劇団天華on九条笑楽座 ―ケーキの仕掛け―

(2017年9月)

華やかで、甘くて、口に入れた瞬間に嬉しくなって、でも儚く溶けてしまって、時々ひやりとする隠し味もあったりする。
夏休みに訪れた九条笑楽座で天華さんを観ていると、ぽーっとした頭に浮かんでくるのは「ケーキ」の像だったりした🍰

小屋と劇団の化学反応、という面白さ。それを味わうならやっぱり小さな小屋がいい。九条笑楽座はぴったりだ。整列するベンチ、黒とピンクのチェック模様のクッション。
「幕、安全ピンで止めてるんですねー」
一緒に行った友人に言われて気づいた(笑)
西九条の駅からトンネルをくぐって歩くと、はためく赤い幟が見える。コンパクトな可愛らしい小屋に、少数精鋭になった天華さんが乗っている。



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「憎くて子を捨てたわけじゃねえ、生かすために捨てたんだと…」(9/13『面影の街』)
かけられている内容が生々しい人情劇や、時にはコテコテの股旅物だったりしても。
何か劇団天華には、ふわふわした夢を見ているような感覚があるのだ。6月で神龍副座長・龍太郎さんが卒業されても、集団としての感触は変わらない。

きらきら、にぎやかな舞台。
その幕一枚を隔てた向こうに、本当はずっとシンとしていたかのような寂しさが漂う。

ミニショーが始まって、千夜座長や丞弥さんや悠介さんや、静香さんや志保さんや、今月の助っ人・優木座のお二人が“虚”をまとって現れるとき、笑楽座の横並びの客席がワッと沸く。カメラを向けたり、手拍子したり。すぐ隣のお客さんの様子を見れば、今この瞬間だけは、みんな胸いっぱい幸福に見える。
そのままの至近距離でチョンと音が響き、芝居が始まる。

「まるで道化じゃねぇか…」(9/11『五度目の勝負』丞弥さん演じる政吉)
その中には破れていく人の思いのほろ苦さもあり。

「お杉は死にました。俺が殺しました…」(9/10『首追い道中』千夜さん演じる平太郎)
生きてきたことがひっくり返るような、底なしの穴ものぞいている。

でも全体としての印象は優しくデコレーションされている。ざりざりした手触りの芝居の後には舞踊ショーがあって、そろってお人形さんめいた顔立ちの役者たちが、ベリーみたいな色の口紅で振り返る。

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澤村千夜座長

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花形・澤村丞弥さん

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生徒会長・澤村悠介さん

最後の挨拶で「座長が誰かを呼び忘れる」というコントに毎度毎度笑い転げているメンバーを見ると、後味は軽くなっていく。この軽さがある意味、仕掛けの一つなのだろう。

千夜座長のTwitterを見ていたら、7月の進撃の巨人に続いて刀剣乱舞(!)をやるらしい。時代は二次元か…。その企画力にすごいなと驚く一方で、どこまでも遊びを発展させた延長上みたいに見せているところが、やっぱり面白い劇団さんだなぁと思う。

9月公演も残り10日を切った。西九条のトンネルの向こう、小さな小屋。

この世は浮世でいいじゃないか、という冷静な歌を聴きながら。
物語の土台に甘い夢を流して。
入り口から出口までお楽しみを詰めて、深い味から淡い味まで、色々挟んだそれをいただく。

【劇団天華 今後の公演予定】
9月 九条笑楽座(大阪府)
10月 紀の国ぶらくり劇場(和歌山県)
11月 梅田呉服座(大阪府)


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扉をひらく人 ―劇団あやめ・姫猿之助座長について9年前の思い出―

飛び出してくる。



この間、大阪にいた7/17(月)、九条笑楽座で「姫猿之助祭り」があると知った。猿之助さんの芸風をたっぷり味わってみたくて行くと、小さな小屋はいっぱいに埋まっていた。
「本日お詰めかけのお客様、猿之助祭り、モンキーカーニバルへようこそ!」
アナウンスする女優さんの声も嬉々としている。
そして舞台にドドドと駆けこんでくる主役・猿之助さん。元気ではち切れそうな体。

かつてその体は、浅草木馬館できれいな一回転を見せていた。

もう9年も前、2008年のことだ。旗揚げ前、劇団花車にいらした頃の猿之助さんを、一度だけ観たことがある。
当時の私は、年に1~2回だけ木馬館に行くという超ライト(とも呼べないくらいの)大衆演劇ファンだった。年の一度の恒例行事のように友人を連れて木馬館に行ったら、公演していたのが劇団花車で、たまたま猿之助さんの誕生日公演だった。
当然、その日の主役は猿之助さん。若さと野心に満ちた目が舞台中央で輝いていた。
「猿之助―!」
ファンと思しき女性の興奮した声を引き金にして。
彼は空に飛び上がり、くるりん、と本当に擬態語通りの軽やかさで一回転した。

