「もうダメだ」と言うとき ―『雪の長持唄』に教わったこと―

そんなこと――
間髪入れずに言った人がいた。
道路の上でも、スポットライトの当たる舞台の上でも。


しばらく、心に小骨のように刺さっていた事。
昨年10月、観劇帰りの都内のターミナル駅。もう秋風が冷たくて、夕方はジャケットが必要な寒さだった。
バス停に向かって歩いていたら、目の前にいた70歳くらいの男性が突然バタっ!と倒れた。立ち上がる力がないようで、ガリガリに骨の浮いた体が、そのままアスファルトを転がっていった。
反射的に駆け寄った。周囲にいた人も集まって来た。
「大丈夫ですか?!」
男性からはどろっとした体臭がした。もう長い期間、お風呂に入っていないような。寒風の中、薄い半纏のようなものしか着ていなかった。ひげを剃っていない顔。持ち上げた指が絶えず震えている。転んだ衝撃で脱げた下駄と、タバコの箱が傍に転がっていた。

事が起きる数分前にも彼を見かけた。駅前のコンビニに入ったら、彼がタバコを買って出て行くところとすれ違ったのだ。彼の薄着と虚ろな表情、ふらついた足取り、ずっと震えている指先が視界に入った。

転んだ彼は、駆け寄って来た人々に囲まれて。誰に聞かせるでもなく、虚ろに言った。
「もう、ダメだね」
深い皺の下の眼球が光っていた。

彼はちょうど私の目の前。反射的に何か言わなきゃと思った。でも一体何が言える。この人のことを何も知らない。他人が勝手なことを言えやしない。口ごもって、目をそらしてしまった。

すると横から、
「そんなことないですよ!」
まるで先生が子どもを励ますような声がした。若いカップルの男性だった。彼は、倒れた男性の肩を優しく抱き起こした。
「ありがとう…ありがとう」
痩せた体がゆっくりと起き上がっていく。
自分が何もしていないのが恥ずかしくなって、せめて転がっていた下駄を揃えて差し出した。男性は「大丈夫だから」と言い残して、ぺこりと頭を下げて立ち去った。

芝居は、現実の上に浮かんでいる影のようだ。
2か月後、大阪・オーエス劇場で観た芝居の中のセリフが、この出来事と重なった。下町かぶき組・三峰組お芝居『雪の長持唄』
医者を目指していた佐吉(三峰達座長)は、はずみで人を刺してしまった。それ以降、坂道を転げ落ちるようにすべてがうまくいかなくなり、人生を捨てたも同然の気持ちで盗賊の三下をやっている。知り合った娘・おこう(舞鼓美さん)にも、苛立ち混じりに告げる。
「お前も早く出て行け、俺と居たって良いことなんか何もねぇぞ!」
でも、おこうは肩をいからせ、大きな声で叫び返す。

「そんなこと、ねぇ!」

必死に拳を握るおこうの姿。
「おめぇはおらを助けてくれた。故郷(くに)の長持唄も歌ってくれた。もうおらには良いことがあった!」
この場面で、散々泣いてしまった。

膝をついて、もうダメだと諦めの言葉を口にしたとき。
心の底で、それを打ち消す言葉を、その人は渇望していることだってある。
日常の隙間の断崖絶壁を覗き込みながら、他者の温かな言葉を投げかけてもらいたがっていることもある。

そんなこと、ねぇ。
そんなことないですよ。

あのとき何も言えなかったけど。
何の根拠もなかったけど。
他人だけど。
私も、そう言ってよかったんだ……。

誰もが、足の下は崖なのだから。


三峰達(みつみね・とおる)座長

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舞鼓美(まい・つづみ)さん

『雪の長持唄』は、同じ下町かぶき組の星誠流座長が脚本を書いたという。セリフがリアルで、かつ温かい。たとえば、佐吉が盗人の兄貴分(飛雄馬さん)に、胸を押さえて訴える言葉。
「俺だって、娑婆に戻って何とかやり直そうとした。それでも何もかもうまくいかなくて、心ばかりが擦り切れて――」
一日一日を生きるたび、心はボロボロになっていく。もう修繕できないほど。

