っても、体ごと振り返って食い入るように見ていた。

血縁以外にも、地元の先生・先輩・友達。どの役者さんにも、舞台に上がる前に毎日顔を合わせていた人たちがいる。
周囲に役者になると話すと、え、そもそも大衆演劇って何…?とハテナを浮かべられたりしたかもしれない。
親しい人みんなと離れて、今日から役者――となった途端、彼・彼女を囲む面々はガラリと変わる。

まず、劇団の仲間と24時間一緒の生活になる。集団生活が苦手な身には想像だけでなかなかストレスフル(汗)
だから入団した座員さんを大事にしている座長さんを見ると、客としてもホッとする。座員さんが未成年なら、なおさら。
ある座長さんは「ご家族からお預かりしているわけですから」と、礼節を崩さない口調で語っていた。

そして役者仲間の次に顔を見ることになるのは、私たちお客さんなのだろう。昼の部、夜の部、お出迎え、送り出し――客席の無数の顔と出会う生活になる。

その中に時々、冷たいものが飛び込んでくる。
『このアカウント、どこの誰か全くわかりません』
先日、SNSに若い役者さんの訴えが回ってきた。自分の“彼女”を名乗る誰かが色々放言しているが、成りすましであり、やめてほしいという内容だった。

大衆演劇の距離の近さがそうさせるのか、SNSや掲示板では火のない所にも煙が立ちまくっている。恋愛の噂。素行の噂。
特に陰惨なのは、人気の男優さんと親しくしているという理由で女優さんを攻撃する言葉。
燃料はなんだろう。嫉妬。独占欲。好きが行き過ぎた恨み?

インターネットは繋がっている。彼・彼女の実家のPCや、地元の友達のスマホにも。
ふとあの子は元気でやってるんだろうかと検索して、懐かしい顔が匿名の罵詈雑言の下敷きになっているのを目の当たりにしてしまうとき。
その胸をえぐっているのは誰。
その悲憤を握りつぶしているのは誰。

どんな事情があっても。
舞台に乗っている一人残らず、無遠慮な言葉で刺されていいとは思わない。
踊る手足も、芝居でセリフを言う声も、いっぺんに優しい印象になる笑い顔も、これまで何年もかけて大勢の人が育んだもの。
たまの里帰りを心待ちにしている誰かがいる。
その背中に積もった長い時間を思えば、おもちゃのように消費されていいはずがない。
舞台の下の私たちと同じように。

昔ながらの大衆演劇の歴史から見ると、ずいぶん甘い考えかもしれない。家族や友達の温もりを離れて、座長に厳しくしごかれ、客の悪口もバネにしてこそ役者…旧来、芸の世界はそういうところだったかもしれない。
実際、昭和の名優たちのインタビューを読むと、民主主義や人権すら時には無視されるような環境で自身を磨いてきた人もいる。それが結果的に強い芸を育ててきた面は否めない。

でも、世は平成29年。楽屋も社会と一緒に時間を刻んでいる。日々、現代のお客さんの共感を得る舞台を作ろうとしている。座員さんが極端に恐縮せず、のびのび精進している舞台は観ていて気持ちがいい。

そういう意味で惹かれるのは澤村紀久二郎総座長(千代丸劇団)だ。
お弟子さんの澤村千夜座長(劇団天華)澤村玄武座長(劇団王座)澤村慎太郎座長(澤村慎太郎劇団)を舞台経験のないところから育てて、結果的にみんな座長にしている。信じがたい教育力だと思う。

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澤村紀久二郎総座長。とらえどころのない、ふわっと浮力のある踊り方。

昨年10月の千夜座長誕生日公演にゲストでいらした。役どころは弟子である千夜座長の影武者役(!)。
「稽古してるうちにうまく乗せられて、気づいたら影武者に(笑)」とニコニコしていらした。当然ながら師匠としては厳しい方だと聞くけれど、偉ぶらない姿が大らかで温かかった。

やっぱり私は、一般の家庭に育って、普通の学校を出た役者さんも可能性を試していける、平成の大衆演劇であってほしい。次代の芸がそこから生まれていくのだから。
15歳で入団した娘さん。最近、ネットで舞台姿の写真を見かけた。すっかり艶のある女優さんに成長していた。

「ブログ、読んでいます」
ごくまれにだが、役者さんのご家族から思いがけない言葉をかけていただくことがある。
息子さんが、娘さんが。
教え子が、後輩が、友達が。
大衆演劇の役者になって良かったと思ってくれるでしょうか?
一大衆演劇ファンの私は、本当に良かったです。唯一無二のその人の舞台に出会えて、嬉しいです。
彼・彼女を送り出してくれて、ありがとうございました。

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ご近所の梅も満開で、今日から3月。中学校の卒業式が終わる頃から、今年もまた新しくこの世界に入ってくる役者さんがいるのだろう。
彼らのふるさとでは、旅立つ前にご家族で揃って出かけたりしているかもしれない。はたまた、友人の誰かが大衆演劇って何…?と思っているかもしれない。
どうか伝わるといい。広まるといい。

芝居。舞踊。物語。汗。パッと咲く笑顔。
あなたの大切な人の選んだ、大衆演劇役者という職業は。
私たち大勢に、かけがえのない希望を与えてくれる仕事です。

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