2011年。『演劇グラフ』で、あのときの役者さんが「劇団あやめ」を旗揚げしたことを知った。豪華絢爛な衣装に身を包んだ猿之助さんが、紙の中からギラギラ見つめていた。

2012年から私は大衆演劇の沼にドハマりし、部屋は毎月の『演劇グラフ』で埋まった。各劇団の公演先案内のページを隅々まで読んでは、各地で行われている一か月公演に思いを馳せていた。
その頃、劇団あやめの公演先の欄には、たびたび『単発公演』と書かれていた。

翌2013年、一枚のDVDの中で偶然猿之助さんの姿を見つけた。その年の9月に開催された大衆演劇ライター・橋本正樹さんの講演会「大衆演劇が熱い 花のなにわの旅芝居」。猿之助さんはゲストとして登場し、講演会の聴衆に舞踊を披露していた。講演会の壇上は、猿之助さんにはずいぶん狭いスペースに見えた。

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とりわけ印象深かったのが【ヨイトマケの唄】。踊りの前に橋本さんによる熱のこもった説明があった。
「大衆演劇にこんな役者がいて、こんな踊りがあるんやと…。オーソドックスではありません、でもすごい踊りやと思います」

“僕を励ましなぐさめた 母ちゃんの唄こそ世界一 母ちゃんの唄こそ世界一”
世界一、と人差し指を立てた両手を天井に突き上げる。振りの一つ一つに!マークが付いているごとく、濃くて大きい。観たことのない感触の踊りだった。

面白い役者さんだなぁ。そのうち観てみたいな。関東の劇場には来ないのかな。情報通のファンの諸先輩方に、猿之助さんて独特ですね!と水を向けると。
「うーん、独特すぎて…彼の世界観を理解できない人も多い」
「受け入れられなければ、仕事としてはなかなかやっていけんやろし」

斬新な感性は、時に世間より高く飛びすぎる。
新しい扉を叩く人は。
傍目にはわからない、扉の重さと戦っているのかもしれなかった。

時は流れ…2016年10月の三和スタジオで、ようやく劇団あやめを観ることができた。ミニショー『義経千本桜』で狐忠信を演じる猿之助さんは、変わらずエネルギー満タンで舞台を駆け回っていた。

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胸に突き刺さる場面を観たのは、2017年7月、九条笑楽座での芝居『地蔵の宇之吉』。
猿之助さん演じる宇之吉は、体中斬られて虫の息。千鳥さん演じる宇之吉の母は、見えない目の向こうに死んでいく息子を感じ取り、言葉をしぼり出す。
「今まで大きく育ってくれて、ありがとうございました…」
母は、そばの地蔵に供えられていた花を宇之吉の手に握らせる。
宇之吉はじっと母が去った方向を凝視している。花を握った手がガクガク震えだし、やがて体全体が揺さぶられるみたいに震えて、花びらがすべて散る。宇之吉は立ち上がり、そばの地蔵の真似をする。片手の指を丸く結んだ地蔵のポーズのまま、がくんと首を垂れて絶命する。

正直、なんで地蔵の真似をするのかはよくわからないのだけど…。理屈が全部吹っ飛ぶくらい、力強い描線に圧倒された。
散る花は散っていく宇之吉の命か、そして石の地蔵は永遠に残るもののシンボルだろうか。この真逆の存在二つがぶつかって“死”を舞台に叩きつける。場面の苛烈さと猿之助さんの演技の大きさがぴったり合っていた。

笑楽座のお客さんはシーンと静まって、宇之吉の死を見届けていた。
「座長、良かったねぇ」
終演後に話しかけてきた隣のおじさんは、九条に住む常連客だという。
「何歳なんだろ…えっ、34?まだそんなもん?それにしちゃ上手いな…」
みんな姫猿之助座長を見ていた。唯一無二の濃さを、大きさを見ていた。

猿之助祭りの群舞『オンリーワンダー』。女優さんたちが踊っている中に座長が飛び込むと、劇場が沸いた。
“悲しみがなんだってんだ 歌ってんだ 歌ってんだずっとずっと”

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芝居してんだ。
踊ってんだ。
舞台に立ってんだ、ずっとずっと。
座長という人々がみんなそうであるように。