大衆演劇の芝居は、声高に「生きていれば良いことあるさ」とは言わない。人生の素晴らしさ的なものを謳ったりもしない。そんな作り物が、客席の一人一人の抱えている重さに釣り合わないことを知っているのだろうと思う。

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でも誰かが「もうダメだ」と言ったとき。
小さな舞台から、「そんなことねぇ」と返って来る声がある。


【下町かぶき組・三峰組 今後の予定】
3月 大湯温泉 ホテル鹿角(秋田県)

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大衆演劇 ’18 ―変わり続ける旅芝居のこと―

「ずいぶん大きい買い物したねえ~どこか旅行行くの?」
気さくなタクシーの運転手さんは、私が先ほど量販店で買ったばかりの新品キャリーを見て言った。
「はい、明後日から和歌山です。大衆演劇の遠征で…」
「大衆演劇?チャンバラとかするやつ?へえ、あれは、おばあちゃんおじいちゃんの娯楽なんだと思ってたなあ」
これぞテンプレ!っていうくらい聞き慣れた言葉(^-^;
「いや~最近はそんなこともないですよ、お客さんの中には学生さんも会社員もいますし…」
返答しながら、物事の認識が変わるのにはつくづく時間がかかるのだなぁと思った。大衆演劇を愛する人々の手で、新たなイメージが世に送られ続けているにも関わらず、だ。

数年前の女性週刊誌には、劇団花吹雪や大川良太郎さんをクローズアップする記事が載っていた。関西のバラエティ番組では、ポップスで踊る若い座長が紹介されていた。ネット上には、大衆演劇ファンの “広い世代に知ってほしい”という思いのこもったブログ・SNSがあふれている。
「大衆演劇はお年寄りだけの娯楽じゃない」ということは絶え間なく発信されている――けれど、一度根付いたイメージってなかなか上書きされないんだなぁ。

…でも、一ファンである我が身を振り返ると。
大衆演劇の新境地。ポップスとダンス。電飾や奇抜な舞台装置。若い座長さんたちを中心に作られている、アニメや漫画を元ネタにした芝居。
そういう新しさについて、私自身、狭量になってやしないだろうか。
古いお芝居や、これぞ旅芝居というささやかな人情劇が好きで。新しいものを観るとき、いつからか心のどこかで、失われていく古い懐かしい香りばかりを探すようになっていた。

かつてはこんなに頭が固くなかったのに。 
大衆演劇を観始めた5年前の夏。耳馴染みのあるポップスがかかると気になったし、『演劇グラフ』で漫画を原作にしたショーや芝居の写真を見ると、観てみたいな~と思っていた。むしろ当時は、古典もののスッと肌に入ってきにくい独特の言い回しに戸惑っていたこともあった。

でも2、3か月観た頃から、物語が眼前数メートルから飛び掛かって来る魔力に憑かれて。
曽我兄弟や梅川忠兵衛って誰?あの演目は歌舞伎にもあるの?
仕事帰りに夜遅くまで開いている図書館にダッシュしてはく、本の幸福な重みを腕に帰路についた。
大衆演劇という沼にハマればハマるほど。演者が水面に差し出してくれる“新しさ”も魅力的だけれど、それより沼本来の深みに沈み込みたくなった。

そして5年の間に、色んな役者さんのつぶやきを耳にしたり、お客さんの話を聞いたりした。
「お客さんの芝居離れ」
「正統派に芝居をやっても受ける時代やないやろ」
「昔の役者はねー、うまかったねぇ、泣かせてくれたねえ」
聞きかじりの言葉を心に留めるうち、直接体験したわけでもない“古き良き昔”の喪失ばっかりを勝手に恐れて、視野がずいぶん狭くなってしまっていたかもしれない。

そのことを痛感したのは、先月10/21(土)に二つの誕生日公演を観てから(←今さら本題)。


辰己小龍さん(たつみ演劇BOX)

この日の昼の部は京橋羅い舞座で小龍さんの誕生日公演を観た。新作書き下ろしのお芝居、今年も新派や歌舞伎から題材を採られるのかなと思っていたら、違った。『大暴れ!若衆小町』は、昔の日本映画みたいな立ち回り満載の痛快娯楽劇だった。
瞠目したのは、劇中の歌! 【関東春雨傘】とか【愛燦燦】とか、歌謡曲を小龍さんが芝居の内容に沿って歌い上げる。たとえば【愛燦燦】の“人生って嬉しいものですね”という歌詞を変えて、
「姉弟(きょうだい)って~ぇええ…うれしい~ものですね~♪」
男姿の小龍さんが、姉役の三河家諒さん(当日ゲスト)とデュエットする。観客に微笑みかけ、手を差し伸べて。

劇中で歌う――そうか、そんな表現もあるんだ。ミュージカルとかオペレッタとか。
『大暴れ!若衆小町』に散りばめられていたのは、大衆演劇ではお馴染みの歌ばかり。明るい調子の歌を聴いているうちに、楽しく芝居の世界に入れる仕掛けだ。

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ラストショー【聖域】では洋舞を披露。着物の代わりに、白いドレスの裾がくるくるとダイナミックに翻った。

辰己小龍という女優さんは、決して直接はおっしゃらないけれど。今の時代にどんなものが求められているのか。昔の役者が遺したものを、現代の旅芝居が再現するにはどうしたらいいのか。そういうことを全部、お腹の中で、わかってらっしゃるのだろう。

そして夜の部。台風22号の大雨の中、南海特急サザンに乗って和歌山へ移動した。

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澤村千夜座長(劇団天華)

紀の国ぶらくり劇場で行われた、千夜さんの誕生日公演。オリジナル芝居『君の名は。』……題を見ただけで、時代へのアンテナの鋭さがさすが😲
例の大ヒットアニメ映画もオマージュとして薄く引用しつつ、お話自体は全く別のものだった。漫画を原作にされたそうだ。
何でも屋を営む瀧太郎(千夜さん)は、死神の依頼で一か月だけ死んだ娘の魂を預かることになる。そして瀧太郎の体に娘・おみつの魂が入り、一つの体を二人の男女で分け合うことに…というSFっぽいお話。

千夜さんが一人芝居のごとく、男⇔女の転換をいきいきと演じる。たとえば、足を無造作に開いて苛立った男の声で「お前、出てくるなって言っただろ!」と言うと、次の瞬間には膝を合わせて肩をしゅっと落とし、「ごめんなさい…」と女の声で上目遣い。
肉体が性別間をジャンプして、本当に一つの体に二人が同居しているような現象の面白さに見入った。

でもお芝居の着地点は、懐かしい心の在り方だった。
再演に備えてネタバレは伏せるけれど、ラストシーン、“他者を恋しがる”という感情の原液が流れ込んでくる。涙する瀧太郎=千夜さんに気持ちが同化して、青空と雲の背景がぼやけた。
ストーリーは新しいし、肉体の使い方は斬新だけど、根底にはまっとうな人間の心が流れている。こんな方法もあるんだ…。

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こちらは舞踊ショー。最近Twitterでもよく披露されていた『刀剣乱舞』の鶴丸国永! 

ザクザクと足音を立てて、切り開いていく。
板の上の人たちは、懐かしい人情を根底に置きつつ、新しい表現を開拓していく。

「あのな、君には今の役者を観てほしい」
4年ほど前、ライターの大先輩に言われたことが頭をよぎる。往年の名優たちの話を聞きたがる私に、博多淡海さんや四代目三河家桃太郎さんなどの豊富な思い出の一端を語ってくれた後で、おっしゃった。
「今の時代に、頑張ってる役者たちを…」