“不安だ 変だ 思ったって 辛くったって 誰にもなれない自分がいるんだ”
【ヨイトマケの唄】を踊りながら、見ていた未来はどんなものだったのだろう。客席は、猿之助祭りに来たお客さんでいっぱいだ。

“扉を開くのは君じゃないのか”
かつて木馬館で弧を描いて飛び上がった体が、九条笑楽座の舞台をどっしりと踏みしめていた。

ツイッターにも劇団あやめの情報はよく流れてくる。
それによれば、7月の大入りは51枚に達したらしい。
8月のがんこ座ではフォースも出たという。

きっと扉は、もう開いたのだ。

【劇団あやめ 今後の公演予定】
9月 此花演劇館(大阪府)
10月 三条東映(新潟県)

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【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十六]  謎の多い役者・沢田ひろしさんにインタビューしました

謎の経歴。
謎のうまさ。

「大衆演劇の入り口から」連載も2年、初めて、“フリー”の役者さんのお話を聞かせていただきました!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之二十六]  謎の多い役者・沢田ひろしさんにインタビューしました

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(劇団大川ゲスト出演時 椿裕二座長との【おさん茂兵衛】)

(本文より)
そんで劇団やめた次の月から、俺、紅(くれない)あきら劇団に入ったの。紅あきらさんがね、俺をめっちゃ可愛がってくれてたの。あきらさんて、めっちゃ人気あってね。「自分の劇団やめてお前どうすんの」「いや、別にどこも行くとこあらへんし」「ちょうどいい、お前来い」ってことになって。

――ご自分の劇団をやめたときに、役者以外の仕事に就こうっていう気持ちはなかったんですか?

毛頭ない。まだまだ俺は行けると思って(笑)。紅さんのところで2年半くらいお世話になったかな。あきらさんは、一言一句、事細やかにダメ出しをしてくれる人なんよ。すごい良い勉強やった。自分の我を通してたら、今、フリーで色んなとこお世話になってても、自分のスタイルに固執しすぎてもっと苦労してたと思う。結局ね、自分がキュウリであり続けたら、キュウリとして野菜サラダとかにしか使ってもらえないから。でも、キュウリは揚げ物にはならないじゃん。脇の役をすることにおいて、色んなことしたら邪魔になるから。ほんとに良い勉強でしたよ。

⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)


沢田さんのゲスト出演日に合わせて、猛暑の浅草木馬館・劇団炎舞にダッシュ。
お忙しいゲスト日に応じてくれた沢田さん、そして沢田さんを大のご贔屓とする友人の助力に感謝✨

沢田さん…といえば、ハッと滴るような艶っぽさが知られるところだと思う。
↓記事のトップ画像にもした2016年2月の【傘ん中】。

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ツーっと目元に吸い寄せられるような色気…!

独特の引力のためか、私の周囲に沢田さんファンは多い。関西の友人の一人は、「ひろしネットワーク」なる沢田さん出演情報を交換する情報網を持っているほど…。関東にも近いうち、また来て下さるでしょうか。

誰のインタビューでも、録音を書き起こししていると新たに気づく印象が何かしら増えるのだけど。
沢田さんの終始やわらかな話し方は、聴いていると引き込まれて、まるでどこかへ手招きされているような感じ。
なんだか…大きな招き猫を想像した。
「難しいこと考えるより、まずお客さんが楽しめなきゃ」
かつて“化け猫”を演じた役者さんの、物語り。

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里見要次郎総座長 誕生日公演お芝居『中山峠 どさ帰り』―15年前の恋―

2017.8.6夜@後楽座
里見劇団進明座 ゲスト・澤村千夜座長、花柳願竜座長

お祝いムードに包まれた後楽座。里見要次郎総座長、お誕生日おめでとうございます!🎉
岡山は東京からは遠いけれど、この日は運よく出張で広島にいたため、足を伸ばすことができた(∩´∀`)∩



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・舞踊ショー前に「ビデオ・写真は固くお断りします」とアナウンスがあったため、舞台写真は遠慮しました。
・これからDVDなどで観る方も多いと思うのでお芝居後半の展開はぼかして書きますが、ちょっとでも内容を知るのが嫌な方はご注意くださいね。

『中山峠 どさ帰り』は大工の長次(要次郎さん)から、お美代(千夜さん)への15年に渡る恋の話――なのだけど。
ミソだなぁと感じたのは二人が元々恋人同士ではなく、言葉を交わしたことすらないということ。長次がお美代の姿を一目見て見初めただけなので、再会したとき、お美代は長次の顔も覚えていない。
「俺の一生はその女で始まり、その女で終わるような気がします…」
一方通行の想いは、男の人生を縛り付けるくびきのようだ。とても“独り”の恋。