時代に合わせてアップデートを続けるからこそ、旅芝居の世界は無限に楽しい。
もう、自分で世界を狭くしてしまうのはやめよう。
舞台の上は思っているよりずっと広い。

私はハロー!プロジェクトの女性アイドルがけっこう好きなのだけど、看板グループのモーニング娘。が、数年前からグループ名にこう付け加えるようになった。
モーニング娘。’17。
過去の黄金期を素地に残しつつ、今日の第一線を生きようとする名前。

旅芝居もきっとそう。大衆演劇’17であるために、彼らは変化しながら生きている。
もうすぐ2018年。来年は世間にはどんな風が吹いて、大衆演劇はその中からどんな色を取り入れるだろう。
あのタクシーの運転手さんにも、いつか大衆演劇を観てほしい。同じ時代の舞台を。

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橘小竜丸劇団【シャンパンダ】 鈴丸座長の8頭身にスーツが映える。

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大川良太郎座長(劇団九州男)【Hello Kitty】 クール・ジャパン風に。

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橘劇団 2.5次元舞台ファンにもヒットしそうな刀×長髪×美男子。


今を生きる、私たちの、大衆演劇’18!

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理由を聴かせて―芝居の中の死者の声―

“なぜ”ですか?

《劇団天華『面影の街』9/13》
「憎くて捨てたわけじゃない、生かすために捨てたんだと…」
生き別れの兄弟。兄(澤村千夜座長)は、父親が弟(澤村丞弥さん)を捨てた理由を言葉少なに語る。


澤村千夜座長

《花の三兄弟 筑紫桃太郎一座『男血飛島』10/7》
「友吉、俺はお前に合わせる顔がなかったんだ」
筑紫桃之助座長演じる徳は、恩人である友吉(玄海花道さん)に罵声を浴びせた後で。がっくり膝をつき、ひどい態度をとった理由を話す。
「俺が亀田屋を継いでからというもの、店は傾く一方で、屋根にはぺんぺん草が生えてらぁ。いっそお前に殺してもらいたかったんだ…」

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筑紫桃之助座長

お芝居のこんなシーンに出会うと、胸の奥が何かに抱き留められるようです。
大衆演劇の芝居のパターンの一つ。何か過ちを犯した人が「自分にもわけがある、どうか俺の話も一通り聞いてやっておくんなせえ」と経緯を語り始める。

どの芝居でも主人公はそれを遮ったりしない。困惑を顔に浮かべながらも、ちゃんと最後まで聞いてやる。
「理由を聞く」というのは、なんて魂の深い行為だろうか。
そこには「もしかしたら道を踏み外したのは自分だったかもしれない」という痛みがある。
もちろん、何か理由があったからって罪が無くなるわけじゃない。でも、誰だって好きで間違えたわけではないのだ。

定番のお芝居で言えば、幼なじみ三人のうち一人が悪い親方に拾われて盗人になってしまう『三人出世』も、兄弟分のうち兄が不幸な弾みで人を殺めてしまう『上州土産百両首』もそう。
「これにもわけのあることなんだ――」
“運の悪かった罪人”の姿とその理由は、大衆演劇のお芝居に貫かれる主題の一つであり続けている。

でも現実の世界では、過ちを犯した人がわけを聞いてもらえることなんてまずない。
誰か悪者がいれば、わかりやすく事は済む。
一番不器用な人が、いつも口をつぐむ。

“Don't say I didn't try”(言わないで 私の努力が足りなかったなんて)
私がまだ学生の頃、映画『ロード・オブ・ザ・リング』(指輪物語)三部作が流行った。その中にゴラムという登場人物がいた。指輪の魔力に憑りつかれて異形になった男。映画の挿入歌の一つ『ゴラムの歌』は、当時映画館で聴いてショックを受けた。
“We are lost!”We can never go home”(もうわからない 家には二度と帰れない)
歌手エミリアナ・トリーニの泣き声みたいな歌い方が耳に残る。
今聴いても、怨嗟の声とはこんな声かと思う。過ちを責められ、無理解の中に置かれたまま死んでいく人の。

私たちの日々の中にも、見落とされた死者が大勢いるのでしょう。
「あの人はああいう人だから」「真っ当に生きなかったから…」
誰もが耳をふさいで、彼の言い分を封じ込めて。

「せやから芝居の中の死を見届けられるだけで、留八は不幸やないんですよ」
大衆演劇を通して知り合い、すごくお世話になっている京都の友人は、初めて会った日にそう言った。ふんわりした声で真理にスッと踏み込む人だ。
2年前、初対面の彼女と新世界でケーキを食べたとき。ある九州の劇団で観たばかりだった『留八しぐれ』の話になった。留八は顔に負った火傷のせいで、信じていた人々に手のひら返され、恨みを果たすべく人々を殺めて自分も死んでいく。
「人気のお芝居ですし、私も好きなんですけど、考えたらこの話のどこに救いがあるんでしょうね…?」
と私が疑問を浮かべると、彼女は確信のある口調で言った。
「彼は救われているんですよ。私たち観客が彼の真実を知っていて、最期の瞬間まで観ていることで」
「客席で見届けることで?」
「そう、それだけで彼は独りで死んだわけやないから」
最近になって、このとき言ってもらった意味がようやくわかった気がする。

一つの芝居には、それを演じてきた人々、観てきた人々の思いが何十層にも重なっている。だから『三人出世』の定やんが涙しながら「怪盗定吉と呼ばれ、役人から追われる身になったのにも、わけ事情があることなんだ」とこれまでの事を打ち明けるとき。
舞台に膝をついて語る役者の身体を通して、誰にも聞いてもらえなかった死者たちの告白が、なだれをうって流れ込んでくる。

それは生きている人たちだって一緒。客席でお芝居を観ている一人一人も、一緒。
いつかの京橋羅い舞座で、ずっと泣いていた人がいた。独りで声を抑えて。
あなたもきっと辛かったろう。

《劇団新『三人出世』3/9》
「定やん、江戸に出て来てからいっぱい苦労したんや」
友やん(龍新座長)は定やん(龍錦若座長)の話を聞いて、泣き伏した肩を優しく叩く。
「なぁ島やん、もしかしたらお前もそんな風になってたかもしれんやんか――」

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龍新座長

あなたがそうせざるを得なかったのは、“なぜ”ですか?

旅芝居の底に、誰かの悲しみが聴こえてくる。

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【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

連日、猛暑ですね。
夜も汗ばむ熱気の中、新宿バスターミナルへ向かうときの何とも言えないワクワク感――
前から書いてみたかった切り口で、コラムを書かせていただきました。

【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

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↑バスタ新宿の画像を見るだけで高揚する…。

(記事冒頭)
「日本って狭いねえ…」
この言葉をこれまで何度聞いただろう。月ごとに移動する劇団を追いかけて、四国の劇場でバッタリ会った東京のファン。演目が発表された瞬間、スマホに指を走らせて大阪の宿を取った友人。大型連休、ファン仲間のグループLINEに「大阪着いた」と投稿すると「特選狂言観たくて神戸」「名古屋で○○劇団観る」と誰一人地元に残っていなかったときもあった。

“遠征”は、大衆演劇を語る際に外せない文化の一つである。

⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)


地元観劇ももちろん楽しいけど、遠征の楽しさは格別。
だって完全に日常を離れて、仕事も家事もしなくてよくって、観劇しかやることがない状態!
…ええと、書いてみて、今の言葉の多幸感がすごいのでもう一度。
観劇しかやることがない状態!なんです。

大衆演劇にハマって5年、その間に一体何十回遠征していることか、考えるだけで恐ろしい💦 けど一つ一つに忘れられない思い出が焼き付いている。
5年前、長野・松代ロイヤルホテル、芝居の興奮冷めやらぬまま、友人と夕焼けの中でレンタル自転車を漕いだ。
4年前、初めて降り立った大阪、うだるような猛暑の中、オーエス劇場へ向かった。
3年前、台風が直撃した日、迂回の列車を使用してなんとか大阪入りし、浪速クラブに駆けつけた。
2年前、お外題を見て夜行バスを衝動的に押さえ、堺東羅い舞座へ走った。
昨年、月に3回の梅田呉服座という大冒険に出た(これはさすがにもうできないな…)