なんだか、とっても大人の物語の造形という気がする。いいなぁ。
若者同士の甘い恋愛物もそれはそれで良さがあるけど…。陰影のある大人の芝居はいつまでも胸深くに残って、ふとした折に思い返すと新たに降り積もる。

冒頭では長次19歳、お美代15歳の設定。お美代は育ての両親に、借金のカタとして近江屋(女郎屋)に30両で売られそうになっている。やって来た長次は、両親に頭を下げて頼みこむ。
「俺は、勝手口でお美代さんが働いているところを見た瞬間、この人が俺の嫁になる人だと思ったんだ。どうか、俺の嫁におくんなせえ」
何度も懇願し、苦しい金子まで用立てても、けんもほろろに追い返される。ある夜、長次はお美代の父親・松蔵(里見直樹座長)ともみ合いになり、仕事道具のノミが松蔵の腹に突き刺さってしまった。
「人殺し~!」
断末魔の悲鳴を背後に、ほうほうの体で逃げようとする長次。
次に幕が開いたとき、舞台は15年後。股旅姿で現れる眼光鋭い男は、長い長い刑に服した後、やくざに身を落とした長次だった…。

てな具合に、女に惚れたために一大工の人生は狂ってしまった。大工からやくざへ、哀しい転身を演じる里見要次郎総座長はというと。
か…かっこいい…
青年だなぁ、と思った。このお誕生日で54歳になられたそうなのだけど、長次の風切る背・肩は晴れ空のように溌溂としている。
特にやくざになってからの一場面。歳月を経て再会したお美代の身の上話を、腰かけて聞いている姿。伏せた目、結んだ唇に想いをじっと閉じ込め、今にも躍動しそうな身体は股旅装束にピタリ包まれている。
「陽介さん(お美代の夫)を助け出すなら、目籠を破るしか道はねえ」
うへぇかっこいい~…。

その晴れ晴れとしたかっこよさが崩れる、場面二つが強く焼きつく。
一つは松蔵を殺してしまった後、長次が必死で逃げ出す場面。焦燥に目と口をぽっかりと開き、荒い息を吐きながら、もつれる足で花道を走っていった。歯車の狂った人生を転がるように。
二つ目はラストシーン。花道を歩み去る長次の目は、まっすぐ前を見据えているのだけど、虚ろだ。大きなくびきを失った人の姿。

そして要次郎さん長次に青年の明るさが宿っている分、千夜さん演じるお美代の影が均等に生きる!
影、といっても序盤は普通の町娘なので純粋に可愛い。女郎屋に売られる直前の場面、家の外に連れ出されたお美代は、松蔵に追い払われた長次が川にドボンと突き落とされるのを目撃する。目を丸くして慌てて、
「おっかさん、あの人、大丈夫かしら」
自分が叩き売られるっていうときに他人を心配している、おっとりしたお嬢さん感がやわらかだ。

15年後、再登場したお美代は商家の女将になっていた。無実の罪で佐渡送りになる夫・陽介を、必死で助けたがっている。
「せめて佐渡に向かう船が出るまで、陽介さんを追って行こうと旅をしているのです」
可憐な娘から大人へ姿を変え、声色もしっとり。貞女の役どころながら、どこか艶が枝垂れる。
身も心も成熟したお美代に、長次が漏らす。
「俺は、お前さんに心から思われている陽介さんとやらが、心から恨めしゅうござんす!」

しかし、観ながら疑問に思う。女郎屋に売られたはずのお美代が、どうして商家に嫁いでいるのか…?
その答えは最後の最後に出てくる(ネタバレ防止🙊のために詳細は伏せます)。暗闇に立ち、長次を見下ろすお美代の姿。
「そうかい、あたしは変わっちまったかい?」
軽い口調の背後に、ドロッと湿った花が暗くひらく。

娘⇒大人の女への変化だけでも、千夜さんの女形の二つの顔を味わえて十分オイシイのですが。終盤、抑えられていた本心を一気に放出させる女の顔は、圧巻のエネルギーでした。

書きながら思ったけど、要次郎さん×千夜さん、二人の演者はどちらも生命力が強い。ここに役の性質も加わって、陽×陰を感じさせる組み合わせだった。
ほかにも花柳願竜さん演じる宿屋主人・源兵衛の何か秘密のありそうな感じや、進明座の若手さんたちのイキのいい動きなど、役者さんみんなが要次郎さんを中心にまとまっていた。