大好きなことだとはいえ、金銭的にも体力的にもすり減らないわけじゃない。
周囲の大衆演劇ファンも簡単なことのにようにヒョイと県を飛び越え、本州を飛び越えていくけど…
実は、それなりの工夫と努力の上に遠征しているのではないだろうか。

普段の買い物を節約したり。
しんどい身体をガマンしたり、夜行バスの堅いシートに慣れさせたり。
家庭のある人なら家族の面倒も見て。
各々の抱える事情をどうにかこうにかして、ようやく劇場に辿り着く。

「よう来たな~!」
と役者さんが遠方から来たファンに陽気に声をかけているのを目にする。
うん、本当にそうだなぁ。
みんな、よう来たなぁ…

今回の記事、Twitterでの反応を見ていると、商業演劇や小劇場、ミュージカル、歌舞伎、宝塚など大衆演劇ファン以外の方にも「わかる~」という共感を示していただいた。嬉しや…m(_ _"m)
ジャンルは違えど根本の動機は同じなのだと思った。
どうしても観たかった舞台がそこにあるから、という。

そう、お財布の痛みも身体の痛みも、圧倒的な舞台の前では取るに足らないことになる。
だからこの言葉を幸福いっぱいにつぶやくのです、これからも。

「来れるじゃん!」

やっぱりこれは、数百キロの距離を「すぐそこ」にする魔法の呪文。

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いつか止む雨 ―あんなもの、と誰かが言った―

「その扱いは、大衆演劇の役者さんだから、ってことですか」
先日、ある役者さんに思わず聞き返した。彼が商業演劇に出演した際の、落とし穴に足を滑らすような想定外の不平等を聞いて。うん、と頷くその人の目がぱちぱち瞬いて。何を見ていたのか今もわからない。

“「どうして私たちが大衆演劇の役者さんと同じ舞台に立たなくちゃいけないの」”
1980年代。松井誠さんは、出演したイベントで共演の歌舞伎役者がそう言うのを聞いたという。
“ああ、なるほど大衆演劇はそういう見方をされているんだなと痛感しました”
(『演劇グラフ』2010年2月号 新春特別対談)

時代は変わった。現代ではもちろん、同じ舞台人としての敬意を持った交流のほうが多いだろう。商業演劇の俳優さんが大衆演劇の舞台にゲストとして出演したり、お互いのブログに友人として登場したりする、温かな光景もよく見る。

だから、冒頭のようなエピソードを聞くと足が止まる。身の回りには大衆演劇ファンや、大衆演劇を発信しようと尽力している人々ばかりなのに…。いや、もしかすると、自分の日常がこの界隈に浸かりすぎているんだろうか。
まるで居心地の良い洞穴を出たら、外は雨が続いていたような気分だ。目を凝らすと、降ってくるのは尖った言葉の断片。

「すごく役者を大事にしてくれる四国健康村みたいなセンターは、また乗りたいなって思いますよね。いや、たまに、ほんとに役者をバカにしてる所とかあるんですよ! そういう所ではやっぱり、なんだテメェって気持ちになっちゃったり…」
穏やかな人柄に珍しく、荒い口調を見せた役者さんを思い出す。

“学校に行けばいじめの対象だったもの。白粉くさいとか、オカマとか”
(橘小竜丸太夫元座長<橘小竜丸劇団> 2015年9月SPICEインタビュー)

“大衆演劇の役者なんか出入りするとそういう人たちが多くなるから嫌だ、とかさ。そういう声だってあったわけよ”
“意外とね、近所の方ってね、人の目があってね、行かないんですよ、どういうわけか(笑)なんつうんだろ、大衆演劇に対して偏見がある”
(劇場近くの喫茶店のマスター 2016年5月SPICEインタビュー)