役者さんの肉体と声の中に、物語の芯が浮かび上がる。
恋人同士の甘いラブストーリーとは真逆。言葉も交わしたことのない女、心に描いた恋のために大工は罪を犯した。
だからこそ彼の時間は、勝手口でお美代を見初めた、そのときで止まっている。
恋という感情の核には限りなく“独り”の執着心が疼いているという苦味が、終盤の長次とお美代の噛み合わない会話から滲んでくる。

その中で長次の噛みしめるようなセリフが象徴的だ。
「15年前のお前の姿を、俺は忘れはしねぇ」
目線はお美代ではなく空を見ている。想いはもはや現在の相手を通り過ぎ、失われた過去へ向かう。

「あたしにとっては、この15年、この世のすべてが地獄だった」
「19のときに人を殺めちまってから、どれほどの地獄を味わってきたことか…」
長い地獄の中で、繰り返し明滅する、逃れられない過去の一点。

15年前に、恋をした。

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【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

連日、猛暑ですね。
夜も汗ばむ熱気の中、新宿バスターミナルへ向かうときの何とも言えないワクワク感――
前から書いてみたかった切り口で、コラムを書かせていただきました。

【SPICE】大衆演劇の入り口から [其之二十五] そうだ、遠征しよう!~なぜ私たちは舞台を追うのか~

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↑バスタ新宿の画像を見るだけで高揚する…。

(記事冒頭)
「日本って狭いねえ…」
この言葉をこれまで何度聞いただろう。月ごとに移動する劇団を追いかけて、四国の劇場でバッタリ会った東京のファン。演目が発表された瞬間、スマホに指を走らせて大阪の宿を取った友人。大型連休、ファン仲間のグループLINEに「大阪着いた」と投稿すると「特選狂言観たくて神戸」「名古屋で○○劇団観る」と誰一人地元に残っていなかったときもあった。

“遠征”は、大衆演劇を語る際に外せない文化の一つである。

⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)


地元観劇ももちろん楽しいけど、遠征の楽しさは格別。
だって完全に日常を離れて、仕事も家事もしなくてよくって、観劇しかやることがない状態!
…ええと、書いてみて、今の言葉の多幸感がすごいのでもう一度。
観劇しかやることがない状態!なんです。

大衆演劇にハマって5年、その間に一体何十回遠征していることか、考えるだけで恐ろしい💦 けど一つ一つに忘れられない思い出が焼き付いている。
5年前、長野・松代ロイヤルホテル、芝居の興奮冷めやらぬまま、友人と夕焼けの中でレンタル自転車を漕いだ。
4年前、初めて降り立った大阪、うだるような猛暑の中、オーエス劇場へ向かった。
3年前、台風が直撃した日、迂回の列車を使用してなんとか大阪入りし、浪速クラブに駆けつけた。
2年前、お外題を見て夜行バスを衝動的に押さえ、堺東羅い舞座へ走った。
昨年、月に3回の梅田呉服座という大冒険に出た(これはさすがにもうできないな…)

大好きなことだとはいえ、金銭的にも体力的にもすり減らないわけじゃない。
周囲の大衆演劇ファンも簡単なことのにようにヒョイと県を飛び越え、本州を飛び越えていくけど…
実は、それなりの工夫と努力の上に遠征しているのではないだろうか。

普段の買い物を節約したり。
しんどい身体をガマンしたり、夜行バスの堅いシートに慣れさせたり。
家庭のある人なら家族の面倒も見て。
各々の抱える事情をどうにかこうにかして、ようやく劇場に辿り着く。

「よう来たな~!」
と役者さんが遠方から来たファンに陽気に声をかけているのを目にする。
うん、本当にそうだなぁ。
みんな、よう来たなぁ…

今回の記事、Twitterでの反応を見ていると、商業演劇や小劇場、ミュージカル、歌舞伎、宝塚など大衆演劇ファン以外の方にも「わかる~」という共感を示していただいた。嬉しや…m(_ _"m)
ジャンルは違えど根本の動機は同じなのだと思った。
どうしても観たかった舞台がそこにあるから、という。

そう、お財布の痛みも身体の痛みも、圧倒的な舞台の前では取るに足らないことになる。
だからこの言葉を幸福いっぱいにつぶやくのです、これからも。

「来れるじゃん!」

やっぱりこれは、数百キロの距離を「すぐそこ」にする魔法の呪文。

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