冷たい雨の中を歩く。気づくと、足元に古い立て札が突き刺さる。
“物乞いと旅芸人は村に立ち入るべからず”
川端康成の『伊豆の踊子』の一場面。あの小説の舞台はたしか、大正時代だったはず。

“ほんとに役者をバカにしてる所とかあるんですよ!”
平成の世、表向きは芸能人かアイドルのように誉めそやされていても、時折声をひそめて裏側が翻る。
所詮はあんなもの、と。
いわゆる、ちゃんとした演劇じゃあない、と。
この世はまだそんなところに在ったのだ…。

大衆演劇の役者さんの中にも、自嘲的に語る人がいた。その声が濡れた土の中でむくりと起き上がる。
「俺たちの業界がずっとやってきたような芝居ってさ、これ演劇って言えるか? 宴会芸だよ」

――目を覚ますと芝居小屋の中にいる。LEDの光の下、豪華絢爛な花魁衣装に歓声が上がる。
旅芝居の舞台はあっけらかんと続いている。世間と隔絶されたかのように。それでも芝居小屋の屋根には、どこかから冷ややかなまなざしが突き刺さっているんだろうか。驟雨の中に目をこらすと、立て札の木片がぼんやりと現れるんだろうか…。

無題

ひとつのセリフが目の前で飄々と披露され、消える。
誰かがバカにしようとも、大衆演劇には芝居がある。舞踊がある。どんなに小さなセンターの宴会場でも、舞台に打ち響く芸がある。

舞台が大好き、という気持ちが体に弾けている若い役者さん。
心深くをすくい取って発露させる女優さん。
年輪豊かな大木のようなベテランさん。
私たちは彼らを知っている。
その親の代も祖父母の代も、長い間、蔑視をするりと抜けてきた芸を。

舞台の上の人々は、相手の役者との掛け合い、そして今日のお客さんの心をどう動かすかという一点に集中している。そこにかけがえのない喜怒哀楽が編み出されるとき、外の無知な嘲りは関係ない。空っぽな優越感など眼中にない。
「川北長次の親分さんは、日の本一の…」(『遊侠三代』)
背後から掛かるセリフに合わせて、座長が花道に踏み出す。間髪入れずに「座長!」とハンチョウが飛ぶ。小さな小屋の中、役者と観客が完全に一緒に浮上する瞬間、胸の奥がたしかに晴れていく。

これぞ庶民のための芸術だとか、演劇の根源がここにあるとか、そんなヨイショではない。
大衆演劇は大衆演劇だ。ずっとそこにあって各土地で人々を楽しませてきた。人々の笑顔、涙、興奮の汗粒の数。それら、はにかんだ歴史の層の一枚一枚が客席に打ち寄せてくる瞬間があって、ああ、この芸能が取るに足らないものであるはずがない…と教えてくれる。

“大衆演劇ってずっと無くならへんと思うんですよ”
(大川良太郎座長<劇団九州男> 2017年5月SPICEインタビュー)

将来も大衆演劇は変わらない顔をして、シレッと、にぎやかに続いていくのだろう。世間の言葉足らずな人々も、いつか旅芝居を真正面から見るだろう。
そのとき、この雨も止む。

雨の中に、こっそり一冊の本をかざす。今から45年前に出版された『旅芝居の生活』 (村松駿吉著、雄山閣)。明治~昭和初期の旅役者の生活をイキイキと描いた名著で、個人的バイブルの一つ。先日久々に読み返したら、ブルリとした文があった。

“旅から旅の放浪生活をしていても、無気力ではない。生きていくためには、どこで、なにをしていても苦しまなければならないことを知るのはしぜんであって、その生きるための、たとえ掛け小屋の舞台ででも、自分の芸に観客が喜怒哀楽の情をあらわにしてくれることに、生き甲斐をおぼえるための努力はする。それが唯一の、そして無二のたのしみなのである。”

唯一の。
そして無二の。

チョン!と芝居が始まるとき。
あの小さな舞台に、晴れ間が差している。

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